WeChat 開発者の 4 つのプロダクト原則 (a16z)

Allen Zhangは中国中で「WeChatの父」として知られています。公に知られているZhangの人格は、アメリカにおける伝説となっているSteve Jobsと同様の文化的重要性と重みを持っています。中国の技術シーンにおいて、彼はアーティスト、哲学者として有名です。またそれだけでなく、ユーザーエクスペリエンスを低下させるあらゆるものに反対する激しい使命感を持つことでも知られています。中国中のプロダクトマネージャーたちがWeChatで働き、Zhangのプロダクトに対する鋭い洞察力から学ぼうと集まり、彼が構築した(エンジニアリングや設計主導とは異なる)プロダクト主導の環境から学びました。

その一方で、英語版ウィキペディアでのZhangについての記載はたった3つの文章しかありません。

ソーシャルネットワーク構築の話になると、私たちはよくMark ZuckerbergやEvan Spiegelが採用した全く異なる製品アプローチについて議論しますが、Allen Zhangのアプローチなしでは話が完結しないと私は感じています。過去8年間、WeChatはソーシャル・イノベーションの最前線に立ちつづけました。それは、Red Packet(红包)を通じたコミュニケーションのツールとしてのお金を普及させ、多くのミニプログラム(アプリのダウンロードを必要としない自立型サービス)を開拓しました。そして、全体としてはネット市民とブランドや企業を直接つなぐ、世界で最も人気のあるスーパーアプリになりました。

Zhangの周辺が静かなことは、彼にはメディアを敬遠する傾向があり、公の場で話をするのは年に一度、WeChatの年次開発者会議のときだけという事実が一部関係しています。先ごろ、Zhangは2019年の会議で4時間のスピーチを行い、そこでプロダクトに対する自らの哲学を世界に向けて披露しました。この投稿では、Zhangが2019年のスピーチで述べたカギとなる4つの原則を取り上げ、彼のまったく新しいプロダクトへのアプローチ法にスポットを当てます。

#1 黄金の原則: ユーザーはあなたの友だち

Allen Zhang の製品哲学のバックボーンとなるものは、ユーザーを友だちとして考えることです。これは、ユーザーのことを本当に親身になって考えてプロダクトを設計し、他のどんなもの(それが会社のステークホルダーであっても)よりもユーザーの利益を第一に考えることを意味します。Zhangにとって、常にユーザーを第一に考えることの重要性は非常にシンプルです。「私たちが純粋な共感をもってユーザーに対処するときだけが、私たちのプロダクトをより長く使ってもらえるときなのです」。Zhangにとってこれが意味することは、製品設計がデータ主導のチームによって継続的に最適化され得る「プロセス」になってしまってはならないということです。彼は、プロセスの最適化で解決できない気まぐれなインスピレーションがたくさんあると信じています。

Zhangがユーザーエクスペリエンスを優先することで生じるもうひとつの結果は、収益化によって、日々のプラットフォーム利用に悪影響を与える可能性のあるものはすべて回避するという傾向です。収益化の可能性を最大化するかどうかについてのAllenの解釈は、「白か黒か」のように極めて明確です。「もしWeChatが人間だとしたら、それにどれだけ共に時間を費やしたかに応じて親友になることができるでしょう。では、あなたは親友の顔に広告を載せることなどできるでしょうか?あなたは彼らと会うたびに、広告を見てから話をしなければなりません」。中国の他の多くのアプリと異なり、WeChatには、より良いユーザーエクスペリエンスを提供するVIP契約というものはないですし、アプリ起動時に全画面広告を表示することもありません。1日10億超のアクティブユーザーを持つアプリを使ったあらゆる広告収入の可能性があるにもかかわらず、 WeChatは、広告掲載をソーシャルフィード内に1日2つだけに制限しています。

#2 技術は効率のために

Allenは、私たちの生活における技術の目的とその役割について極端な見方をしていて、このように述べています。「1日は24時間しかありません。インターネットの最終目標は、食事、飲酒、睡眠、消化 (吃喝拉撒)以外のすべての時間を携帯電話に費やすことで私たちの人生の時間を減らすことではないはずです」。彼は、技術に与えられた使命は唯一、ユーザーの効率を向上させることであるべきで、業界がアプリに費やされた時間に焦点をあてていることには問題があると考えています。そして技術が持つ、私たちの効率を向上させる力こそが最も重要だと信じて、こう述べています。「ツールとして、WeChatはユーザーが最短時間で最も有用な情報を入手するのに役立つ必要があります」。Zhangは、利用時間を増やす方法がたくさんあるということは認めています。「しかし、それは彼らのソーシャルメディアの効率を低下させるので、ユーザーにとって良いことではなく…私たちは、"自分たちは最も高速で効率的だろうか?"という疑問を気にしています。これが唯一かつ最高のツールです」。この考え方には、私たちの日常生活におけるスマートフォンの役割についてSteve Jobsが元々持っていたミニマリストの視点と類似する多くの点があります。

これがWeChatの製品設計にどのように組み込まれるか、その一例として、開封確認やメッセージ配信通知の扱われ方があります。WeChatは、メッセージがいつ送信されたか、またはいつ読まれたかを示す情報を提供しません。その理由は、Zhangの最終目標が、ユーザーはメッセージを送信したら、それで会話から退出するというものだからです。彼の見解では、この原則が長期的に生き延びるための唯一の道です。

中国で最も人気のあるソーシャルネットワークを創り出した人が、自分のプロダクトを社会的な目的地ではなく、むしろ道具とみなして、効率性に集中していることは直観に反するものだと思えるかもしれません。しかしZhangが想定するWeChatの主な使用事例は、ユーザーが関係を維持する方法が簡素化され、それによってユーザーは電話を使わない時間を増やせるというものです。彼はここで、社会の効率性を高めるものとして技術の役割を正当化しています。「もし現実世界にインターネットがなかったら、誰もが人と[直接]交流するでしょう。人々はおそらく夕食に行き、パーティーに出席し、友だちに会うでしょう。しかし、このようなオフラインの社会的活動は必ず空間と時間を跨ぐため、その効率性は比較的低いです」。

#3 KPIは二次的なもの

Zhangが大切にしているマネジメントに対する考えの中で最も衝撃的なものの1つに、KPI (主要業績評価指標)によって過度に動機付けられたチーム(アメリカで広く実践されている運営)は、実際には逆効果だという考えがあります。Zhangのチームも、主要な指標は追跡していますが、それらはプロダクト戦略を推進するためではなく、主に、それを支える役割のエビデンスとして観測され利用されています。重要なのは、プロダクト戦略とパフォーマンス評価が主要指標の観点から定義されることは絶対にないということです。これは「データ主導の」アプローチに対し、「データを利用した」アプローチと呼ぶことができるかもしれません。

さて、KPIがプロダクトにとって第一のターゲットでないとしたら、何がターゲットになるのでしょうか。改めてですが、Zhangのチームは他の何よりもユーザーニーズに主導されており、彼らの世界では、良い数値はユーザーを理解することから生じる副産物であり、決して第一の目標にはなりません。「私たちのチームは、各機能やサービスの背後にあるより深い意味について考えるという習慣を身に着けてきました」とZhangは述べています。「機能が純粋にトラフィック目的のためだけにあり、それがユーザーにどのような価値をもたらすのか分からなければ、その機能は問題を抱えているか、または長期的なものではありません」。

Zhangは、このようにトラフィックに焦点が当てられることで、多くの素晴らしいプロダクトマネージャー(PM)を含め、あまりにも多くの人々が気を取られ、惑わされていると感じています。「多くの業界のPMたちが、会社によって惑わされています。なぜなら、会社の目的はトラフィックを増やすことなので、すべてのKPIはトラフィック生成に関することに基づいています。したがって、彼らの仕事は最高のプロダクトを作ることではなく、トラフィックを獲得するために可能限りの手段を用いることになります」。だからAllenは、トラフィックに関する特定の数字を上げることに過度にこだわるよりもむしろ、有機的な顧客獲得と新機能の有機的な採用を実現するよう彼のチームに求めるのです。これは、たとえ新機能のプロモーションに10億MAUを超えるWeChatの利用者を簡単に利用できたとしても、一歩引いてまずは自然な成長を見守ることが重要だとZhangが信じているということを意味します。「WeChatの最初の5ヶ月間、私たちは、新機能のプロモーションを行いませんでした。ユーザーが自然にアイテムを共有しようと思わなければ、どんなにプロダクトを宣伝しても意味がありません。

Zhangの意見では、最高のプロダクトは、有機的に採用されるだけでなく、説明も必要としないものです。彼の4時間のスピーチの間、ZhangはWeChatの最新機能タイムカプセル (ストーリーフォーマットについてのWeChatの解釈)を説明するのに45分費やしました。スピーチのその部分を締めくくるとき、彼は一旦静止して、こう述べました。「良いプロダクトに説明の必要はないと思っています。とても多く説明してしまいましたが、それは私たちがあまり上手くやれなかったということを明確に示しています」。

端的に言えば、ZhangとWeChatチームにとって、KPIは二次的なものでしかありません。直観的で、ユーザーフレンドリーなプロダクトかどうかということが、あらゆる決断をする際の基準となります。

#4 分散型エコシステム

WeChatで下方に表示されるナビゲーションバーには、「チャット」、「連絡先」、「発見」、「本人」の4つのタブしかありません。これは一見単純なものに見えますが、以前私たちが書いた通り、このスーパーアプリはメッセージングとしてだけではなく、他にもかなり多くの目的で使用されます。とても多くの点でオペレーティングシステムに似ていて、WeChatでは、ゲーム、ホテル予約、ショッピング、ニュース閲覧、さらにはMicrosoft Officeなども利用でき、幅広いアクティビティに利用できます。ただし注意が必要なのは、各ユーザーがこれらサードパーティサービス自体をすべて自分自身で積極的に検索して見つけなければならないところです。

WeChat を使用することは、2019年に全く新しいiPhoneをセットアップしたものの、そこにはアプリを探すためのアップストアがないといったようなものです。WeChatユーザーが公式アカウントまたはミニプログラム(サードパーティソフトウェア)を追加するためには、検索のための正確な名前を知っているか、スキャン用の特定のQRコードを持っているか、友人を介して開発者のページにリンクされる必要があります。一見すると、これは、極めて悪い検索のユーザーエクスペリエンス (およびビジネスモデル)のように思えます。では、何が、Zhangと彼のチームをこのようなエコシステム設計に駆り立てるのでしょうか?ほとんどのプラットフォームには、ユーザー、開発者/発行者、プラットフォームオペレーター間に三角形の関係のある3つの側面を持つプロダクトがあります。このシナリオでは、プラットフォームは、有料広告の結果として、またはトップトレンド製品の一覧提示によって、特定の開発者を信頼するようユーザーに促すことができます。その結果、多くの場合、大規模な開発者がより多くの収入を得ます。

Zhangはその代わりに、WeChatが環境全体の「世話人」として存在する多面的なシステムを構築するためにWeChatを推進します。この分散型エコシステムの中では、開発者たちには成長を実現するため、エンドユーザーに最大限の価値を提供することが理想的な形として求められます。Zhangが2018年のスピーチで述べたように、「私たちの仕事はむしろ、私たちのユーザーに敬意を示している良いサービスの数々を出現させることです」。Zhangにとって、分散化(このケースでは、すべてのミニプログラムと公式アカウントに平等な競争条件を与えること)は、長期的に継続するエコシステムの構築に不可欠なものです。「もし私たちが分散化しなかったら、テンセントはミニプログラムを独占していたでしょうが、その反面、外部の開発者はいなくなっていたでしょう。それはまるでテンセントが短期的な利益を得るかわりに、エコシステムを失ってしまうようなことです」。

これまで、WeChatは、流行りの公式アカウントやフォローすべきミニプログラムの一覧をユーザーに提供していません。ユーザーは、自分自身で一から開発者を探すことを求められますし、その逆もまた然りです。立ち上げからまだ2年未満ですが、100万を超えるミニプログラムが存在し、これらのミニプログラムの利用は2億DAUを超えています。Zhangは、エコシステムの早期の成功は、彼が数値の協調を頑なに否定してきた結果だと信じています。「もし私たちがKPIの達成度合いに基づいてミニプログラムを作っていたとしたら、KPIの公式化の方法すら分からなかったでしょう。もし、あなたが数値で自分自身を囲むなら、おそらくそれらを満たすことはありえないでしょう」とZhangは述べています。

Zhangの理想主義は、プロダクト、それもプロダクトのみに焦点を当てるという、時として一見率直すぎる強情さの中にはっきりと表されてきました。しかし一方で、Zhangを偉大なビジネスマンにしているのも、おそらくまさにプロダクトにこだわるこの強情さなのでしょう。10億を超えるユーザーが、日々WeChatにログインしています。このプロダクトはユーザーからとても信頼されており、WeChat Payは8億MAUを超える利用者がいて、彼らは自身の支払い実績情報をリンクし、モバイル決済のために定期的にプロダクトを使用しています。またその強情さは別として、Zhangはオープンな考えを持ち続け、自分自身のものの見方を再評価しようという気持ちを持っています。2012年、Zhangはプロダクトについて最初のスピーチを行いました (非公式の翻訳版スライドはこちら)。その独特のスピーチは8時間20分続きましたが、彼の結論の一部は、「私がたった今言ったことはすべて正確ではない」というものでした。締めくくりに彼は、常に自分の信念に挑戦し、自分自身の結論を否定し、自分の意思決定プロセスを再評価するクリティカルシンキングを求めました。

このような原則によって導かれた強い製品主導の哲学には必ず数々の挑戦が伴います。批評家たちは、Zhangのプロダクトに対する思考アプローチは、会社の存続という面では常に現実的ではないかもしれないと言います。ユーザーファーストの製品哲学は長期的な存続のために不可欠ですが、短期的には、株主価値の最大化と相反する可能性があります。Zhangの製品哲学を研究すると以下のようにいくつかの疑問が沸き上がります。これらの原則は一般化できるものなのか?WeChatがテンセントの一部ではなく、独立した民間企業だったとしても、収益化を大幅に先延ばしすることができたのか? 投資家の忍耐と、大局的なものの見方について、どんな教訓が得られるのか?そして最後に、プロダクトに関する自説にこだわるクリエイターたちがなぜチームのボトルネックにならないのか?Zhangがスピーチでも述べたように「良いプロダクトにはある程度の独裁が必要であり、もしそれがなければ多くの異なる意見が生じたり、一貫性のないプロダクトができあがったりするでしょう」。

しかし、ただこのような製品主導の原則の思考を検討することだけでも、それによって私たちは新しいアイデアや、フレームワーク、イノベーションを考えるようになるかもしれません。例えば、これらの原則は、さまざまなビジネスモデルにどのように適応させることができるのか?また、ツールとしてプロダクトを考えることは、伝統的に日々の利用時間に焦点を当てている他の分野にどのように適用、または適応させることができるのか?といった具合に。Allenの原則が正しいか正しくないかは、時間が経たないと分からないでしょう。しかしながら、それらを議論し、自分自身に挑戦する考え方を身につけることは、独自の製品哲学を形成するためにとても重要なことです。

Zhangのスピーチは中国語で配信されました。英語翻訳と、このような原則への分類は、私たち自身によるものです。

研究を支援してくれたAvery Segalに感謝します。

旧正月おめでとうございます!こちらの総括で、中国の技術トレンド、そしてその先にあるイノベーションに関する記事をチェックしてください。

 

著者紹介

Connie Chan

 

記事情報

この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: Four Key Product Principles from WeChat’s Creator (2019)

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