その課題、顧客の課題ですか? それとも市場の課題ですか?

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起業家の皆さんに「あなたが解決しようとしている顧客の課題は何ですか?」と聞いたときに、「この市場にはこういう課題があります」というような答えが返ってくることがあります。たとえば、

「オンライン診療が日本では普及していない(だから私たちはオンライン診療アプリを作っている)」

「機会損失が〇〇円という試算がある(だからこの業界の業務効率化に取り組む)」

「〇〇人分の人材不足と言われている(だから人材マッチングに取り組む)」

などです。

市場の課題が大きいことは機会が大きいことを示唆しており、確かに参考になる一つの情報です。しかし投資家などが知りたいのは、「目の前の顧客の一人は、いったい何に困っているのか」という顧客の課題のほうです。

市場で起きている課題はある意味で病気の症状です。症状自体も重要ですが、症状を起こしている病因の仮説のほうがより大事です。

病因の仮説がなければ、適切な薬の処方をすることができません。たとえば患者さんの熱が出ているのが、単なる風邪のせいなのか、それとも盲腸なのかも判断しないまま、熱を下げる薬を出したところでその薬が解決策になる可能性は少ないでしょう。

スタートアップでいえば、顧客の課題が病因にあたります。顧客の課題が分かっていなければ、適切な製品(病因に対する薬)を作ることができません。適切な製品を作ることができなければ、市場の課題という症状を解決することもできません。

それに市場の分析やデータから見える「市場の課題」の事実は、多くの人が知っています。他のチームと差別化ができるポイントがあるとすれば、そうした誰でも手に入るデータでは不十分で、必要なのはあなたしか持っていない顧客の課題への洞察です。

「実はこういうところに困っている」という「実は」という洞察が大事であり、その洞察が具体的な人や顧客に紐づいた形であるかどうか、あるいは実践した経験から導かれたものかどうかが、課題の解像度が高まっているかどうかの判断軸となるでしょう。

そうした「実は」という洞察が最初からくっきりと浮かび上がっていることは稀ですが、少なくとも方向性としてある程度の洞察がなければ、単に「市場分析をしました」というだけです。たとえば自分たちの洞察の部分がきれいなグラフで表せるだけだと要注意です。それは単に市場分析にすぎないかもしれないからです。

市場の選定は大事ですが、スタートアップの市場の場合はデータとしてまだ表れていない、小さな市場であるケースも多々あり、データは小さな参考程度にしかなりません。だからこそ、もっと定性的な「実は」のほうを深堀りしていきましょう。

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私たちが FoundX のプログラム(個室を無償で貸与する Founders Program など)に応募いただいたチームの方々の話を聞いたときにも、顧客の課題と市場の課題をときに混同してしまっているケースを時折見受けます。私たちが知りたいのは顧客の課題であって、市場の課題ではありません。知りたいのは病因の仮説で、症状についてではないのです。

市場の課題から入ることを否定はしませんし、それは有効な一歩だと思いますが、そこで止まらないようにしてください。その市場の課題を引き起こしている原因を把握し、その中から解決できそうなもの、そして最終的にスケールできそうなものを調べていきましょう。

顧客の課題を把握するには、顧客インタビューを繰り返す必要があります。場合によっては顧客インタビューだけでは不十分で、実際にアプリをリリースして反応を確かめたり、現場に赴いたり、業界経験が必要なときもあるかもしれません。その業界の専門知識を身に着ける必要もあるでしょう(業界本を片っ端から読むことは重要です!)。しかし、徐々に深堀していけばほとんどの人が知らない大切な真実のヒントを得られます。

私たちの見てきた優れたスタートアップの多くは、そのようにして一歩を踏み出しているように思います。

 

著者情報

馬田隆明

東京大学 FoundX ディレクター。University of Toronto 卒業後、日本マイクロソフトでの Visual Studio のプロダクトマネージャーを経て、テクニカルエバンジェリストとしてスタートアップ支援を行う。2016 年 6 月より現職。 スタートアップ向けのスライド、ブログなどの情報提供を行う。著書に『逆説のスタートアップ思考』『成功する起業家は居場所を選ぶ』。

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