バイオエンジニアリングの新しい分野は、私たちの食料生産や食料消費のあり方を劇的に変えることになるでしょう。石油時代は、IBM、BP、Texacoなど、私たちの世代を代表する企業や製造プロセスを数多く生み出しました。しかし私たちは、こうした製造プロセスが地球環境に及ぼしてきた影響に、ますます敏感になっています。私たちの環境と健康を改善するためには、製造業を見直す必要があるのは明らかです。
バイオエンジニアリングは、生物学はもちろんのこと、電気工学や機械工学、コンピューター科学、物質科学の知見を幅広く活用します。これにより私たちは、自然そのものを変える能力を手にすることができるようになります。2020年は、製造業が生物学に「取って食われる」年となるでしょう。新しい企業が台頭し、食料の栽培・生産・流通過程が根本的に刷新されます。
すでに工学的手法を生物に応用し、石油時代に生み出された食品の製造過程や製品に革新をもたらしている企業があります。Apeelはその一例です。Apeelは、植物由来のテクノロジーを活用し、果物や野菜を有機的な「皮」で包み、保護します。これにより、冷蔵せずとも従来の3倍長持ちさせることができます。これは、自宅のいちごを鮮度よく保つことに役立つだけではありません。Apeelは、ロジスティクスの分野に革命をもたらしています。コールドチェーンが多くの場合に不要になることで、コストが減り、選択性が増します。これは世界的な食品ロスの問題の直接的な解決にもなります。
他にも、リンゴを変色させる遺伝子を編集することで、茶色くならないリンゴを開発した企業などがあります。これらの製品は、消費者にとって利点があるだけではありません。世界の交易路を拡大し、新しい市場を開拓し、世界全体の食品ロスを減らすことで、グローバルなシステムの発展に役立ちます。
また、言うまでもありませんが、植物性の「食肉」への転換を私たちは目にしつつあります。Impossible FoodsやBeyond Meatといった企業は、すでに消費者から一定の支持を得ています。これらの企業は、メタンの放出や穀物の消費、大腸菌による汚染などといった従来の食肉業界の欠点を克服した代替的な食肉を開発しました。2020年には業界全体が、バイオエンジニアリングによって製造された食肉へとシフトするのを目撃するでしょう。これらの食肉は動物の細胞から直接培養されるため、これ以上動物を繁殖させたり、処分したりする必要がなくなります。
こうした製造手法は、他の食料製品にもどんどん応用されるようになります。すでに、牛を必要としない代替的な乳製品を生産している企業もあります。「麦ミルク」などの植物性の製品から、牛から分泌されるのではなく植物からとれる乳製品まで、さまざまなものがあります。また魚も、ますますこうした手法によって養殖されることになるでしょう。これにより、乱獲や環境上の懸念、水界生態系への有毒物の放出などといった問題が緩和されます。
人間が自然のプロセスを利用することでデザインを行うこれらの製品は、世界経済および世界中の人々の健康に革新的な影響を与えます。
人間が自然のプロセスを利用することでデザインを行うこれらの製品は、世界経済および世界中の人々の健康に革新的な影響を与えます。そしてこうした製造手法は、他の分野においてもどんどん応用されることになります。私たちの食品生産体制がバイオエンジニアリングに「取って食われる」につれて、今度は製造業の方が食品生物学に「取って食われる」ことになります。McoworksやBoltといった企業は、すでにキノコなどの材料を用いた「革製品」を作り出しています。今後、こうした取り組みはますます増えていくでしょう。例えば、光を発する木や、「建設」されるのではなく「栽培」される家などです。私たちは今、生物学の分野における新しい革新の時代の第一の波を目の当たりにしています。この分野における企業は、それ以前の時代に成功した企業と同じくらいの成長を手にするでしょう。21世紀における、Del MonteやCargillのバイオ版です。
2020年には、大学や企業におけるバイオエンジニアリングの進歩により、欠陥を抱えた世界のシステムを刷新する能力とテクノロジーを私たちはようやく手にすることができるでしょう。
著者紹介
Vijay Pande 博士は、Andreessen Horowitz のジェネラル・パートナーで、バイオファーマとヘルスケアへの投資に注力しており、Apeel Sciences、Asimov、BioAge、Ciitizen、Devoted Health、Freenome、Insitro、Omada、PatientPing、およびRigetti Computingの取締役を務めています。また、スタンフォード大学のバイオエンジニアリングの非常勤教授でもあり、化学生物学、生物物理学、生物医学の各分野で挑戦的な問題に取り組む Pande 研究室の顧問を務めています。
記事情報
この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: (Engineered) Food. It’s What’s For Dinner. (2020)