米国の年間医療費が3兆ドルを超え、対GDP比で20%に迫っています。医療業界は、チャンスとビジネス活動をするための機が熟していると言えるでしょう。しかし、事業の非効率性や無駄、そして重要ながらも複雑な規制要件がはびこっているのも事実です。新しいタイプの起業家やスタートアップが医療制度の難題に取り組んでいますが、彼らの多くは技術的・科学的ノウハウを持ちながらも、ヒト・場所・プロセスに関する数々の略語について内情を知っているとは限りません。ここでは、私たちが知るべき16の用語について見ていきます。全てを網羅するわけではありませんが、理解を深めていただき、変化のめまぐるしい医療分野における指針となれば幸いです。
規制関連の用語と機関
何よりもまず、医療分野におけるイノベーションはその順番の通り、安全性と効果性を伴っていなければなりません。大小問わず、全ての企業は医療倫理に従って自社の製品やサービスを扱う義務を負います。規制当局をはじめとする各機関もまた、患者の権利と健康を適切に保護することを目的に、複数の枠組みや計画を備えています。時にはそれらの取り組みが重複している場合もあります。
#1 IRB(治験審査委員会)。被験者を対象とした生物医学的研究を行いたい場合、IRBの承認を得る必要があります。これは医学以外の研究でも同様です。委員会は医療分野の専門家で構成され、患者の権利と健康、倫理を保護するために利用されています。こうした背景の下、IRBは研究の手順や手法、患者からインフォームド・コンセントを得る方法をレビューしています。それに加えて、起業家がIRBについて把握しておくべきことを2点挙げます:まず、IRBの対象は治療だけではないということです。例えば、単に患者のデータを分析したいだけでも、IRBの承認が必要な場合があります。次に、IRBのほとんどは特定の研究機関(大学や法人の研究機関)の傘下にありますが、スタートアップは民間IRBと契約し、小さな事業規模に沿った形で同じ役割を担ってもらうことも可能です。民間IRBを利用する場合、それが信頼できる業者であり、過去に同様のプロジェクトを担当した経験を持っているか、周りに聞いて確かめましょう。自社の業務に固有な性質を評価するのに適した能力を持つ業者を選ぶためです。
#2 HIPAA(医療保険の携行と責任に関する法律)。医療制度の下にデプロイするソフトウェアを開発している方にとっては、製品やサービスがHIPAAに準拠する必要があるので、よく耳にする法律なのではないでしょうか。この法律の主な役割は、個人の医療情報を扱う個人や機関の守秘義務を定め、保護することです。HIPAAは法令上の恐ろしい、あるいは厄介な足かせと見なされることも多いですが、準拠要件ははっきりと明文化され周知が進んでいるので、製品・プロセスの初期段階から組み込まれていれば、十分に扱いやすいものです。医療データの所有権と共有に関するソリューションの開発を目指す起業家に対し、HIPAAはチャンスを与えてくれるとも言えます。なぜなら患者はHIPAAの要件に縛られないからです。患者は自身の医療記録を完全な形で要求する権利を持ちます。さらに、その情報を第三者(データ分析企業や、治験業務を代行する医薬品開発業務受託機関(CRO)など、以降に説明があります)と共有・提供することも認められています。このように、同意を基に個人から直接データを取得すると、利用者自身がデータをより自由に扱えます。
#3 LDT(薬事未承認検査法)。昔から、診断学は投資や商業化を行うには困難な分野とされてきました。しかし、機械学習や人口知能、その他の技術の発達によって、診断学の分野は再び活性化しています。診断方法を開発するには、まず体外診断薬(IVD)あるいは薬事未承認検査法(LDT)のどちらを開発するか決める必要があります。IVDはパッケージ化した製品であり、たいてい装置やキットの形態で臨床検査室や医療提供者に販売します。LDTは検査室内で完結する診断検査です。IVDを商業化するには大がかりな検査や試験を実施して、米国食品医薬品局(FDA)の承認を受ける必要があります。加えて、市場開拓戦略を策定し、検体の収集と検査が行われる診療所や検査室にIVD製品を供給できる体制を整えなければなりません。それとは対象的に、LDTを提供するには検体の持ち主に来てもらう必要があります。そうすることで初めて検査をサービスとして提供できるのです。FDAはLDTを規制する権限を持ちますが、歴史的にあえて強制しないことを選んできました。したがって、LDTは多くの場合、市場開拓戦略として迅速性という強みを持ちます。しかし、事業の複雑性や厳格な内部統制が求められるという側面もあります。また、FDAは方針を再検討し、将来的にはLDTの規制に関する姿勢を変える可能性についても言及しています。要注目です。
#4 CLIA(臨床検査室改善法)。社内の研究開発から脱却して臨床検体を扱うにあたって、適切に検体を扱い処理する義務が生じます。なので、LDTの開発と商業化を行う場合、自社の検査室がCLIAに準拠していることを証明する必要があります。CLIAとは、あらゆる臨床検査を規制する基準です。連邦政府のメディケア・メディケイド・サービスセンター(CMS)が執行しています。要するに規制当局が求めるのは、臨床検体を扱う全ての検査室が優良試験所規範(GLP)に準拠し、適切な手順に従い、データの再現性を立証することです。困難に見えますが、経験を積んだ専門家の力を借りることにより、スタートアップの検査室であっても、ポリシーやプロセス、体制を整備し、CLIAの認証を迅速に取得することができます。特にコンプライアンス文化を採用する企業の場合、全てを一から始めるより、専門家を頼る方が明らかに得策であると言えます。
#5 IND(臨床試験用の新医薬品)の申請。新薬を開発する場合、人間での臨床試験を実施しなければなりません。実施にあたってはFDAの許可が必要です。IND申請書の内容により、FDAは新薬の作用をモデル動物で確認し、新薬の化学特性や製造法を理解することができます。また、開発した企業が人間で試験を実施する方法を説明することができます。ただし、提出書類が数千ページにも及ぶINDは気弱な人には向きません。山のような印刷物を苦労してU-ホールのトラックに積み込む企業の話は枚挙に暇がありません。ワシントンDCに申請書を運んで提出するだけなのにです。こうしてINDを提出したら、次は電話でFDAの様々な質問に応える必要があります。安易な気持ちで試すべきでないことがお分かりいただけたと思います(特に一人では)。専門家を雇いましょう。臨床チームを拡大する上で、INDの提出数を経験値の指標としましょう。最後に、新薬の開発を単独で済ませるのではなく、大規模で有力なバイオ医薬品企業と提携するつもりであっても、INDに道筋を付けることは重要なvalue-inflection milestone(価値変曲点)です。提携の候補として有力なバイオ医薬品企業の多くが、短期的効果の見込まれる革新的な新薬を大量に供給したいと考えています。なので、事業開発の議論ではIND申請に必要な研究(IND-enabling studies / INDの申請を行うのに必要な実験)のスケジュールが主題となる場合が多いです。昔からバイオ医薬品企業は、フェーズ2a(安全性と初期の有効性データを示せるので、恐らく最も重要なフェーズです)を通した概念実証を済ませた医薬品事業を探し求めてきました。しかしここ10年、競争の激しい分野において、バイオ医薬品企業がずっと初期の段階で医薬品事業をイン・ライセンシング(または合意を通して選択)するようになっています。結果、事業開発の議論においてINDの申請に至るまでの時間がなおさら重要になっています。
#6 USPSTF(米国予防医療専門委員会)。専門家による第三者被験者委員会であるUSPSTFは見過ごされがちですが、注目に値します。臨床スクリーニング検査の評価を行っており、民間保険者がその評価を受けて検査費用の還付に納得したりと、直接的な影響を受けているからです。USPSTFの評価では特定のスクリーニング検査による純益を査定します:多大な純益(A)、適度な純益(B)、僅かな純益(C)、純益なし(D)、不確定(I)。診断方法の成否は、USPSTFによるスクリーニング・ガイドラインの内容で決まる部分が大きいです。USPSTFがスクリーニング方法を「A」または「B」と評価すると、民間保険者はサービスの費用を負担しなければなりません。「費用の共同負担はないので、患者は共同保険、患者負担金、控除免責金額を一切支払う必要がないのです」。保険者や還付金の問題は医療業界における市場開拓戦略で大きな比重を占めているので、 USPSTFの評価の仕組みを学んでも損はないでしょう。このプロセスには、医師の専門学会や政府機関、業界団体による支援の下、何年もかかる場合があることに留意してください。
医療サプライチェーン
医療業界はその業界構造が複雑なことで有名です。患者は製品開発を行う製薬会社に助けられ、医療提供者に治療を受けますが、その費用の支払いは保険者(保険金)、患者(患者負担金)、事業主(福祉手当)による複合的なものです。その全てを把握するのは困難かもしれませんが、米国の制度において、保険や還付に関わっていながら、あまり知られていないプレーヤーをいくつか紹介します。
#7 PBM(薬剤給付管理者)。医療業界に新規参入した起業家の多くにとっては謎の多い業種かもしれません。ここ数年、数々の裁判(バリアント、Retrophinのマーティン・シュクレリ氏、ダラプリムとチューリングなど)が話題を集め、医薬品の価格設定に関する議論に火が付き、PBMには厳しい視線が注がれています。PBMが批評の的となっている理由は、製薬会社と保険者の両方から対価を受け取っているからです。価格の不透明性にも批判が集まっています。さらに、委託の仕組みにより、消費者向けの薬価を釣り上げているとして非難を受けています。ところで、PBMの正体とは何でしょう?PBMとは、製薬会社と医療保険との間で営業する第三者の仲介業者です。特定の保険制度が対象とするべき医薬品のリストを構築し保守します(処方集)。また、保険金申請の処理やその支払いの確保を行ったり、薬局と契約を交わしたりします。PBMはまた、処方集への新薬の採用や、割引と還付の実施について製薬会社と交渉します。彼らが明言する主目標は、あらゆる医療保険を対象に、保険者の費用管理をサポートすること。そして、医療効果の維持または改善を行うことです。ところが業界は今、変革の時を迎えています。保険者が垂直統合に傾く中、歴史的に有力な3大PBM(CVS Health Express Scripts、Optum、UnitedHealthcare)は、いずれも大規模なM&Aや投機を経験しています。Amazonもこの分野に参入すると噂されており、スタートアップたちは次世代型の「デジタル」PBMの構築を目指しています。
#8 医薬品卸売会社。医薬品卸売会社は医療サプライチェーンにおける卸売業者です。基本的なビジネスモデルは、製薬会社から大量のジェネリック医薬品やその他の医薬品を割安で購入し、小売薬局や病院などの販売場所に供給します。米国では3大卸(アメリソース・バーゲン、カーディナルヘルス、マクケッソン)が同国の医薬品の約90%を取り扱う一方、他の卸売業者は合併整理を行っています。医薬品の価格設定に対して政界・消費者からの反発が強まっており、今後、医薬品卸売会社の利幅は圧迫を受ける可能性が高いでしょう。この分野における3大卸の市場での強い存在感を考えると、新規参入業者が既存企業と張り合うのは極めて困難だと言えます。私たちのパートナーであるアレックス・ランペル氏によると(日本語訳:ディストリビューション VS イノベーション)、スタートアップと既存企業との競争の本質は、既存企業がイノベーションを達成する前に、スタートアップが流通を確保できるかどうか、だそうです。イノベーターたちが流通をどうやって上手く確保するかは不透明です。しかし、ロジスティクスの重要性や旧式システムへの依存が存在することを踏まえると、新技術は医薬品卸売会社に真の価値を提供するチャンスを秘めているのかもしれません(例えば、値下げ圧力を低減して利幅を保護するなど)。
#9 自家保険雇用主。一部の大企業は保険会社を相手に医療保険やpremium cost-sharing subsidies(保険料負担への援助)を整備する代わりに、従業員に医療給付金を提供する金銭リスクを自ら負う場合があります。費用対効果が高いからです。これによりスタートアップは、医療費の決定権(と関連データ)を握る雇用主を通し、チャンスを手にすることができます。保険会社への裏口も開かれます。こうした自家保険雇用主であっても保険金申請の処理を行うため、医療保険制度運営管理業務限定契約(ASO)と呼ばれる関係の下で、大手保険会社と契約する必要があります。雇用主はASOの条件を決めて、希望する医療機関・サービスと直接契約し、大量の従業員を全て保険でカバーすることができます。このように、スタートアップが証拠基盤を構築する上で、自家保険雇用主は良い取っ掛かりになり得ます。証拠基盤を構築することができたら、そのデータを活用し、保険会社に売り込みをかけることができます。しかし、このアプローチには欠点もあります。企業のベネフィット・マネージャーたちには既に売り込みが殺到しており、最初にトラクションを得るのは一筋縄では行かないかもしれません。さらに、こうした大企業の多く(日本語訳:もしおのずと SaaS が売れていくなら、なぜ私たちはセールスが必要なのか?)と同様、販売サイクルは長期にわたる可能性があります。雇用主に対して何らかの価値を証明する準備をしましょう(「pilot」参照)。相手先の従業員教育を行うことも想定しましょう(「B2B2C(日本語訳:B2B2C のビジネスモデルについて)」参照)。健康保険の次の年間登録期間(open enrollment period)が会社全体で始まるまで待つことも想定に入れましょう。
#10 統合医療制度(Integrated Health Systems)。医療提供者の多く(病院)は、保険者(保険会社)から独立し区別されています。したがって、病院制度の下では患者の治療に伴う請求や還付は保険会社に対して行われることが多いです。統合医療制度がユニークな点は、保険者と医療提供者の両方の役割を果たしていることです。先程述べた通り、ここ10年、保険者と医療提供者のサブセクターの間で垂直統合の傾向が進んでいます。このモデルを採用する評価の高い有力企業として、カリフォルニア州に本社を置くカイザーパーマネンテ、米国北西部に本社を置くIntermountain Health、ペンシルバニア州に本社を置くGeisinger、ピッツバーグに本社を置くUPMC、が挙げられます。医療提供者と保険者を統合することで、患者に予防治療や総合的治療を提供する動機が生まれます。その結果、患者の良好な医療効果と、制度全体の長期費用の削減が両立されます。複合的な制度の原理はこうしたものです。また、この特徴によって統合医療提供者は、新しい診察方法や治療方法、ワークフロー生産性ソリューションの試験を行うための貴重な場を提供できるようになります。直接的かつ即時に、医療費の低減というメリットを受けられるからです。
#11 薬局。CVS、ロングス・ドラッグス、ライト・エイド、ウォルグリーンなど(これまでのところCVSとウォルグリーンが最も有力です)、都市部に点在する小売薬局チェーンは誰にとっても馴染み深いものです。しかし、小売薬局の他にも「専門薬局」として知られる別の区分の薬局があります。PBMと強い繋がりを持つ専門薬局は、バイオ医薬品や注射剤など、対面での密なやり取りが求められる非常に高価な医薬品や、複雑なロジスティクスを扱っています。その市場規模は総額1000億ドルを超えます。PBMが関わる垂直統合が驚くほどの広がりを見せています。CVSは保険者のエトナを買収中であり、既に大手薬局としても活動しているウォルマートは、保険業者ヒューマナの買収に入札していると噂されています。こうした混乱が収まれば、バリューチェーン全体にわたる業界再編の動きにより、機会と脅威の両方が起業家もたらされることでしょう。
他に知っていただきたい医療用語
#12 PMPM(保険加入者1人あたりの月額)。この用語は文脈によって大まかに2つの意味を持ちます。1つは人頭払い(固定費)方式のことです。健康維持機構(HMO)が患者のかかりつけの医者に対して毎月特定の金額を加入者(患者)ごとに支払います。医者が担当する全ての加入者が対象です。患者がその月に受けた治療の回数は影響しません。いわば雇用契約のようなものです。PMPMは、保険会社が保険を受ける患者の費用を評価するための単位としても使われます。これはどういう意味でしょうか?保険者や雇用主に売り込みをかける際、当然ながら相手は簡潔な数字でソリューションの費用や利点を理解したいと思うはずです。給付金の支払い義務が生じる(すなわち医療効果が改善したということ)までには時間がかかる場合が多いからです。というわけで、PMPMを基に製品やソリューションの価格設定を行うことができます(例えば、 $xドルPMPMの支払いを受けています、といった具合に)。このアプローチの利点は、加入者が製品やサービスを利用するたびに支払いを受けられるという点です。欠点は、保険会社がPMPMの費用増加に対してとても敏感であるという点です。メリットが認められるまでに時間がかかる場合は特にそうです。こうして、PMPMを基に重要な価値を獲得する能力(または余裕を持って値上げを行う能力)が制限されてしまいます。もう一つの価格設定方法は、共同負担ベースです。医療効果の改善(または合意した別の評価基準)を証明できるまで、前払金をほとんど、あるいは全く受け取らないという方式です。医療効果に基づくアプローチは販売するのが容易で、長期的により大きな価値を獲得できる場合が多いです。しかし、業績指標を達成できなければ、会社の命運は尽きたと言えるでしょう。
医療制度全体が経済価値ベースのモデルへ向けてシフトし続けています。医薬品の価格設定ですら例外ではありません。そのような中、新たなイノベーションを採用する上で、提供する価値の評価基準がこれまでになく重要な座を占めるでしょう。しかしPMPMと比べて、経済価値ベースの価格設定は料金の請求や検証方法が細かく、とても複雑なものです(未だに一部の組織が、安定した支出項目別予算方式を好む所以です)。よって、費用節約と医療効果改善(体重減少など)に直接結び付く、観察可能な評価基準が安価で手軽に利用できるのであれば、医療効果に基づく価格設定の方が遥かに楽なのです。しかし、わずかな費用を節約したい場合、サードパーティの支援の下で、サービスにより節約できる金額を定量化する必要がある場合もあります(さらに、保険計理士同士の食い違いを防ぐ必要があります。片方が節約費用の見積もりが過大であると主張したり、他のサービスや活動が節約の原因であると言い張ることがあるからです)。
#13 医療損害率。健康保険の効率を測るための財務比率です。健康保険の医療損害率が75%であれば、保険料を1ドル支払うたびに、保険業者は加入者が申請した医療給付金に0.75ドルを費やし、残りの0.25ドルは諸経費やマーケティング、利益などに回されます。現行の医療費負担適正化法や一部の州では、医療損害率を最低比率以上に保つことを義務付けており、保険業者は慎重に利益幅を調整するプレッシャーを受けています。これにより、保険業者の効率性を向上するソフトウェアや技術に関わる、大きな市場機会が生まれています。
#14 創薬におけるターゲット化合物とリード化合物(HTS、HTL)。新薬を作るには膨大な時間やリスク、費用を負わなければなりません。さらに、医療業界に新規参入する起業家やテック起業家が陥りがちな落とし穴がいくつかあります。計算治療企業(computational therapeutics company)を起業する場合であっても把握しておくべきでしょう。どのような場合も、創薬や新薬開発のプロセスではターゲットの同定を最初に行います。ターゲットとは、疾患のドライバー(病気の原因)である考えられる生物学的作用を及ぼす特定の物質(遺伝子やタンパク質など)です。ターゲットの同定が済んだら、それが有意な疾患のドライバーであることを立証します。まずは自分自身、その次に他人に対して、一連の実験を通して立証します。検証済みのターゲットが手に入ったら、次にターゲットを「ヒット」する医薬品を見つけなければなりません。そのターゲット*のみ*をヒットするものが理想的です。有毒性、ターゲットから外れた薬効(off-target effects)、そして究極的には人間への逆効果と安全性問題を防ぐためです。ハイ・スループット・スクリーニング(HTS)は、ヒット化合物を特定するための一つのアプローチです。簡単に言えば、大量の分子をターゲットに衝突させて、どの分子が付着するか(すなわちターゲットに対して活性を持つか)を確認します。そして、新薬として最もポテンシャルの高いヒット化合物を抽出します。ヒット化合物をふるい分けて次のステップに進む段階をhit-to-lead(HTL)と呼びます。ふるい分けによってヒット化合物は「リード化合物」(セールス用語「リード」に近い意味です)になります。リード化合物を微調整するこの段階では、化学的性質を調整し、目的の薬効に近い性質を持たせます。このプロセスをリード最適化と呼びます。リード最適化が済んだら、追加の実験を実施し、開発候補化合物(またはリード候補化合物)を一つ決定します。開発候補化合物の決定は重要なマイルストーンです。なぜなら決定に伴い、莫大な追加投資を行って高額な動物実験を実施し、INDに備えなければならないからです。
#15 医薬品開発業務受託機関(CRO)上に述べた創薬や開発プロセスの難しさを考えると、スタートアップの多くが既存大手のバイオ医薬品企業と協業や提携を目指すことは驚くに値しません。しかし、バイオ医薬品企業のパートナーがいなくても、CROを呼んでほとんどの作業を外注することが可能です。外注作業としては前臨床試験や臨床試験などのワークフローが考えられます。戦略的かつ専門的な核心技術を自社内で維持することは当然必要です。しかし、CROは自社が莫大な資本投資を行ったり、専門分野を全てカバーするために大金を費やして採用を行ったりする必要性をなくしてくれます。限られた大手CROも存在しますが、優秀な小規模CROも数多く存在し、様々なプロセスの段階に特化しています。周りに確認し、評判が良く、外注作業を行うのに適した専門技術を持ち、それが経験に裏打ちされているCROを選びましょう。提携先についても同様です。バランス感を持って計画を立てることも重要です。計画を立てた段階で、十分なプロダクト・マーケット・フィット、マイルストーン、社内技術の発展に必要な規模性が備わっていなければならないのです。
#16 KOL(キー・オピニオンリーダー)。誰でも知っている用語かと思っていましたが、最近、KOLの概念が医療業界にある程度固有であることに気づき始めました。その名が示すように、KOLは特定の分野でソートリーダーとして認められているリーダーです。しかし、医療業界ではその意味が「インフルエンサー」の従来的な意味合いを逸脱しています。KOLとは、科学的要素が複雑に絡み合い、分野の深い知識が必須である医療業界において、明確性と助言を与えてくれる者を指します。例えば、自分のスタートアップが特定の治療分野で活動する場合、研究者や臨床医に主導的な役割を果たしてもらい、KOLとしての助言を得ることは非常に有益です。KOLが取締役員を兼務することもあります。しかし、バイオ技術業界では科学諮問委員会(SAB)を設置し、分野の幅広い知識やインフルエンサーとの提携を確保することが一般的です。助言以外にも、自社と関わる適任のKOLは、チーム・技術・アプローチについて信頼性の高い検証を行うことができます。さらに、資金調達、採用、事業開発に必要とされるクリティカルなサポートや人脈を提供してもらうことが可能です。
著者紹介
Jorge Corde は、Andreessen Horowitz のジェネラル・パートナーとして、生物学、コンピュータ・サイエンス、エンジニアリングの各分野における投資をリードしています。
a16z入社前は、がんやその他の疾患を治療するために、疾患を誘発する遺伝子の発現を制御する新しい医薬品を開発しているSyros社(NASDAQ: SYRS)の最高戦略責任者を務めていました。それ以前は、同社の最高財務責任者および最高製品責任者を務め、Syrosの新規遺伝子制御技術のプラットフォーム戦略を指揮していました。Jorgeはまた、2015年にTute Genomicsに買収されたヒトゲノム解釈会社Knomeの共同設立者でもあります。キャリアの初期には、MedImmuneでマーケティングとオペレーションを担当し、Morgan Stanleyではバイオテクノロジー投資銀行家として働いていました。
Jorgeは、ハーバード・ビジネス・スクールでMBA、ハーバード・MIT健康科学技術部門でMS、ジョンズ・ホプキンス大学で生物学の学士号を取得しています。
MIT Technology Review誌で世界の若手イノベータートップ35に選ばれ、Aspen Instituteのヘンリー・クラウン・フェロー、Aspen Global Leadership Networkのメンバーでもあります。以前はボストン科学博物館の理事を務めていました。
以下のAndreessen Horowitzの投資先企業の役員を務めています。Asimov、Camp4、EQRx、Komodo Health、Octant Bio、Tmunity、twoXAR。
記事情報
この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: 16+ Terms Entrepreneurs Should Know for Navigating the Healthcare Industry (2018)