医療を再構築する時代 (a16z)

私たちがアメリカで直面しているヘルスケアの課題は、ほぼ紹介するまでもなく知れ渡っています。アメリカの医療費は、今やGDPの約18%を占め、2017年だけをとってみても最高3.5兆ドルと推定されています。現在、合衆国の医療評価の格付けは、乳児死亡率、平均寿命、医療全体において最低であり、この事実に鑑みれば、その推定額は高額すぎると言えます。それらの統計を洗い直して繰り返し答えを出し、変わることのない企業と複雑で不安感を呼ぶ政策、この部門の不況に起因する悲観論がうずまく業界の影響を受け、完全に窒息状態に陥る可能性があります。

ですが、本当のことを言えば、これまでにこれほど楽観的な要因を持つ時代はありませんでした。私たちは、アメリカの医療のエコシステムにおける大きな構造転換の真っ只中にあり、そのすべてに、合衆国の医療状況における需要と供給の両方のあり方を一新する可能性があります。それらの転換により、新規参入者を導き入れる、希少で力強い小さな入り口ができようとしています。彼らがこの先10年間の状況を決定するのです。

力ある消費者の時代

ここ何年も、消費者中心の医療への転換という話題がとりあげられてきました。けれども今回は2つの主要な要因があるため、これまでとは全く違います。その要因とは、 1) 経費の増加、 2) 期待の高まりです。需要と供給の等式の需要側では、これまで以上に消費者の負担額が増えています。 毎月の保険料と年間自己負担額は上昇し、雇用主はもはや全額負担ができず、それを望んでもいません。医療保険は、今や、保障内容が平均的な4人家族の場合で2万ドル以上の負担になり、家族の平均的な毎月の保険料は、2008年以来、55%上昇しています。この上昇の速さは、労働賃金の2倍の速度、物価上昇率の3倍の速度です。平均年間自己負担額もまた、2008 年以来、212%上昇しています。この費用負担額の上昇の結果、強制ではないにせよ、これまで以上に、個人が医療上の決断をすることが求められるようになります。

さらに、新たな消費者の期待があります。消費者は、スマートフォンを通して、かつてないほどに多くのサービスを即座に利用できるようになりました。このため、消費者は、ソフトウェアを使って車の注文、航空便の予約、食料雑貨の購入をするかのように、ますます医療におけるオンデマンド型のソリューションを期待するようになっています。この新たなタイプの医療消費者は、日常的に自分の治療を管理することにますます関心を高め、新しい技術や健康情報の活用に積極的に目を向けています。そして、彼らは、従来の病院や医師の診療所の外に治療を求めて、すでに現状を打破しようとしています。

ある意味では、医療サービスが病院や医師の診療所を出て分散していることは、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の瞬間と言えます。1940年頃以前は、合衆国においては、往診の約40%が内科医の診察でした。都市化および交通機関の進歩に加えて、医療技術が進歩したため、 数量に基盤を置く治療が原因となって、医療は病院や巨大医療制度の中にほぼ完全に封じ込められる結果となりました。1980年までには、往診は、治療の提供の0.6%未満になりました。

しかし、再び流れは変わりました。消費者の需要の変化は、新たな治療の供給モデルの拡大を生み出したのです。その中心となったのは、さらなる利用のしやすさ、費用の安さ、体験の豊富さです。これが、合衆国の応急処置診療所が急増した背景にある理由で、実際に影響力のあるものの一つです。これらの診療所は、現在では、7,700箇所以上あり、救急救命室の5,300箇所を上回っています。すでに、全く新しい様々な「受診」方法があります。ある調査の示すところでは、これまでに、雇用主主体の保険に入っている消費者の60%が応急処置診療センター、25%がリテール・クリニックでそれぞれ治療を受け、11%が動画で受診しています。One Medical、Forward Health、Paladinaなどの一次診療に投資する新規参入企業は、様々な「オンデマンド」型のオンラインサービスを提供しています。例えば、当日予約の診療、即時仮想受診、入手可能な医療記録、処方箋の更新などです。医療がピザの注文のように、かつてないくらいに気軽になると言いたのではありませんが、消費者は簡単なボタン一つで医療(または遠隔医療)を利用でき、すでに医療は、消費者がすぐに手の届く状態で提供されることが多くなってきています。

サイロの解消

アメリカにおけるサイロ化された医療制度の複雑な構造は、手に負えないものであると感じることも少なくありません。多くの利害関係者が別々に、自らのサイロで他と断絶した動機で行動しており、価値ではなく数量のために動いていることもよくあります。けれども、これらのサイロは解消し始め、私たちは、基本的に高レベルな治療を提供し、それに対して支払い、それを経験する方法を再考する新たな機会を創出しています。

支払い者と提供者の間の従来の2つのサイロをとりあげてみましょう。伝統的な「サービス料」制度では、病院や診療所は、必ずしも総医療費や成果ではなく、数量の重視が求められるかもしれません。けれども、動機をよりよい結果に結びつけるため、また、医療の隔たりと分断に働きかけるため、支払い者と提供者の境界線がぶれ始めたことを私たちは理解するようになりました。例えば、数週間前に、Blue CrossとBlue Shield of Texasが、病院と診療所の世界医療ネットワークであるSanitasとの提携で、10箇所の「先進一次医療センター」 を設置するという計画を発表しました。この提携は、価値に基盤を置く新しい医療提供モデルを創出しています。それは、人の健康を改善するために全体論的手法をとるものです。それらの医療センターは、一次医療、応急処置、実験、診断画像サービスから、福祉プログラム、疾病管理プログラムまで、費用の軽減と成果の改善をする一方で、1人の患者の治療プロセス全体に関わる医療をまとめるという強みに拍車をかけるものとなります。

その他の効果的なモデルとして、これら2つの存在を、大規模に一体化させ、融合させる技術を用いているものもあります。例えば、アーリーステージのMedicare Advantage提供会社であるDevoted Healthは、自社を「ペイヤー(支払い者)」と「プロバイダー(提供者)」を合わせた「ペイバイダー」組織体と表現しています。Devoted Healthは、第1日目からソフトウェアを使用し、患者と計画し、調整し、連絡をとって、一歩先を考えた高齢者のための医療供給制度に向けて方向転換をすることができるようにしています。Devotedは、このような制度により、最愛の人の容態が悪化して、病院での高額な救急医療が必要となる前に、最初の警告サインで自宅に直接医療チームを配備することができます。これは明らかに患者のためになり、また、制度のためにもなります。この新しい世界の勝者は、包括的で、成果、費用、体験のすべてにおいて勝利する、何から何まで網羅するソリューションに焦点を合わせている者なのです。

タイタンの戦い

歴史的にみて、既存産業の当事者は、技術を自らの制度やワークフローに取り入れる方法を模索するものです。つまり、技術とは、購入し、実装する製品であり、理想とは言えない結果を伴うこともよくあることです。医療分野の新規参入企業の設立には、その中核にテクノロジーが据えられるようになってきており、その企業のDNAにはテクノロジーが構築され、消費者中心の感性を伴うようになってきました。医療分野に移動してきたそれらの企業が、Amazonなど、テクノロジーを扱う大手企業である場合もあります。また別の例では、TechNativeの例のように、設立当初にテクノロジーを武器にして、医療分野でゼロから作られていった新規参入企業もあります。

さらに、規模の点で有利な大規模小売店が、直接販売の仲介業に大きな機会を見出して、消費者に直接商品を提供する可能性もあります。これらの「非従来型」の参入者は、競争圧力を生み出し、その圧力は全面的に増大しています。支払い者と提供者は、利ざやと顧客基盤にますます圧力がかかっていく状況に直面するでしょう。顧客基盤は、必然的に、より低コストで優れた顧客体験サービスを購入することになります。このことが推進力となって、再び新たな非従来型の協力関係が出来上がります(例えば、Berkshire/Amazon/JPMの関係)。一例として、CVSとAetnaは、その取引により、国内有数の大手小売店兼薬剤給付管理会社と国内有数の大手医療保険会社として合併しました。 この新しい組織体は、10,000箇所以上の店舗と1,100箇所以上の簡易診療所を持っており、「医療への新たな玄関口」になることを望んでいます。Amazonに処方箋を玄関先まで届けてもらうことができるだけでなく(例えばPillPack)、プライム会員として補助金付きの遠隔医療サービスを提供してもらうことができる世界を想像してみてください。あるいは、Walmartの店舗で新しいタイヤや食料品雑貨を買うことができる一方で、一次医療で自分の医師に診察してもらうこともできる世界を想像してみてください。

これが私たちの時代

私たちが破壊点にいることを、医療産業の様々な利害関係者すべてが認識する瞬間に私たちは到達したのです。費用が上昇し続けることはあり得ず、結果が停滞したまま、または、落ち込むことはあり得ず、政治的な圧力は強くなり続ける一方でしょう。破滅的な嵐が巻き起こっており、破壊されるかもしれない一方で、それはまた、干ばつに見舞われた光景を生き返らせることができるかもしれません。起業家が時価総額の高い会社を設立するには過去最大の機会です。今回は、賭け金が違います。

私たちにとって、今が大規模なヘルスケアの再構築の時です。大きく変わるでしょう。価値創造があり、価格破壊があるでしょう。しかし、何よりも重要なのは、今こそが私たちの医療制度を再考する時だということです。イノベーションの大波が変化の津波とぶつかっている時に、アメリカの医療にそれ以外に何があり得ると言うのでしょうか。

 

著者紹介

Jorge Conde
Venkat Mocherla
Jane Suh

記事情報

この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: For Healthcare, This Time Really is Different (2019)

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