ソフトウェア企業の M&A はすべて同じというわけではない (a16z)

SaaSなどのソフトウェア企業の最近の合併と買収(M&A)の活動については、売却数(7)、その価値(86億ドルの開示価格)、タイミングでさえ(すべてがまさに直近の30日間に発生したもの)、注目すべき点ではありません。

注目すべきなのは、この最近の活動の波が、買収者による成長を目的とした取引(統合を目的とした取引ではなく)の増加を意味するのかどうかです。

そのような区別はなぜ重要なのでしょうか。まず第一に、取引にさっと目を通してみましょう。7件の取引のうち、4件で、プライベート・エクイティ企業(Vista Equity Partners、Accel KKR、Thoma Bravo)が買収しており、売却されたのはそれぞれ、Marketo、Ping Identity、Sciquest、Qlik Technologiesです。これは、過去のテックのM&A活動と同じで、いつも通りであるといえます。2000年に最後に見られた絶頂期の数をわずかに下回る水準になるまで、テックのM&Aを推進してきたのは、主に株式非公開化取引の形式でのゼロ成長の取引(あるいは、大規模な一流テック企業による統合)です。

f:id:foundx_caster:20200521031624p:plain

テックのM&A数は全体的に堅調

すべてのM&Aが同じではないため、ゼロ成長M&Aと成長M&Aとの違いは重要です。より大きなプラットフォームの転換と新製品のサイクルにおける将来的な投資の兆候となるからです。

このような理由で、最近の3件のクラウドサービスの取引—— Salesforce.comによる電子取引ソフトウェア・プラットフォームであるDemandwareの29億ドルでの買収、Oracleによるカスタマーエンゲージメントおよび省エネ企業のOpowerや、建設契約 / 決済管理会社のTexturaの買収—— が注目に値します。これらは成長取引の象徴です。製品ラインの拡大、地理的な拡大など、買収者のために売上の成長を拡大する周到な準備がなされているものなのです。かつて書いたことがありますが、これは、過去15年間、ずっと立ち遅れてきたテックの領域であり、2015年のM&A活動において表向きの増加の陰で実際に起きていた現象です(2000年の絶頂期のレベルのほんの約20%の成長です)。

f:id:foundx_caster:20200521031848p:plain 

とはいえ、現在、さらなる成長M&A活動の兆しはあるのでしょうか。

Salesforce.comとOracleによる最近の買収が、CiscoやMicrosoftなど、他の大規模なテック企業からのより大きな「成長」買収の到来を予見するものかどうかが問題です。この質問に答えるためには、M&Aを動かす傾向にある条件の、より大きな背景に注目することが手掛かりとなります——

条件 #1: 中核となる収益成長率の下降

テックは、定義上、製品で動く事業です。製品にはサイクルがあります。収益はサイクルを辿ります。そのため、企業が製品サイクルの衰退期を迎える時に、収益成長率は下降し、それはそのサイクルを再活性化する方法を見つけるまで、あるいは、よりありがちなこととしては、製品サイクルの衰退期ではなく、成長期にある新たな製品を発明(または買収)するまで、続きます。

IBMが16四半期連続で収益成長率を落とした例は、企業が製品サイクルの衰退期を迎えた時に何が起こるかを示しています。未知の部分は、そのような企業によるAIやブロックチェーンへの長期投資(Ginni Rometty CEOは、最近、200以上の試みを行ってきたことを明らかにしました)が、サイクルを再活性化する助けになるかどうかです。ほとんどの会社がこの位置——短期の製品サイクルと長期投資の収益の間、あるいは、全く新しい方向性を模索中の状態――にあります。そのため、私たちは、そのギャップを解消し、中核的な収益成長率の下降に歯止めをかける方法として、彼らがM&Aを求めるだろうと予想できます。

条件 #2: 高額な現金残高

M&Aには資金が必要です。企業の買収能力の物差しは、会社の時価総額で割った貸借表の現金の金額です。その金額が多ければ、その会社が買収のために現金を使って資金調達をする自由度がより高いということです。

ですから、その他の条件が等しいならば、私たちは、その会社の時価総額に対して現金割合が高い場合に、より多くのM&A活動を行うだろうと予想できます。結局のところ、最も革新的な会社は、単なる株主への配当ではなく、先進的であり続け、より大きな価値の確立を可能とするため、そして未来の成長のために、自社の現金を再投資する会社なのです。

条件 #3: 増加する(あるいは少なくとも安定的な)収益マルチプル

収益(PE)マルチプルが常に高い状態で株式の売買がされている場合は、どの企業も買収を希望します。標的となる会社のPEマルチプルに対して高い場合は特に。理由は? 標的となる会社からその企業が受ける収益は、買収者のPEマルチプルにおいて取引後に評価されるからです。これにより、既存の会社の株主にはより好ましい取引になります。収益の希薄化は望ましくなく、M&Aを遅らせます。

けれども、2000年のテック・バブルで目にしたように、常に高いPEマルチプルを確保できない場合は、少なくとも、低下するマルチプルではなく、安定的で増加するものを望みます。PEマルチプルの変動により、取締役会がM&Aによる株価の希薄化または増大を予想することが困難になり、マルチプルが安定するまで何もしない状態が続く傾向が強くなります。

テックのM&Aについて考えるための上述の条件の枠組みを前提にして、潜在的な「同業他社」の買収者クラスで何が起きているかを見てみましょう。

結局、すべての成功したスタートアップは、続けて新しい同業他社になるのです。かつてない程に短いスパンの間に。

以下の点に注意してください。私たちが「同業他社」について話をする場合は、それは、それぞれの領域で長期にわたり、上場企業の牽引者であるようなテックの大企業を指しています—— EMC(現Dell-EMC)、Google、HP(現Hewlett Packard EnterpriseおよびHP Inc)、Microsoft、Oracle、Salesforce.com、SAP、 (Dell-EMCの一部でもある)VMwareなどです。私たちはこれらをFacebook、 LinkedIn、Servicenow、Splunk、Workdayなどの「新規の同業他社」——つまり、過去5年間に上場した企業、またはそのために潜在的な新たな牽引者として現在自らを位置付けている企業―—と比較します。結局、すべての成功したスタートアップは、続けて新しい同業他社になるのです。かつてない程に短いスパンの間に。

f:id:foundx_caster:20200521032612p:plain

M&Aを動かしているものは何でしょうか。

上記のグラフは、一流のテック同業他社の間に見られる傾向を、私が概要を説明した3件のM&Aの条件と比較して示しています——

  • 中核的な収益成長率の下降――当てはまっています!実際のところ、収益成長率を辿ると、このグループは約40%だったバブル絶頂期から、現在は最高でも10%にとどまる状況を目の当たりにしています。
  • 現金残高の高さ——当てはまっています!時価総額の割合としての現金は、ほぼ過去17年間の高さで、20%に近づいています。私たちがバブル崩壊後の停滞状態にあり、時価総額がほぼ常に低かった2002年以降、これよりも高いレベルは目にしていません。
  • 増加する / 安定的なPEマルチプル——ある程度まで当てはまっています。私たちが140倍という2000年の絶頂期のPEレベルとは程遠い所にいる一方、PEレベルは依然として堅調で、最も重要なこととして、安定しています。非常に高いマルチプルでなくとも、安定性は、より重要です。なぜなら、変動はM&A活動の敵だからです。

それでは、同業他社グループでテックのM&Aの条件が整っているとすれば、これまで成長M&Aを目にしてこなかったのはなぜでしょうか。

さて、M&Aを促進する市場特性の多くは、そのまま企業を、アクティビストである株主集団の格好の標的にすることが判明しています。アクティビストは、高い現金残高を有し、中核事業が衰退している企業を探っています。なぜなら、彼らは、配当または株式の買い戻しで現金が株主に戻ることを望んでいるからです。これは、それらのアクティビストの標的が、もはや新たな製品サイクルのM&A、または社内の研究開発という形での成長への投資ではないことを意味しています。その理由は、そうすることが、彼らの目先の収益を引き下げ、過剰な現金を消費するからです。

そして、それこそがテック業界で起きていることなのです。アクティビストの管理下にある資産の量が拡大してきたため . . .

f:id:foundx_caster:20200521032822p:plain

. . . 多くのテック業者の中のアクティビストの関わりの程度も拡大してきました。

f:id:foundx_caster:20200521032857p:plain

アクティビストの標的

しかしながら、最近のアクティビストの関わりの一覧に抜けている名前がどれであるかに注意してみましょう。Salesforce.comとOracleです。その両方が最近のM&A活動において傑出した目玉となっています。

それなら、なぜ彼らはアクティビストの標的になることを逃れてきたのでしょうか。Salesforce.comは、非常にわかりやすい仕方で、とても上手く事業を成長させてきました。たとえ彼らの収益成長率が過去5年間で緩慢になったとしても、彼らはそれでもその期間に売上高を約5倍に伸ばしています。その種の成長は、アクティビストにとってはクリプトナイト(弱点)なのです。そしてOracleは、売上高の成長が基本的には横ばいであっても、創業者のLarry Ellisonによって約25%が制御されています。この種の株主のコントロールもまた、アクティビストの介入を防ぐ予防薬のひとつです。 Googleもまた(1株3議決権制度のおかげで)、アクティビストとの闘いに時間を使う必要がないので、同業他社集団の中ではずっと活発な買収者であり続けましたが、その理由がまさにこれです。

f:id:foundx_caster:20200521033115p:plain

「債務のない」同業他社

よい知らせは、今日のアクティビストは、自分たちのテックの活動を全体に抑えるかもしれないということです。これには、この資産クラスに関する縮小する報酬や乏しい業績などの明白な理由の他に、次のような事情があります。そうでなければ魅力的なアクティビストの標的となる多くのテック同業他社が、アクティビストの現金曲線の山を越えた側にいます。あるいは、彼らはすでに「払うべきものを払っている」と言うことができるかもしれません。配当や株式の買い戻しという形、もしくは、(eBayとHPがそうしたように)株式分割によって、投資家に現金を戻すことにより、彼らのほとんどがアクティビストの気管切開を生き延びました。これは、今やそれらの会社の取締役会が、株主の基盤を再構築し、成長の検討課題を追求する自由を手にしていることを意味します。

実際、M&A活動を見ると、必要なアクティビストの運動の後に続いて、いくつかの戦略的な成長取引があったことが明らかになります。株式分割後、私たちはeBayが2件(Cargigi、Twice)、Paypalが3件(Cyactive、Modest、Xoom)、HPEも自社で3件(Aruba、Contextream、Stackato)、買収を行ったのを目の当たりにしました。そして、それは単なる偶然の一致かもしれませんが、悪名高きアクティビストの投資家、Carl Icahnが完全にAppleの株式をイグジットしたと発表してから数日以内に、Tim CookはAppleのDidi Chuxinへの10億ドルの投資を発表しました。

このように、アクティビストについて言えば、空は晴れ渡りつつあるように見えます。けれども、それならば、より広い視点から見たときの同業他社の全体像とは無関係に、SaaSが内在的に従来のオンプレミス型のソフトウェア会社よりも買収が難しいとする主張はどう考えればよいのでしょうか。過去30日間の86億ドルのSaaSの取引の証拠に加えて、私のもう一方の側面に関する経験——つまり、単なる投資家としてだけでなく、HPの国際的なソフトウェア・サポート事業の元経営者としての経験——は、それがM&Aの妨げとなる可能性は、あまりないことを示唆しています。

SaaSベンダーでいるためには、顧客の成功水準がより高いものでなくてはならないのは確かです。企業のIT業務チームにオンプレミス型のソフトウェアをそのまま引き渡すのではなく、実行時環境のサポートをしなければならないからです。しかし、買収に関して言えば、実はSaaSの会社を統合する方がより簡単なのです。その理由は?オンプレミス型の選択に内在する「バージョンの遅滞」問題のためです。単純に言えば、オンプレミス型のソフトウェアは、ソフトウェアの複数のレガシー版を保守するために、エンジニアリング、サポート、専門サービスに巨額の費用が必要です。さらに、おそらく、買収を追加する場合は、それらの経費は著しく増加します。

私たちはHPで、すべてのレガシー製品の部類の「n」版をサポートする必要がありました。HP自体のOpenviewシステムだけでなく、それぞれが独自の構成、統合、サポート用バックエンド・システムを備えたOPSware(これが私がHPに来た経緯です)、 Mercury Interactive、Peregrine Systems、SPI Dynamicsなどから獲得した製品についても、同様でした。サポート対象となる組み合わせの互換性マトリックスに比べれば、Microsoftの巨大なデバイス・ドライバ・ライブラリなど、まるで浜辺で読む中編小説のようなものでした!

サービスとしてのソフトウェア(SaaS)がバージョン遅滞問題を取り除きます

SaaSは、顧客からベンダーへと責任の所在を変えることにより、バージョン遅滞問題のほとんどを取り除いています。(SaaSに内在するマルチテナント構造下できちんと物事が機能するかを確認するため、SaaSのベンダーが複数のクライアントをまたぐデータも持っていることは、言うまでもありません。)

これは全く、SaaSのベンダーに必要なサポートを軽視する意図ではありません。しかし、従来のオンプレミス型ソリューションに対して、M&A活動の障害を確かに縮小しています。顧客の成功についての責任を持つことは、SaaSのベンダーにとって必須です。そしてそれは、長期にわたる顧客との関係性の管理と顧客確保のすばらしい形です。SaaS製品は、オンプレミス型ソフトウェアによくあるように、活用されずに棚上げされているのではなく、実際に活用されています。このことは、顧客の実行時の成功とベンダーの成功を結びつけます。SaaSのM&Aを長い目で見てさらに確実に成功させるような報酬の調整として、これ以上よい例はありません。

* * *

究極的には、ソフトウェアのSaaS、もしくはその他のいかなるM&Aについても、「成長か、それともゼロ成長か?」というレンズを通して考えることが有益です。目的と結果に関して、私たちはこれら二つを同じように扱うことはできません。SaaSの取引本をその表紙で判断することはできないのです。

そして、テックの同業他社の中の「成長」M&Aが上昇傾向であるかどうか——または、過去30日間の活動が、長く干上がっている砂漠にゆらめく陽炎がどうか——は、時間が経たなければわかりません。けれども、条件が満たされた状態で、アクティビストの障壁が真になくなりつつあるならば、成長の兆しが見え始めるかもしれません。

 

著者紹介

Scott Kupor

 

記事情報

この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: Not All Software M&A Is Created Equal (2016)

FoundX Review はスタートアップに関する情報やノウハウを届けるメディアです

運営元