エンタープライズ向けスタートアップにおけるサービスについて (a16z)

ソフトウェア事業戦略における決まり文句の1つが、サービスは良いビジネスではない、というものです。そうです、私たちもそう言ってきました。その理由は、はっきり言えばマージンが低く、拡張性のあるビジネスではないからです。だから私が複雑な企業向けソフトウェア製品を市場に投入して間もない時期に、ほぼ全員の助言者から繰り返し受け取った意見は、サービスではなくソフトウェアライセンスに対して顧客に課金するようにしなければならないということでした。(ただ、Nicira社の創業間もない頃に自分から求めてこのアドバイスを受けていた時、私はそもそも「間違った」方法で入ってきたお金の問題を抱えていたのを覚えています。「すごい!この現金を見ろよ」というような状態でした。もしマージンさえ改善していれば、もっと速く事業を拡大できていたでしょう!)

それは企業が成熟する過程において、確かに良い助言です。サービスからの一時的な収益を一定範囲内に抑えるということは、より優れたマージン/ユニットエコノミクスや、より拡張性のあるビジネスなどを目指すということを意味します。そしてより初期段階(プロダクトマーケットフィット前、またはキャズム前の市場)にある企業にとっても、この助言は理にかなった警告になります。なぜなら、実際に誰かがその製品を買おうとしていない限り、そもそもあなたは販売に値する適切な実用最小限の製品(MVP)を持っているかどうか、実際には分からないからです。そのため、サービスは次のセリフで表されるようなスタートアップになりかねません:「複数の顧客が欲しがる製品をまだ持っていないので、顧客ごとに特別設計しています」

ただこの助言の根拠には、表面に現れていることよりもはるかに特別な意味合いがあります。そして私が主張したいと思うのは、キャズム前の市場にいる企業、中でも特に繊細なインフラと関わる複雑な製品を持つ企業にとっては、サービスに力を入れることもビジネス上有益であり得るということです。なぜならサービスは、デプロイを成功させるのに役立つと共に、対象顧客に対してスタートアップが戦略的助言者となるのを助けるための、確立された一つの方法だからです。そのような事業の流れの中でのサポートや、顧客に対する立場を確保することは、どちらも初期段階での市場開拓推進力を獲得する極めて重要な局面です。そこで特にキャズム前の市場では、企業向けスタートアップがあまり早急にサービスという選択肢を退けてしまうべきではないと私が信じる理由を、より詳しく紹介したいと思います。

サービスは取引先コントロールのレバレッジポイントです。企業向けセールスを行う場合、最初の販売対象はほんの数人(ライセンスを供与する組織内の個人)しかいないことが普通であり、その数人を時間をかけて「獲得・拡大」したいと考えるものです。顧客と連携して製品の統合と実行を助ける強力なソリューションアーキテクトを持つことが、あなたの会社を戦略的助言者として位置づけることになります。そもそもその企業が当該製品の価値を定義するのを、あなたの会社が手伝っている場合はなおさらです。さらに重要なことは、それによって当該企業の状況や文化が直接目に見えるようになるため、いざ拡大やアップセルの時期が来た時に、そのための会話を組み立ててコントロールする助けとなります。企業向けスタートアップの大部分は、ほぼ間違いなく大規模なサービス部門を持つ既存の大企業と競争しています。そのような大企業は、顧客をあなたの製品から引き離してしまう可能性が高いでしょう(Ciscoのサービス事業の規模は単独で年間120億ドルです!)。従って、購入担当者と親密な人物がいる組織は、脅威に直面した時に自らのスタートアップのポジションを設定し直す能力があると見なしてもいいでしょう。そのような状況においては、自らの従業員を取引先に深く関与させていることが、再びコントロールを取り戻すための優れたレバレッジポイントとなります。

サービスは新たな製品を軌道に乗せるのに役立ちます。まだプロダクトマーケットフィット(PMF, 言うまでもなく、自社の製品が「自然な状態で」軌道に乗っている状態)を見つけ出そうとしている途中の駆け出しのスタートアップにとって、問題のある早期のデプロイは顧客の信頼に関してひどい失敗となる可能性があります(スタートアップ内部のモラルについては言うまでもありません)。しかし明らかなバグやダウンタイムは別にして、問題が起こるのはほとんどの場合、ユーザーの誤用や設定の間違いが原因です。サービスを通して企業内に誰かが入っていれば、デプロイの実情を正確に把握しているため、ただちにトラブルシューティングを助け、問題を見つけることができます。優秀なソリューションアーキテクトは、しばしばあらゆる影響が及ぶ前にバグを見分け、修正することができます。また企業のエンジニアリング組織にとっても、そのような人物や取引先支援チームは現場での豊富な知識の情報源にもなり、影響がそれ以上大きくなる前に協力して問題を見つけ出し、修正することができます。それが企業内部の支援者たちに対し、その製品を信じ、支持し続けるための根拠をより多くもたらすことになります。

サービス料収入はチャネルパートナーを引き込むための優れた方法です。企業向け販売において、流通や購買の多くはチャネルパートナーのサードパーティエコシステム経由で行われます。しかしキャズム前のスタートアップにとって、そのようなパートナーのエコシステムを自力で獲得するのは簡単ではありません。市場を引き付ける要素をすでに持っていない限り、そのようなチャネルパートナーに動機を与え、仕事(適切な販売チームの投入、教育、雇用)をさせるのは難しいでしょう。また、事業拡大に従って販売やサービスにレバレッジをかけるのも、チャネルなしには困難です。私がこれまでに見てきた中で、スタートアップでも上手く行くやり方があります。それは、まずしっかりとしたサービス事業を構築し、その後、中核となるソフトウェア製品事業に手を伸ばす顧客が徐々に増えてきたら、サービス事業をチャネルに引き渡すことです。なんだかんだ言っても、チャネルパートナーにとってサービス収益は、たいていソフトウェアライセンス収益よりもずっと魅力的です。実際に稼げるお金が存在すれば、それらのチャネルパートナーはずっと強く動機付けられ、必要な販売リソースを用意し、販売商品の中であなたの製品の優先順位を上げ、前から扱う競合製品とぶつかるのも無視するようになるでしょう。この方法においてサービス事業は、重荷になることなくチャネルを関与させるための手段となります。サービス事業が後々の頭痛の種になってはいけません。重要なのは、パートナーのエコシステムを引き付けて取り込むためにサービス事業を利用し、適切な時期にパートナーに引き渡してしまうことです。

サービス料収入は、市場がライセンスに対して払う意志のある本当の価格を明らかにします。初期段階の販売において、このことが何度も展開されるのを見てきました。取引先ごとに12ヶ月間の契約の価値を測る年間契約価値(ACV)が非常に高ければ、顧客があなたの製品の優位性に対し、徐々に平均以上のお金を払う気持ちになっていることを示していると言えます。しかし、特にあなたの会社から大量のサービス提供を受けていたり、短期契約(あるいはペナルティーなしで解除できるオプションを持つ契約)で購入していたりする場合、各取引先は統合から運用まで、無制限の配慮を無料でうまく得ようとします。しばしばスタートアップは、ライセンス料を少しだけ割り引く代わりに、無料でサービスを提供するということを実際に行っています。ただで手に入るものなどありません。実際にはこの無料サービスはスタートアップのバランスシートに打撃を与え、それが全体のマージンに影響します。そして最終的にスタートアップがライセンス料に「全てのコストを含めた」価格を設定するようになれば、レバレッジを失い、ACVが下落する可能性があります。実際のところ、創業間もないスタートアップなら手に入れられる全ての価格設定レバレッジを利用できるため、サービスの提供は初期段階においてライセンス料を高めに設定するのに役立つ、良い実践事例となる可能性があります。しかし実際に行う場合は現実的な視点を持ち、将来のロードマップや価格設定計画が尊重されているか注意することも重要です。

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さて、難しい部分に来ました…あなたの会社が提供するのにちょうどよい量のサービスを持っていることや、あるいはサービスを提供するのにちょうどよい時期を知るには、どうしたら良いでしょうか?あるいは、成長するに従ってサービス事業があなたの会社のユニットエコノミクスの足を引っ張り、事業の拡大を妨げる頭痛の種になっていることをどうやって知れば良いでしょうか?サービスの提供が多過ぎたり遅すぎたりするのは、どのようなタイミングなのでしょうか?

実は、顧客がサービスに対してお金を払いたがることがしばしばあります。企業の購入担当者はスタートアップの技術を採用する意義を理解しており、製品の成熟度については割り切っています。彼らは統合には時間がかかるということだけでなく、教育や運営上のハードルが存在することも理解しています。もしあなたが自分の製品は彼らの戦略の中核であると主張し、その上で彼らがあなたと関わるのであれば、彼らは自社の成功のためにあなたの製品を取り入れる気になっている可能性が高いと言えます。サービスにお金をかけるという行為は、取り組んでいることからリスクを取り除く目的ではめったに行われることのないものの1つです。私はこれまでに、企業が効果的にサービスを求めた状況を複数経験しています。その理由はまさに、彼らが新製品の成功に投資したがっていたためでした。

そのため、スタートアップにとってのサービスは、対象顧客との関与を強めるための良い手段と言えます。現実として、いずれにせよあなたは多くの複雑なソフトウェア製品を扱う必要が出てくるでしょう。また売上を伸ばしたり、企業(やチャネルパートナー)にその製品をもっと頼ろうとさせたりする目的で、サービス料を課すこともあるかもしれません。しかしそれは、サービスに関する表面上の決まり文句がよく当てはまる状況でもあります。サービスに頼るのはリスクが高い場合もあり、致命的な関心の散漫を引き起こすことさえあるのです。良いサービスシナリオと悪いサービスシナリオの違いをどのように説明することができるでしょうか?そのためには、知っておくべきいくつかの落とし穴があります。それらを知っておけば、致命的な道を進んでしまうのを避けるのに役立ちます:

サービス料収入は必ずしもプロダクトマーケットフィットを示すシグナルではありません。前述した通り、企業は単純に技術的な面で学ぶために、あるいは販売プロセスの後半で予想される段階として、サービスに対し(少なくともスタートアップにとっては)多額のお金を支払うように強く動機付けられます。しかしサービス料収入は、必ずしも全面的に製品売上につながるわけではありません。たとえサービスが、時間をかけて顧客との取引を拡大したり、顧客にアップセルしたりするための有益なレバレッジポイントになる可能性を持っているとしても、サービス料収入と製品売上の間に直接的な相関関係はないことに注意してください。

ソリューション統合とソリューション設計の間の線引きに注意しましょう。私はエンジニアリングの仕事を含める目的でサービスを拡大する前に、とても慎重に検討したものでした。なぜなら、初期のソフトウェア会社が持つ非常に限られた(そして間違いなく非常に貴重な)リソースは、研究開発組織/エンジニアリング部門だからです。MVPに向かって全力疾走する彼らの気をそらすものは何であれ、事業全体を危険にさらします。そのため契約ベースのエンジニアリング組織ではなく、サービス用の組織を作りましょう。つまり、サービス料収入があなたの会社の製品エンジニアのすることに影響を与えないようにしましょう。彼らは起業家のビジョンと、プロダクトマーケットフィットに関してあなたが受け取るあらゆるシグナルに影響を受けるべきなのです。しかし、1社またはわずかな数の大手クライアントから特定のニーズに対応するよう求められたスタートアップが、単発の仕事で自らを苦しめるのはありがちなことです。そのようなスタートアップは大局的な視点や、向かおうとしているより大きな市場を失い、市場の変化や競争環境の激化が起こった際に反応できなくなってしまいます。

論点は利益の上がるサービス組織を構築することではありません。サービスに力を入れようとする企業がしばしばあまりに早くからそれを最適化しようとし、顧客のエンゲージメントを犠牲にしているケースをよく見ます。この記事で言いたいのは、サービスが良いビジネスだということではありません。重要なのは、サービス料を課すことが顧客エンゲージメントに役立つ可能性があるということです。起業家がサービス事業におけるマージンについてあれこれ悩んでいるのをよく見かけます。そういう会社は全般的にどんどんお金を使っているにも関わらず、マージンを取ることを正当化して顧客エンゲージメントを制限しています。サービス事業のマージンについて悩み始めることができるのは、あなたの会社が予測可能な成長とポジティブなユニットエコノミクスを持つまでに成熟し、それでもまだサービス事業を維持する計画を持っている時です。なぜ、いつ、どのようにサービス事業を行おうとしているのか理解し、思いつきでサービス組織を作らないようにしましょう。

もちろん、今日多くのスタートアップが小規模なサービス事業を抱えています。一般的な助言は、サービス事業の収益を全体の20%以下に抑えるというものです。それはいくつかの垂直分野に対して売られている一部の製品にはよく当てはまります。しかしその一方で、早い段階で収益の40%以上を占めるサービス事業を持つことで成功した企業向け製品も数多く見てきました。

いつものように、この記事における私の真意は、型通りの汎用的な助言を与えることではありません。もしサービス組織を構築する必要性に迫られずにうまくやっていければ、それは素晴らしいことです。あまり複雑でない製品、すなわち顧客の行動を大幅に変えない製品は、間違いなく比較的少ないサービスでなんとかやって行けます。しかし、汎用的な助言では全てのスタートアップにうまく当てはまりません。だから、もしより多くのサービスを提供することが役に立つかもしれない状況にいるのなら、それについてさらに積極的になることを検討すべきだと本気で思います。ただし、あなたがそのやり方や中止するタイミングについて自制心を持っている場合に限ります。もちろん、私があなたの会社を評価することはないでしょう。しかし、適切な時期に、適切な戦略的計画の考え方を裏付けにしてサービスが実行されていれば、私はそれを資産と見なすことさえあるかもしれません。

 

著者紹介 (本記事投稿時の情報)

Martin Casado

Martin Casado は Andreessen Horowitz のジェネラルパートナーです。彼は以前、2012年に VMWare に買収された Nicira の共同創業者で CTO でした。VMWare で、Martin はNetworking and Secruity Business のVPならびにGMでした。

 

記事情報

この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: The Case for Services in Enterprise Software Startups (2018)

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