スタートアップの製品価格設定入門 (Startup School 2019 #13)

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Kevin Hale
今回の講義は昨年から強い要望があったものです。プライシングについて様々な疑問を持っている人、きちんと理解できずに混乱している人はたくさんいます。これはYC内のワークショップでもかなりの要望があった、人気のあるトピックです。

今日話す内容

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そこで今回の講義では、プライシングに関する基本原則を取り上げます。この基本原則からプライシングとマネタイゼーションに対するアプローチの方法を理解し、役立ててもらえれば幸いです。ランディングページと同じです。

まず、プライシングに関する基本原則についてお話しします。次は、スタートアップにとって、つまり革新的なプロダクトや新しい市場を生み出す人にとって、プライシングが特に困難な理由についてお話しします。なぜ、これが極めて困難なのか、ということについてです。

次に、価格最適化の方法です。実際にどうすれば良いのか、どのようなものなのか、ここではプロセス全体を解明します。

プライシングの問題について考えていくと、なぜ自分が狙っている特定の顧客セグメントは扱いが難しいのか、という疑問がわいてきます。SMB(中小企業)などです。これについて少しお話しします。

次に、プライシングが顧客獲得戦略に及ぼす影響について説明します。これによって、できることとできないことが変わってきます。これは極めて重要で、多くの会社はプライシングが妥当でないために間違った顧客獲得戦略に忙殺されている、あるいは多額の資金を浪費しています。

そして、皆さんがプライシングに関する様々な問題に直面した時にその解決の手助けとなるような経験則、プライシングの秘訣をお伝えしたいと思います。私はこれをプライシング・トリック・スプリンクルズと呼んでいます。

成長率を高める3つの方法とプライシングの重要性

まず、成長を高めるために皆さんが取れる方策は3つあります。私の前回の講義ではコンバージョン率とチャーンを取り上げましたが、マネタイゼーションも非常に重要で、私が好きなトピックでもあります。

以前、500社を超えるSaaS企業を対象に、それぞれの戦略に費やした労力とそこから得られたリターンに関する調査が行われました。

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顧客獲得というトピックは非常に面白くて、わくわくしますよね。理解するのも簡単です。「顧客やロゴが増えるほど会社は成長する」ということです。

継続(リテンション)とは顧客を維持することであり、マネタイゼーションとは顧客1人当たりの売上を増やすことです。自社の労力、つまりリソースを1%増やした場合、顧客獲得に対するリターンは約3.32%です。リテンションには約6.7%のリターンがあります。

プライシングを最適化した場合、ビジネスに及ぼす影響という点では最大のリターンをもたらします。しかし、プライシングは最も「触れられていない」項目です。プライシングを誤ると顧客を全て失うかもしれないという恐れから、誰もが手をつけたがらないためです。

プライシングの基本的な考え方

では、基本原則、プライシングに関する基本的な考え方です。プライシングをどのように捉え、それに関して直面する問題をどのように把握するか、またなぜスタートアップがプライシングを誤るのか。

価格付けの温度計

これを説明するのに「プライシング・サーモメーター(価格付けの温度計)」と呼ばれる概念を使います。価格を設定する際、価格の他に考慮すべき要素が2つあります。

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考慮すべき要素は、コスト、価格、そして価値です。これらの要素の相互作用や関係性は企業の成長を左右します。

価格とコストの差、つまりマージンはプロダクトを売るインセンティブとなります。その差が大きいほど、プロダクトを顧客に売り込みたい、セールススタッフを抱えたいといった動機が強くなります。

次に、価格と価値との差です。これはプロダクトを購入するインセンティブとなります。その差が大きいほど、顧客に登録してもらったり自社プロダクトを使ってもらったりすることが容易になります。

価格を設定するには2つの方法があります。1つは、コストを起点として価格を設定する方法で、コスト・プラスと呼ばれています。もう1つは、自分の会社やプロダクト、サービスの価値を把握し、そこから価格を設定する方法で、バリュー・ベースと呼ばれています。スタートアップやほぼ全ての企業では、バリュー・ベースの価格設定を追求するべきだと言われます。そうすれば、より高く課金することができ、購入のインセンティブも操ることができます。

問題は、スタートアップがこれらの関係性を理解していない、あるいはコストさえ把握していない、また顧客にとってプロダクトの価値はどれだけかを理解していないために、価格設定の要因となるものを理解しないまま、一方的な価格設定をすることです。

その結果起こる過ちは4種類です。

プライシングの間違い

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安すぎる

1つ目は、スタートアップが自社プロダクトの価格を安く設定してしまうことです。基本的にスタートアップが行うプライシングは安すぎます。私たちが大半のスタートアップに対して行っている最も重要なアドバイスは、プライシングの修正です。ほとんどの会社がこの罠に陥る理由を少しお話しします。

コストを過小評価してしまう

まずは、スタートアップが自社のコストを過小評価してしまうからです。その結果、顧客獲得コストをカバーするだけの十分なマージンを獲得できていないことが問題となります。

自分たちの価値を理解していない

そして、自分たちの価値を理解していないことです。自社が顧客のために解決している問題についてどう考えているか、またそれがどう評価されているかを理解していない、ということです。これは、顧客がプロダクトの価値を理解していないか、皆さんが「自社が提供していると思う価値」について顧客に納得してもらう方法がわかっていないかのどちらかです。その結果、自分たちが望む価格設定ができなくなります。

間違った顧客にフォーカスしてしまう

そして最後は、間違った顧客にフォーカスすることです。「より良いプロダクトを作って競合他社の半値にすれば勝てる」と考える人がいますが、実際にそのようなことは、ほとんどありません。スタートアップ企業として、新規市場を創造するものに取り組んでいる皆さんが手掛けているのは、革新的なプロダクトです。そのようななか、間違った顧客にフォーカスしているわけです。彼らは、価格を見て、それに基づいて意思決定を行うような主要顧客ではありません。

プロダクトのライフサイクルと顧客

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これはいわゆる誕生から消滅というプロダクトのライフサイクルにおける売上と利益を示したものです。会社には5つのステージがあり、各ステージにおける売上と利益は、だいたいこのようになります。スタートアップスクールにいる人や、シード資金調達の段階の人は、プロダクト開発とイントロダクションという、最初の2つのステージにいます。まだ成長フェーズにはありません。

最初の2つのステージで皆さんが対象としている顧客は、成長および成熟ステージで獲得する主要顧客ではないということを理解してください。成熟した顧客ではなく、アーリーアダプターです。

アーリーアダプターが求めるものはマジョリティとは違う

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自社の市場における潜在的購入者の2~5%を獲得するまでは、大きな勢いと成長は得られません。その2~5%がアーリーアダプターと呼ばれる人々です。

彼らを動かすものは、主要顧客のそれとは大きく異なります。

イノベーティブな製品の価格付けが難しい理由

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革新的なプロダクトのプライシングに関して留意すべきことがいくつかあります。

行動パターンを変える必要がある

まず、ユーザーにパターンを変えてもらうことを目指してください。古臭いスプレッドシートを使う方法をやめて、新しく、より良い方法、つまり、あなたのプロダクトに変えてもらうことです。実際、人にパターンを変えさせることは難しいものです。そうですよね?相手が成熟した人間の場合はなおさらです。

知識が足りず、変化するための信頼が足りていない

その理由の1つは、平均的ユーザーには、パターンを変える、あるいはリスクを取るのに必要な情報や、スタートアップに対する信頼がほとんどないからです。起業家である皆さんはリスクを取ることに慣れています。

しかし、皆さんの顧客は起業家でない人がほとんどで、リスクを取ることにあまり慣れていないでしょう。よって、創業当初はリスクを取っても構わないという人々を狙います。つまり彼らがアーリーアダプターであり、何よりもメリットを重視する人々です。

初期顧客は潜在的な利益に目を向けている

彼らにとって最高の価値とは、競合に勝つ、人より優れたことをする、他の誰よりも優位でいられるために新しいことに挑戦する、ということです。そのためアーリーアダプターは価格に敏感ではありません。

むしろ、皆さんがより良いプロダクトを作ってそれを安く売れば、レピュテーションリスクが起こるかもしれません。「こんな良すぎる話、本当なのか?何か裏があるんじゃないか?」と思われ、結局彼らに理解してもらうまで、より長い時間がかかることになります。

価格の最適化

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これ(スライドのグラフ)がいわゆる価格最適化です。価格最適化はこうした複雑なグラフで示すこともできます。これは需要曲線で、こちら(縦軸)は価格、こちら(横軸)は売上数量です。

顧客に請求する価格を最適化するために、ユーザーに請求する価格と売上数量の完璧なバランスを見つけます。異なる価格に対する影響を見極めて価格の最適化を図ります。

価格最適化のための表

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私が担当している会社で価格最適化を行う時は、とてもシンプルな表を使います。先ほどの奇妙なグラフを理解する必要はありません。

基本的には、試したい設定価格、それに対するコンバージョン率と売上数量、収益がそれぞれ列に配置されたものです。異なるプライスポイントに対するコンバージョン率や売上数量を出せば、どれが一番良いか一目瞭然です。

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1つのプロダクトに関してこのように理解できたら、次に、

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低価格のこの部分(マージンという点でその余裕がある場合ですが)は実際には機会損失になるということを覚えておいてください。これはディスカウントや複数のプライスポイントを設定するティアードプライシングを行う場合に起こります。

ユニコーンになるための公式

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プライシングについてもう1つ、私が好んで行うのが、自分は危険ゾーンにいるかどうかを見極める演習です。私が担当している会社によく使うのが、10億ドル企業となるためにどのようなビジネスを行うか計算をしてもらう、という演習です。

大ざっぱではありますが、大抵の場合は「売上および収益で年間1億ドルの達成」とします。つまり、ある設定価格で年間1億ドルを達成するにはどれだけの顧客が必要かを計算します。

では、様々なプライスポイントを設定して考えてみましょう。「この計算式に当てはめると、これだけの顧客数が必要だ」と考えられます。

プライスポイントが100ドルの場合は約100万人のユーザー候補が必要です。これはコンシューマーです。コンシューマー市場のパターンです。

一番下の価格10万ドルのケースはエンタープライズです。ここ(中間部分)は多くの会社が存在する非常に競争が激しい市場です。これがSMBです。お金の扱いはコンシューマーのようですが、エンタープライズであるようにも見えます。

ここが危険なゾーンである理由は、次の図で間違った場所に収まる傾向にあるからです。

危険ゾーン(価格が安くてセールスが複雑な製品)

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この縦軸は価格を表していると考えてください。皆さんは自分のプロダクトに高い価格や低い価格を設定します。横軸はセールスプロセスの複雑さの度合いを表しています。右にいくほど、複雑度が増します。価格が2,000ドル以下で基本的にセルフサービスである場合は、この左下の「セルフサービス」の枠内に当てはまります。

ここでは、ビジネスの原動力となるものや、成長のために費やすことができるリソースという点で、自社にできることが大きく制限されます。それが、プライスポイント2,000ドルです。ほぼ全てのマーケティング施策がインバウンドであり、広告などのアウトバウンドマーケティングに多額の資金を投じることはできません。完全にセルフサービスか最低限のサポートとならざるを得ません。このプライスポイントではセールチームを置く余裕はありません。しかし、コンバージョンがすぐに起こる可能性もあります。いずれにせよ、セルフサービスモデルでなくてはなりません。

左上の「トランザクション」は価格2,000~10,000ドルです。これらの価格を設定できる場合、新しい方策をいくつか持つことができますし、マーケティングはクオリファイドリードの創出に注力できるようになります。カスタマーサポートはSLAを提供できるようになり、[聞き取り不能]新人スタッフの研修にもお金をかけられるようになります。セールスに関しては、専門のセールススタッフを雇うことはできませんが、企業や顧客に販売するための販売員を社内に置けるかもしれません。SDRを設置できるかもしれませんし、プロダクトのデモを専門に行う人を雇えるかもしれません。ここでのセールスサイクルは1~3カ月以内です。

右上の「エンタープライズ」は価格25,000ドル以上です。ここでは、マーケティングのためのブランディングや顧客との信頼関係構築にリソースを投じられるようになります。ハイタッチのサポートにお金をかけられるようになり、電話でのサポートやクライアント専属のカスタマーサクセスの担当者を置くこともできます。セールスに関しては、セールマネジャーの採用や地域ごとの業務分割、コンバージョンや電話セールスに携わるセールスエンジニアの採用について考え始める段階となります。ここでのセールスサイクルは6~12カ月程度です。

右下はゴミ箱です。ここに当てはまる可能性があるなら、それはかなり危険な状態です。顧客との取引をまとめるのに何カ月もかかっていながら、それらをカバーする利益が出ていない場合は、プロセス的には顧客獲得コストが持続可能なレベルを超えていることになり、この問題から抜け出す必要があります。自社のプロダクトやサービスに対する知覚価値を向上させることに全力を注ぐべきです。

10・5・20 ルール

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では最後に良い経験則を紹介しましょう。価格について検討を始めたが、価格を最適化する方法や設定する方法がわからないという場合、ここから始めると良いでしょう。

まず、プロダクトの価値を、設定する価格の10倍とします。「価値は10倍」ということは、顧客にわかりやすくなくてはなりません。

例えば、10ドルのプロダクトであれば、顧客にとっての知覚価値は100ドルになります。もし、顧客が「価格の10倍の価値がある」と即時に思えなければ、彼らを動かすのは困難でしょう。彼らの購入インセンティブは低すぎると思われます。

これはB2Bやエンタープライズのセールスを担当している人にとって特に重要となりますが、何らかの価格を設定したら、次は値上げを実践し始める必要があります。

5%の値上げから始めると良いと思います。強い自信がある場合はもっと高くできますが、安心して行えるという点では5%の値上げは安全なやり方と言えます。そして、顧客の20%を失うまで値上げを続けます。「価格は適切だ。取引の20%を失っているが、これは高すぎることも低すぎることもない」と思えるのが良好なバランスです。

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では、プライシングに関するまとめに入りましょう。プライシングは最大のリターンをもたらします。プライシングには、しっかりと取り組みましょう。自社プロダクトのプライシングにまだ手を付けていないなら、多くの潜在的成長の機会を失っていることになります。

そして、変数を理解してください。皆さんは自社のコストを本当に理解していますか?その価格にしている理由を理解していますか?価値を理解していますか?セールスミーティングや電話セールスで「これはあなたにとって必ず価値あるものになります。

そして、価格を聞けば『これは使う価値がある!』と思っていただけるでしょう」と言えるでしょうか?アーリーアダプターを狙ってください。スタートアップにとって彼らが獲得すべき対象であることを忘れないでください。意思決定に長い時間を要する顧客や、そのプロダクトを使っている人が他にもたくさんいるかどうかを確認したがる顧客は、アーリーアダプターではありません。皆さんのことを信じてくれない人に多くの時間を浪費していることになります。まずはアーリーアダプターを獲得してください。

成熟した人に自社プロダクトを理解してもらえなくても、気分を害さないようにしましょう。彼らを動かすことはできません。

皆さんがすべきことは、まず市場の2~5%のアーリーアダプターを獲得することです。彼らは価格よりもメリットを重視します。ですから、価値があるプロダクト、価値があると容易に理解できるプロダクトなら価格を安く設定するべきでありません。物事をきちんと整理して考えましょう。

価格最適化はとても簡単です。複雑にしないことです。様々なプライスポイントを確認し、売上数量、コンバージョン率、それに伴う収益を把握することがプライシングに関する最善の意思決定に役立ちます。価格は顧客獲得戦略を左右します。設定価格に対して、セールスサイクルや様々な施策に投じている資金がかかり過ぎていることに気付いたら、値上げをするか[聞き取り不能]、顧客獲得戦略コストの削減をする必要があります。

10/5/20ルールを活用してください。価値の10分の1を価格と設定し、取引の20%を失うまで5%ずつ値上げをしていきましょう。

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ありがとうございました。

 

記事情報

この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: Startup Pricing 101 (2019)

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