Tesla、ソフトウェア、そして破壊的イノベーション (Benedict Evans, a16z)

「我々は数年間、きちんとした電話の作り方を見つけ出すために、学び、努力して来ました。PC連中は、それをただ単に見つけ出そうとはしていません。ただ単に参入しようとはしていないのです。」 — Ed Colligan、Palm CEO、2006、Apple電話に関する噂について

「人々はコロンブスを笑い、ライト兄弟を笑いました。しかし彼らはまた、ピエロのBozoも笑っています。」 — Carl Sagan

Nokiaの人々が最初のiPhoneを見た時、彼らの目にはクールな機能を備えた素晴らしい電話には映りませんでした。そして肩をすくめました。「3Gもないし、あのカメラを見てみなよ!」

自動車企業の人々の多くがTeslaを見る時、彼らの目はクールな特徴を備えた素晴らしい自動車には映りませんでした。彼らがほんの少しの量すら作り上げようと思えないようなものだったのです。「出来具合と仕上げを見てみなよ、そしてボディの隙間を! そしてあのテントを!」

Nokiaの人々は、全く完全に間違っていました。自動車業界も同様でしょうか? 我々は、Teslaは「新たなiPhoneだ」とよく耳にします — それは一体、何を意味するのでしょうか?

この質問は、一部、Teslaに関する問いかけでもありますが、それよりも、概して「ソフトウェアが世界を飲み込む」とき、そしてテクノロジが新たな産業へと進出する時に何が起こるのかを考える方法として、非常に興味深い問いかけです。ある物が破壊的であるかどうかに関して、我々はどう捉えたら良いのでしょう? もしそれが破壊的であるなら、誰が実際に被害に遭うのでしょう? そして、その破壊というのは、その新たな世界で成功する企業は一つのみであることを意味するのでしょうか? では一体どの企業が?

ここで言う「破壊」の意味は、新たな概念がその産業界の競争基盤を一変させてしまうと言うことを指します。当初は、新たな物自体も、それを生み出した企業も (もしくはそのどちらも)、既存企業が尊重する物事を不得意とし、嘲笑される傾向があります。しかし、彼らはそれらを学んでいきます。反対に、既存企業は新たな物事を無意味だと、もしくは簡単に追加可能だと考えます (もしくはそのとちらも、です)。しかし彼らは間違っています。Appleがソフトウェアをもたらし、電話について学んだ一方で、Nokiaは素晴らしい電話を持っていましたが、ソフトウェアについては学べませんでした。

しかしながら、全ての新たなテクノロジやアイデアが破壊的だというわけではありません。ある物は競争基盤を変えるに十分ではなく、またある物に関しては、既存企業が代わりにその新たな概念を学び、吸収することができます (これらは全くの別物です)。Clay Christensenは「破壊的」イノベーションに対して、これを「持続的イノベーション」と名付けました。

拡大解釈すると、新たなテクノロジは全て、誰かにとってバリューチェーンのどこかの部分で、おそらく破壊的であるのでしょう。iPhoneにより携帯電話ビジネスは混乱しましたが、多くの人々の予測に反して、移動体通信事業者は全く混乱しませんでした。様々な変遷に対して、同じ企業が、2006年と同じビジネスモデルの元、同じ顧客を対象に経営されています。航空券のオンライン予約により、航空会社自体はそれほど混乱しませんでしたが、旅行代理店は大いに混乱しました。オンライン予約は (議論のために言うと)、航空会社にとっては持続的イノベーションであり、旅行代理店にとっては破壊的イノベーションだったと言えます。

一方で、はじめ市場に混乱をもたらした人物が、最終的にそれから利益を得る人物であるとは限りません。実際はその混乱から勝ち抜く人物は、何か別のことを行なっている可能性があります — 彼らはバリューチェーンの他の場所に位置しているかもしれません。AppleはPC業界の先駆者でしたが、PC市場では破れ、しかも大勝利を収めたのは他のコンピュータ企業ですらありませんでした。むしろ、ほとんどの利益はMicrosoftとIntelへと行きましたが、これらの企業はどちらも毛色が違うエリアで経営されていました。PC自体は競争が激しい上に薄利な商品となりましたが、PCのCPUとオペレーティングシステム (そしてプロダクティビティ・ソフトウェア) は、非常に強い勝者総取り効果があることがわかりました。一番になることは、持続的競争優位性を保つことと同じではなく、どれほど破壊的であっても、強みは別に存在するかもしれません。

これは我々に、Teslaを見る際に考えるべき4つのポイントを教えてくれます:

  • 第一に、Teslaは「古い」事柄を学ばねばなりません — 既存の自動車産業が当たり前に行なっている、効率的かつ高品質の車を大量に、できるならテントでない場所で、資金が尽きないように、作成するノウハウを学ばなければなりません。しかし、「生産の地獄」問題の解決は、ようやく入り口に立ったにすぎず、勝利への条件とは言えません。もしTeslaが、それのみを行うのであれば、それは単にもう一つの自動車企業でしかありません。そしてそのようなものには誰も興奮しないでしょう。どんな車か、が重要になります。
  • 第二に、Teslaはまた、既存の自動車OEMが習得するのに苦労していることを行なっていかねばなりません。それは、OEMの供給会社が習得に苦労するような事柄とは全くの別物です。
  • 第三に、それらの破壊的な製品は、根本的に重要なものでなくてはなりません — それらは競争基盤を一変させ、また自動車や自動車企業の定義を変えるものでなくてはならず、そのため、コピーできない場合に重要になってきます。
  • 第四に、上記すべてに加えて、既存の自動車企業に対してだけでなく、他の新規参入企業に対しても、根本的な競争上の強みが必要です。AppleはNokiaができなかったことをやってのけましたが、同じくGoogleができなかったことも行いました。

それでは、現在自動車産業で何が起こっているかについて話しましょう。

最初に、バッテリーとモーターについて

Teslaは、内燃機関 (ICE) 自動車と同然の、リチウム電池による電気自動車製作の実現可能性を早めました。もしバッテリー容量を十分大きくできれば、これらの自動車は最終的にICE自動車と同じ程度まで安価になるでしょう。以下の表にその結果を示しています。電池がガソリンと同程度までの費用競争力を有するためには、この規模では恐らく100まで到達する必要があります。そして我々は、そこまであと一歩のところまで来ています。

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自動車産業界の内部関係者の多くは、Teslaはリチウム電池のエンジニアリングとその実装において、何年分か先行している、と言うことでしょう。しかしながら、リチウム電池と電動機は、多くのプライマリの知財を持つような、目立った新たなテクノロジではありません。また、ネットワーク効果や「勝者総取り効果」も全くありません。断定的に述べると、中期 (すなわち、業界全体がICEから電動へと転換するのに十分なくらい、バッテリーが安価になった時) には、バッテリー自体とモーターおよび制御システムのいずれも、ほとんどがありふれた物となるでしょう。それは、未だそのための科学や工学の余地が大きく残ってはいないからだと言う訳ではありません。むしろ、それらは単に偶然、スマートフォンやPCの (もしくは、実際に自動車の) 部品であり、それらが科学や工学にも大きく関わっており、世界中の電子機器産業全体が最も優れたパーツを作ろうと競争し、購入希望者が誰であろうと売ろうとしているから、というだけです。

そのような環境では、自社で素晴らしい部品を作ることは、さらなる高みに登ろうとするときに、特に強みとなるとは限りません。Sonyのイメージセンサーユニットは、スマートフォン業界で非常に成功していますが、Sonyのスマートフォン自体は全く成功していません。反対に、Appleは徹底的に200社近くの供給会社 (Sonyを含む) を管理しており、自身ではほんの一握りの非常に差別化できるパーツをデザインしています (例えば、FaceIDセンサーなど)。それゆえに、業界内部関係者は、どの社が一番良いパワーアンプやGPUを作るかわかっていても、OEMによるまとめて行なった選択を除き、これらはほとんど消費者には見えていません。

そのため、Teslaは自社のバッテリー工場を持つことになり (Panasonicと協力して)、最大の供給会社の一つとなることでしょう。それは (ある推定によると)、10年後、全世界のEVバッテリー製造のうちの15%を締めることになるでしょう。ある意味で、これは新規参入企業にとっては驚くべき数字です。しかし一方で、バッテリーは恐らく、限定的な競争優位性しか持たないだろうことを示しています。全ての企業がバッテリーを持つことになるでしょう。

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この表で、グレーは2017年、オレンジは2023年、黄色は2028年を表します。

とりわけバッテリーとスマートフォンの静電容量マルチタッチパネルとを、ここで比較することは、恐らく有益だと考えられます。Appleは、そのようなパネルを一般化した第一人者であり、間違いなくその実装では未だトップです。これらのタッチパネルは、電話の製造方法を根本から変えてしまいましたが、業界全体がそれに適応しました。品質の良し悪しはありますが、今では全ての人々がこういったタッチパネルを購入しており、マルチタッチパネル電話の製造だけでは、もはや競争優位性を有していません。

電動が内燃機関、およびそれに関連する全てを混乱させることは極めて明白です。内燃機関を電動モーターに、燃料タンクをバッテリーに取り替えれば済む話ではありません — むしろ、駆動系全てを取り出し、その代わりに5-10倍動きが少なく、壊れやすい部品に取り替えるだけです。つまり、自動車から背骨を抜いてしまうようなものです。これはエンジン業界の人間に、大いなる混乱をもたらします — 工作機械が混乱し、OEMへ部品を調達していた供給会社の多くが混乱します。供給基盤の多くは変更することになるでしょう。

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これは、OEM自体を混乱させることとは訳が違います。もしOEMが電気自動車の部品を他の人と同じように購入できるとしたら、効率的な大規模製造の強みは、すでに効率的な大規模製造で先頭を切っている人々に有利に働きます。なぜならこの2つは本質的に同じことを行なっているのですから。言い換えると、業務形態が同じで、供給会社が異なるだけであり、そしていわゆる電動は持続的イノベーションにより近いと言えるでしょう。

第二に、ソフトウェア、モジュール性と統合について

もし部品がありふれた品の場合、それらを統合することは、少なくとも必要ありません。

第一に、電動駆動系の部品の組み立て自体が些細なものではなく、それをうまく行うことで効率は上がります。ここが、今日のTeslaが技術的に先行している部分です。不明なのは、例えば5年後、その差はどれほどのものなのか、それによりどれほどの競争優位性が生まれるのか、ということです。議論上の仮定として、もしTeslaが任意の価格で10%や20%の範囲で優位性を有するとしたら、これはツーリングセダンにとっては重要ですが、学校の送り迎えで1日16kmほどを走り、毎夜ガレージで充電ポートにつながれるミニバンにとっても重要でしょうか? 人々が自動車を選ぶ際に考慮に入れる他の要因と比較して、10年後の競争優位性はどれほどのものでしょうか? これは果たして余地ゆえの優位性なのか、競争優位性なのか、それとも単なるその他の特徴と比べるチェックボックスなのか? いずれ分かるでしょう。

統合に関する問題は、実際、単なる駆動系よりも大いに広い問題です。自動車業界に昔からあるジョークに、ダッシュボードを見るとその自動車会社の組織図が分かる、そしてハンドル担当チームがシフトレバー担当チームを嫌っているのもわかる、というものがあります。近代の自動車は、何十もの電気系統や電子媒体システムを有しており、それらのほとんどは分離し、独立しています。ABSは、盲点検出技術となんの関わりもありません。これらのシステム全ては、OEMの別個のチームが別個の供給会社から購入したもので、唯一、統合する接点はダッシュボード上のスイッチです。これらの部品それぞれが、自動車業界の言う所の「ソフトウェア」(『何百万行ものコード!』) を有していますが、しかしこれは実際、シリコンバレーの人々やデバイスドライバー (またシリコンバレーとは異なり、これらのシステムは少なくとも10年、25万キロ保つことが期待されます) の言うところのファームウェアにあたります。

これらのほとんどが、恐らく変わっていくことでしょう。我々は、シンプルなソフトウェアを載せた複雑な自動車から、複雑なソフトウェアを載せたシンプルな自動車へと移行しようとしています。それぞれが一つのことを行う独立型内蔵システムの代わりに、ちんけで間抜けなセンサーと作動装置が、単一の中心制御盤によって制御され、いくつものスレッドに別れた (いくつかの候補が存在する)、何らかのオペレーティングシステムを走らせることになるでしょう。これは部分的に電気系統で動かされていますが、自動車の自律走行のために必須となります。

これは、これら別個のシステムを作る供給会社にとっては当然、課題となります。さらに、既存の自動車会社にとって、なぜ適応が難しいのか、多数の理由があります (最も明らかな例だと、前述の組織図です)。これはまた、テクノロジ以外の企業が簡単だとまさしく考える類の物事です (「開発者を何人か雇うことにするよ」)。そして、最悪の混乱を作り出さないように、彼らは、自分自身のみでは成功しない学習サイクルを、誰かうまくできる人から教わらない限り、辿らなければならないかもしれません。すなわち、これは電動化そのものと言うよりも、破壊のように見受けられます。Teslaは、もちろんすでにこの場所におり、だからこそ、彼らはモデル3のブレーキ問題をインターネットで解決することができました — 修正すべきコードはブレーキ部分ではありませんでした。これがまさしく、Teslaがモデル3にかかるコストを、モデルSよりも削減した方法です。

繰り返すと、しかしながら問題は、自動車部品の市場に対して、自動車市場でそれが何を意味するかです。ここに、PCやノートパソコンとの間との利用できる相似があります。Appleは、自分たちが使用する部品と、どのように協力作業を最適化するか、そしてそれが利用可能なスペースに収まるか、について非常に明確です。そしてそれが小型で軽く、エネルギー効率の良いノートパソコンを作り出します。対して、Dellのノートパソコンやデスクトップは、より部品の順応性と互換性を有しており、それはまた、統合の程度は低く、ケースの中に空いた部分がより多いことを意味します。それぞれの方法はそれぞれ利点があり、モジュラー型PCモデルは、1990年代には完璧なプロダクトマーケットフィットを有していました。では、それがどの程度、購買意欲に反映されるのでしょう?

第三に、Teslaの「体験」に関する破壊

あなたが車のエンジンをかけた時ほど、この質問を理解するのに適した場所はありません。そして、これはまたTeslaが改善している理由のもう一つの部分へと繋がります。今までのところ、電子駆動系 —つまりスケートボード— 自体について語ってきました。これは、OEM自体よりも、OEMのサプライチェーンを混乱させるようです。しかしながら、全く他の側面 —車内に関してとその他、ディーラーでの顧客体験などの両面— から、Teslaが他と異なる点があります。これらについてどう考えたら良いでしょう?

Teslaによる混乱は、モデル3のダッシュボードで容易に見て取れます。上記で議論されたように、自動車企業にとって、全てを一つのスクリーンに収めることがいかに組織的に難しいか、いくつかの理由があります。しかし、もっと深い理由は、もしかしたら単に彼らがどれほどそれを行いたいのか、というものかもしれません。モデル3のダッシュボードは、どの程度までコストを削減するか (インストールが必要なウィジェットがより少ないか) を目的としています。しかしこれは同時に、自動車がどうあるべきか、という深く浸透した数々の信仰を拒絶することにもなります。それは自動車業界の人々の考え方とは異なります。自動車のユーザーインターフェースは、昨年、私がここで書いたように、どこか2006年ごろのフィーチャーフォンのような感じがします。

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この全く新しいモデルによってもたらされたクールな特徴は、他にもあります。自動車自体以外でも、Teslaはディーラーを通さずに定価で直接販売することができます。OEMのディーラーでは、誰が新たなソフトウェアをインストールできるか、しばしば契約で定められており (そのため、無線ネットワーク経由のアップデートが許可されません)、これらのディーラーは、修理によって利益の大部分を得ています。修理費用の半分近くがICEに直接関係のある部分です — ICEが無いと言うことは、オイル漏れやファンベルトの損傷などが無いことを意味します。ディーラーはまた、価格や奨励金の設定、そしてに需要から特定のモデルへの橋渡しに、大きな役割を果たしています。既存企業が適応し難い物事はさらにたくさん存在します。

しかしながら、繰り返すようですが、これらの物事がどれほど重要かは、私にははっきりわかりません。その反論としては、おそらく、これらはAppleストアや、iPhone購入時に行われる、電話用アカウントのデバイス上でのアクティベーションのようなものに相当する点が挙げられます。それらは良いセールスポイントで、Samsungが対抗するのは難しいでしょう。しかし、Appleの市場占有率は、それらがなければ暴落するでしょうか?

これはもちろん、非常に主観的です (「このすごいものがどれくらい大切か?」) — そこで、思考実験を行って見ました: もしこれらの要因がTeslaとBMWやMercedesとの唯一の違いであり、駆動系やアクセルなどは同一だとすると、それらは十分でしょうか? もしBMWが突然、直接販売を開始し、シームレスな無線ネットワーク経由のファームウェアの更新を始めたとすると、Teslaの株価は暴落するでしょうか? 恐らくそうはならないでしょう。

主観性を抑えると、ここに勝者総取り効果があるのかは定かではありません。自動車自体に、開発者エコシステムが存在しているのかもしれません。しかし、それは単に、自動車のアプリの適切な場所は、電話だったり、クラウド上だったりするだけのように思われます。もちろん、確信を持つには早すぎます。

最後に、非常に明白なように、いたるところに充電スポットができるでしょう。現実の動機がそこまで来れば、ありとあらゆる企業が充電スタンドを可能な限りいたるところに作るでしょう。唯一の障害は資本です — 競争力のあるモート(壕)がそこには存在しません。

第四に、自律走行です

その全ては、自律走行 (autonomy) へと帰結します。電動は注目に値しますが、恐らくありふれた物となるでしょう。一方で、Teslaの電動に加えての改良は、ありふれた物ではありませんが、必ずしも決定的であるとは言えません。自律走行は世界を顕著に変化させます (これについてはこの記事でも触れています)。そして、根本的に真新しいテクノロジこそ、ありふれた物だとは捉えられません。そしてTeslaもまた、それを行っています。ある意味では。

前述の話題の多くで、Teslaがテクノロジ企業として、テクノロジ以外の企業を破壊するか、もしくはしないか、について述べてきました。しかしながら、自律走行に関しては、Teslaは単に自動車企業と競合している訳ではありません。他のソフトウェア企業とも競合しています。デトロイトをソフトウェア分野で打ち負かす必要はありません。ただ、ソフトウェア分野でシリコンバレーの残り全てを打ち負かす必要があります。

この競争でのTeslaの論理は、自動車から集積できるデータが決定的な優位性を与えてくれる、と言うものです。今日、誰もが自律走行に興味を持つ唯一の理由は、最近5年間での機械学習 (ML) の台頭が、それを実現する手段を提供するようになったからです。機械学習は、反対に、膨大なデータからパターンを抽出しようとしており、その後、それらのパターンと物事を照合させようとしています。では、我々はどれほどのデータを持っているのでしょうか?

それゆえに、Teslaの自律走行への取り組みは、すでに販売している自動車に可能な限りセンサーを搭載して、それらからできる限りのデータを収集すると言うものです。それが可能なのも、Teslaの自動車が既にソフトウェアプラットフォームを基に作られているからです。「単純に」センサーを追加するだけ。そのような方法は、既存のPEMでは未だできません。そして、さらなるレベルの自律性が働くにつれ、ソフトウェアのアップデートに合わせて、それを無線で自動車に送り出すことができます。路上で既に多くの自動車が、これらのセンサーを搭載しているため、これは、「勝者総取り」効果を自己強化することになります: Teslaはさらにデータを手に入れ、自立性は向上し、自動車はさらに売れ、さらに自律走行の走行距離が伸び、さらなるデータが手に入ります。

もしこれが成功すれば、それは実際にTeslaにとって、顕著で注目に値する利点となるでしょう。そしてそれは他の可能性、例えば、自分のTeslaを自律走行タクシーとして貸し出すなど、を考慮する必要さえありません。

しかしながら、これは単なる論理です。そしてそこには2つの基本的な問いが内在しています: 視覚による自律走行は可能なのか? そして、どういった勝者総取り効果が適用されるのか?

まず、コンピュータビジョン (CV) について。Teslaの自律性プランの非常に大きな問題点は、現在、「できる限り多くのセンサー」を搭載すると言うことは、Teslaは360度の視界を持つよう配置されたカメラを使用しており、さらに前を向いたレーダー (そして狭い範囲の超音波) を使用していることを意味します。これは、自動車の周りの世界は、完全な360度3Dモデルのみに頼らなければならないことを意味します。

残念ながら、コンピュータービジョンは、未だこれを十分に行えていません。CV分野のほとんどの人々は、これはいずれは可能になる (何と言っても、人間はLIDARを持っていないのですから) という見解で一致しています。しかし、それは現時点では可能ではありません。加えて、それはさらにデータを加えて、無理やり視界を働かせるという問題ではありません。だからこそ、皆がビジョンと複数のLIDARセンサー、そして時には複数のレーダー部位を複合して使用しているのです。現在だと、それにより、各自動車に何百万もの費用が追加されます。もし、開発中の全車両が多くて百台から数百台に技術検査を行うのであったのなら、なんとか凌げるかもしれません。しかし、これを新たなTeslaモデル3の全車両に追加するのは、疑いもなく不可能です。このセンサーだけで自動車のコストを上回るでしょう。(また、かさばる上に脆く、非実用的なランプを車両全体に取り付けなければならないと言う問題もあります)。これらのセンサーの費用とサイズはどんどん縮小されています (例えば、ソリッドステートのLIDARの実用化の早さを競うレースがあります)。しかし、それが生産車に取り付られるほど安価になるまでには、まだ何年もかかります。

しかしその間に、車両周りの正確な3Dモデルを構築できる、センサー一式や「センサーフュージョン」があるにも関わらず、自律走行におけるその他の問題は、未だ全ての人のものではなく、また、その分野にいる人々の誰も、近づけているとは考えていません。一例を挙げると、高速道路でのクルーズコントロールなど、その一握りは非常にうまくいっています。しかし、全体としては成功していません。

ゆえに、Teslaの最初の賭けは、他のセンサーが小型化し安価になる前に、コンピュータビジョンだけの問題を解決するか、そして、その他の自律走行の問題点についてもそれまでに解決できるか、という点です。これはこれまでのコンセンサスに大きく反するものでしょう。Teslaは、他の企業が簡単な方法で行う前に、難しい方法で実行しようとしています。つまり、Waymoやどこかの企業が、202X年に自律性を1000ドルや2000ドルのLIDARとビジョンセンサー一式で実践しようとしている時に、Teslaはまだコンピュータビジョンの問題だけに取り組んでいる可能性も大いに考えられます。

2つ目の賭けは、Teslaが自律自動車を、強い勝者総取り効果を得られるのに十分なほど成功させる、という点です。つまり、「さらなる自動車がさらなるデータを生み出し、さらなるデータがより良い自律性を生み出し、それがさらなる自動車を生み出す」という点です。とにかく、Teslaがコンピュータビジョンのみの方式で成功させても、その先、誰もそれを成功させないという保証はありません。従って、この賭けは、自律走行についての能力がありふれたものにならない点になります。

そしてこれは我々をデータに戻します。Teslaは、既に販売済みの、20万台を超えるAutopilot 2の車両から収集できる、データ資産を確かに所有しています。一方で、Waymoの自動車は1300万kmを走行しており、昨年2倍近く増えています。Teslaの自動車の方がさらに走行していますが (LIDAR抜きで、しかしそれはここでは無視して)、しかし、我々はどの程度必要でしょうか?

これは実際に全ての機械学習プロジェクトに通じる質問です: データを追加する際、どの時点が収穫逓減となるのか、そして、どのくらいの人々がその様な量のデータを得られるのか? 自律走行車はいずれ頭打ちになる様に思えるかもしれません — もし自動車が1年間、ナポリを迷うことなく運転できたとしたら、それ以上何を改善すれば良いのでしょうか? どこかの時点で、あなたは事実上終了することになります。それなら、自律走行が市場最高のものに引けを取らなくなるまでに、幾つの車が必要でしょうか? いくつの企業がそこまで到達することができるでしょうか? それは1年間に走行する車のうち、100か1000台でしょうか? それとも、100万台でしょうか? そして一方で、機械学習自体が急速に変遷しています。必要なデータ量が劇的に縮小される可能性は誰も否定できません。

よって: TeslaはビジョンにおけるSLAMを実現し、その他の自立性についても同様に実現するかもしれません。そして、そのデータとTeslaの全車両により、何年にも渡り、その他の企業の追随を許さないかもしれません。しかし同時に、Waymoがそれを実現し、人々に販売しようとするかもしれません。それが主流に乗り始める頃には、5か10の企業が実現済みで、自律走行はx86やWindowsと言うよりも、ABSの様になってしまうかもしれません。自律走行が視界のみで稼働するとのElon Muskの主張が正しく、その後、10の他企業が実現しようとするかもしれません。

これらすべてが起こり得ます。繰り返しますが、この答えは破壊の問題ではなく、ソフトウェア業界の人間がソフトウェア以外の業界の人間を打ち負かすかの問題ではありません。なぜなら皆がソフトウェア業界の人間と言えるからです。

🤔

このポストは、当初、TeslaとNetflixに関して、他業界に変化をもたらしたこの2社を比較したもっと短い内容でした。しかし、Teslaの驚嘆すべき点は、いくつもの様々な物事が進んでおり、いくつもの様々なイノベーションがなされている点です。私はその多くを見逃しているに違いありません。Teslaについて考えている時に何度も頭に浮かんだ点は、テクノロジ業界の人々は本当に十分自動車について知っているとは言えず、自動車業界の人々は本当に十分ソフトウェアについて知っているとは言えないことです。

しかし、テクノロジ産業の歴史は、素晴らしい製品や先見の明を持つことや、未来に気づくことだけでは十分でないこと示している企業で溢れかえっています。実際に、自動車産業も同じです。素晴らしい独創的な自動車と、素晴らしい自動車企業は同じものではありません。Teslaのオーナーたちは、自分の自動車を愛しています。私は、自分のPalm V、NokiaのLumiamを愛していましたし、父は、自身のサーブ・9000を愛していました。しかし、一番乗りなだけでは十分ではなく、素晴らしい製品を持つことも十分ではありません。その製品が、どの様に大きなシステムに位置することになるか、考えるよう努めなければなりません。

 

 

著者紹介 (本記事投稿時の情報)

Benedict Evans

Ben はテック系企業に投資をする、シリコンバレーのベンチャーキャピタルである Andreessen Horowitz ('a16z') に勤めています。彼は何が現在起こっているのか、そして何が次に起こるのかについて考えています。

Ben のブログはこちら、毎年のプレゼンテーション、人気のウィークリーレターポッドキャストでの超早口、そして Twitter での独り言もあります。

記事情報

この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: Tesla, software and disruption (2018)

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