良いか悪いかは別として、10倍 (10x) の働きをするエンジニアに関するミームが最近になって再び注目を集めています。しかしテック企業で、ある1人の社員が周りの10倍も生産的であるというアイデアは、例えばバイオ分野のような学際的な企業においては、どのような意味を持つのでしょうか?ドライラボの卓上の向こう側にある、煩雑な作業が多く発生するウェットラボにおいても、10倍の生産性というものはあるのでしょうか?
バイオ系企業は往々にして、理系の創業者がリーダーを務めることが多いです。彼らは新たな時代を切り拓き、自身の会社の方向性を決める存在でもあります。しかしこのような企業は、創業者の学術的な実績を、いわば実際に機能する企業へと変身させなければなりません。そういった点では、実のところ、アーリーステージにあるバイオ系企業のほとんどで実質的な動力となっているのは、一般的に学校を出たばかりのエントリーレベルの科学者で、研究助手(リサーチアソシエイト)と呼ばれるRAです。ラボプロトコルの最適化、難解な実験の実施、そしてそれらの実験から得られた大量のデータの分析を、労を惜しまずにこなすのがRAの仕事です。最終的に、RAには次の事柄を確実にするという、極めて重要なゴールがあります。1)創業者の学術研究がスタートアップのラボ環境においても確実に再現できること。2)その根底にあるサイエンスを、力強くなおかつ成長可能なプラットフォームへと産業化できること。
実のところ、アーリーステージにあるバイオ系企業のほとんどで実質的な動力となっているのは、一般的に学校を出たばかりのエントリーレベルの科学者で、研究助手(リサーチアソシエイト)と呼ばれるRAです。
最高のRAであれば、アウトプットとインプットの両面において、10倍、あるいはそれ以上の生産性を目指すことは間違いなく可能です。これはバイオが大部分において実験的なサイエンスから工学的な分野へと姿を変えていく現状では、つまり、全てのプログラムが独立していてゼロからのスタートであった時代から、時間の経過とともに反復的な積み木アプローチが飛躍的かつ複合的な影響をもたらし、それぞれの発見が次の発見への土台となる時代へと移り変わる現代においては、特に真理を突いています。有能で賢い研究助手がこれらのビルディングブロックを形作ることの重要性は、時折、単純に「良い働き手」に恵まれただけと不当に表現されます。しかし、最上級の能力を持つRAにはそれ以上のものがあります。彼らは創造性、効率性、正確性という類まれなる組み合わせを備えているのです。彼らの一瞬にして問題を解決し、「クリーン」なデータを出すためにどんどんと実験をこなしていく能力は、プログラムの前進に欠かせないものです。質の悪いデータをもとに仕事をすると、幻影を追いかける羽目になります。プロジェクトは行き詰ったり放ったらかしになったりして、タイムラインは伸びてしまい、予算が不足します。
生物工学における進化にも関わらず、未だにサイエンスにはあれこれ試行錯誤するという要素が残っています。その名の通り、RAは多くの時間を現場におけるトラブルシューティングと新たな標準プロシージャ―の作成に費やします。生物の気まぐれな性質とスケジュールに合わせて、彼らは夜遅くまで、また週末に働くことも少なくありません。イライラするような苦労も伴いますが、それはまた究極のところ、新たな知識の最先端を行くという高貴な探究活動でもあります。そしてそれは、病気の診断、治療、管理の方法を急速に再考していく業界を、最前列の席から見学することも意味します。私は一度、自身の仕事に対してアイアンマンのような献身性と自制心を持つRAと共に働く機会に恵まれました(トライアスロン選手とアベンジャーを足して二で割ったような人でした)。最もタイトなスケジュールという環境下においても、彼は非の打ちどころのないデータを出せる人物でした。ある時、もう一つのチームが1カ月かけて出した結果を、彼はその超人的な頑張りで、一週間で出したことがありました。時間的余裕のない重要なプロジェクトがあれば、彼にまず白羽の矢が立ちました。
最上級のRAであれば手順書に盲目的に従うことはありません。仮定を再検討し、変数を微調整し、一見したところわからないソリューションを見つけます。
しかし、これは生産性だけのことではありません。サイエンスは難しいのです。物事がうまくいかないことも(よく!)あります。それゆえ創造性がとても大切です。最上級のRAであれば手順書に盲目的に従うことはありません。仮定を再検討し、変数を微調整し、一見したところわからないソリューションを見つけます。私は一度、脳細胞を分析するプロジェクトの最中に完全に行き止まりにぶち当たったことがありました。その他の細胞ではうまくいったのに、脳の細胞に用いたものは何一つうまくいきませんでした。でもそこで10倍の動きをするRAがプロジェクトに加わりました。わずか数日の間に彼女は見たこともないデータセットを出す新たな実験を考案し、脳細胞に必要な特別なケアと給餌コンディションを作ることによって私がぶち当たった壁を打破してくれました。
タイムラインを短くし、斬新なプラットフォームの基礎を微調整し、クリティカルパスプロジェクトの潮目を変える人々。これが10倍の生産性を持つRAです。これは10倍の動きをするRAが一匹狼だということでは全くもってありません。バイオは団体競技です。これまで以上にウェットラボとドライラボの両方にまたがるプロジェクトが増えていることから、コラボレーションが勝利の鉄則です。優れたRAは他のRAにどのようにすれば物事がうまくいくのかを教えられると同時に、周りの人たちが同じ失敗を繰り返さずに済むよう、自分の失敗を強調することを恐れません。言い換えれば、10倍の働きをするRAはxの価値を向上させる手助けをしてくれます。また地球上で最も進んだテクノロジーの一つである生物学は、意図すれば10億倍に成長させることができる性質のものであることも、そこに加えてください。不可能を可能にするために、あなたが自らの創意工夫する力と創造力を使った時、あなたのxレベルのインパクトはいかほどのものでしょうか?
不可能を可能にするために、あなたが自らの創意工夫する力と創造力を使った時、あなたのxレベルのインパクトはいかほどのものでしょうか?
ほとんどのバイオ系企業にとってRAとは血液です。10倍の働きをするRAの秘められたスーパーパワーは、公然の秘密です。彼らは、社内においても争奪戦が繰り広げられる貴重な人材です。しかし、これらのRAの多くは、自分たちにどれほどの価値とインパクトがあるのか、完全にはわかっていません。バイオ系企業への投資資本の流入と新たに設立されるバイオ系企業の増加が、洪水のようになって向かってきている今、RAへの需要は爆発しています。したがって今のRAには、大きな企業や名の通ったグローバルなバイオ医薬企業から、これからといったスタートアップ企業まで、多種多様な企業で働くチャンスがあります。
もしあなたが現在RAをしている、またはRAになろうと考えているなら、自分の価値を知りましょう。RAに関しては売り手市場です。自らの手を挙げるも差し伸べるも、あなた次第です。そしてバイオ系の創業者の皆さん、10倍の働きをするRAを知っているならそのRAを手放さないことです。10倍の生産性を持つ人材をウェットラボとドライラボの両方で早期に確保すれば、あなたの会社にはさらに明るい未来が訪れることでしょう。
著者紹介
Jorge Conde は Andreessen Horowitz のジェネラル・パートナーとして、生物学、コンピュータ・サイエンス、エンジニアリングの各分野で投資をリードしています。
記事情報
この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: The Rise of the 10x Research Associate (2019)