セールスが単なるセールスではないとき: 初期市場の創業者へのアドバイス (a16z, Martin Casado)

 

おそらく創業初期の創業者が初期市場で直面する唯一かつ最大の課題は、製品をセールスプロセスへと進めることでしょう。特に、再現性のあるセールスプロセスへ乗せることが重要です。会社に問い合わせが殺到するような勢いで市場を引き寄せる製品も、たまにはあります。しかしそのような状況は極めて稀なケースであり、ボトムアップ式の製品採用を目指した戦略にセールスの努力は不要と思い込んでしまう落とし穴も伴います。大多数の場合、新たに登場したマーケットで発売される製品への反応は鈍く、その後の明暗は会社が売り方を見つけられるかどうかにかかっています。

大多数の場合、興りつつある市場で発売される製品への反応は鈍く、その後の明暗は会社が売り方を見つけられるかどうかにかかっています

キャズム前(プロダクトマーケットフィットに至っていない段階)のスタートアップにおけるそれらの課題に対しては、ノイズからシグナルを抽出する方法や、カテゴリーを作り出す際の製品マーケティングの重要性など、一般的なアドバイスが存在します。私はこれまでにそのさまざまなアドバイスの違いについて、多くの記事を書いてきました。しかしキャズム前の市場でのセールスに関し、企業はどのようにしてプロダクトマーケットフィットを「追い求める」段階から、再現性のあるセールスプロセスを中心に実際にセールス組織を拡張する段階へと進むのでしょうか?私のパートナーのPeter Levineはこれまでに、セールスに関しての技術系創業者必見の基本知識を共有してきました。しかし基本的な仕組み以外に、創業者はどのような考え方を持つことで、自社のセールスプロセスを構築する際に陥りがちな一般的な落とし穴を頭に入れ、上手く対処し、回避することができるのでしょうか?

この記事では、私が取締役および元技術系創業者の両方の立場で製品を取り扱う際に使ってきた、心に留めておくべき指標(避けるべき誤解、経験則など)のいくつかを紹介します。私の取り扱った製品は、今では10億ドルを超えるランレートに成長しています。

「セールス」という言葉について考え方を再定義する

「セールス」という言葉は、(たいていはネガティブな)言外の意味を伴います。それが必要か必要でないかにかかわらず、何かを買うように誰かを説得しているようなイメージを持つのではないでしょうか。その結果、創業初期の技術系創業者は信じられないほど「セールス重視」になり、早期にセールス担当を雇おうとする傾向にあります。顧客が抗うことのできないほど優秀なセールス担当を雇って、製品を売るためです。

初期の市場におけるセールスは、会社や製品のビジョンと戦略的に一致する、適切な少数の顧客を見つけることを目的とすべきです

しかしながらセールスとは、購入を説得することのできる誰かに製品を売ることではありません。製品のアイデアを認め、それに対してお金を払う意志のある顧客に売ることですらありません。初期の市場におけるセールスは、その製品を強く欲しがる少数の適切な顧客を見つけることを目的とすべきです。そのような顧客は、スタートアップと協力する揺るぎない意志を持ち、まだ実績のない製品をプロダクション段階へと進めさせ、途中で予期せぬ出来事があったとしてもそれを乗り越えてくれます。要するに、会社や製品のビジョンと戦略的に一致する顧客です。この議論は一般的に複雑で、会社の精神、製品が参入しようとしている技術的な状況、製品の技術的な基礎、そして業界の戦略的なポジションやビジョンなどが関わってきます。そのため、創業期において正当にこの議論ができるのは、会社の創業者か初期の幹部のみです。

セールスに対するこのような考え方は、初期市場におけるスタートアップにとって極めて重要です。セールスは、あなたの製品にプロダクトマーケットフィットがあるかどうかを見極める判断材料の重要な一部なので、製品設計・リリース・フィードバックのサイクルと密接に関わっていなければなりません。また、あなたが製品のビジョナリーや会社幹部なのにその製品を売ることができないのなら、他の誰もセールスはできません(もし誰かが売るとしても、間違った人に対して間違った理由でセールスしようとしている可能性が高く、そのうち問題が起こります)。

最初のセールス担当は実際には売らない

間違いなく、創業者や初期の会社幹部は自社製品を売ることができなければなりません。それが私の経験則の1つです。もし価格交渉できなかったり(私はそれができないことで有名でした)、あるいは仕入れプロセスを舵取りする方法が分からないとしても、適切にアクセスできるのに顧客を説得することができない場合は、私なら製品や市場、そして顧客をじっくりと検討するでしょう。

別の言い方をすれば、優秀なセールス担当がいないことが問題だと決めつけてはいけません。

このことは、最初のセールス担当の雇用に関して昔から言われている論点につながります。私はカバンを抱えて商談をまとめに行く、有能なベテランのセールス担当を最初に雇うことを好みます。良い「最初のセールス担当」は、あなたを適切な人と引き合わせてくれます。彼らは組織図を「リバースエンジニアリング」して適切な人物や部署をたどり、製品に合った戦略的なやり方を見つけ出して、対象組織内の予算や支援者を探り出します。また、価格交渉や仕入れの舵取りさえ手伝います。しかし、通常は「セールス」をしません。それは創業者の仕事です。

創業者はしばしば、セールス担当が「十分な技術的知識を持たない」ことを嘆いていると聞いたことがあります。しかしセールス担当が技術的である必要はありません。代わりに、初期市場でのセールス担当は次のことができなければなりません。(1)顧客や取引の適格性を見極める(本物のチャンスがあるかどうかを把握する)(2)予算を見つけ出す(初期市場では既存の予算枠がない可能性があることに注意)(3)対象組織の全体像を把握する(鍵となる意思決定者や利害関係者を突き止める)(4)適切なタイミングで応援を要請する(スタートアップ創業者、製品マネージャー、等)(5)仕入れや価格設定の舵取りをする。

創業者はしばしば、セールス担当が「十分な技術的知識を持たない」ことを嘆いています

初期のセールス担当と成熟期のセールス担当との違いは何でしょうか?成熟市場では、セールス担当はしばしば既存の関係性を活用して契約を取ることができます。しかし限られたリソースを考えた場合、一番避けたいのは、あなたの製品の価値を評価していない間違った顧客に製品を売ることです。そのような顧客は最終的に離れて行ってしまいます。それだけではなく、そのような顧客にセールスすることで、あなた自身が誤った市場のシグナルを受け取ってしまいます。「お金を使って」顧客基盤を獲得する方法は、キャズム前のスタートアップには危険です。たいていの場合、最初の顧客がどのような層になるのかは分からないからです。

セールスエンジニアが売る(そして黄金率の紹介)

上記のような能力を持った初期のセールス担当を雇うのに加え、セールス担当と同数のセールスエンジニアを雇うこともお勧めします。これはセールス組織を構築する際に、技術系の創業者を「スケールアウト(規模を拡大して性能を向上)」する主な方法の1つです。非技術系の製品や、極めて一般的なオープンソース製品の場合は、セールスエンジニア(SE)と営業担当者との比率を1:1とする必要はないかもしれません(または、自社セールス担当と同じプロフィールの人を雇わなくてもよいでしょう)。しかし、初期のセールス活動ではSEに対して多めの投資を行い、徐々にセールス担当との比率を下げていくというのが私のやり方です。

では、セールスエンジニアは何をするのでしょうか?営業担当者はセールス活動の「指揮を執る」ことに責任を持ち、通常は技術系創業者にはない多くのノウハウを持っています(仕入れ、交渉、値引き、等)。一方でSEは、対象顧客と「技術的な商談」をまとめることに明確な責任を負います。そのため、実際にセールスしているのはSEだと言えます。

たくさんのコード(もし必要なら)を書かないとしても、セールスエンジニアは技術に関して深い知識を持っているべきです。私が一緒に働いたことのあるSEの多くが、扱っている製品とその使い方について、同じ製品を扱っているエンジニアよりも技術的により深く、より幅広く理解していました。またSEは、顧客への対応も優れていなければなりません。ただ人当たりがよいだけではなく、市場の状況やさまざまな競合との違いについて、鋭い理解を持っている必要があります。

セールスを実行可能にすることはセールス自体と同じくらい重要

最初のセールス担当とエンジニアを数人ずつ雇ったら、有能な製品マーケターも忘れずに雇いましょう。なぜなら、セールスを実施可能にすることに責任を負うのは、製品マーケターだからです。製品マーケターはセールスチームを関連資料で武装させ、セールスを助けます。

セールスにおける「セールストーク」(あなたの製品が適切な理由や、今が買うタイミングである理由を大まかに示す論理的根拠)は、通常は創業者が発案し、何百回もの(営業担当者やSEとの)ミーティングを通して磨きをかけられます。しかし、セールストークをいくら考えてもセールスプロセスの拡張には役立たないということは、言葉に出さなくても皆が知るところです。そこで登場するのが、プロダクトマーケティングです。プロダクトマーケティングは、幅広いさまざまな議論をふるいにかけ、シンプルで繰り返し可能なポジショニングへと落とし込む機能です。議論にプロダクトマーケターを参加させるのが早ければ早いほど、より多くの文脈でポジショニング(およびセールス支援材料)を作り出すことができます。それが、あなたのセールスチームの議論をコントロールし、全員に同じものを適切な人にセールスさせるための、基本的な方法です。

実際にはセールスを行わない人が多すぎますか?初期のセールスでは、再現性のあるセールスが本当に確認できるまでは、セールス担当の配置は全体として比較的少なめ(セールス担当2~5人、SE2~5人)に維持することをお勧めします。また、異なる地域や垂直分野をすぐにでも試してみたくなるものですが、私は(本当に強い自然な市場ニーズがない限り)そのような衝動には耐えます。まずは有能なセールス幹部を雇い入れ、その助けを借りて方向性を決定すべきです。

では、VP of Sales はいつ雇い入れるのか

会社がまだ1つの契約も取れていないのに、すぐに上級セールス幹部を雇うスタートアップをよく見ます。セールス幹部はそのほとんどの時間を使って、セールス部隊の構築や、拡張を見込んだプロセスの実施に取り組みます。そのような早く雇いすぎたセールス幹部が会社を辞める場合(彼らはほぼ確実に辞めます)、それは会社にとって時間や機会の損失というだけでなく、文化という点でも非常に大きな後退です。なぜなら、売りたくてウズウズしているセールスチームは、会社内で最も混乱を招く勢力の1つだからです。彼らは会社が作っていないものを売り、プロダクトマネージャーや開発者に圧力をかけ、「契約を取ることができる機能」を急いで開発させたり、実装させたりするかもしれません。あるいは、あなたの製品を本当に必要としていない人たちにセールスすることもあります。

売りたくてウズウズしているセールスチームは、会社内で最も混乱を招く勢力の1つです

早すぎる時期にセールス部長を雇ってはいけません。セールスを拡張する時期に関する教科書的な答えは、セールス担当の8割が目標達成時給料の3倍に設定されたノルマを達成する時です。しかしそれは、あなたのセールス担当が契約価値を最大化することができ、解除される契約などを補うだけの十分なパイプラインができていることが前提です。初期のセールスをある程度規則性のあるものにするには、通常数年かかります。

従って、セールス担当が安定してセールスするようになってから、セールス部門のトップを雇うことをお勧めします。彼らが目の前にある商談をまとめ、現存するパイプラインを追うことだけがセールスではありません。理想としては、セールスプロセスから現れてくる何らかの再現可能なモデル(類似した買い手、類似したケース)もあるはずです。そしてそれが、拡張の方法を示すシグナルとなるのです。

有能な VP of Sales は、そのようなプロセスを実践し、チームを作り上げるのが上手です。また、あなたのセールスプロセスを次のレベルへと高めるのに必要な、その他のことも得意です。契約価値の最大化や、パイプラインの管理、新たな地域へ拡大するタイミングの把握などです。自ら直接セールスを伸ばし、チームも拡大することができるセールスリーダーも存在しますが、私の経験では、そのような人材は例外的な存在です。従って、実際にそれを実行しているのを見たことがある(または見たことがある人を知っている)のでない限り、有能なセールスリーダーを雇うのは、あなたのに少人数でも生産性のあるセールス担当が揃ってからにしましょう。その反対を行っているケースをよく見ますが、上手くいっていることはめったにありません。

* * *

結論を言えば、セールスはまず創業者から始めるということです。繰り返しになりますが、もし創業者がセールスできない(または少なくとも顧客が買いたくなるような説得ができない)のなら、他の誰にもできない可能性が高いでしょう。

セールスはまず創業者から始める

同様に、もしあなたの製品をセールスできる自社セールスチームを構築できないのなら、技術パートナー、OEM、インテグレーター、または再販業者に関わらず、他の誰かのセールス部隊が売ることもまずできないでしょう。会社が成熟するに従い、それらは全て非常に有効なセールスルートになりますが、自社で直接セールスする方法を考え出す代わりに他人の力を頼ってはいけません

自分の代わりに他の人にセールスしてもらうこと(または早い時期に多くのセールス幹部を雇うこと)が、セールス力不足の解決策になることはめったにありません。しかし、セールス担当の増員や別のセールスリーダーの採用が、欠けているプロダクトマーケットフィットを克服してくれるとも考えてはいけません。初期市場では、とにかく適切なバランスを取って進めることが大事です。市場に進出して行くためのツールとして、および実際にどの程度のプロダクトマーケットフィットがあるかを判断する指標として、漸進的なセールスアプローチを利用してください。

 

著者紹介 (本記事投稿時の情報)

Martin Casado

Martin Casado は Andreessen Horowitz のジェネラルパートナーです。彼は以前、2012年に VMWare に買収された Nicira の共同創業者で CTO でした。VMWare で、Martin はNetworking and Secruity Business のVPならびにGMでした。

記事情報

この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: When Sales Isn’t Just Selling: Advice for Founders in Early Markets (2018)

FoundX Review はスタートアップに関する情報やノウハウを届けるメディアです

運営元