2022 年後半ごろから、「Climate Tech 領域での起業をしたいと思ったけれど、何から始めれば良いのか分からない」という相談をしばしば受けるようになりました。
そうした相談に対して、何度も同じ回答をしていることに気付き、その内容をまとめたのが本連載です。
この『Climate Tech スタートアップの始め方』という連載では、Climate Tech スタートアップに興味を持った起業家候補の方、特に技術的バックグラウンドも業界的なバックグラウンドもない方が、初期の調査からアイデアの発案に到るまでの一連のステップを、以下の順序で解説しています。
- 初期調査をする (←この記事です)
- バージョン 0.1 のアイデアを作る
- 仲間と応援者を集める
- アイデアを進歩させる
- セールスを行う
- 初期のお金を獲得する
まず最初に注意事項です: 一連のステップはスムーズに流れていくように見えますが、実際は行ったり来たりです。順番が前後することもあります。その時々で困難がありますし、それなりに時間もかかるものなので、多くの人は道の途中で挫折してしまいます。そうならないためにも、東京大学 FoundX の起業ゼミのようなプログラムに参加することも検討してみてください。仲間や壁打ち相手がいるだけで、活動の継続率が高まります。
また Climate Tech で起業をしようとしている東大卒業生の方(FoundX の応募要件を満たす方)には、現在随時相談に乗っていますので、ご連絡ください。
1 初期調査をする
1.1 全体感を掴む
まずは以下の2冊を読んで、気候変動と技術的な対策についての概要を掴むことをお勧めします。
- Bill Gates の『地球の未来のため僕が決断したこと』
- John Doerr の『Speed & Scale』
Speed & Scale は分厚いので、徐々に読み進める形で構いません。Bill Gates の本は薄くてすぐ読めるので、今すぐ買って読みましょう。
次に分野や投資動向を把握しましょう。以下のような資料を参考にしてみてください。
- PwC の Climate Tech レポート
- 日本のグリーン成長戦略 (経済産業省。投資領域は大企業系寄りです)
「気候変動や Climate Tech の全体像を把握してから、個別の調査に行きたい」という人もそれなりにいますが、全体像をしっかりと掴む、というのは諦めたほうが良いです。
この分野は動きが早すぎて、掴んだ全体像もすぐに古くなります。この領域に張る投資家やジャーナリストであれば、全体像を把握する努力をしても良いとは思いますが、事業を行う人はまず自分の興味関心領域を決めてから必要な情報を徐々に集めたほうが、大局観を持ちやすいと思います(1年ぐらいかかると思いますが)。
なので、とりあえず上記の2冊を読んでから、すぐに次のスタートアップの個別調査に進みましょう。
もし気候変動全般のことを知りたいなら、以下のサイトなども確認してみてください。
補足
Climate Tech の興味のあるイベントなどに参加するのも、全体感を掴むための一つの方法です。
講演は当たりはずれはありますが、概要は掴みやすい傾向にありますし、懇親会などがあれば仲間も作れます。イベントでピッチの機会などがあれば助けてくれる人も出てくるでしょう。FoundX でもイベントを開催したり、録画を公開していたりするので、ぜひ参照してみてください。
1.2 個別企業の広めの調査をする
自分自身の興味関心領域を見つけるために、具体的なスタートアップを100 ~ 300社程度見てみることをお勧めします。起業する前には1000社ぐらい見ている人が多いので、これぐらいの数は序の口だとお考え下さい。
そのうえで、自分の興味関心範囲を3段階ぐらいで深掘りして、大中小のカテゴリ分けができるぐらいまで解像度を上げるようにしてください。たとえば「CCUS (二酸化炭素回収・利用・貯蔵) 領域に興味がある」というところであれば、そこから以下のような階層化をしながら把握します。
- 二酸化炭素回収・利用・貯蔵(大カテゴリ)
- 回収(中カテゴリ)
- DAC(小カテゴリ)
大カテゴリの中には100社程度、中カテゴリには20社以上、小カテゴリの中に5~10社以上のスタートアップがあるような粒度でカテゴリ分けをしてみてください。
こうしたカテゴリ分けをするためには、それなりの数を知り、それぞれの会社の関連性を把握していく必要があります。そのつもりで調べていきましょう。
もし自分の興味関心領域が決まらないのであれば、Y Combinator による Climate Tech アイデアのリクエストなどを参考に、魅力的だと思われているカテゴリを選んでから調べ始めても構わないと思います。
なお、日本国内の Climate Tech スタートアップは少ないので、海外のスタートアップを探してください。英語が苦手な人もいると思いますが、そのときは DeepL のブラウザアドインを入れ、ブラウザ上で翻訳しながら情報収集するのも一つの手です。特に専門用語が多い記事は一度翻訳をいれると分かりやすくなることが多いです。
有望そうなスタートアップは、有名な VC から投資を受けている可能性が高いので、Climate Tech に投資している VCやアクセラレーターをチェックしてください。例えば以下のような VC やアクセラレーターです。
- Breakthrough Energy Ventures の投資先
- Lowercarbon Capital の投資先
- Prelude Ventures の投資先
- Y Combinator の Climate Tech 関係の投資先
Climate Tech の各領域の詳細を知りたいのであれば、こちらなども見てみましょう。それぞれの領域のスタートアップを知ることができます。
Climate Tech VC (CTVC) が毎週発行するニュースレターでは、最新の Climate Tech の資金調達情報が手に入ります。まだ領域が決まっていないときは、資金調達をしたスタートアップのリストを毎週読むことをお勧めします。
また関連する英語のキーワードで検索 (You.com や Google, Bing) などもしましょう。検索しない人も結構いるようなので、さぼらず検索してください。
調査したスタートアップは Google Sheet などに整理しておきましょう。後で振り返りやすくなります。チェック項目としては、下記の項目あたりで良いのではないかと思います。
- スタートアップ名
- 設立年
- 国
- URL
- カテゴリ
- 事業の概要
- 特筆事項やその他注記事項
このあたりから、興味のある領域に関してブログを毎日書いたりするのもお勧めです。単なるまとめブログではなく、なるべく読み手にとって価値のある情報になるようにしてみてください。そうすることで、同じ領域の知り合いも作れるでしょうし、ブログが継続できるかどうかで、自分自身がこの領域に本当に興味を持っているかも測れます。
1.3 最新情報の情報源を持つ
Climate Tech は規制や政府補助なども大きく影響するため、随時情報のアップデートが必要になります。
詳細な情報源はかなり多くありますが、最低限このあたりはカバーしておくと良いのではないかと思います。
調査の中で Web を検索することも多いと思います。その時に見つけた良いサイトは、RSS などで購読しておくようにしましょう。
その他、Podcast なども興味があれば聞くと良いと思いますが、情報収集に時間を使いすぎるとアイデア出しが進まないので、ほどほどにしておくことをお勧めします。
1.4 個別企業の深めの調査をする
3 ~ 4 社程度で構わないので、自分の興味関心のあるスタートアップや製品を深く調べましょう。項目としては以下のような内容が良いのではないかと思います。
- 事業概要
- 課題(とその課題を選んだ理由の仮説)
- 解決策(とその解決策を選んだ理由の仮説)
- 解決策に使われている技術(とその技術を選んだ理由の仮説)
- 初手の市場参入方法(とその理由の仮説)
- チーム(CxOの経歴)
- 主な投資家やVC
- 資金調達額(累計)
それぞれの会社の事業の外形を調べるだけではなく、どういった経緯でその事業の形になったのか、その背景や理由を述べられる程度まで調べたり、考えたりしましょう。
過去のニュース記事や資金調達のプレスなどを読むと、その会社の過去の活動内容がわかるのでおすすめです。また、そうした情報が見つからない場合は、理由を仮説として考えてみてください。いくつもの選択肢がある中で、今の事業の形になっているのは理由があるはずです。正確でなくとも良いので、その理由の仮説を考えるのが大事です。
未上場の会社は外に出ている情報が少ないのですが、上場した会社(SPAC/DeSPAC 含む)は、自社の詳しい情報を投資家向けに公開しています。そこからさまざまな技術情報や計画を知ることも可能です。気になる会社が上場しているのなら、「会社名 S-1」「会社名 investor presentation」などで検索してみましょう。
以下は 2021 年以降に DeSPAC 上場した Energy Vault と Heliogen という Climate Tech 系のスタートアップの、上場前後の投資家向けプレゼンテーションです。(上場時に加えて、最近の IR 資料も見ましょう)
競合となるような会社を探すときはCrunchbase 等も使えますが、競合の表示の精度はあまり良くないので、LinkedIn で推薦される競合会社を調べることをお勧めします。転職検討の際に類似の企業の検索が行われがちなので、Crunchbase よりもヒット率が高いように思います。
まとめるときにはスライド形式でまとめておくと、画像なども貼れて便利ですし、他人と共有しやすくなります。そのときは、デザインのフォーマットを決めておいた方がよいでしょう。後で見返しやすくなります。デザインがバラバラだと他人に見せるときなどに認知負荷がかなり高まります。デザインは統一しましょう。
1.5 技術調査をする
もし技術が深く関わる場合は、関連する技術を調査することをお勧めします。
まず類似会社が持っている知財や論文も軽く調べましょう。
- 知財 (Google Patents, Espacenet, Lens.org など)
- 論文 (Google Scholar, Semantic Scholar, Elicit, Research Rabbit, Lens.org など)
以下のような項目を調べましょう。今後の仲間を集めるときのアタックリストにもなります。
- 国内の研究者(所属、研究テーマ)
- 国外の研究者(所属、研究テーマ)
ARPA-E の類似プロジェクトを探すなどもしてみても良いかもしれません。
必要に応じて、技術を勉強することを面倒くさがらないようにしてください。分からないところをつぶしていくように調べれば、ある程度までは一人で学べるはずです。
初期調査のまとめ
ここまでの一連の調査作業をしたら、ある程度自分の興味関心領域も定まってきているはずです。興味関心が定まれば、次に自分なりのアイデアを考え始めてみてください。自分なりのアイデアを考えることで、より深い調査が進むようになります。
ここまでではデスクトップリサーチが中心で、大体 50 ~ 100 時間ぐらい使うのではないかと思います。もし自分にとって未知の領域ならその 2, 3 倍時間がかかると思います。
時間がないという人は、無理やりにでも作って何とかこなしましょう。調査の初期は、知らない用語などが出てくるためきつく感じますが、徐々に楽になってきます。最初を乗り越えられるよう、頑張ってください。
モチベーションを維持するためには、Climate Tech 系の YouTube の動画 (たとえば Bill Gates の動画) を見たり、Podcast を聞いたりするのもお勧めです。
また、
- 友人と一緒にやる(共同創業者候補にもなります)
- プログラムに入る
といったことも検討してください。
FoundX でもこのような流れに沿ったプログラムを展開しています。もしよければうまく活用してください。