この『Climate Tech スタートアップの始め方』という連載では、Climate Tech スタートアップに興味を持った起業家候補の方、特に技術的バックグラウンドも業界的なバックグラウンドもない方が、初期の調査からアイデアの発案に到るまでの一連のステップを、以下の順序で解説しています。
- 初期調査をする
- バージョン 0.1 のアイデアを作る(←この記事です)
- 仲間と応援者を集める
- アイデアを進歩させる
- セールスを行う
- 初期のお金を獲得する
(1) の初期調査までは時間をかければ(=やる気があれば)進みます。そこから自分のアイデアを作るのは、大きなジャンプが必要です。
このジャンプがなかなかできない人もいます。しかし、どれだけ情報を収集して、どれだけ考えを重ねても、完璧なアイデアが湧いてくることはありません。
なので、まずは不出来なバージョン0.1のアイデアを作って、人に見てもらいながらフィードバックを得て、徐々にそれを良くする、という方針で取り組むことをお勧めします。
この記事は、人に見てもらうための最低限のアイデア(アイデアのバージョン 0.1)に到るまでのステップを解説したものです。
2.1 事業アイデアの「バージョン 0.1」とは
今回紹介する『事業アイデアのバージョン0.1』とは、「自分の考えをまとめながら、人にフィードバックを貰いやすくすること」を目的としたアイデアです。書くことで自分の考えがまとまりますし、渡せるものがあると人にアクセスしやすくなります。そして誰かに話を聞いてもらえると、フィードバックを貰えてアイデアがどんどんとバージョンアップできるようになります。そうしたきっかけを作るのが、バージョン0.1のアイデアです。
ここで作るべきなのは「事業アイデア」のバージョン0.1です。技術だけでは事業にはなりません。優れた技術を持っている人も、ぜひ事業のバージョン0.1を作ってみてください。
ヒント: 友だちやプログラムを活用する
気心の知れた友だちがいるのであれば、バージョン 0.001 ぐらいのアイデアでも相談に乗ってくれるはずなので、一緒に バージョン 0.1 のアイデアを作ってみることをお勧めします。そのほうがモチベーションも続きます。
また、友だちがいたとしても、アイデア形成を支援するプログラムなども活用することで、さらに早くアイデアに到ることもできるはずです(その領域のスタートアップのアイデアに詳しい人がいたほうが良い方向性のヒントを得られます)。「VC や投資家に相談するのはちょっと早いな…」というときでも、アイデア段階を支援するプログラムであれば受け入れてくれます。
Climate Tech 領域であれば、FoundX のプログラムなども活用してみてください。
2.2 ベースとなるスタートアップのアイデアを決める
アイデアがすでに思いついている人は、このステップを飛ばしてください。
なかなか調査から仮説へのジャンプができない、つまりアイデアが思いつかないのであれば、初期調査の中で心惹かれたスタートアップや「これはいけそう」だと思ったものを選んで、自分のアイデアのベースとして使ってみましょう。
それを自分ならどうビジネスとして立ち上げていくのか、何を変えればそのベースとなっているアイデアに勝てるか、を考えてみるところから始めてください。
「他社のアイデアを丸々コピーする」というのは避けるべきですが、アイデアは組み合わせであり、筋の良さそうなアイデアを他のアイデアと組み合わせて使うことは多くの人が行っています。それに既存のアイデアの中の1つの変数を変えれば、その周辺の部分も変えざるを得ないことが多いです。そうして修正していった結果、オリジナルなアイデアへと変わっていくはずです。
たとえば、海外のスタートアップを参考にしながらも、日本の市場から始めるのであれば、日本市場向けにかなりの部分を変更しなければうまくいきません。その結果、全く違ったアイデアに変わっていきます。
技術も同様です。同じ自動運転の技術から出発しても、公道で人を乗せるのか、倉庫内でモノを運ぶだけなのかによって、求められる要件が違い、作るものも違ってくるでしょう。自社でバリューチェーンのどこからどこまでやるのかによってもビジネスは違ってきます。自社で工場を持つのか、それとも販売のみなのかで、ビジネスは変わります。
もしベースとなるアイデアが絞れないようであれば、Y Combinator が求める Climate Tech アイデア (2022年版) を見てみるのも良いでしょう。
誰かからお勧めされたアイデアを試してみるのでも構いません。他人のアイデアが起点であっても、やっているうちに自分の方が絶対に詳しくなりますし、ほぼ間違いなく初期のアイデアから様変わりします。
なお、選ぶときには注意点があります。
社会的意義のあるアイデアや、人類規模の課題に取り組むアイデアの方が、人を巻き込みやすいです。なるべく大きくて、意味のあるアイデアをベースのアイデアとして選びましょう。
多くの人は「自分でもできそう」なアイデアを選んでしまいがちです。でもそうしたアイデアでは、ほとんど誰も乗ってきてくれませんし、進みも悪くなりがちです。「自分ができること」を考えるのも重要ですが、「やるべきこと」を考えるようにもしてください。
2.3 ピッチ資料を作り始める
この段階になったらピッチ資料を作り始めましょう。
自分のアイデアをまとめたラフなピッチ資料を作って、他人に渡せる状況を目指します。そうすることで以下のようなメリットが得られます。
- 自分の頭が整理される(一番重要)
- どういった情報を獲得すれば良いか(どこが足りないか)が分かる
- 人の紹介を受けやすくなる
- プログラム等に応募しやすくなる
- 仲間や顧客を集めやすくなる
最初に作るピッチは、アイデアのバージョン0.1ではなく、0.001ぐらいだと思ってください。
バージョン0.1に到るまでにはまだしばらくかかります。そこからバージョン1に到るまでも時間が必要です。そして実際に起業するまでには、おそらくバージョン10ぐらいまで更新を重ねる必要があります。なので0.001は本当に初期の初期のアイデアです。
調査開始から1か月以内には、仮のアイデアを決めて、最初のピッチ資料を作り始めるぐらいのスピード感で動くことをお勧めします。
ピッチの構成は、
- 背景(課題の背景)
- 課題
- 解決策(技術)
- 市場規模
- ビジネスモデル
- 10年スパンでの計画
- チーム
- 困っていること&助けてほしいこと
あたりで良いかと思います。
ピッチを見たことがない方は、Pitch Deck Hunt などでサンプルをいくつか見て参考にしてください。ただしサンプルほどに綺麗なものを作ろうとすると時間がかかりすぎるので、まずは文字ベースだけでも結構です。ここで作るものは、情報を集めるためのピッチ資料であり、資金調達や説得のためのピッチ資料ではありません。
この記事を見た瞬間に、Googe Slides 等を開き、とにかくピッチ資料のバージョン0.001を作り始めてみてください。バージョン0.001ぐらいの期待値で構いません。そこから100回更新をして、バージョン0.1にしましょう。ここで手を付けないと延々と後回しになります。1ページでも作っていると筆が進みます。
ピッチ資料は、「人に渡す」前提で作っておくとより便利に使えます。特に2ステップ先の人まで展開できるようにしておくと、紹介の紹介を受けやすくなります。1ステップ先の人が、2ステップ先の人にあなたのことを紹介するときに使える資料があると、つなぎやすくなるからです。
2.3.1 将来の市場規模を考える
ピッチ資料を作るうえで、まず何よりも大事なのは、大きな市場を選んでチャレンジしているかどうかです。市場のないところを深掘りしてもビジネスにならないですし、小さな市場だと投資家からの投資や助成金を受けづらくなるだけではなく、「スタートアップじゃないビジネスですね」と言われて、相談もなかなか進みません。
スタートアップを目指すのであれば、大きめの業界でくくったときの市場規模として、日本国内だけでも1兆円弱は欲しいところです。ただし、どの程度のシェアを狙うかや海外市場をどれだけ狙うかによって異なるので、あくまで一つの基準候補として考えてください。
特に以下のような点を見てみましょう。
- 市場規模(直接的なものがなければ、代替製品の市場など)
- 市場の成長予測
なお、調査機関の市場規模予測はあてにはならないので、あくまで参考程度にしておくほうが無難です。
現在の市場の大きさと同時に、10年先や20年先の市場の大きさを考えましょう。特にスタートアップの場合は、今の市場規模よりも将来の市場規模の方が大事です。10年や20年後には、技術や法律も変わっているはずです。それをある程度予測して、何から始めるかを考えましょう。ただし、現実離れしないように現在の市場規模も確認することも忘れないようにしてください。
未来像を描くとやる気も出ます。なるべく早めに、10年後や20年後にどういう社会になっているか、どういう社会にしたいかを考えながら、現実的な市場規模と照らし合わせながら計算してください。
この時点で市場があまりにも小さすぎるようであれば、別のアイデアを考え始めることをお勧めします。
2.3.2 顧客の課題と解決策を考える
ビジネスを行っていくには、顧客の課題を解決して、そこからお金をいただく必要があります。
特に、最初の顧客は誰で、どういう課題を抱えているのかを考えましょう。後で検証をかけていくので、仮の仮の仮の仮説ぐらいのレベルで構いません。ただ、顧客一人一人が持っている具体的な課題のレベルまで、とりあえず想像して描いておくのが大事です。そのときには、市場の課題と顧客の課題を混同しないように気を付けてください。
次に課題に対する解決策としての製品やサービスを考えます。ベースとなるアイデアがあれば、それを少し変えたラフなものでも良いでしょう。
そして、その解決策に顧客はどれぐらいのお金を払うのかを考えましょう。それが次の売上の検討につながります。
2.3.3 自社の売上の規模を考える
今現時点のアイデアで、非現実的ではないけれど楽観的なシナリオで、10~12年後に売上ベースで「100億円」を超えるかどうかを考えましょう。
利益率が異なるため、各業界で目指すべき売上は異なりますが、いったん100億円ぐらいを目安に考えることをお勧めしています。
この売上の推計が、10年後にどう頑張っても20億円だとしたら、アイデアを変えることも考えてください。もしくはスタートアップではなく、スモールビジネスとしての道を模索する方が良いと思います。
この売上推計で、多くのアイデアは捨てられます。思いついた9割のアイデアは捨てられることになるでしょう。
もし将来的に本命のプロダクトを作るために、最初のプロダクトは違うものから始める、という場合は、その本命のプロダクトの売上規模を計算しましょう。ただ、このストーリー作りは難航する場合が多いので注意してください。
なお、技術が深くかかわるDeep Tech系のスタートアップは、「技術ができたら突然売り上げが上がる」というパターンも多く、比較的早期から売上を積み上げられるIT系に比べて、直近の売上は立ち上がりづらい傾向にあります。
その分、最終的な売上が大きくないと、投資家を説得できません。そうしたビジネスを行うなら、最終的な出来上がりとして売上500~1000億円ぐらいを目指すようにしてみましょう。
到達できる可能性は10%程度でも構いません。物凄く大きくなるかもしれないけれど、確率は低い、というところを狙っていくのが、多くのスタートアップのビジネスです。
2.3.4 業界構造を整理する
Climate Tech のスタートアップは重厚長大な業界でビジネスをすることが多いため、入り込むためにはその業界の知識がほぼ必須となります。もしその業界のバックグラウンドがないのであれば、業界構造の理解も同時並行で進めていきましょう。
より詳しくは、以下のようなことを調べると良いでしょう。
- 業界のバリューチェーン
- 業界の課題
- 業界の歴史
新書や書籍などで構わないので、興味のある分野の書籍を読んでみることをお勧めします。Webで手に入るレポートなどでも構いません。こうした情報源からは、かなり粗い業界構造しか分からないと思いますが、まずは一歩を踏み出しましょう。
また、業界のことを詳しく聞くために、その業界に長くいる人にインタビューをするのもお勧めです。お金があるならビザスクなどを使いましょう。ないなら、人づてで聞くか、イベント等の登壇者のQ&Aで色々聞くなども検討してください。
なるべく複数人の専門家に聞きましょう。発言の裏を取るため、というのもありますし、同じことを言っていたら確認にもなります。なお、現場を離れている方の場合は、少し古い知識をお持ちのこともあるので、注意しましょう。
ビジネスに活きる程度まで業界構造を把握したり、業務を理解するには、実際にビジネスをやってみて1年以上かけてようやく何とかなる、というのが相場観だと思います(新卒3年目ぐらいでようやく業界構造が見えてくるようなものです)。まずはコンサルの人が理解しているレベルの、大枠を理解する程度を目的地点にしてみてください。
2.3.5 競合との差別化ポイントを仮決めする
差別化ポイントは考えすぎるとはまってしまうので注意が必要ですが、どのようなところを差別化していくのかを考えます。
特に「なぜ」が大事です。研究では「新規性がある」、つまりこれまでと違うことの説明が通れば良いですが、事業においては「その新規性や差別化ポイントがなぜ事業的に必要とされるのか」という質問に的確に回答しなければなりません。新しいことそのものに価値はそれほどありません。
Climate TechやDeep Techに関して言えば、同じ領域で、同じ技術を用いて同じことをやっている会社は世界的に見てもそこまで多くはないでしょう。ただ、類似領域で同じアウトカムを出しているものがある場合はあります。
たとえば、「CO2回収ができる藻類」という領域では似たような事業がないかもしれませんが、「CO2回収ができる〇〇」で見てみるとたくさんあり、もしCO2回収効率で負けてしまうなら、あえて藻類を選ぶメリットはありません。藻類を研究してきた人にとっては残念ですが、その場合は別の価値提案を考えましょう
また、技術だけを差別化ポイントにしようとすると、アイデアの迷路にはまってしまいがちです。Climate Tech 領域や Deep Tech 領域では、技術が差別化ポイントになるように見えますが、そうでないケースも多数あります。技術は事業の一要素でしかないので、なるべく技術以外の差別化ポイントも観るようにしてください。
技術が本当に差別化ポイントになる事業であれば、それは素晴らしいことです。その場合は胸を張って、その部分を強みとして言いましょう。
なお、本当の差別化ポイントは事業の途中で分かってくることのほうが多く、最初に考えすぎると進まなくなるので、仮決めぐらいの気持ちで考えておきましょう。
2.3.6 技術的な挑戦ポイントを理解する
もし未熟な技術や開発途中の技術である場合は、何が技術的な挑戦になるのかを考えましょう。例えば以下のようなポイントです。
- 単独技術の性能
- コスト
- 量産
- プロセス
挑戦ポイントが複数ある場合もありますが、その中でも特に重要な技術的な挑戦はどこか、を把握するよう努めましょう。
「何が難しいのか分からない」状況は解像度がまだ低い状況なので、その分からないところを少しでも分かるように情報を集めましょう。ここは論文などに当たる必要が出てくるタイミングでもあります。技術調査については前回の記事を参照してください。
既にある技術などであれば、現在ラボスケールなのか、ベンチスケールなのか、パイロットスケールなのか、実機に到っているのかなども調べます。ニュースに出ている最先端の技術はまだラボスケールであることが多く、実ビジネスではまだ全く使えないものであることのほうが多いので気を付けましょう。
それらの挑戦が解決される見込みがあるのか、何年後ぐらいになりそうなのか、といった点も調べることをお勧めします。専門家に聞けば、おおよその目安は教えてくれるはずです。どれぐらいの時期に技術的に Ready になるかで、その技術をどこまであてにして良いのかが分かります。なお、大学の研究者の方に聞くと、実用化に必要な期間はかなり甘めに見積もられることが多いので注意してください。
なお、「私は文系なので」「技術系ではないので」という言葉は絶対に言わないようにしましょう。バックグラウンドが何であれ、経営者になるのであれば、その領域のトップレベルで技術を知ろうと思っていない限り、投資もつきませんし、仲間も集まりません。
2.3.7 ビジネスモデルを仮決めする
雑で良いのでビジネスモデルを作ります。
ビジネスモデルとは、ビジネスの存続の仕方を説明するもの、つまり「どうやって利益を上げるか」「コストはどれぐらいか」「売上をどこから得るのか」といった、ビジネスの基本的な要素をまとめたものです。
一方、戦略は優位性を解説するものであり、先ほどの差別化ポイントの部分に該当します。ここではあくまでビジネスモデルを考えるようにしてください。
参考にしたスタートアップがあるのであれば、そのスタートアップのビジネスモデルがどこまで適用できるかを考えてみてください。おそらく何かあるはずです。
Climate Tech の領域では、ビジネスモデルが重要になることが多い印象があります。カーボンクレジットなど、製品以外の要素が絡んでくることも多いからです。まずは雑にビジネスモデルを描いてみて、弱い仮説のところを強くできないかを検討してみてください。
スタートアップとしてやっていくのであれば、最初から黒字のビジネスを行う必要はありません。もちろん、黒字化は早めにした方が良いのですが、スタートアップという観点では、10~15年後にとても利益が上がるビジネスモデルを構築できているかどうかが重要です。市場や売上もそうですが、ビジネスモデルでもこうした時間軸を加味して可能性を検討してみてください。
ただ、10年後もビジネスモデルが成立しなさそうであれば、そのアイデアはいったん捨てたほうが良いでしょう。
2.4 ダメそうなら捨てる
ここまで「アイデアを捨てる」ことを何度もお勧めしてきました。
ほぼ全ての起業家が最初のアイデアを捨てています。しかも驚くほどの個数を捨てています。起業家の初期のブレインストーミングの様子などを聞いてみると、アイデアを思いついてから、バージョン0.1のアイデアに到るのは1/10以下という印象です。バージョン0.1に到るまでに、ほとんどのアイデアは捨てられます。
むしろ、アイデアを捨てられない人の方が最終的に起業に至っていないようにも見えます。もしアイデアのバージョン0.01の段階でダメだと思ったら、早めに捨てて、次のアイデアのバージョン0.01を作り始めてください。
2.5 まとめ
ここまで考えたうえでスライドにまとめたら、恐らくバージョン0.1ぐらいになっているはずです。またピッチ資料としてここまで作成できていれば、多くの人は最初の壁打ちに乗ってくれると思います(FoundX にもいつでも連絡してください!)。
初期調査からここに到るまでも50から100時間ぐらい必要でしょう。行けると思ったアイデアを、バージョン 0.1 に到るまで途中で捨てて、また初期調査に戻ると、さらに50時間程度加わります。なので、ざっとここまでで200時間ぐらいを見ておくと良いでしょう。1日5時間考えるとして、40日程度で達成可能です。
ただ、このバージョン0.1は机上の空論ともいえるものであり、叩き台となる最初の仮説でしかありません。この仮説を進歩させていくためには、人からのフィードバックを得ながら改善していく必要があります。
そこで次はヒアリングの方法について解説します。