株主 vs ステークホルダー? いいえ、顧客です (a16z)

企業が、中でも特にテック企業が一般的に社会問題・経済問題において担う役割が大きくなっていく中で、多くの消費者、政治家、企業経営者が尋ねる根本的な問いは、企業は株主価値を最大化するためだけに存在するのか…それとも取締役会はESG問題(環境・社会・企業統治に関する課題)やその他の課題を意思決定の際に考慮することもできるのかというものです。

この問いは古くからあり、再浮上し形を変えて進化するものです。最近では世界最大の資金管理企業により引き起こされた「目的と利益」をめぐる議論があります。残念なことに、あまりに多くの人がこの議論をあたかもいずれか片方しか叶えられないものとして扱っています。うまく運営されてきた優良企業は常に、両方叶えることは可能だと認識してきたのにもかかわらずです。その両方とは、長期的株主価値を最大化することと、社内外の幅広い人々にとっての重要事項を尊重することです。そして私たちは両方とも叶えられるだけでなく、消費者をエンパワー(力づける)する目的を達成するのに、法律を使う必要もありません。

株主対(および)ステークホルダーの端的な歴史

企業は株主価値の最大化だけのために存在するという根本教義ははるか1960~1970年代へと遡ります。Milton Friedmanが「株主」優位主義と、それゆえ利益が最優先されるべきことが内包された見方を一般に広めました。数年後、Ian MitroffとR. Edward Freemanは「ステークホルダー」優位主義を論じました。ステークホルダーの定義はオーナーを超えて、企業のミッションや目的に関わる他のグループにも広げられるのではないかというものです。つまり従業員、組合、地元コミュニティ、等々です。

さらに最近では、政治家が Accountable Capitalism Act(責任ある資本主義法)からその他あらゆる行動のきっかけを通じて、株主とステークホルダーとの間、利益と目的と呼ばれるものとの間に明らかに生じている緊張関係に対処するための法律を提案しています。Warren上院議員による法案は、企業が意思決定においてすべてのステークホルダーを考慮しない場合に株主が企業を訴えるための「訴因」を有することを提案しています。一方、Schumer上院議員とSanders上院議員も、この問題を米国企業における株式払い戻しと配当の側面から取り上げています。過去10年間における企業利益の93%がそれらの形で支出されているためで、この余剰金を代わりに給与や採用、研究開発に充当できたのではないか、と主張しました

そしてこれらの最近の法律の動きの前にも、多くの州が10年ほど前に法体系を構築しています。それはBコーポレーションというもので、ステークホルダー優位主義の概念を構造的に強化するための方法です。Bコーポレーションは企業がステークホルダーの関心事をより積極的に考慮することを可能にします。そのような活動が株主価値を増大しないものであってもです。

これらの提案はすべてその志において尊いものの、特に目新しいわけではありません。そして私が思うに、ステークホルダー優位主義を企業のあり方に組み込むために法律を使おうとするのはおよそ見当違いです。法律を使うと予期せぬ結果が生じることも多々あります。

なぜ見当違いなのか。なぜなら「株主」や「ステークホルダー」の優位性における対立関係は誤った二項対立だからです。優良な企業では、これら2つの原則はこれまでも決して対立していません。優良企業は、長期的株主価値を最大化するためには、顧客、従業員、その他ステークホルダーが企業と関わりを持つ(あるいは持たない)ことを決定する際、企業が彼らにとっての重要事項を尊重するかどうかを判断基準とすることを理解することが必要となると常に認識してきました。実際、ステークホルダーによる深い継続的な関わりは企業利益の増大につながり、さらには長期的株主価値も促進します。

顧客→ステークホルダー→株主の好循環

会社が良好に運営され、よい意思決定、ガバナンス、その他を通じて利益と目的のゴールのバランスが取れていれば、「ステークホルダー優位性」は「株主優位性」を強化し、また双方とも究極的には顧客優位性に従属します。しかし様々なステークホルダーの間でそれぞれの動機が競合するかに見える中で、なぜそれが可能となるのでしょうか。

なぜなら、何よりも誰よりも先に、企業はその製品やサービスの顧客に貢献するために存在するからです。顧客がいなければ—つまり市場がなければ—企業は存在できません(少なくとも、助成金その他の資金源がなければ)。また顧客は資本主義経済で選択肢を有し、財布を使って票を投じることができます。何かが気に入らない? ならば去ればよいでしょう。これが、ブランドのボイコットやキャンペーンが物事を変えるためにしばしば法律よりも効果的であることを示す理由です。

実際、社会的責任を重視する顧客は去ることができるだけでなく、新しい機能やサービスを要求する顧客と同様に、企業の態度に影響を与えることができます。そしてこのような幅広い顧客からの要求に対応し適切に優先順位をつけることは、取締役会と幹部チームの仕事です。これを怠ることは企業の終わりと株主価値の崩壊を意味することになります。このように、顧客ニーズに適切に(そして釣り合いの取れた形で)対応することは長期的成長、利益率、株主価値を促進します。全員にとって有益です。

Airbnbが最近、住居ホストにストックオプションを提供できるようにとSECにルール変更を求めたことは、この動きの一例です。Airbnbは「21世紀の企業は、すべてのステークホルダーの関心が一致するときに最も成功する」という信条に基づき、ホストにとってよいことは株主にとってもよいことだと認識しました。

しかしこれは、ギグエコノミーに属する大多数にとっては当てはまりません。彼らは従業員でも契約業者でもなく、それゆえストックオプションを受ける資格がありません。企業が生んだ潜在的価値を請求する権利を有する唯一の人々は株式の保有者です。ベンチャーがバックに付いているスタートアップ等、いくつかのケースではストックオプションにより従業員も株主であることがあります…しかし従来型企業の従業員の大多数は、そうではないでしょう。

それでもこれらの企業に、より良い、また長期的もしくは幅広いESG思考を促すのに、法律は必要ありません。この国で自由市場は十分機能しています。

一例として、「コミュニティが所有・運営するデジタルサービス」を構築する新しい方法であると定義された、クリプトネットワークを挙げてみましょう。これらの新しいネットワークには—そして従来型の会社の構造の限界をはるかに超えて人間の活動を調整する方法にも—より社会的・経済的意識の高い資本主義の形への答えがあるかもしれません。(あるいは少なくとも一つ、各クリプトネットワークの参加者を「会社」の万能型モデルではなく、彼らの価値観に沿ったネットワークに合わせるような答えが)。

クリプトネットワークは中央集権型企業の善良な行動態度に依存せず、ユーザー、オペレーター、メインテイナー(維持する人)、その他によって構成される非集中的・分権型のネットワーク・コミュニティにより運営されるため、そこから生み出される価値はあらゆる参加者が様々な形で享受できます。そのための主要なメカニズムは「トークン」を用いたものです。経済的、資本、ガバナンス、ミッション、評判、その他コミュニティのためのインセンティブの形を揃えることを目指すものです。これは仕事の証、権利の証、自費投資、パワーユーザー、カルマポイント、その他ゲーム理論および数学的な(ゆえに信頼性の高い)、仕事や価値を測るためのメカニズムを用いて行われます。その意味ではクリプトネットワークは、より多くの人が資本や富の増大、ガバナンスへの発言権に手が届くよう民主化するための、究極の手段かもしれません。そして、企業自身だけでなく、参加者自身のアイデンティティやデータの所有権のためにもです。

実際のメカニズムはこれよりもずっと複雑ですが、要点としては、今のソフトウェアは調整活動のための従来型のオフライン構造よりもずっと多くのことを可能にしいるということです。実際このネットワークモデルは、Ronald Coaseによる企業の存在理由に関する1937年の論文において初めて論じられた、従来の会社の調整コストよりも効率がよいかもしれません。なぜなら、価値を定め抽出するただひとつの中央的な存在があるわけではないからです。多くの摩擦や取引のコストがソフトウェアにより仲裁されてきただけでなく、その結果調整やインセンティブメカニズムの新しい形が可能になりました。

この論点を補強するため、Airbnbのような会社、けれどもクリプトネットワークが完全に発展した時代に作られた会社を想像してみてください。もしその会社がブロックチェーンアーキテクチャーを用いて設立されていたら、この新しい組織体は、ネットワーク上の取引および参加者(ホスト、レビュー等)の正規性を保証するオペレーター(またはマイナー)のための報酬として使用されるトークンを発行することができます。もしその組織がその後成功した会社になれば、トークンの価値はその価値に相当して増大します。

しかしユーザーやメインテイナーだけでなく、会社経営者やデベロッパーにとっても、他のメリットがあります。私たちはそのようなトークンエコノミーがネットワーク起業の問題を解決できると信じています。新しい市場の供給側を構築するためにホストに補助金を支払う(それゆえに、マーケットプレイスビジネスの高いテイクレートのように、より多くのお金を取らなければならなくなる)のではなく、アーリーユーザー(ホストとアーリーアダプターの両方)はマーケットプレイスの発展に参加することができ、その結果、参加することと会社の成長およびその価値が合致します。同様に、ゲストも自分の評判、レビュー、その他ネットワーク上の関連データやアクティビティを所有することができます(ネットワーク自体に所有されるのとは逆です)。あるいは、スーパーホストやフリークエントゲストまたはロイヤルゲストは、関与度合いに基づき票を投じることで、組織全体の未来の戦略的方向性への発言権を持つこともできるかもしれません(恣意的に最初に到着した、または投機的にトークンを最初にかき集めた人とは異なります)。これらすべては事前に構造的に、コードを通じて構築されます(企業命令のような形ではありません)。

このようにして、クリプトネットワークは前述の課題の多くに対応できるだけでなく、分権型自律的組織を通じて、会社というものの本質すら変えるかもしれません…グローバライゼーション、豊富なビット、ソフトウェアが普及したこの時代においていずれ見直されることでしょう。

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究極的には、問題は株主かステークホルダーか、利益か目的か、富か資本かという、つまり誰がより大きい発言権を持つべきかではなく、むしろ企業が関係者を満足させたかどうかを判定するのに適当な期間はどれくらいかということです。問題の根本には短期主義があります。企業から(配当および株式買戻しを通して)お金を取り上げようとするいわゆる物言う株主や、長期投資のために一株当たりの短期利益をトレードオフした企業を罰するファンドマネージャー等によるものです。

企業に長期的また幅広いESG思考を促すのに、法律は必要ありません。企業には時間を与える必要があり、また消費者には財布を通じて発言権を行使してもらわねばなりません。

企業と取締役会はすでに、顧客に恩義を受けていることを非常に明確に理解しています。それがなければ、企業は滅んでしまうかもしれません(し、むしろ滅びるべきでしょう)。顧客の声こそが、長い時間の中で、常に支配します。

 

著者紹介

Scott Kupor

Scott Kupor は Andreessen Horowitz のマネージング・パートナーで、当事務所の運営全般を担当しています。2009年の設立以来、Andreessen Horowitz に勤務し、3名の従業員から150名以上の従業員へ、また3億ドルの運用資産から100億ドル以上へと急成長を遂げてきました。

Andreessen Horowitzに入社する前は、Hewlett PackardでSoftware-as-a-Serviceのバイス・プレジデント兼ゼネラル・マネージャーを務めていました。Opswareの買収の一環で2007年にHPに入社し、カスタマー・ソリューション担当シニア・バイス・プレジデントを務めました。この役職では、プロフェッショナル・サービス、技術的なプリセールス、カスタマー・サポートなど、顧客とのやり取りをグローバルに担当していました。Scott は、オプスウェアの設立直後に入社し、財務計画担当バイス・プレジデントや企業開発担当バイス・プレジデントなど、数多くの管理職を歴任しました。これらの職務では、2001年の新規株式公開と同時に、同社のプライベート・ファイナンス活動を指揮しました。スコットはまた、同社のアジア太平洋地域での事業を開始し、同社の複数の買収の実行を指揮しました。

 

記事情報

この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: Shareholders vs. Stakeholders? No: Customers (2019)

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