【Climate Tech スタートアップの作り方】株式会社 CULTA 野秋収平さん(前編)

FoundX はこれまで、Climate Tech Day のイベントや、投資家へのインタビューなどで「Climate Tech とは何なのか」(What)、「なぜ Climate Tech に取り組むのか」(Why) についてお伝えしてきました。これからはそれらに加えて「どのように Climate Tech での起業を行うのか」(How) も広く伝えていきたいと考えています。
そのために Climate Tech に取り組む起業家の方に起業の初期のノウハウについてインタビューを行いその内容をお伝えしていきます。
初回は株式会社CULTAの野秋さんにお話を聞きました。インタビュー動画を書き起こした内容を記事としてお伝えします。(聞き手・馬田隆明/東京大学 FoundX ディレクター)

(この記事は前編・後編の2本に分けて掲載します。後編はこちら→【Climate Tech スタートアップの作り方】株式会社 CULTA 野秋収平さん(後編) - FoundX Review - 起業家とスタートアップのためのノウハウ情報

※インタビュー動画は YouTube でも公開しています。

youtube.com

野秋 収平(のあき しゅうへい)
東京大学大学院農学生命科学研究科卒。研究はスマート農業分野。農業分野への画像解析技術の応用で、修士(農学)を取得。在学中に、タイの農業スタートアップ、東京都中央卸売市場、イチゴ農家での業務経験で、グローバル農業ビジネス、農業生産、流通を学び、株式会社CULTAを学生時代に設立。1993年生まれ。静岡県沼津市出身。

事業を進める中で、当初想定していた以上のClimate Tech との関わりが見えてきた

馬田:では Climate Tech スタートアップの作り方に関してお伺いしていきたいと思います。野秋さん、よろしくお願いいたします。早速ですが、現在の事業とビジネスモデル、自己紹介を簡単にご説明いただいてもよろしいでしょうか。

野秋:改めまして、株式会社CULTA代表 野秋と申します。よろしくお願いします。私どもは東大発の技術を使った農業分野の、いわゆるアグリテックスタートアップになります。強みは品種改良の高速化というところにあります。品種改良って従来ものすごく時間がかかっていた技術ですが、それをなるべく時間を短縮して、大体10年かかるのも当たり前の世界を、5倍速くらいのスピードで進めていこうという技術の開発をやっています。
特徴としては、品種を生み出して、その品種の種や苗を農家さんに販売する事業をしているわけではないというところです。あくまで私たちがやりたいのは、農業生産者と消費者の良い関係を作っていくことなので、私達は品種をパートナー農家の人に託して作っていただいて、出来上がった農産物を売っていく、いわゆる農協といいますか。メーカーさんでいうと、ファブレスみたいなものを農業版でやっているというような取り組みです。
目指しているのは消費者と生産者がともに豊かになっていくような、農産物のブランドを世界展開していきたいというところです。今、イチゴの生産を日本とマレーシアで、それも自分たちの品種でやっていくというな取り組みをしています。

馬田:ありがとうございます。Climateとどう関係があるのかもぜひお伺いしたいのですが…

野秋:そうですね。正直 Climate は事業を始めた後からこれもできるなって思った部分ではありますし、やらなければならないことになってきたというのが、ここ二、三年の出来事かと思っています。
あくまで私どもは品種っていうものの強みを、消費者の方が新たに求める特性へ導くことによって商品単価を上げることができて、結果的に農家の人たちの収益性を上げることができるような、商品価値向上に活用しようとしていました。そうすると消費者の方は美味しいものが手に届くようになる。
今マレーシアでの取り組みをやっていますが、これは日本と異なる環境に適応してクオリティの高いものを作れるようになれば、今まで作りにくかった環境の人たちにとっても良いものが作れるようになります。
この点で品種改良にものすごく魅力を感じて取り組んでいましたが、やっていけばやっていくほど、この環境適応とクオリティの維持は位置の変化だけじゃなくて、時間の変化によっても引き起こされるということを考えるようになりました。日本もそうですが、世界各国でも気候変動によって、作りにくい作物が出てきています。例えば、我々がやっているイチゴも、今年の夏はめちゃくちゃ暑かったと思いますが、あれによって花が咲きにくいということが起こってきています。これが起こると、例えばクリスマスの12月25日やお正月にイチゴが間に合わない農家さんが出てくるかもしれない。これって結構収益へのインパクトが大きいんですよね。
イチゴっていうと、どうしても温室、いわゆるグリーンハウスで育てているので、Climate、気候変動は関係ないでしょと言われるんですが、問題として上がってきていとは現場から聞いているので。おのずとClimate Techになっていくというか、農家さんの努力でその暑さへの強さっていうのは変えていけない部分が多分にあるので、品種で解決していくっていうことを、やるべきことになってきたっていうのが、本当ここ二、三年の流れかと思っています。

馬田:そうなんですね。そこまで関係していないと思っていたら、実は関係していた、ということなんですね。

野秋:そうですね。関係するだろうなとは何となく思っていたんですけども、思いのほか早く現場の危機が迫っているということを現場に行って感じています。

馬田:そうですね。今年はトマトなんかもすごい高値になっていますもんね。

野秋:高いですね。今ちょうど出てくるものとかは、夏の猛暑の影響を受けた可能性もあるかと思っています。お米とかも、やっぱりハイクオリティなものの割合が減るという問題が出てきていると聞きます。基本的にどんな作物も影響を受けていると思って問題ないかと私は考えています。

事業アイデアのきっかけはゼスプリのケーススタディ

馬田:ありがとうございます。今回このシリーズを始めるにあたって、私たちとして聞きたいこととして、このClimateに関わる分野って、もちろんソフトウェアだけで完結できるところもあると思うんですけれど、そうじゃない部分も多くて。そうなってくると結構始め方って難しいなと思っているんですよね。なので、そもそもこの事業アイデアを着想したきっかけとか、最初はどうやってアイデアを作っていらっしゃったのかとか、そのあたりを聞いていきたいと思っています。
まず野秋さんが今回のこの品種改良も含めて、そもそもどういうきっかけで始めたんですか。

野秋:生産者と消費者の良い関係作りをやりたいとは、ずっと思っていたところです。最初は、起業するときには農産物流通のことをやろうかな、と思って単純な流通の改善、DX化みたいな感じのことをやろうかと思っていたこともあったくらいです。
ですけど、やっていくうちに、我々が目指したいモデルが何なのかを探っていったところ、ニュージーランドにあるゼスプリという会社を見つけました。これは農協が民営化したようなものですが、キウイフルーツだけで4000億円ぐらい売り上げを作っている会社で、世界のキウイフルーツの3分の1はゼスプリと言われているくらいです。かつ、ゼスプリのミッションって、農家の単価維持と向上なんですね。そのためのブランディングとか、マーケティング、どのエリアにグリーンとゴールドのキウイをどれだけ配荷するかという話まで高度にやっていて。もう一つやっていることが、品種改良だったんですよね。
ゼスプリがめちゃくちゃ伸びたのが、2000年代後半からなんですけど、なぜ伸びたかというと、ゴールドキウイの開発なんですよね。私今30歳なんですけど、我々よりも上の世代の人って、子供の頃はキウイフルーツというとグリーンしかなかったというイメージがおそらく強いかと思うんですけど、なぜか最近ゴールドが多く売られているかと思うんですね。あれってゼスプリが研究開発投資をして、ゴールドキウイを開発し、世界中に普及させたっていうことがあります。
先ほど申し上げたゼスプリの4000億円の売り上げのうち3000億円がゴールドキウイ。つまり2000年半ばぐらいから出てきた品種だけでできているというところを見て、これはすごいと。品種によってこれだけ一気に拡大できた。品種と、バリューチェーンの垂直統合というところをやることによって、これだけ大きなことができるってすごいなっていうのが、当時の私の率直な感想でして。
もう一つ、私が大学院生時代にやっていた研究が、品種改良に生かすための植物のデータ取得、つまり品種改良をスピードアップさせるための一要素の研究で、何となく品種改良に資する技術を知っていたっていう背景があります。
なので、この背景の「ゼスプリ、すごい!なりたい!ゼスプリを日本から生み出したい!」っていう思いと、私がちょこっとだけ、品種改良の技術に関わってたっていうところをがっちゃんこさせて、この世界に入っていこうと思いました。

馬田:なるほど。ちなみにゼスプリを見つけたきっかけって、どんなものだったんですか。

野秋:当時品種とブランド作りみたいなところに興味を持ったきっかけが、あまおうという品種だったんですね。やっぱりあまおうって他のイチゴよりもちょっと高値で売られていていいなと思って。こういった事例は海外でないのかと思っていたら、ゼスプリのハーバードビジネスレビューですかね、論文を見つけまして。それを買って読んでみたら面白すぎてですね、英語を読むのは苦手だったんですけど、何度も読んで、これはすごいと。ゼスプリになるにはどこから入っていったらいいんだろうと考えました。

現場で働く経験を通じて事業と研究の架け橋になる

馬田:なるほど。当時を思い返して、何か他に調査したことはありますか。

野秋:でも、やっぱり農業バリューチェーンを知りたかったですね。日本国内のバリューチェーン、そのなかでもどちらかというとサプライチェーン、いわゆる農産物流通のことを知りたくて、卸売市場でバイトしていました。
市場と聞いて皆さんが想像するのは、昔の築地。今でいう豊洲市場だったり、野菜は大田市場っていうところが強いんですけど、卸売市場は他に東京都内にいっぱいあるんですね。そのうちの一つの市場でですね、大学院生の頃に夜12時から働いていました。過酷な労働環境で、8月の半ばぐらいに冷房の効かない環境で、夜12時から昼の午前11時まで休憩10分で働く。野菜運び続けることとか、やってましたね。

馬田:それは起業アイディアとかを見つけるためにやっていたんですか。

野秋:流通をとにかく知りたかったので、2、3ヶ月限定でやる感じでした。東大生が市場に来たぞ、といった感じでちょっとざわざわしているんですけど、それをやったってのがまず一つ思いつくところですね。

馬田:調査のフェーズでどういうことされていたか、何か他に印象的なことはありますか。

野秋:農家さんのところで働きましたね。東京都内の農家さんのところで、今も関係続いているんですけど、イチゴ農家さんのところで、1年間栽培をやりました。イチゴの栽培のイロハを勉強するために行っていました。

馬田:そういう現場で働く経験は、いまの事業アイデアにどれくらい活きていますか。

野秋:品種改良をスピードアップ化することに資する技術を持っている人は、今メンバーとして集めることができたんですけど、正直なところ、誰もイチゴの栽培は知らない。商業栽培と研究での栽培ってまた全然違うので。例えば、研究の栽培って1株は言い過ぎですけど、10個体を上手に育てられればOKとなりがちですけど、商業栽培って何万株を栽培することになるので、また考え方が変わってくる。僕はイチゴの栽培現場で実際に栽培を1から10までやったっていう経験を通じて商業栽培側を知っていたんですけど、それを知っている研究者の人は、多分あんまりいない。そこと研究をブリッジできるのはかなり強みかと個人的には思います。

馬田:事業と研究の架け橋になって、両方をうまく調整しながら進めていくっていう感じなんですよね。きっと。

野秋:そうですね。私自身がどうしてもトップリサーチャーとかトップエンジニアっていうキャリアでスタートしているわけではないので、やっぱりいろんな分野を繋いでいくっていう中ではそのスキルセットはすごく良かったなと今になっても思います。

最初の事業アイデアは市場が小さかった

馬田:なるほど、ありがとうございます。そうして様々な業界知識領域のドメイン知識を身につけていった中で、今とは異なるかもしれませんが、最初の製品はどのように開発されましたか。

野秋:そうですね。途中で若干のピボットが入っているので、何を最初の製品と呼ぶかという感じだったんですけど、最初は品種、植物のフェノタイピングと呼んでいるんですけど、植物を画像解析するソリューションの提供を品種改良に携わる種子会社さんに行っていました。少し受託の要素がある感じですけど。
私たちは、本当は自分たちで品種を作ることをやりたかったのですけど、最初からどうやればいいのか全くわからなかったというのが少しあって。先ほど申し上げた、品種改良をスピードアップさせたりとか効率化させたりという部分の、一部の技術を私が研究室時代にやっていたんですが、それがいわゆる画像解析で植物のデータを取得しようというような、そういう研究でした。まずそこから種子会社さんに最初は受託っぽく提供した感じですね。種会社さんに画像解析ソリューションの提案をしたり、あとは品種改良の現場って、植物の個体一つ一つを画像解析で全てのデータを取得できるわけではないので、なかなか難しい特性があるんです。人間が判断しなくちゃいけない。それを例えば、今の方ってノートに書いたり、Excelファイルをタブレットに入れてそこに入力したりとかしているので、それの入力効率化をするためのアプリケーション開発など、そういったところからスタートして、まずは品種改良を行っている人たちとの関係構築をしていくところから始められないかっていうのが、最初のプロダクトといえばプロダクトになるかなと思っています。

馬田:なるほど。何かホップステップジャンプ的な感じで、まずは、自分たちができるところから始めたという感じなんですかね。

野秋:そうですね、はい。

馬田:ちなみに、そこで苦労した点とか何かあったりされますか。最初。

野秋:そうですね。単純にこの事業厳しいなって思っちゃったっていうのが正直…

馬田:そうですか。

野秋:はい。要は品種改良の研究開発の支援をしていくっていうようなところからスタートして、まずこれで大きくなろうかなと思ったんですけど、これが最初すぐきついなっていうふうに思っちゃったっていうのがスタートラインでしたね。

馬田:それってどれくらいのスパンでわかった感じですかね、始めてから。

野秋:そうですね。結構頑張って作ったアプリケーション、MVPレベルは脱出したぐらいな感じのものです。普通にアプリとして動くぐらいのものまでいったのですけど、そこに対して払うお金の金額と、結局、品種改良をやっている日本国内・海外の社数とかっていうところを併せ持っても、結構そんなにマーケットがやっぱり大きくないというか。今考えれば当たり前なんですけど、農業生産のさらに上流の品種改良の研究開発費を何%だけくださいみたいなビジネスなので、それは厳しいよねっていう感じでした。
あとは業界的にもやっぱりスタートアップと連携するみたいな話とかなかなかないところだったので、やっぱり話として通じにくい部分とかも多少当時あり、今変わってきましたけど、当時はシビアな感じはありましたし、あともう一つは僕らが作りたい、日本からゼスプリのような存在になっていくみたいなビジョンに、ダイレクトに向かっていないなっていうのも一つありましたね。

「やりたいことはまっすぐやれ」

馬田:なるほど。ちなみに今思えば当然だっていうところに、なんで当時気づかなかったとか何かありますか。

野秋:自分のできることの範囲でやったからだと思います。

馬田:なるほど。逆に今はできることを超えてやろうとしてるってことですか。

野秋:基本的に今も何か常に超えているような気がするのですけど、そういう新しい課題というか、自分のわかる範囲を超えていかないと、この事業って成功していかないっていうことは何となく、わかるんですけども。当時自分のできることの範囲しかやれてなかったなっていう感じはします。
結局その後、もうこれやるしかないみたいな感じで、半分清水の舞台から飛び降りるじゃないですけど、もう自分たちで育種、品種改良して、大きい世界を狙っていくんだっていうふうに切り替えたんですけど、それを言って人を集めて、顧問の先生も入ってもらって、見つけて入ってもらって、という感じでやって何とか今に至ってるっていう感じですかね。

馬田:逆に言うと、というと変ですけれど、その当時の自分に言いたいこととしては何かありますか。

野秋:もう「やりたいことはまっすぐやれ」ですね。もちろんやっぱり足元のお金稼ぎをしっかりしないといけないっていうのはあったので、別にめちゃくちゃ遠回りだったかというとそうじゃないような気もしますけど、ただやりたいことはまっすぐやった方がいいなというふうに思います。

(この記事は前後編に分けて掲載しています。後編はこちら→ 【Climate Tech スタートアップの作り方】株式会社 CULTA 野秋収平さん(後編) - FoundX Review - 起業家とスタートアップのためのノウハウ情報 )

FoundX Review はスタートアップに関する情報やノウハウを届けるメディアです

運営元