まず最初に、2015年度生の皆さん、講演者としてお招きいただき、ありがとうございます。大変光栄です。ご招待を受けて以来、コロンビア大学在学中のことを振り返っています。
コロンビア大学に入学して、すぐにストレスでまいってしまったことを覚えています。入学したからには、いずれかの時点で、人生をかけて何をするかを考えなければいけないということに気づいたからです。それは非常に恐ろしいことでした。もうこのような状況を少し経験している人も、皆さんの中にはいらっしゃるのではないでしょうか(しかし、つらい話はそれぐらいにしておきましょう)。
自分にできることの手がかりを得た時、Mudd Buildingまで行って授業に参加していたことを覚えています。Mudd Buildingは、刑務所やカソリック系の学校が好きな人にとってはたまらない建築物だと、今日誰かが私に教えてくれた建物です。
私が参加していた授業は次のようなものです。講師はAlan Turingという人物について話し、とある機械を作った場合に(彼はその機械をTuring Machineと呼んでいました)、それよりも強力な計算能力を持つ機械を作ることは不可能であることを、彼が理論的にどのようにして証明したかについて話していました。それを聞いた時に、私は脳みそが溶けそうになるほどの衝撃を受けました。なぜなら、それは1984年のことで、私は彼が話していたことを想像すらできなかったからです。当時のコンピューターが大したものではなかったことを思い出してください。
ですから、万能の機械というアイデアは、信じがたいものでした。当時の機械はすべて、計算をすることなどの具体的な目的を設定した機械だったからです。皆さんのご両親は、それらの機械が計算機と呼ばれていたことを思い出すでしょう。さらに当時は、タイプライターと呼ばれる文書処理機を1つ持っていました。また、さらにテレビ受像機と呼ばれる動画用の機械がありました。そのような状況で、「さあ、本当に何でもできる機械ができますよ」というアイデア、また40年前にこの人物がそれを想像したということ—— 私はそれが可能であるかどうかさえわかりませんでした。全く見当がつきませんでした。人々が「なんということだ。ここに無限の可能性を持つ、何でもできる機械がある」と言っているようなものでした。世界の秘密を解き明かすような発見です。
そして私はただ思いました——「あり得ない」。スペイン語に訳すと「ホセ、あり得ない!」。ご両親の皆様はご存知ないかもしれませんが、いまのはカニエ・ウエストの言葉です。
私の人生において、その瞬間というのは、皆さんの中の『フィニアス・アンド・ファーブ』ファンならお分かりになると思いますが、フィニアスがこう言っている時と同じでした。「今日何をするかがわかっているぞ」。
私は自分がコンピューター・サイエンスを専攻することがわかっていました。ですから私は(カルメン)に走って行きました。友人にこのことを話そうと大喜びでした。私は自分が何をしたいのかわかったので、彼らはとても喜んでくれると思っていました。もうストレスから解放されるのです——
「みんな、僕はコンピューター・サイエンスを専攻するよ」。私の友人の1人が言いました。「ワオ!そんな馬鹿げたこと聞いたことないよ。」そして「どうして?」と尋ねました。彼は言いました。「考えてみろよ。君はコロンビア大学にいるんだよ。そんなのは専門学校で学ぶようなことだ。そんな勉強ならデヴライ大学でできるよ。あの大学ではコンピューターの作り方、修理の仕方、プログラミングの仕方を教えてくれる。ここでは本物の学問を専攻すべきだよ」
私は頭の中でただ考えていました——「僕は無限の可能性を持つ機械のことを話しているんだ。君は洗濯機のことを言っている」。私はすっかり失望し、彼に実際に理由を説明することはできませんでしたが、コロンビア大学から学んだ最も価値ある教訓を非常に失望したその瞬間に手にしました——「友人の言うことを聞くべからず。自分で考えること」。
自分で考えるというのは単純かつささいなことのようですが、現実的には極めて難しく、奥深いことです。ここに理由を挙げます。
人間として、私たちは他人に好かれたいと思っています。これは文化人類学的な問題です。居穴人時代は、他人に好かれなければただ食べられるだけでした。ですから、あなたは他人に好かれたいという本能を自然に備えているのです。そして好かれるための最も簡単な方法は、人が聞きたいを望むことを話すことです。さらに言えば、皆が聞きたがっていることは、何だかわかりますか?すでに真実だと信じている事柄です。
したがって、人が最も聞きたがらないことは、彼らの思考体系に矛盾するような独創的なアイデアです。ですから、そのような類の事柄は、話題にするだけでも非常に困難です。けれども、あなたが正しい場合――あなたが信じていることであなたの周囲の人々が信じていないことがあるとするならば、そのことが、そしてそのことだけが、世界に本当の価値を生み出すのです。その他のすべてのことは人々がすでに知っていることです。何の価値も生まれません。単なる普通のことです。ですから、自分で考えることが重要なのです。
私はそのことを事業の中で毎日目にしています。私の事業は、会社を所有する人々に投資することです。皆さんの中には、企業のアイデアを持っている人もいるでしょう。私のところにやって来て、「アイデアがあります」と言うかもしれません。あなたが持って来たアイデアを見るときの私の最大の関心事は、自分で考えましたか?ということです。それは、他の誰も知らないものだと、あなたがわかっているものですか?それとも、誰もが知っていることですか?
一例を挙げさせてください。あなたが私のところへ来て、「ほら、バッテリーと携帯電話を永久にもたせるアイデアがあります」と言うとしましょう。私の反応はこうです。「ほほう、それはとてもよいアイデアですね。でも私はあなたには投資しません。誰もがそれがよいアイデアだと思うからです」
そして誰もがよいアイデアだと思うので、GoogleやApple、Samsungのような、たっぷりとリソースを持つ企業が、普通にそれを実現するでしょう。ですから、それは本当の意味での、新たな人間のための新たな価値の創造にはならないのです。
そのアイデアを私のもとに5年前に持ち込まれたものと比較してみましょう。Brian Cheskyという名の若者が私のところにやって来ました。彼は、自分の賃貸アパートにエアーマットレスを置き、それを人に貸し出すというアイデアを持っていました。彼はそれをエアーベッドを使った朝食付き宿泊施設にする予定でした。私はすぐに思いました—— あぁ、それはひどい、ひどいアイデアだ。連続殺人犯でもない限り、誰かのアパートのエアーマットレスを貸してもらいたいと思う人などいるのだろうか。
しかし Brian には秘密がありました。彼だけの秘密です——彼は実験を行なっていました。彼は実際に自分のアイデアを試したのです。そして、とても大勢の人が、連続殺人犯ではないにもかかわらず、そのエアーマットレスを借りたがりました。彼はその先に進み、ホテルチェーンの歴史を勉強して、ホテルチェーンが比較的に新しい概念であることを知りました。ホテルチェーン以前は、人々は民宿やB&Bを利用していました。そして、民宿やB&Bには問題がありました。まるでアソートチョコレートの箱のようだったのです。どのような体験をするかは全くわかりませんでした——何かよいものがあてがわれる日もあれば、さくらんぼ入りのマジパンなどといった何か奇妙なものをあてがわれる日もあるかもしれません。
そこで彼は興味を持って考えました。私たちはその箱の中の小さなチョコレートをすべて透明にし、どのような体験をするかをわかるようにすることができると。そうすれば、B&Bのすばらしさをすべて体験でき、ホテルチェーンの長所をすべてまるごと体験できます。そして彼は、その秘密を考え抜きました。それは興味深い秘密でした。誰もが知ることではなかったからです。あるいは、ある点においては、おそらく世界中の誰もが知っていたにも関わらず、すっかり忘れていることでした。ホテルがある理由を誰もが忘れてしまっていたのです。そして今は?私は、ニューヨークでは、彼らはヒルトンホテルよりも毎晩、多くの部屋を貸していると思います。ほんの5年前です。それはすべて、誰も信じなかったことを信じた彼が基になっています。
このようなことを念頭に、私が卒業する皆さんに送りたいのは、いくつかの慣習にとらわれない思想です。
私はそれらの思想にこのように題名をつけます。「情熱に従うことなかれ。世界が機能しなくなることはない。2015年度の卒業生が世界を守る必要はない」。私は告げました。慣習的にとらわれない思想であると。情熱に従わないでください。
今、皆さんはおそらく考えているでしょう。「なんて愚かなアイデアなんだろう」。
なぜなら、1000人の成功者に意識調査をしたならば、彼らは全員、自分のしていることが好きだと言うだろうからです。したがって、世界の大体的な結論は、好きなことをすれば成功するというものです。しかし私たちはエンジニアです。それが真実であるかもしれないと知っています。けれども、成功したから自分のしていることが好きであるという考え方もまた真実です。あなたは成功している状態が好きであり、皆があなたを好いています。すばらしいことです。
では、どちらなのでしょうか。
そこで私は考えて答えをひねり出します。皆さんは時間を巻き戻さなければいけません。2015年クラスを卒業するまさに今に至るまで、うまくいった時のことを冷静に考える必要があります。情熱に関して一番油断のならないことは、優劣をつけがたいことです。どの情熱を選びますか?数学と技術工学では、どちらにより情熱を抱いていますか?歴史と文学ではどうですか?ビデオゲームとKポップでは?これらは難しい選択です。わかることなんてあるんでしょうか。一方で、得意なことは何ですか?数学と作文、どちらの方がうまくこなせますか?こちらの方が断然答えを出すのが簡単です。
今度は時間を早送りした場合、自分の情熱に従うというアイデアについて、二番目に油断のならないことは、21歳の時に情熱を傾けていたからといって、40歳になってからも必ずしも同じことに情熱を傾ける必要はないということです。これはボーイフレンドや職業の選択と同じです。
情熱の追求で三番目に油断のならないことは、情熱を傾けていることが、必ずしも得意なことでなくてよいということです。『アメリカン・アイドル』を見たことがある人はいますか?何を言っているかお分かりでしょう。歌うのが好きだからといって、プロの歌い手になるべきであるとは限らないのです。
最後になりましたが、最も重要なこととして、情熱に従うということ自体が、非常に「自分」中心の世界観です。人生を通して考えると、長い時間の中で自分が世界から得たもの ——お金であれ、車、物質的なもの、賞賛であれ——は、自分が世界に送り出したものに比べれば、ほとんど重要ではありません。ですから、私がお勧めするのは、貢献できるものを追求することです。自分が非常に得意とすることを見つけ、世に出して人々に貢献し、よりよい世界を作ってください。それこそがやるべきことなのです。
さて、世界について言えば、私が口にする次のようなことは、卒業講演で一般的に言われることです。「2015年生は未曾有の難題に直面しています。ISISがあります。地球温暖化があります。ひどい状況です」。議会の手詰まり状態について、私も言いたいことが山ほどあります。それらの問題はすべて真実です。しかし、現時点での世界を歴史的に見た場合、私にとって目に飛び込んでくるのは、未曾有の難題ではなく、むしろ前代未聞の機会です。
世界情勢について簡単に話をさせてください。
現在、極貧生活を強いられている人々の数は、世界史の上では最も少なく、1900年と比較して1/5です。児童労働は激減して、 2000年から2012年の間に1/3になりました。19世紀の終わりとの比較では、人が必要とする1日あたりの労働時間は約半分になりました。食料品が収入に占める割合は、1960年以降で約半分になっています。
平均寿命は、1990年から2012年までの間に6歳長くなりました。児童死亡率は1990年以降、半分になっています。栄養指標となる平均身長は高くなっています。過去100年間の人の身長は、それ以前の2000年間と比較して伸びています。ISISについて言えば、世界規模での戦死者は、40年代以降、1/20に減少しています。国内の自殺者の割合は、70年代以降、半減しており、暴力的犯罪は1976年の1/3になっています。世界の核兵器の供給は、1990年以降、約1/5になっており、2014年は40年間で初めて炭素排出量の増加が抑制されました。
このように、それほど悪い状況ではありません。
しかし最大の機会は、私たちがようやく測定し始めたばかりのものです。このことを説明するために、皆さんのご両親や私が大学にいた頃に話を戻したいと思います。ご両親の口からすでに聞いたことがあるかもしれませんし、皆さんはおそろしいと思ったかもしれませんが、私たちが大学生だった頃は、インターネットは存在しませんでした。インターネットなんてなかったのです。ですから私たちは、何かアイデアがあり、例えばBrian Cheskyにアイデアがあって、それについて調べたいと思っても、「ググる」ことはできなかったのです。
けれども、私たちに検索エンジンがあったことは確かです。それは違う種類のテクノロジーでした。図書館と呼ばれるテクノロジーで、ひどいものでした。私の背後には古い検索エンジンがあります。あそこにあるあれです。
ひどい理由は、まず一つには、寮の部屋で利用できなかったことです。サイバー空間に存在してすらいなかったのです。それはいわゆる現実空間にありました。そこまで歩いて行きますが、身分証明書を持っていかなければいけません。そうでなければ入ることすらできません。ログアウト後の利用者体験もありません。そしてその土台となっているのは、ずいぶん昔に発明されたデューイ十進分類法と呼ばれる非常におかしな技術です。この技術は発明したデューイという人物名に因んで名付けられ、とても古いものです。ところが、ハイテクに見せるため、彼らはそれを十進法と呼びました。「これはとてもハイテクで、数字を使うんですよ、みなさん。」ただの整数ではなくて、十進法!ユーザーインターフェースもとても悪く、カード目録と呼ばれ、使うための訓練が必要でした。ただそこに行って使うということはできませんでした。何時間も何時間も訓練の授業を受ける必要がありました。
その全体的な結果として、ミリ秒で結果を得られないために、何かを調べるにあたって非常にやる気が削がれました。何時間もかかります。しかも、コロンビア大学の学生だったとしてもです。そうでしょう?Butler Libraryのような優れた図書館があったとしても、何かを調べるために何時間もかかるので、非常にやる気を削がれました。たぶん、Brian Cheskyが当時生まれていたとしたら、「このことは忘れてTaco Bellへ行こう。ホテルの起源なんて考えないでおこう」と言って済ませてしまうでしょう。
けれども、考えてみてください。それはコロンビア大学の学生の話です。コロンビア大学に進学せず、コロンビア大学のものほどよい図書館を利用できない学生にとって、事態はもっと悪いものでしたし、さらに図書館に調べたい本がなかったかもしれません。
あるいは、もっと極端な例として、バングラデシュやスーダンで育ち、あらゆるすばらしいアイデアを持っているにもかかわらず、取り組む手段がなく、検索エンジンが皆無で、世界に対して自分の独自のアイデアで貢献する方法が全くないことを想像してみてください。
しかし、私たちはとても早い進歩で現在の状況にたどり着きました。誰もがスマートフォンを持ち、世界中の人がポケットに議会図書館を持つ日も近いでしょう。つまり、バングラデシュで育った少女がコロンビア大学やハーバード大学の20年前の学生よりも優れた図書館を持つことになるのです。
彼女のアイデアはどのようなものでしょうか。彼女の貢献はどのようなものでしょうか。
そうです、それはあなた次第だと思います。世界は依然として平坦ではないからです。問題はあります。電力問題、水の問題、食料問題、平等の権利の問題があります。けれども、皆さんが貢献すれば、皆さんの貢献を世界に活かせば、皆さんが自分で考えるならば、私は、皆さんが人類の潜在能力を解放する世代となると信じています。
2015年生の皆さん、おめでとうございます。お招きいただきありがとうございました。
著者紹介 (本記事投稿時の情報)
Ben Horowitz は、Andreessen Horowitz の共同創業者兼ジェネラルパートナーの一人であり、New York Times のベストセラーである Hard Thing about Hard Things の著者です。
記事情報
この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: Don’t Follow Your Passion: Career Advice for Recent Graduates (2015)