「昔、カリフォルニアを出発したある飛行機が、99%の時間を針路から外れながらも、何度も針路を修正してハワイまで飛んだという話をご存知ですよね?同じことが成功するスタートアップにも言えます。ただし、アラスカに向かってスタートする場合は別ですが」 -- Evan Williams
これは、何度も何度も繰り返される同じ話です。まず、あるチームがアイデアを思いつきます。
次に、彼らはコンセプトの証明として実用最小限の製品(MVP)を作り上げます。この時、そのMVPにどの機能を含める、あるいは除外するかについて、多くの時間を議論に費やします。最後に、もしMVPが上手く機能すれば、完全で、成熟して、安定した製品を作る計画を立てます。
ではこの光景の何が間違っているのでしょうか?上手く行かないスタートアップが非常に多いのはなぜでしょう?
問題は、それらのチームがMVPの核心を理解していないことです。MVPは単なる半分の機能を削られた製品でも、少しだけ早く製品を世に送り出す方法でもありません。事実、MVPは製品である必要すらありません。それはあなたが一度だけ作り、そこで仕事が終わったと考えるようなものではないのです。
MVPは、あなたが何度も何度も繰り返すプロセスです。最もリスクの高い想定を特定し、その想定をテストするために可能な最小規模の実験方法を見つけ、実験の結果を使って針路を修正するのです。
製品を作る時、あなたは多くのことを想定します。どんなユーザーがそれを求めているのか。どんなデザインが上手く行くのか。どんなマーケティング戦略を使うべきか。どんなアーキテクチャが最も効率的に機能するか。どのマネタイズ戦略が製品を持続可能にするか。そしてどの法律や規制を順守しなければならないか。あなたがどれほど優秀かにかかわらず、あなたは想定を間違えます。問題は、どれが間違うかわからないということです。1
CB Insightsによる100社以上のスタートアップの事後分析で、スタートアップの失敗の最も多い原因は(当時で42%)、「市場にニーズがない」ということだと分かりました。それらのスタートアップの約半数が、数ヶ月または数年を費やして製品を作り上げた後で、最も中核的な想定が間違っていたことに気付きました。その想定とは、誰かが最初からその製品に興味を持っているということです。
そのことを見つける唯一の方法(自分の想定をテストする唯一の方法)は、できるだけ早く現実のユーザーの目の前に製品を置くことです。そうした時、たいていは最初からやり直す必要があることに気付くでしょう。実際のところ、振り出しに戻るのは1度だけではなく、何度も何度もその必要に迫られることになります。
それは製品開発に限ったことではありません。本やエッセイを書いている場合は、たくさんの下書きを作り、編集に多くの時間を費やす必要があります。コードを書いている場合は、頻繁にリファクタリングを行ったり、コードを書き直したりする必要さえあります。2 あらゆるクリエイティブな人間の試みには、多大な量の試行錯誤が必要なのです。
試行錯誤の世界では、最も早く間違いを見つけた人が勝者となります。この哲学を「フェイル・ファスト(早く失敗しろ)」と呼ぶ人たちがいます。TripAdvisorでは、「スピード・ウィン(スピードが勝利する)」と呼んでいました。Eric Riesはそれをリーンと呼び、Kent Beckやその他のプログラマーはアジャイルと呼びました。どのように呼ぶとしても、その核心は、できるだけ早く現実のユーザーから製品に関するフィードバックを得ることで、どの想定が間違っているのか見つけることです。
製品を作っているのか、コードを書いているのか、あるいはマーケティングのアイデアを考えているのかにかかわらず、常に次の2つの質問を自分自身に問いかけているべきです:
- 最もリスクの高い想定は何か?
- その想定をテストするためにできる最小規模の実験は何か?
プロセスとしてのMVPの実践
事例を検討してみましょう。
あなたは、レストランのオーナーがほんの数クリックするだけで、自分のレストラン用のモバイルアプリを作ることができる製品を構築することに決めました。アプリには、ドラッグ&ドロップで操作できるシンプルなインターフェース、多数の内蔵テンプレート、イベントカレンダー、ニュースレター、予約機能、写真ギャラリー、リアルタイムチャット、およびレビューサイト、ソーシャルネットワーク、Google Mapとの統合機能が備わる予定です。最も重要なのは、アプリ内で予約、持ち帰り注文、クーポンの利用ができるようにすることで、そこから少額の分前を得て、製品をマネタイズするための方法とすることです。素晴らしい製品になるでしょう!
あなたは共同創業者として参加する2~3人の友人を見つけます。そして通常のスタートアップチームであれば、いくらかの資金を調達し、12ヶ月間部屋に缶詰状態でそれらの機能の全てを作り上げようとするでしょう。もしあなたがほんの少しだけ機転の効く人であれば、最初のリリースには必ずしも必要でないいくつかの機能をカットすることで、12ヶ月ではなく8ヶ月で「MVP」をリリースできるでしょう。
どちらのケースも、十中八九失敗します。
なぜでしょう?さあ、考えてみてください。悲惨なほどに間違っていることが判明するかもしれない想定を、いくつ行っているでしょうか:
- あなたは数ヶ月かけて、顧客向けの特注モバイルアプリをどのようにリリースするか考えます。しかしその結果判明するのは、レストランオーナーが本当に欲しいのは、Googleで簡単に見つかる、モバイルに最適化されたウェブサイトということだけです。
- または、あらゆる最新の技術を使ってリアルタイムチャットを作り上げてから、レストランオーナーはメールに対応するのがせいぜいで、一日中コンピューターの前に座っていたくないということに気付きます。
- あるいは、最悪なこととして、レストランオーナーは技術的なことへの対応やモバイルアプリのメンテナンスに手間をかけたくなく、そもそも始めからあなたの製品を使うことに関心がないと気付くかもしれません。
それらの重大な欠陥を発見するのに数ヶ月かかっていては長すぎます。最もましな場合でも、失った多くの時間が膨大な無駄になります。最悪の場合は、あなたの会社を倒産に追い込むでしょう。Peter Druckerの言葉を借りれば、「もともとしなくても良いことを素晴らしい効率で行うことほど、無駄なことはありません」
プロセスとしてのMVPのやり方を試し、上手く行くか見てみましょう。徐々に製品を作り上げながら、各段階で問いかけます:
- 最もリスクの高い想定は何か?
- その想定をテストするためにできる最小規模の実験は何か?
まず、最もリスクの高い想定は、おそらくレストランオーナーがモバイルアプリを作りたがっているということです。
したがって、最初のMVPはそのようなモバイルアプリのモックアップにすることができます。レストランのナプキンの裏に描いたイラストでもよいかもしれません(なんてぴったりなんでしょう!)近所のレストランオーナーのところを周り、彼らが持つ技術的な問題について質問しましょう。彼らはすでにモバイルアプリを持っていますか?持っていないとしたら、その理由は?彼らはモバイルアプリを欲しがっていますか?彼らはどれくらい技術に詳しいですか?そのメリットを理解していますか?あなたのモックアップを彼らに見せましょう。そして、彼らの問題に対してそれが良いソリューションとなるかどうか、見極めましょう。
その製品を実行可能なビジネスにするのに十分なほどの、レストランオーナーの関心がないことが分かるかもしれません。残念なことですが、良いニュースでもあります。あなたは開発に何ヶ月もかけるかわりに、数時間の会話を犠牲にしただけで済みました。一方で、レストランオーナーはモバイルアプリには関心がないものの、簡単に作れるウェブサイトには興味があることが分かるかもしれません。前進です!
しかし、これで終わりではありません。今度は次のMVPを作るプロセスを繰り返す必要があります。
- 最もリスクの高い想定は何か?
この時点ではおそらく、レストランオーナーはそのようなウェブサイトに対し実際に進んでお金を払う、ということでしょう。この想定をテストするための最小規模の実験は何でしょうか?次のMVPのためのアイデアの1つは、興味を示した2~3人のオーナーのために手作業で静的なウェブサイトを作り、彼らの反応を見ることです。3 気に入るでしょうか?ウェブサイトがすでに完成したような印象を持つでしょうか?今日立ち上げられたそのようなウェブサイトを自分のものにするために、いくら払うでしょうか?
たぶん、お金を払う必要があるという目先の可能性に直面し、レストランオーナーの興味が実際になくなることが分かるかもしれません。それでも、良いことです。開発に何ヶ月も浪費する代わりに、数日の作業でそのことが学べました。
あるいは、彼らが進んでお金を払うということが分かるかもしれません。その場合は、2~3ヶ月分のサービス料を現金か小切手で払ってもらい(そうすれば課金システムの構築に多くの時間を費やさずに済みます)、サイトを立ち上げます。そしてウェブサイトの情報のどこかをアップデートする必要があれば、メールで連絡するように頼みます。もちろん、それにはあなたの側で多くの手作業による労力がかかります。また、顧客の数が増えても、拡張性がありません。しかし、まだちっぽけなスタートアップの時期に、拡張しないことをするのを恐れてはいけません。拡張性の問題を抱えることは良いことです。なぜなら、あなたが拡張する価値のある何かを作り上げたことを意味するからです。
しかし一方で、もう一度MVPプロセスを繰り返す必要があります。
- 最もリスクの高い想定は何か?
この時点では、あなたのマーケティング戦略が上手く機能する、ということかもしれません。しかし、世界中の全てのレストランを直接回ることはできません。この想定をテストするためにできる最小規模の実験は何でしょうか? 今度のMVPはランディングページにすることができます。ランディングページにあなたの製品でできることの説明と、これまでに手作業で作ったレストランのウェブサイトの紹介を掲載するのです。そしてページ訪問者が新たなサイトのリリースを知らせるメールを受け取ることに興味があれば、メールアドレスを残せるようにしましょう。その次にあなたは、Google、Facebook、Twitter、またはLinkedIn上の広告を数百ドルで購入し、ランディングページへのトラフィックを促進することができます。そして何が起こるか見てみるのです。4
もし潜在的なユーザーがメールアドレスですら提供してくれないのであれば、おそらく彼らはあなたに一切お金を払うつもりはないでしょう。一部のテキストと2~3枚の画像に手を加えることでその事実を明らかにするのは、完全な製品のコードを何千行も書き直すよりずっと簡単です!間違えを見つけるのが簡単にできるほど、間違ったものを作るのに浪費する時間が少なくて済みます。
一言で言えば、これがMVPプロセスです。あなたが開発しているのが製品設計であっても、マーケティングプランであっても、あるいはコードを書いているのだとしても、常に問いかけましょう:
- 最もリスクの高い想定は何か?
- その想定をテストするためにできる最小規模の実験は何か?
Yevgeniy (Jim) Brikmanは『ハロー、スタートアップ』の著者で、新しいスタートアップを軌道に乗せるための支援を専門とする会社Atomic Squirrelの創業者です。以前に、LinkedIn、TripAdvisor、Cisco Systems、Thomson Financialで10年以上を過ごした経験があります。コーネル大学でコンピューターサイエンスの理学士号と修士号を取得しています。
注
1 現代広告の父、John Wanamakerの教えです。彼はかつてこう言いました。「私は広告費の半分が無駄になると知っています。知らないのは、どの半分かということだけです」↩
2 Fred Brooksはこう言っています。「無駄をする計画を立てなさい。いずれにせよ、あなたは無駄をします」↩
3 ウェブサイトを生成するための柔軟なシステムを数ヶ月かけて構築する代わりに、静的ウェブサイトの無料テンプレートを使い数日で最初の試作品を手に入れることができます。レストランオーナーから学んだ情報に基づいて手作業でテンプレートを埋め、無料の静的なホストサーバーでそれを立ち上げるのです。GoogleのKeywords Plannerのようなツールを使って、オーナーに彼らのレストランや料理が世間で何回検索されたか示すことすらできるでしょう。↩
4 ランディングページへのトラフィックを促進するための方法に関しては、販売リソースページを参照してください。ランディングページや広告のメッセージを素早く変更し、A/Bテスト(MVPリソース参照)を使って何がオーディエンスに響いているか明らかにすることができます。↩
著者紹介
記事情報
この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: A Minimum Viable Product Is Not a Product, It’s a Process (2016)