生物をリバースエンジニアリングする方法 (a16z)

生物のリバースエンジニアリングというのは、パラドックスのように聞こえます。自分が元々の技術を「発明」していないものをどのようにしてリバースエンジニアリングできるでしょうか。ラジオ、橋、コンピュータ——これら全ては、人が作ったものであり、論理的で、明晰で、組織化されたシステムから構築されたものです。他方、生物は野生であり、乱雑で、私たちが思いつかないようなほど複雑です。何千年にもわたって進化してきた生物を、私たちがそのシステムの複雑さやプロセスをそもそも十分に理解していないのに、どのようにしてリバースエンジニアリングすることができるしょうか。

実を言うと、私たちが生物をリバースエンジニアリングできるようにならなければならないのは、まさにこれらの理由があるからです。そうしないと、生物学的システムについての明晰で、論理的で、組織化された知識が私たちの手元にある領域だけでしか、生物学における新しい応用をエンジニアリングすることができないことになってしまいます。病気や老化や癌のように、十分に理解していないけれど、影響をあたえる必要のある複雑な生物の世界に介入するには、リバースエンジニアリングがベストな道具かもしれません。生物学の将来は、ピペット操作よりもプログラミングのほうにはるかに似たものになるでしょう。もし生物学の分野でリバースエンジニアリングの力を発揮することができたなら、今日私たちが知っている生物工学が直面しているとされる限界を、すべて克服できるようになるかもしれません。

病気や老化や癌のように、十分に理解していないが、影響をあたえる必要のある複雑な生物の世界に介入するには、リバースエンジニアリングがベストな道具かもしれません。

それでは、そのことは実際何を意味するのでしょうか。生物をリバースエンジニアリングすることは、プロセスやメカニズムを理解しリエンジニアリングする(おそらく新たなやり方で)ために、一度それらを分解するというエンジニアリングの概念を、生物の世界に適用することです。それには、ある意味では基本的に反対のアプローチのように思われる二つの非常に異なったマインドセットが交差することが必要になります。

いまや古典となった彼の著作(初版は2002年に発行)で、Yuri Lazebnikは、生物学ほど発見に基づいている科学で、リバースエンジニアリングが可能なのかという疑問を提示しました。生物学者がラジオの取扱説明書や知識なしに壊れたラジオを直せるかというと、たぶんできないだろう、と彼は書きました。生物学では、生物システムを理解するために、摂動の効果を調べ、各機能の関係を特定するという方法をとります。この方法により、生物学者はそれぞれの部分とその相互作用についての一定の理解を得ることができます。しかし、こうした理解だけでは、それらの部分を組み合わせることは到底できません。では、物理学者はラジオを直せるでしょうか。もしかしたらできるかもしれません。物理学者は、物理的な法則と過程の基本的な性質を発見し、理解するように訓練されています。ただし、彼らは必ずしもそれらの物理法則から生まれた技術のことは理解していません。では、電気技師はこれまでに見たことのないラジオを直すことができるでしょうか。すぐには無理でしょう。まず、彼らはそれをリバースエンジニアリングしなければなりません——つまり、ラジオを分解し、調べ、それぞれの部品と、それらがどのように一緒に機能するのかを確認しなければならないでしょう。それができたならば、答えはイエスです。このようなアプローチで得られた知識を使って、おそらくラジオをリバースエンジニアリングし、壊れたプロセスを修復することができます。

たしかに生物学者とエンジニアのアプローチは異なります。しかし実際は、両者ともやり方は異なっているものの、発見の過程に関わっています。生物学者は、どんな進化がどのようにして生まれたかを理解しようとしており、エンジニアは新しいものを作るために理解したことを使っています。

前者二つの生物学者と物理学者のケースでは、その分野のアプローチ自体が、ラジオを直すのに必要なことと合致しないように見えるかもしれません。たしかに、生物学者とエンジニアのアプローチは異なります。しかし実際は、両者ともやり方は異なっているものの、発見の過程に関わっています。生物学者は、どんな進化がどのようにして生まれたかを理解しようとしており、エンジニアは新しいものを作るために理解したことを使っています 。

それでは、生物をリバースエンジニアリングできるのかどうかに戻りましょう。電気技術者は問題をどうとらえるでしょうか。ある意味でこれは、合成生物学の基礎となる問いです。目標が、新しい機能と安定性を持ったタンパク質をエンジニアリングすることであろうと、奇抜な回路と新しい機能をもった細胞をエンジニアリングすることであろうと、問題の本質は同じです。これらを達成するためには、両方の世界からある一定の鍵となる道具と概念が必要です。以下では、両方の世界の橋渡しとなる、それらの鍵となる概念のいくつかを紹介します。

#1: 共通言語

Lazebnikが指摘した通り、発見のアプローチをエンジニアリングと組み合わせる上での最大の弱点は、共通する言語が不足しているということです。Lazebnikは、生物学的回路と電気技師のそれとを比較しました

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図Aは、生物学者が、経路、すなわち、タンパク質どうしの相互作用の「回路」を描いたものです。もし、生物学者がラジオを研究したら、彼らは異なった部品間の相互接続を見つけ、それをここにあるような広い経路に図示することでしょう。図Bの回路は、エンジニアがこれらの経路を表現する方法です——はるかに定量的で予測に役立つ性質を持ち、表現される相互作用ももっと詳細です。

歴史的に見て、生物学者の使う言葉は、一般にあまり定量的ではありませんでした。それは彼らが行う実験自体が定量的でなかったためです。しかし、今日では、ゲノム科学からプロテオミクス、メタボロミクス、細胞選別に至るまで、以前には見られなかったほど定量的なレベルについての生物学的情報を、私たちは目にしています。

ですから、今では定量的な言葉も展開できるようになっています。常微分方程式や偏微分方程式を単に応用することだけでも、これまでは一般にはなかった定量的な言葉が必要になります。しかし、もっと洗練された定量的な言葉も使われ始めました。Verilogは、ラジオから複雑なマイクロプロセッサーまで電子回路をエンジニアリングするのに使われるコンピュータ言語で、すでに生物学的遺伝子回路をモデル化し、予測し、エンジニアリングさえも行うために使用されるようになっています。

#2: 基本の要素

タンパク質から細胞組織まで、異なる生物学的システムには、その異なる規模に応じて異なる複雑さのレベルがあります。リバースエンジニアリングの鍵となる原則の一つは、最初は単純なシステムから始めるというものです。例えば、複雑なラジオの回路ではなく、簡単な回路から始めるということです(以下の図もLazebnikからとっています):

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(対)

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簡単なラジオの回路(上記)は、リバースエンジニアリングするのはかなり容易ですが、それでも必要となる主要な構成要素についての基本的な理解は得られます。ここでの要点は、簡単なところから始めて、その後、複雑さを加えていくということです。驚くことでもないですが、正にこのやり方は、生物学を学ぶ方法の核となるものです。簡単な生物から始めて、複雑さを増していくというわけです(ミバエからねずみ、そして人間へ、といったように)。

#3: 早く学び繰り返す

生物学では、実験の速度が一つの課題となることが多いです。リバースエンジニアリングするには、試してみて、試験をして、うまく動くがどうか確かめる必要があります。1ヵ月(あるいは1年に)に一度の頻度で試験結果を得る場合でも、リバースエンジニアリングは不可能ではありませんが、しかし非常にゆっくりしたものになります。

生物を設計するためには、私たちは急速なサイクルをさまざまな摂動で調べる必要があります。ロボットや実験室オートメーションを使った新しい技術により、より高いスループットで、より大きな再現性で、より早く、場合によっては一日で結果を得ることが、既にできるようになっています。化学生物学の進歩により、新しいツール化合物(システムを摂道させる新しい分子、タンパク質、細胞など)を、これまでは不可能であった多様性と規模でエンジニアリングし、応用することができるようになっています。新しいツールの化合物を作ることは、プロセスを構成する「部品を微調整する」一つの方法です。これにより、そのプロセスをより詳しく学ぶとともに、新しいものを作りだすことができるようになります。

エンジニアリングでは、毎回全くの白紙から始める必要はありません(大部分の治療法は、すでに開発済みだからです)。「コピー/貼り付け/編集」をし、そこからさらに良いものを構築することが可能です。治療目的でのT細胞のエンジニアリングであるCAR-T療法は、このもう一つの例です。連続して生成されるCAR-T治療剤の一つ一つが、その前に作られたものを踏まえています。

#4: 部品を交換する

レゴのように基本の要素を組み合わせたり、「部品を微調整する」ことが、生物学的システムを理解したり変更したりする方法であるなら、「部品を交換する」のもまた別の重要な概念とツールです。この文脈では、「部品を交換する」とは、あれこれ交換して理解を深めることを目的として、分かっている部分についての生物学的知識をフル活用してなされる、明確に定義された変化のことを意味します。

ランプをリバースエンジニアリングしようとして、何が作動し何が作動しないかを知るために電球を交換することを想像してください。CRISPRのような遺伝子編集ツールは、リバース・バイオエンジニアリングにとって最適の道具です。文字通り、構成要素をまだ生きている生物に組み込み、その後変化を測定することができます。その際、同時に多数の部分を、系統的に交換することさえできます。こうした試みは、現時点では遺伝子レベルで始まったばかりですが、いつかさらに大規模に行うことができるでしょう。大きな多タンパク質複合体を変化させるために多数の遺伝子を同時に置き換えることや、さらに過激に細胞を変えて異なる細胞表現型と交換するといったことも、たぶん可能になるでしょう。

生物がプログラミング可能になる時

これら二つの異なる世界を組み合わせるには、非常に異なった世界と文化の交差と翻訳が必要になります。しかし、そうすることには、信じられないほどの可能性と力があります。もし生物をリバースエンジニアリングできるなら、私たちは生物それ自体を設計し、そしてプログラムし始めることができることになります。

参考文献:

[1] https://www.cell.com/cancer-cell/fulltext/S1535-6108(02)00133-2
[2] https://blog.udemy.com/reverse-engineering-tutorial/
[3] https://en.wikipedia.org/wiki/Reverse_engineering
[4] http://legacy.lincolninteractive.org/html/CES%20Introduction%20to%20Engineering/Unit%203/u3l7.html
http://legacy.lincolninteractive.org/samples/introduction-to-engineering
http://www.engineeringchallenges.org/cms/8996/9109.aspx

 

著者紹介

Vijay Pande

Vijay Pande 博士は、Andreessen Horowitz のジェネラル・パートナーで、バイオファーマとヘルスケアへの投資に注力しており、Apeel Sciences、Asimov、BioAge、Ciitizen、Devoted Health、Freenome、Insitro、Omada、PatientPing、およびRigetti Computingの取締役を務めています。また、スタンフォード大学のバイオエンジニアリングの非常勤教授でもあり、化学生物学、生物物理学、生物医学の各分野で挑戦的な問題に取り組む Pande 研究室の顧問を務めています。

 

記事情報

この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: How to Reverse Engineer Biology (2019)

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