バイオ系スタートアップに関する 16 の神話と誤解 (a16z)

テックとバイオテックは調和しません。少なくともそれが社会的な共通認識です—— ある意味、この共通認識が、テックとバイオテックが2000年代初頭に決別した理由です。両方へ投資するベンチャー投資会社は、会社を業務で二分するか、一方を徐々にやめました。これにはそれ相応の理由があります。むしろ、そもそも二つが共存することに誰もが納得する理由が全くありませんでした。テックとバイオテックの投資家は話す言葉が違い、同じ言葉で話す必要もありませんでした。バイオテック側にはデバッガーに関する言葉がほとんどなく、テック側はDNAを知る必要はありませんでした。さらに重要なことには、投資自体の本質が全く異なり、知識と経験はテックとバイオテックの間で翻訳されることがありませんでした。ここでの投資の本質とは、資本が必要で、リスク/リターンの側面があり、企業の確立と拡大の方程式があるというものです。

けれども、世界はその後変化しています。現在の生命科学企業は、データとプログラム生物学日本語訳)で溢れています。テック系企業はデータのパイプライン処理中核的なインフラ、さらに、生命科学から医療サービスの提供に至るまで、医療の価値連鎖全体を横断する結合組織を提供しています。かつてよく活用されたプレイブックはすでに時代遅れとなりました。生物学、コンピューターサイエンス、エンジニアリングの交差が医療産業全体にわたって境界線を曖昧にしているからです。私たちはこのテック + バイオテックの新たなハイブリッドを簡単に「バイオ」と呼んでいます。世界はバイオと出会い、バイオは世界を飲み込み始めています日本語訳)。

それでも疑いがあります----

なぜシリコンバレーのベンチャー投資家(VC)はバイオテックに投資しているのでしょうか。しかしこれは、間違った質問です。本当の質問はこうであるべきです。保守派のテックまたはバイオテック企業は、このバイオ新時代に登場する次世代企業を評価し、支援するにふさわしい投資家なのでしょうか。

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下に挙げるのは、バイオに関して、従来のテックおよびバイオテックの業界で依然として繰り返されている16の持続的な神話と誤解---- そして、この新時代に彼らの考え方が時代遅れである理由です。

#1 バイオテックのVCがバイオテック企業を作っている。

そうです。バイオテック企業の全世代がVCによって作られました。そして彼らは患者にとって本当の価値を創出しました。しかし、生物学、エンジニアリング、コンピューター処理が交差する場所に新しいバイオ起業家日本語訳)が登場してきました。これらの創業者は、VCに経営の手綱を渡して会社を作ってもらうのではなく、自分で会社を作っています。つまり、バイオのVCも変化を余儀なくされているということです—— 支持するのではなく支援するために。創造するのではなく奨励するために。

#2 学際的な創業者はCEOになれない。

バイオテックの社会通念は、熟練のドラッグハンターが必要であると言っています。そう、経験は大事です。けれども、テクノロジーによって、(何が医薬の本質かということ日本語訳)さえ含めて)薬の発見や開発の方法は益々変化しているため、強力な新しいテクノロジーを利用する方法を深く理解することも重要です。AIや生物工学などの新しく生まれている多分野横断領域の先進的な学者や最近の博士らは、当然のことながら、これらの領域では既に世界的な専門家です。ですから、多くの場合、これらの学際的な創業者は、実は、先の戦いの業界の古株でいるより、自分のイノベーションを先に進める立場にいる方がよいのです。

#3 バイオテック企業はプラットフォームを基盤にして設立されている。

常にそうとは限りません。「プラットフォーム」はバイオテックに過剰に用いられている方法です。通常は、特定の領域(例えば癌や神経変性)で、かなり深遠な専門知識を説明する時に使われます。これはテックでの標準的な「プラットフォーム」の定義からの旅立ちです。つまり、他のアプリケーションが開発されているテクノロジーの土台です。バイオ企業の新世代はコンピューター処理とエンジニアリングのプラットフォームに構築されており、そのプラットフォームは、他者には見えないものを見るため、あるいは、他社にはできないことをするために独自技術を使っています。詳細な細胞遺伝子解剖図を作ったり、癌を攻撃するように免疫細胞を操作したりします。言い換えれば、バイオ・プラットフォームは、技術によって可能になる知識や機能の強み、理想的にはその両方を、また、未来の多くの薬が作られるかもしれない土台を提供します。これは従来のほとんどの専門のバイオテック・プラットフォームを大きく超える飛躍です。それらのプラットフォームは、もしあるとすれば、新薬をほんの僅かばかり生むことになります( なぜなら、発見は非常に困難だからです!)。

#4 AIは誇張されている。

プラットフォームと言えば、人工知能ほど従来のバイオテックの懐疑心を呼び起こしてきたものはありません。どんなツールもそうであるように、AIは万能薬ではありません。私たち人間は生物学をとてつもなく複雑にせざるを得ません。けれども、AIは私たちが生物学のそのようなネットワーク上の点同士を結びつける手助けをするのに、独特の優れた適合性を備えています。最も著名なAIの専門家たちの一部は、医療への取り組みに注力しています。そして新たなAIスタートアップの大群が登場しました。一流の薬品会社でさえ、自らをデータサイエンスの企業であるとみなし、それに応じて人員を増加しています。私たちはまだ始まったばかりであり、時として懸念が交錯して誇張することになりますが、AIは既に医療診断薬の発見を推測しています。

#5 あなたのイノベーションは時期尚早である。

バイオテックの進歩は、数年後に患者に顕著な影響を与えることになり、驚くような見出しになります---- 希望に溢れていますが、時間はありません。けれども、バイオのテクノロジーのイノベーションの周期は加速しているので、約束 -> 可能性 -> 実践は今や記録的な速度で進行しています。DNA塩基配列決定の費用はわずか10年たらずで1000倍以上、縮小しました。ムーアの法則よりもはるかにはやく(今では〈フラットレーの法則〉と呼ばれている現象)、今やR&Dおよび診断の標準ツールとなっています。人間の細胞を編集するCRISPRは、わずか5年足らず前に登場しましたが、既に私たちが疾患を発見診断、さらには治療する方法に変化をもたらしています。2019年には、米国で初めて人間での臨床試験が確認され、その他にも多くの人々が臨床試験を受けています。

#6 あなたのイノベーションは機を逸している。

従来のバイオテック医薬品の発見は、使い古されたルートを辿っています。新種の疾患の標的がひとたび確認されたら、「その分子までの競争」です。一番乗りで辿り着かないなら、実行する時にクラスで一番になるのがよいのです。もし失敗したら(悲しいことに多くがそうなります)、一つの努力から次の努力へと変わるものはあまりありません。けれども、エンジニアリングが施された生物学で、私たちは、ソフトウェアのバージョンのように、テクノロジーを何世代も創出しています。そのテクノロジーは、前例の反復の成功と限界の両方に立脚しています。CAR-Tの新世代は、第一世代の土台に立って生まれようとしています。さらに、これらの医薬品の調整要素(つまり、共通の構成要素を再利用および転用する能力)は、新たなアプリケーションが簡単に構築できることを意味しています。元のCRISPR-Cas9の構造は、新たな特色と機能を私たちに提供して、CRISPR-CasXのように既にリミックスと再考がされています。ですから、イノベーションの周期は加速しているだけでなく、融合してもいるのです。

#7 私たちに起こっているのはバイオテック革命であって、バイオ革命ではない。

私たちは新時代にいるのではなく、私たちが目にしているのは実はバイオテックが継続してきたさらなる進歩に他ならないという人もいます。けれども、充分に劇的な進歩の場合は、進歩自体が革命に発展します。そして、堅実な進歩は大きな変化に道を譲ります。ここ数年で、私たちはプログラム可能な医薬品の時代に入りました。遺伝子細胞治療として利用するために、生き物を設計することができる時代です。私たちは電子治療のプログラムも行ってきました。物事の変化はすばやく、FDAは遅れを取らないように現代化と改革に努めており、さらに、時間をかけて学習・進化する医療AIのための指針の提供もしています。すべてが揃っています—— 現状に飽き飽きしている起業家は、業界を再考し、昔からある事業モデルを引っ掻き回しています。バイオには人間の健康を超えた含意があります。エンジニアリングが施された生物学は、食品からファッションまで、広範囲にわたる変化を起こしています。すべてのものを変える可能性があるのです。これが「単なる」革命だとすれば、それはカンブリア爆発です。

#8 バイオテック企業はテック系企業と同じようには設立できない。

いいでしょう、これはある意味真実です。バイオ企業は従来のテックとバイオテックのハイブリッドです。滑りやすく、ぐにゃぐにゃしたものを扱うウェットラボがある一方で、データと設計のためのドライラボがあります。バイオ企業を設立するためには、伝統的にそれぞれ独立していた専門分野を融合させる能力が必要です——つまり、複数分野が融合した文化を作り上げる必要があります。その文化では継続的な改善を生み出すための反復を繰り返す、テックの精神を保持する必要があるでしょう。私のパートナー、Marc Andreessenが「ムーアの法則は、予測ではなくゴールだった」と言ったように。テック産業に関しても同じように融合の能力が必要です。共有実験スペースのようなインフラとAWSによって、スタートアップの順調な始動のために必要な費用と時間が既に劇的に減少しています。

#9 科学的発見を作り出すことはできない。

生物を扱う場合、私たちは明らかに不利な立場にいます。自分で設計していないシステムで仕事をするからです。けれども、鍵となる進歩がゲームの流れを変えました—— 先例のない大きさと解像度で生物を見るプラットフォーム(DNAシークエンサーはエンジニアリングの驚異です)—— 生物の複雑さと産業化された発見を解明する洗練されたAI—— さらに、おそらく最も重要なこととして、生物システムを直接プログラムするバイオエンジニアリング。これらのすべてが、科学的発見が操作される可能性があり、かつ、そうすべき世界に私たちを引き込みます。

#10 規制リスクにはゼロか1かである。

どの新薬も安全で効果があることを確認するのは最重要事項です—— 人間の体内に何かを入れるや否や、すべてが明るみに出ます。そして臨床試験の失敗率が90%であることは周知の事実です。けれども、業界が規制上のリスク(FDAはその薬を承認しないだろうというもの)と呼んでいるのは、ひどい誤称です。それは実際には科学のリスク(その薬は役に立たないというもの)の別称です。標的が疾患に変化をもたらす、かつ/または、分子が充分に限定的に標的に作用することが不明な世界では、この種のリスクは、コインを放り投げて賭けをしている感じがするかもしれません。うまく作用するかもしれませんし、しないかもしれません。けれども、遺伝子疾患のように、疾患の原因がよく知られているものなら、生物工学を利用する解決策にはそれほどゼロか1かというものではありません。構成要素ごとに自分のやり方を繰り返すことができます—— 対象となっている疾患について、一つの細胞型に一つの遺伝子を割り当てる方法がわかってしまえば、次に扱う疾患について、別の遺伝子を別の細胞に割り当てることが容易になります。

#11 医療費の還付は非常にリスクが高い。

医療の市場参入計画にとって、医療費の還付は極めて重要です。最終的なエンドユーザー(患者)が支払い元(保険会社、雇用主、政府)とは違うことが大きな理由です。けれども、「医療費の還付のリスク」も誤称です—— 本当のリスクに対する補償を確保するための厳格な処理過程を取り違え、混同しています。これはそもそも、説得力のある価値提案を示すことができないからです。既存の標準的な医療で言えば大きな改善が認められないことから、新たな治療の高額な費用を正当化するのは極めて困難です。けれども、プログラム可能な医薬品がさらに洗練される中、彼らが提供しているのは、最も衝撃的な疾患に対する長期的な治療の興味をそそる可能性です。命を救い、下流コストを削減して、医療費の還付のリスクは軽減され、すべての株主に費用と利益を公平に配分する義務が強化されます。

#12 時間と費用がかかりすぎてバイオテックは価値を創出できない。

ソフトウェア製品の発表よりも新薬の開発の方が費用がかかるというのは確かに本当です。従来のバイオテックにおいては、価値の変曲はステップ関数そのものです—— 自分の分子が機能しているかどうかは、今から何年も、何百万ドルもかけて、多くの患者で検証するまでわからないでしょう。工学的アプローチは、より円滑で直線的な価値創成の可能性があります。ゲノム編集をとりあげてみましょう。疾患の原因となるエラーを修復し、生体外で応用することによって、CRISPRシステムが結果を出し、科学のリスクを劇的に縮小するまで、このシステムの応用研究ができます。一定の大きな効果を得るには、小さな試験が必要かもしれません—— いくつかの衝撃的な治療が大いに役立ちます。当然、まだ時間も費用もかかりますが、これらのバイオ企業には、その過程でさらに証拠(と価値)を反復し、創出する可能性があります。

#13 シリコンバレーの「迅速に動き、常識を覆す」姿勢は医療では通用しない。

これは架空の議論です。シリコンバレーには、速さとリスクを取る機敏さのための時間と空間がある一方、難事をこなす長期的な実績もあります。シリコンバレーは、人工衛星を作り、ロケットを発射しています。テクノロジーを使い、自動車産業から、音楽産業、映画産業まで、それまでの安定した産業を根本から変えています。これらのイノベーションの一部は、方向転換として役立ちますが、別のイノベーションは、国防に役立ちます。シリコンバレーが医療にふさわしいほど深刻になれないという示唆は、よく言って、事実を知らない主張であり、悪く言えば陰険です。

#14 Theranosのサービス提供はシリコンバレーのVCが実現した。

そうではありませんでした。実際は、Theranosに大きく投資したベンチャー企業は皆無でした—— 目を向けたベンチャー企業はこの会社とそのテクノロジーを奨励することができませんでした。同社は、個人的な人間関係を除いて、テックやバイオテックの世界のいずれにも多数の指導者や助言者はいませんでした。Theranosを「シリコンバレーの企業」たらしめたのは、その郵便番号でした。どこであっても、優れたバイオテックVCは、現場の訪問、身元調査、データ分析、知的財産監査、さらには、サンプルのブラインドテストの挑戦まで行うなどして、非常に注意を払って精査しています。精査の過程では、往々にして疑問や問題が持ち上がりますが、まず第一に、精査する能力がないことは全くの赤信号です。

#15 シリコンバレーはバイオテックを扱えない。

これは、議論の余地なく非常に成功している史上初めてのバイオテック企業の一つ、Genentechがここで誕生したという事実を都合よく無視しています。Genentechの遺産は、現在、サウス・サンフランシスコとその周辺のベイエリアに、一流のバイオテック企業の勢いのあるエコシステムがあるという事実です。もちろん、次世代のバイオ企業も然りです。そして、それはスタートアップだけではありません。a16zに加えて、シード、アーリー、レイトステージのベンチャー投資家の豊かなエコシステムが登場し、バイオに注力、特化しました。これらの投資家は、コンピューターサイエンティスト、生物工学者、MD、元バイオ医薬品の役員、経験豊富な医療起業家と肩を並べて一緒に取り組み、自分たちが支援しているバイオの創業者のように徐々に複数の分野を跨ぐようになります。

#16 自分のレーンに留まろう。

テックはテックに執着し、バイテックはバイオテックを扱うべきでしょうか。そうかもしれません。しかし道が交わるとき、自分のレーンに留まるのは困難です。よい知らせは、その道は長く、曲がりくねっており、機会に満ちた広い世界をわたって影響を受け、生物学、テクノロジー、そして中でも最も大切な「患者」に変化をもたらします。そうです。時代遅れのバイオテックや伝統的なテックに最適な道もあります。他の道はバイオのスイートスポットに堂々と収まるでしょう。さらに、テック、バイオテック、バイオが一つになって、旧世界からの橋渡しをする場が出現するでしょう . . .そして新しいものができるのです。

 

著者紹介

Jorge Conde 

Jorge Conde は Andreessen Horowitz のジェネラル・パートナーとして、生物学、コンピュータ・サイエンス、エンジニアリングの各分野で投資をリードしています。

 

記事情報

この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: 16 Bio Myths and Misconceptions(2020)

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