天才のバスチケット理論 (Paul Graham)

(※追記:らいおんの隠れ家 (lionfan) 様による翻訳もぜひ参照されてください)

すばらしい仕事をするためには生まれながらの能力と決断力が必要であることは誰もが知るところです。しかし、あまり理解されていない第三の要素があります。特定の話題に対する取り憑かれたような関心です。

この点を説明するために、私はある人々の集団と自分の名声を犠牲にする必要があります。そして、私はその集団として、バスの乗車券(バスチケット)の収集家を選ぼうと思います。古いバスの乗車券を収集する人たちがいます。多くの収集家と同様、彼らは自分の収集品の特徴に取り憑かれたような関心を抱いています。彼らは、私たちにとっては記憶するのが難しいような様々な乗車券の種類を区別することができます。私たちは十分に注意を払わないからです。古いバスの乗車券についてそんなに時間をかけて考えて、何の意味があるのでしょうか。

それにより、私たちはこの種の執着の二つ目の特徴にたどり着きます――意味などないということです。バスの乗車券の収集家の愛情は私心のないものです。彼らの収集の目的は、人を感動させたり、自分が裕福になることではありません。収集自体が目的です。

すばらしい仕事をした人々の人生に注目すれば、一貫したパターンがあることがわかります。彼らの偉業は往々にして、同時代のほとんどの人々がそれまで無意味だと思ってきたであろうものに対し、バス乗車券収集家さながらの取り憑かれたような興味を持つことに端を発しています。ビーグル号の航海に関するダーウィンの本で非常に衝撃的な特徴は、博物学に寄せる関心の徹底的な深さです。彼の興味には限界がないように見えます。ラマヌジャンも然りです。彼は、何時間も座って、級数に何が起こるかをスレートを使って計算しました。

彼らが後の発見のために「基礎固めをしていた」と考えるのは間違いです。その比喩では意図がありすぎます。バス乗車券の収集家のように、彼らの行動の理由はそれ自体が好きだからです。

しかし、ラマヌジャンとバスの乗車券の収集家の間には違いがあります。級数には影響力がありますが、バスの乗車券にはありません。

私が天才の作り方を一文で表現する必要があるとしたら、それはこうなるでしょう---- 重要なものに対して私心のない執着を抱くこと。

他の二つの要素について私は忘れていないでしょうか? 皆さんが考えているほどではないと思います。話題の中の取り憑かれたような関心は能力の代わりであり、決断力の代わりです。十分な数学的才能がない限りは、級数のおもしろさはわからないでしょう。何かに取り憑かれたような関心があるなら、決断力はそれほど必要ではありません。好奇心に引っ張られている時に、自分の尻を叩く必要はありません。

取り憑かれたような関心は、何でも可能なほどの幸運さえもたらしてくれます。チャンスは、パスツールが言ったように、準備のできている精神が好きです。取り憑かれた精神に何か一つあるとすれば、それは準備ができていることです。

この種の執着の私心のなさは、その執着の最も重要な特徴です。それが熱心さのフィルターだからではなく、新しいアイデアを発見する助けになるからです。

新しいアイデアに続く道は、成功する見込みがないように見えます。成功する見込みがありそうなら、他の人々が既に試しているでしょう。すばらしい仕事をする人たちは、他の人が見過ごしてしまうこのような道をどのようにして発見するのでしょうか。人気のある筋書きとしては、単に彼らに優れた先見の明がある、というものです。彼らには才能があるので、他の人たちが見逃してしまう道が見えている、と。しかし、すばらしい発見がなされた方法に注目すれば、それは事実とは違います。ダーウィンが他の人たちよりも個々の種に熱心に注意を払ったのは、それが偉大な発見に結びつくことを彼らはわかっておらず、ダーウィンにはわかっていたからではありません。彼は本当に、心の底からそのような事柄に関心があっただけです。

ダーウィンはそれをやめられませんでした。ラマヌジャンもです。彼らが隠された道を発見した理由は、それが成功しそうに見えたからではありません。やめられなかったからです。これが理由で、彼らは、ただ野心に満ちているだけの人たちが無視してしまうような道を歩むことができました。

偉大な小説を書く方法は、何年も費やして、トールキンのように想像上のエルフ語を創作したり、トロロープのようにイギリス南西部のすべての家庭を訪問することから始めることだと結論づける合理的な人物はいるのでしょうか。誰もいません。トールキンやトロロープもそのような決断をしたわけではありませんでした。

バス乗車券説は、カーライルの有名な天才の定義に似ています。無限に苦労を受け入れる能力です。しかし、二つの相違点があります。バス乗車券説は、カーライルが意図したように、無限に苦労を受け入れるその能力の源泉が、無限の勤勉さにあるのではなく、収集家が持つ一種の無限の興味にあるということを明確にしています。それだけでなく、重要な資質を追加しています—— 影響力の大きなものに関して、無限に苦労を受け入れる能力です。

では何が重要なのでしょうか。それについて、あなたは決して確信を得ることはできないでしょう。その正確な理由は、興味のあることに取り組んで新しいアイデアを発見することができる見込みがあるのはどの道なのかを誰も前もってわからないからです。

しかし、その執着が重要なものかどうかを推測する時に利用できる自発的発見の方法がいくつかあります。例えば、誰かが作ったものを単に消費しているよりも、自分で何かを創造している方が見込みがあります。何か難しいこと、特に、自分にとってはそうではなく、他の人にとって難しいことに興味がある方が見込みがあります。そして、才能ある人たちの執着の方が見込みがあります。才能ある人たちが謬妄なものに興味が出る場合はそれは本当に謬妄なわけではありません。

けれども、決して確信することはできません。実際に、もしそれが本当ならばむしろ憂慮すべきでもあるおもしろいアイデアがあります--- すばらしい仕事をするためには、たくさんの時間を浪費しなければいけない可能性があります。

多くの異なる領域において、報酬(リワード)はリスクと比例しています。その法則がこれに該当するなら、もしこの法則が成り立つとすれば、本当に素晴らしい仕事につながる道を見つけるには、予想外のことになってしまったことに、進んで多大な努力を払うことです。

これが真実であるどうかは私には確信が持てません。一方で、おもしろいことに懸命に取り組んでいるかたわら、長い時間を無駄にするのは驚くほど困難なように思えます。自分のすることの多くが有益になります。けれども他方で、リワードとリスクの関係の法則は非常に強力で、リクスが発生したどの領域でもその法則が効いているように見えます。少なくともニュートンの事例は、リスクとリワードの法則が効いていることを示唆しています。彼はある特定の執着で有名です。それは前代未聞の実り多き執着であると判明しました—— 世界を説明するために数学を用いたのです。しかし、彼には他にも二つの執着がありました。錬金術と神学です。完全な時間の浪費だったようです。彼は最終的にその先に可能性を残しました。私たちが現在物理と呼んでいるものへの彼の賭け金は、他の二つを補う以上に十分に報われました。しかし、他の二つは必要だったのでしょうか。あの大発見をするために大きなリスクをとる必要があったのかどうかという意味で。それはわかりません。

ここに、さらに憂慮すべきアイデアがあります---- 全ての賭けに負ける可能性はあるのでしょうか。それはおそらくよくあることです。しかし、その頻度はわかりません。そのような人は有名にはならないからです。

ある道を追求することに見返りがあることを予測するのは難しいだけではありません。年月を経て変化します。1830年は博物学に取り憑かれたように関心を抱くには非常によい年でした。もしダーウィンが1809年ではなく1709年に生まれていたなら、私たちは彼の名を耳にすることはなかったかもしれません。

そのような不確かさを目前にして何ができるのでしょうか。一つの解決策は、賭けをヘッジすることです。それは、この場合、自分だけの執着ではなく、明らかに見込みのある道を追求することを意味します。しかし、どんなヘッジもそうであるように、リスクを軽減させるとリワードも少なくなります。より慣習的な野心を追求するために好きなことに取り組むことを控えるとしたら、そうしなければ発見できた何かすばらしいことを逃してしまうかもしれません。それもまた常に起こることです。天才がすべての賭けに負けるよりもよくあることでしょう。

別の解決策としては、たくさんの多様な物事に関心を寄せるようにするというものがあります。それまでうまくいっていたように見えることに基づいて、すべての本物の関心の間で同じように切り替えをすれば、よさが抑えられることはありません。けれどもここにも危険があります。あまりにも多くのプロジェクトに取り組んでいる場合、そのどれ一つを取っても深く掘り下げることができません。

バス乗車券説に関して一つ、興味深いことは、それが、様々なタイプの人が様々な種類の仕事に優れている理由を説明するのに一役買うだろうということです。興味は能力に比べて、その分配がはるかに偏っています。すばらしい仕事をするために必要なものが生まれながらの能力だけで、生まれながらの能力が平等に与えられているとすれば、様々な分野で実際にすばらしい仕事をしている人たちの間に私たちが見ている歪んだ分配を説明するためには、巧妙な理論を考案しなければいけません。しかし、歪みの多くにはもっと単純な説明があるかもしれません。様々な人々が様々な事柄に関心があります。

バス乗車券説は、人が子供を持った後にすばらしい仕事をしなくなる傾向があることの理由の説明もしています。ここで、興味は外的な妨害と競い合うのではなく、もう一つの興味と競い合っています。それはほとんどの人にとって極めて力強い興味です。子供ができてからは仕事をする時間を見つけるのが困難になりますが、それはまだ簡単な方です。本当の変化は、仕事をする意欲がなくなる、というものです。

しかし、バス乗車券説に含まれている最も刺激的な意味は、すばらしい仕事を奨励する方法を示唆していることです。天才の作り方が、単に生まれながらの能力と懸命な取り組みなら、私たちにできることは、自分にたくさんの能力があることを願うことと、できるだけ一生懸命にそれに取り組むことです。しかし、興味が天才にとっての必須要素なら、私たちは興味を育むことによって非凡な才能を育むことができるかもしれません。

例えば、非常に野心的な人に関して、バス乗車券説が示唆しているのは、少しリラックスすることですばらしい仕事ができるということでしょう。歯をくいしばるのではなく、同僚全員が賛成するものを真面目に追求するのは最も成功する研究路線ではなく、たぶん、ただ楽しみのために何かをする試みが必要でしょう。行き詰まったなら、それが開始の合図です。

私はハミングの有名な二本立ての問いをいつも好んでいました---- あなたの分野で一番重要な問題は何ですか?そして、そのうちの一つに取り組んではどうですか?これは自分を奮い立たせるすばらしい方法です。けれど、これは多少、過剰な最適化でしょう。少なくともこう自問することが有益かもしれません—— おそらく重要ではないけれも本当に興味深いことのために、一年間仕事を休むことができるとすれば、それは何ですか?

バス乗車券説はまた、年齢に伴う失速を回避する方法を示唆しています。おそらく、人が年齢を重ねて新しいアイデアを思いつかなくなる理由は、鋭さがなくなるだけではありません。それ以外に、ひとたび地位を築くと、若い頃に誰も自分のすることを気にしなかった時とは違い、責任を問われないサイドプロジェクトにもはや関わることができないからです。

その解決策は明らかです---- 無責任なままでいること。しかし、それは困難でしょう。なぜなら、あなたが減速を阻止するために取り上げた、見るからに無計画なプロジェクトは、部外者にとっては、その証拠として読み取ることができるからです。そしてあなた自身、彼らが間違っているかどうかに確信が持てないでしょう。けれど、少なくとも、自分がしたいことに取り組む方が楽しいはずです。

このようなこともあるかもしれません。私たちは子供たちの中に、バス乗車券の知的な収集の習慣を育むことができます。教育での通常の計画では、最初は広く浅く注力し、その後、徐々に専門化していきます。しかし、私は自分の子供に正反対のことをしました。広くて浅い部分を扱うことは学校を頼ってもよいとわかっているので、私は深く掘り下げさせます。

子供が何かに興味を持ったら、それがどんなに手当たり次第であったとしても、合理的にならないように奨励します。バス乗車券収集家のように、深く。私はバス乗車券説のためにこのようにしているのではありません。彼らに学びの喜びを感じてほしいからです。 そして、彼らは、私が彼らに学ばせようとしていることについては、その喜びを感じることは決してないでしょう。彼らが興味のあることでなけれないけません。私は抵抗が最小限で済む道を辿っているだけです。深さは副産物です。ただ、学びの喜びを彼らに示そうとするのであれば、最終的には深く掘り下げるように訓練もします。その方がはるかにいいです。

何か効果はあるでしょうか。わかりません。けれど、その不確かさが最も興味深い点です。すばらしい仕事をする方法については、学ぶべきことはさらに多くあります。人類の文明は長く続いてきたと感じられますが、まだとても幼いものです。実際にはまだ基本的なことすらしっかりと見つけていないでしょう。発見について発見するべきことがまだあるかと思うと胸が踊ります。もし皆さんがその発見に興味があるのなら。

 

注釈

[1] バスの乗車券よりもうまくこの点を説明し、人気も高い他の種類の収集があります。彼らの趣味に影響力がないと告げ、さらに多くの人々を不快にするよりも、あまり優勢でない例を用いる方がよいように思えます。

[2] 私は「公平無私」という言葉を使うことに関して、若干の懸念があります。この言葉の意味を間違えて「関心がない」ことだと信じている人たちがいるからです。けれども、天才になることが期待される人は、こんなに基本的な単語の意味は知っておくべきです。ですから私は、ここからスタートしてもよいと考えています。

[3] 天才が、ぶらぶらするのをやめて責任を持ちなさいと言われ、あるいは自分に言い聞かせ、どれだけその才能を蕾のうちに人に摘み取られたかを考えてみてください。ラマヌジャンの母親は、可能性を開花させる偉大な存在でした。彼女がそうでなかった場合を想像してみてください。彼の両親が、自宅で数学をすることを彼に許すのではなく、外に出し、仕事を見つけさせた場合を想像してみてください。

その一方で、前の段落を引用し、仕事をしないのはおそらく間違いであるということを正当化することは誰にでもできます。

[4] 1709年 ダーウィンは時間で、ミラノのレオナルドは空間です。

[5] 「無限に苦労を受け入れる能力」は、カーライルの書いた言葉の言い換えです。彼が著書、History of Frederick the Greatで書いたのは、「. . . それは「天才」の成果(何よりも、厄介な事態を超越する能力を意味する)だ . . .」というものです。この時点で言い換えがアイデアの名にふさわしいように思えるので、これをそのままにしました。

カーライルのHistoryは1858年に出版されました。1785年にマリー=ジャン・エロー・ド・セシェルはビュフォンを引用して "Le génie n'est qu'une plus grande aptitude à la patience.”(天才は忍耐を受け入れる才能に恵まれている。)と言っています。

[6] トロロープは郵便配達ルートのシステムを作っていました。彼自身、自分の中に執着を感じ、その執着で目標を追求しました。

情熱がいかに人の中で育つかを観察するのはおもしろいことだ。その二年間、地方の手紙の配達人で全国を網羅するのが私の生活の目標だった。

ニュートンでさえ、自分の執着の度合いを感じ取っていました。彼はπを15桁まで計算した後、友人に当てた手紙に書きました——

私は、その時に何も他にすることがなく、これらの計算をいくつしたかを君に告げるのが恥ずかしい。

ついでに言えば、ラマヌジャンもまた、衝動的な計算機でした。カニゲルがその秀逸な人物伝で書いたように——

ラマヌジャン研究家のB.M.ウィルソンが後に、ラマヌジャンの数論の研究がいかに「大抵は私たちのほとんどが尻込みするほどの長さまで計算された結果の表から始まることが多かった」かを語った。

[7] 自然界を理解するために仕事をするということは、消費ではなく創造と言えます。

ニュートンは神学に取り組むことを選択した時に、この区別を乗り越えました。彼の信念がそれを理解するのを許しませんでしたが、自然界の矛盾をつきとめることは実りの多いことです。聖書の中の矛盾をつきとめることに実りがないように。

[8] 人が興味を持つ傾向はどの程度、生まれつきのものなのでしょうか。私のこれまでの経験が、答えはこれだと示唆しています—— そのほとんどです。様々な子供が様々なことに興味を抱きます。そして、子供が興味を持たないことに興味を抱かせるのは困難です。執着させることはできません。話題のためにできることで、最も可能性の高いものは、うまく魅力を引き出すようにすることです。例えば、数学は学校で子供たちがこなしている退屈なドリルだけではないということをはっきりさせることです。その後はその子次第です。

 

次の方々に感謝します。Marc Andreessen、Trevor Blackwell、Patrick Collison、Kevin Lacker、Jessica Livingston、Jackie McDonough、Robert Morris、Lisa Randall、Zak Stone。そしてこの原稿を読んでくれた私の7歳の子供

 

著者紹介

Paul Graham

Paul は Y Combinator の共同創業者です。彼は On Lisp (1993)、ANSI Common Lisp (1995)、ハッカーと画家 (2004) の著者でもあります。1995 年に彼は Robert Morris と最初の SaaS 企業である Viaweb を始め、1998 年に Yahoo Store になりました。2002 年に彼はシンプルなスパムフィルタのアルゴリズムを見つけ、現在の世代のフィルタに影響を与えました。彼は Cornell から AB を、Harvard からコンピュータサイエンスの PhD を授けられています。

 

記事情報

この記事は原著者の翻訳に関する指示に従い翻訳したものです。
原文: The Bus Ticket Theory of Genius (2019)

Paul Graham, November 2019

Copyright 2019 by Paul Graham.

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