銀行の未来: なぜ最も嫌われている組織が最も愛されるようになるのか (a16z)

貧乏はお金がかかるものです。

今日、世界には二つの銀行システムがあります。一つはお金(あるいは高い信用)を持つ人たちのためのもの、そしてもう一つが持たない人たちのためのものです。でも、そのいずれもうまく機能していません。お金を持つ人々はぎこちないユーザー体験と低い期待値に慣れてしまいました。その他の人々、つまりほとんどのアメリカ人と世界中の何十億人についていえば、銀行がよいサービスを提供することはほとんどなく、それどころかサービス自体提供されません。それだけでなく、現行のシステムは最も金融サービスを必要とする人々から搾取します。貧乏であればあるほど、与えられる選択肢は少なく、より多くのお金を払うことになります。

このシステムは明らかに破綻しています。是正しようとする試みはこれまでたくさんありましたが、どれも成功していません。大きな金融機関は毎年、既存のシステムの維持、そして規制のコンプライアンスのためだけに何十億ドルというお金を投じており、そこに新商品の開発のための余裕はありません。一方で、コンプライアンス上の要件やインフラの複雑性は、企業がこの業界に新たに参入することさえも難しくしています。しかし、ソフトウェアがこれらの難しい構造上の問題を解決し、非Fintech企業すらが自社の顧客に対して金融サービスを提供できるよう助けることが可能になったとしたら? その結果、人が自分の銀行と仕方なく付き合っていくのではなく、銀行が大好きな存在になったら? 今のところ、私たちは金融サービスを頻繁に利用しているにも関わらず、自分の銀行を日常的に愛用するブランドの一つとして挙げる人はわずかです。

でも次にやってくる銀行は、銀行としてスタートする必要はありません。金融サービスの新時代は一見何の関係もないところから生まれると私は思っています。Amazon Web Services がソフトウェアビジネスの立ち上げコストとその複雑性を劇的に軽減し、数千社もの新興企業を生み出したように、銀行業には「FintechのAWS」のステージが到来しています。AWSが登場するまで、コンピュートとストレージの運用にはひと月当たり150,000ドルかかることも普通でした。今やその額はひと月1500ドルです。それと同じように、私たちは今、すべての企業が金融サービスをスタートしたり可能になったりするステージに近付きつつあります。複数のカテゴリーにわたる消費者アプリ、ユーザーが重宝して利用するホーム画面上のそれらが、銀行に変身しようとしています。それほどクレイジーなことではありません。すでに多くのドライバーがLyftやUberを自身の事実上の利用銀行として捉えています。このようなライドシェアの企業は10年前には存在すらしませんでした。

長年変化がなく、しかし物事が変わるときには、その変化は突如として起こります。

これまでの過程

このようなことは、なぜ、現行のシステムに少しずつ改善を加えていくことで達成できないのでしょうか? また、規模の拡大に成功したスタートアップの数が限られているのはなぜでしょうか? こうした劇的な変化を目にするようになった理由をしっかりと理解するためには、まずはこれまでの過程を紐解いていくのがよいでしょう。

なぜ「貧乏はお金がかかる」のかという問いに対する一般的な答えは、高い手数料を課し、製品のイノベーションを怠る大手銀行のせいだ、というものです。ある程度はその通りでしょう。しかし、昔ながらの金融サービス機関はまた、旧来型の古いテクノロジーや実店舗の負担を要因とする、構造上の問題に直面しています。

特に顧客がオンラインへと移行する中で、銀行に対するプレッシャーが長く続いています。こうした金融機関の大部分は、実店舗を通して顧客を獲得することで、何十年間、いくつかの例では何百年間も生き残ってきました。銀行は顧客を獲得したのち、顧客の金融ライフサイクルの全てに関わりました。顧客の初めての預金口座に初めてのクレジットカード、初めての証券口座、初めての住宅ローン、といったように。しかしEコマースの時代においては、銀行と顧客の間には、そのような関係はもはやありません。そのかわり、顧客はオンライン上の複数のプロバイダーから金融サービスを選択することが可能です。

そして金融危機が起こりました。ダービン改正法(ドッド=フランク法の一部)のような、善意に基づき作られた規則は、デビット決済時の取引手数料を抑えました。これは、店側が取引時に支払う額が少なければ、コストセーブ分が低価格という形で顧客に還元されるだろうという考えに基づいたものでした。こうした規則は商店を助け、経済活動を活発化させるはずだったのですが、大銀行の利益を著しく減少させました。年間60億ドル以上の減益になったという見方もあります。すんなりと吸収できる打撃ではありません! この損失を埋め合わせるため、多くの銀行が当座預金口座に手数料を課すようになり、最低預金金額を引き上げ、貸越手数料を引き上げました。皮肉なことに、ダービン改正法は、手を差し伸べようとした顧客に逆に悪影響を与えてしまいました。ほとんどのアメリカ人が毎月ぎりぎりの生活をしていることから、こうした一見緩やかな銀行手数料の増加も人々の生活に大きな影響を及ぼしてしまいます。

銀行にとっては、実店舗やスタッフの固定コストを下げるよりも、手数料を引き上げるほうがずいぶんと簡単で手っ取り早いものでした。それに加え、既存のソフトウェアインフラは底なしの金食い虫のように映ることがあります。銀行は新たなコンプライアンスの規則を遵守するために、変更の難しい古いシステムにその都度少しずつ上書きを重ねていきますが、その結果できあがるのが、絡まり合ったスパゲッティのようなぐちゃぐちゃのソフトウェアです。いくつかの大銀行では、IT予算の75%がメンテナンスに充てられます。ソフトウェアの向こう側には、手作業で仕事にあたるたくさんの労働者がいます。大銀行の労働力の10%から15%がコンプライアンス業務に専従する人々です。昨年、Citigroupだけでも204,000人の従業員のうち30,000人がコンプライアンス業務に従事していましたが、その大部分はマネーロンダリング(AML)防止システムが発する警告を手作業でチェックしたり、不審な取引の報告書をファイリングしたりといった作業についていました。

これらのメンテナンスおよびコンプライアンスにかかるコストの多くは、高い手数料という形で顧客へと転嫁されます。これらのコストは予算の中にイノベーションのための資金の余裕を残しません。他の業界なら、スタートアップは通常斬新なアプローチとより良いテクノロジーで参入することが可能です。しかし金融サービスにおいては、現在の条件下でFintech企業がやっていけるようにすることは難しいです。複数の提携関係を結び、金融業界の内部事情の知識で身を固めること、そしてしっかりしたコネクションや資本が必要となります。

当座預金口座とデビットカードという、たった二つの基本的な金融サービス製品を提供する新しい「銀行」を立ち上げるには、これだけのものが必要となります:

  • 当然のこととして、新しい銀行は規制を遵守しなくてはなりません。アメリカではそのために、スポンサーとなるパートナー銀行を見つけることが多いです(この戦術は免許を申請するよりもずっと早く、成功の確率も高いです)。規制下にある銀行は新しい銀行に免許を「貸」し、それと引き換えに新しい銀行が提供する何かの一部を得ます。通常、これはスポンサー銀行が顧客獲得のコストをかけずにより多くの預金を獲得することを意味します。
  • スタートアップにとって、適切なスポンサーとなる銀行パートナーを見つけることは難しいものです。パートナー候補となりうる銀行や連絡先を特定するための名簿などは存在しません。
  • スポンサー銀行はビジネス獲得(より多くの預金等)というメリットを得る一方で、さらなるリスクも背負うことになります。スタートアップがKYC(顧客本人確認)、AML(マネーロンダリング防止)等々を確実に遵守するよう徹底しなければなりません。このリスクを踏まえ、Fintechスタートアップ候補にアプローチされた銀行は、スタートアップのパートナーについてどのように考え抜き、効率的に評価すればよいでしょうか?
  • スタートアップが提携を決めた後、プロダクトの残り部分を構築するために必要な時間と労力はまだまだあります。必要となるものとしてはカード処理会社(交渉事が増え、コストもかさむ)、カード発行会社またはカードネットワークとの関係(Visaやマスターカード等)、カード印刷会社(さらなるやりとり)、データのために他の銀行口座と繋がる何らかの方法、消費者の支払い手段、コンプライアンスを助けるベンダー等々、延々と続きます。

このシステムの下では、既存銀行が向上することは難しく、新しい銀行が興ることも難しく、銀行同士で提携することも難しいです。たとえお互いのメリットが一致していたとしても。

もっといい方法があるはず

今日では、テクノロジーにより革新的な新しい企業の誕生が可能となり、既存銀行が顧客ニーズによりよく対応することも可能です。具体的には、以下を通じて実現されます:(1)新しい金融サービスインフラ会社によるAPI(アプリケーションプログラミングインターフェイス)の提供、(2)新しい流通チャネルにより、差別化されたよりよい商品がより簡単に、より低い顧客獲得コストで広まることが可能となった、(3)会社がより正確なリスク評価・割り当てを行うことを可能にする良質なデータ

まず、インフラについて。私たちは今、銀行インフラ企業によるエコシステム、「APIエコノミー」の成長の始まりにいます。これはスタートアップ・既存企業ともに利することができるものです。これらの銀行インフラ会社はレゴのようなもので、銀行業のためのブロックの構築および構築用ブロックの提供を専門とします(例えばKYC・AMLコンプライアンス等)。これらの会社はサービスにAPIをもたらすことで、自社の専門分野を民主化します。つまりこれは、特定の一社が複雑な規制に関するすべての詳細を理解していなくてもよいことを意味します。その分野に特化した別の会社が、他社が使えるAPIを開発しているのです。またこれは、様々な規模や種類の新しい金融サービスを作ることが容易になることも意味しています。自前で規制システムを構築・維持するのではなく、その専門性を持つ別のところと繋がればいい、というわけです。

新規参入企業がこのソフトウェアインフラを使ってより早く、より低コストで運営を始めることを狙っているだけでなく、既存企業もその旧来型のシステムの一部を増強したり、入れ替えたりし始めています。他の実店舗型小売企業がとった道筋をたどらず(多くは廃業したか、ネット通販のうわべのショールームとなりましたが)、銀行業のためのAPIエコノミーのよいところは、全員が参加でき、それぞれの力を発揮し、それぞれの主力商品に特化できることです。よりインクルーシブでよりよい金融サービスへのニーズは十分に大きく、市場には単独で成功できる大きな会社が多数戦える余地が残されています。これらすべてが低コストのよりよい製品をもたらし、幅広い消費者に利益をもたらします。

これはまた、ほぼどんな会社も銀行サービスを提供できることをも意味します。既存の消費者サービスには、製品に対して対価を求めるか広告を売るかの2つのマネタイズの選択肢しかありませんでしたが、今では企業は金融サービスに重ねた展開が可能です。例えば、あなたが利用するライドシェアのアプリがあなたの銀行となり、車に乗るのと同じくらいスムーズに製品の支払いもできたとしたら? もしあなたのお気に入りのゲーム会社やストリーミングサービス、消費者製品が、テクノロジーのおかげであなたのお気に入りの金融サービス会社になったとしたら? あるいは、もしあなたの歯ブラシの会社などが…歯の保険なんてものも提供できたとしたら?

突飛に聞こえますか?そうでもないのです。このような未来について私が最もワクワクするのは、これまで銀行を利用できなかった層に向けて、地理的であれ個人的経験を通じてであれ同じ層出身の起業家が新しい銀行サービスを開発し、この層に向けてそれを提供することができることです。そのコミュニティの中の問題を理解する人のほうが、コミュニティ内の人にとってより役立つ製品を作れることでしょう。フードスタンプ(訳注:アメリカの生活保護者に発行される食糧配給券)で生活している人のための銀行サービスを作るのに、フードスタンプで育った起業家よりも適した人がいるでしょうか?

カギは、現在ではテキストメッセージやソーシャルメディアのような新しい流通チャネルのおかげで、またすでにあなたが利用中の非Fintechブランドを通じて、よりよい製品が低コストでより簡単に広まることが可能になり、その結果、顧客獲得コスト(CAC)の削減につながっているところです。現状の製品よりも飛躍的によい製品は口コミで広まり、会社に有機的成長によるコストメリットがもたらされます。もし会社に高い固定コスト構造がなければ、高い手数料を通じてコスト分を回収する必要がなく、それゆえ広範囲の顧客に向けてサービスを提供することができます。幸運なことに、銀行に顧客獲得コストを高い手数料で回収させるという、旧来型システムにおいてよりよいサービスを阻止するバグは、低コスト構造と効率的な流通戦略を持つ新規企業にとって機能的特長となります。

しかし大きな技術変化は既存の問題を解決することにとどまらず、より多くの人に門戸を開き人を助けるということも意味します。ここが、データがパズルの最後のピースとなる部分です。洗練されたデータサイエンスと機械学習を通じて、現状のシステムの下では適切なデータが不足していたり「信用力が不明」だったりする人たちのリスクを評価するために、私達は今ではより多くのデータソースを利用することができるようになりました。現在、7900万人のアメリカ人のクレジットスコアが680未満であり(利率が劇的に上がる目安のスコア)、5300万人はFICOスコアを獲得するためのデータすら不足しています。ほとんどの銀行はこれらの人々を初期設定で高リスクと判断し、より高い利率を課します(あるいは融資しません)。しかし、今私たちはそれらの信用評価システムが発明されたときよりもはるかに良質で、はるかに多いデータ(5つの要素だけでなく!)の海の中にいます。

データサイエンスと機械学習はまた、人の返済意志・能力を特定するのに最も適切な兆しを理解することを助けてくれます。家賃・携帯料金の支払いやキャッシュフローアンダーライティング(訳注:低い保険収益を金融収益で埋め合わせる商習慣)等の新しい信用評価方法の実験では、よい兆候が表れています。世界中の企業がローン返済予測のためにさらに独創的なデータの種類を活用しています。携帯のオペレーティングシステムがどれくらい最新のものか、定期的にメッセージでやりとりする友人が何人いるか、夜に携帯を完全に充電するかまで、材料として利用します。

これまでリスク評価が難しかった人々が、新たな顧客となってきています。より多くの人が公正な信用力を手にできれば、収入の不平等は軽減し、新たな機会や経済成長が促進されます。

このようなデータの変化は借入にまつわるお金の流れだけでなく、収入にまつわるお金の流れにも影響します。もし給与の支払いまで2週間も待つ必要がなく、すぐに入金を受けることができたら? 信用のおける従業員が給料日前にお金が足りなくなった場合、すでに完了させた仕事分の賃金を手にすることができるべきです。データがあれば、従業員がいつ働いたか、これまでいくら稼いでいるかがわかるため、このようなサービスが提供可能となります。現行のモデルでは、貧乏な人は不当なバランスにより割を食うようにできています。給料日前の資金不足は、悪質なことも多いペイデイローン(訳注:給料を担保とする短期高利貸し)金融業者と関わらなければならないことを意味します。貸付利率に上限を設けて高利のペイデイローンを阻止することでこの問題への対処を試みた州もありましたが、意図されなかった結果として、最も必要とする人々が何も手にできませんでした。これは善意がうまく機能しなかった、さらなる一例となりました。しかしソフトウェアにより、旧来型モデルの厳しい限界を回避することが可能となり、意図されることや望まれる結果がよりよく一致します。

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10年前のFintech企業の第一波は、物理的な場所が銀行業の必須要件ではないことを証明しました。今、次の波により、よりよい金融サービスを作るために必要な残りのインフラが解放されます。それらには銀行業免許、支払い処理会社、規制へのコンプライアンス、等々が含まれます。以前、銀行は苦労して他社を買収または提携し(時間とお金がかかる!)、ゼロから構築し(これも時間とお金がかかる!)、コンプライアンスとIT周りで継ぎ接ぎする方法を編み出さなければなりませんでした(これまた時間とお金がかかる!)。新しい金融サービス会社は最高品質のインフラを活用し、顧客獲得コスト削減に役立つ差別化された製品を開発し、良質なデータソースを利用することにより、多くの、さらに多くの人々にサービスを提供することが可能となります。

ソフトウェアにより、難しい構造上の問題の回避が可能になるだけでなく、まったく新しい会社やサービスを生み出すことも可能になります。これらすべては、このことに帰結します:Fintechは世界を支配しつつあります (Fintech is eating the world)。

今日の銀行システムが特権を持つ層を優遇する一方で、人口の大多数には選択肢すらありません。テクノロジーはあらゆる種類の金融サービス企業に既存システムによる制約を超越させ、私たちが住む世界をよりよく反映させるためのイノベーションを起こすことを可能にします。深く根付いた非効率性に少しずつ取り組むのではなく、その構造上の限界そのものを利用してゼロから新しい会社を作ることができます。私たちは2層構造のシステムよりもずっといいものが作れるはずです。貧乏であることでお金がかかるべきではありません。そしてよりよい金融サービスへアクセスが可能になることで、より多くの人が経済に参加できれば、すべての人が恩恵を受けることができます。

 

著者紹介

Angela Strange

Angela Strange は Andreessen Horowitz のジェネラルパートナーです。彼女は保険、不動産、多様性の向上などを含むファイナンシャルサービスへの投資にフォーカスしています。彼女は Andreessen Horowitz のポートフォリオである  Branch, Earnin, HealthIQ, Mayvenn, PeerStreet, and Point のボードオブザーバーでもあります。Angela は2014年にこのファームに入社しました。

 

記事情報

この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: Banking on the Future: Why our most hated institutions will become our most beloved (2019)

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