住宅の所有は長い間、常にアメリカン・ドリームの柱となってきましたが、その実現を助ける住宅ローンについて充分に理解している人はほとんどいません。カリフォルニア州のブローカーが設定した住宅ローンが、家の所有者は自分の毎月の小切手をオハイオ州に送っているのに、なぜ最終的にシンガポールの政府系ファンドの帳簿に乗ったりするのでしょうか? そして、なぜ、依然として融資の実行まで45日かかるのでしょうか? 処理過程全体が複雑で、不透明で、完全に時代遅れです。しかし私たちは、より迅速で透明性が高く、簡単な利用方法を期待するオンデマンド時代に生きているにも関わらず、呑気にもこの現実を受け入れ続けています。
課題の一部は、既存の住宅ローンの処理過程が非常に断片化していることです。 ばらばらの組織が全く異なる、往々にしてオフラインのデータを収集しています。そして、規制により必要な複数の第三者がいて、皆それぞれに処理過程の別々の部分から利益を得ています。しかしながら、この複雑さにはスタートアップ(さらには既存の企業)にとっての機会があります。必要なリスクコントロールの均衡を保ちながら、はるかによい住宅ローンの処理過程を作るのに役立つものとして、どのような新たな戦略があるでしょうか? どこにどのようにしてテクノロジーが入り込めるでしょうか? これらの質問に対する答えを追求するために、私たちはまず、どのようにしてこのように非常に複雑な状況に辿り着いたのかを理解する必要があります。
住宅ローンの簡単な歴史
“mortgage”(訳注:「モーゲージ」、アメリカで「住宅ローン」を意味する)という用語のラテン語の文字通りの意味は「死の誓約」ですが、ローンに対する担保物件(この場合は不動産)の概念は、融資と同程度に古くからあります。昔の住宅ローンの形は、現在のものとは非常に異なっていました。50%の頭金が必要で、5〜10年間は利子のみの支払い、そして借り手は最後に50%の残存元本または「バルーンペイメント」(訳注:最後に残存金を一括返済する方式)を支払います。前金がかなり必要なので、住宅の所有はほとんどの人にとって、手の届かないものでした。
何年も後の大恐慌の話へと駆け足で進んでみましょう。この時、住宅価格が下落しました。ほとんどの借り手は巨額の頭金が払えなかったため、融資に歯止めがかかりました。1935年には、住宅の10%が抵当流れとなり、銀行はそれらの住宅に再融資をしませんでした。ニューディール政策の一部として、ルーズベルト大統領は、住宅市場の危機的状況への対処に役立てるため、3つの新たな組織を誕生させました:
- Home Owner’s Loan Corporation (HOLC) —— 銀行から破綻した住宅ローンを100万件以上買い上げ、それらを、現在の私たちにとって馴染みのある、より長期の固定金利の住宅ローンへと変えました。
- Federal Housing Administration (FHA) —— 特定の指標に沿う住宅ローンに保険をかけるための評価体系を誕生させました。それにより貸し手のリスクを抑制し、価格下落対策を行うことで再び融資を活性化しました。そして最後の一つは、
- Fannie Mae (Federal National Mortgage Association) —— オリジネーター(原債権者)による、FHA保険が付保された融資のための第二の市場として設立されたもので、それらの融資は有価証券として金融市場に売却されました。これにより、資本が解放され銀行や他の貸し手が使えるようになり、さらなる住宅ローンが生まれ、システムにおける流動性が増加しました。
これはうまくいきました。現在では住宅ローンはアメリカで最大規模の資産クラスとなり、総額10兆ドル以上となっています。
しかし、この成長とそれに伴う様々な規制のため、住宅ローンの処理過程全体がさらに複雑になり、長引くようになりました。これらの規制には、例えば、住宅や所有権に、時には住宅ローン自体に別々の保険が必要であること等があります。借り手と貸し手の様々な需要に対処するために、より多くのステップ、より多くの組織、新たな種類の住宅ローンが生まれました。
住宅ローンの処理過程とプレイヤー(主に関わる会社・組織)
現在の住宅ローンの処理過程は大まかに言うと次のようなものです:
このとてつもない住宅ローンの流れについて、よりわかりやすくとらえるため、一人の住宅購入者の道筋を追ってみましょう。
ステップ1 Maryが家を見つける。
Maryは、自分の求める基準と価格帯に該当する家を何ヶ月も探した後に、おそらくオンラインマーケットプレイスで(Zillow等)、彼女の夢の家を見つけます。彼女はすでに不動産業者を抱えているか、あるいは彼女の購入を最後まで進めることを助けてくれる不動産業者へとサイトが繋いでくれます。(ここではまだ、不動産の処理過程自体の複雑な状況の説明に入ることすらしていないことに注意してください!)
ステップ2 Maryは住宅ローンに申し込む。
ほとんどの住宅ローンは、実際には適格住宅ローンと呼ばれるものです。これは、いくつもの基準(現在の収入、LTV(対象資産の評価額に占める債務の割合))を満たしていることを意味し、つまり借り手がローンを返済できる可能性が高くなるということです。適格住宅ローンは特定の規模に制限されており(ほとんどの地域では453,000ドルまでですが、サンフランシスコ等の物価の高い地域では679,650ドルまで)、借り手に課すことのできる手数料を制限しています。例えば、借り手が自営業者やまとまった収入のある人に向けた非適格住宅ローンは、より高額な手数料が設定されていることが多く、すべての貸し手により提供されているものではありません。
Maryには、融資を確保する経路が主に3つあります。ブローカー(仲介人)、コレスポンデント・レンダー、またはダイレクト・レンダー(直接の貸し手)です。今回の事例では、Maryのエージェント(代行業者)は、自分と強い結びつきのある地元のブローカーに彼女を紹介しています。
そして私たちには既に別の用語解説が必要になっています。
ブローカー:かつてはモーゲージブローカー(住宅ローンの仲介人)を利用するのが普通でした。これは住宅ローンのオリジネーターと強い結びつきのある個人であることもよくありましたが、現在ではそのような個人の割合はわずか10%です。Bank of America、Chase、Citibank、Wells Fargoなどの大手銀行の多くは、より良い融資実績および顧客サービスをより良くコントロールできることを理由に、今やブローカーは採用しておらず、ダイレクトチャネルに移行してきています。しかしながら、ブローカーは今でも多くの貸し手と結びつきがあります(最もありがちなのは、顧客に対する直接的な窓口を持たない法人向けの貸し手です)。そのことにより、より幅広く価格を比較したり、非適格住宅ローンを取り付けたり、書類作成の負担を減らしたりすることが可能となります。ブローカーは、通常、融資を設定した貸し手から融資額の1〜2.5%の報酬を受け取ります。
コレスポンデント・レンダー:コレスポンデント・レンダーとしてよくあるのは地方銀行または信用協同組合で、自らの名義で(ブローカー経由で直接的・間接的に)住宅ローンを設定し、融資します。彼らは大手銀行よりも幅広い種類のローンを提供していることが多く、非適格住宅ローンなどの特例を扱うのが得意です。大手銀行のビジネスモデルは大型案件の処理に依存しているため、個々の特例を扱うのはコスト効率が悪いからです。コレスポンデント・レンダーはバランスシート(貸借対照表)上で融資を維持するほどの資本を持っていないため、直ちにそれらを売却することが多く、売却先は大抵はダイレクト・レンダー(直接的な貸し手)です。
ダイレクト・レンダー(直接的な貸し手):これらは金融機関、通常は銀行で、その従業員が住宅ローンの申請を審査し、直接、銀行の名義で融資を引き受け、住宅ローンを承認します。かつては上位10位の大手銀行が直接貸付を独占していましたが、去年は銀行で設定された住宅ローンはわずか20%に留まりました。(Quicken Loans社等の)ノンバンクの貸し手のほうが、融資の承認に柔軟に対応することができ、大規模な貸借対照表がないため、資本を解放するために住宅ローンをより迅速に売却します。その一方で、銀行は、預託機関であるため資本があり、それゆえに、住宅ローンを帳簿にとどめておく選択肢があります。
ステップ3 Maryは住宅ローン融資契約締結手続きを開始する。
Maryには予想可能で信頼性の高い収入履歴があるため、彼女は一流銀行による適格住宅ローンを手にすることができます。銀行は、彼女の書類のすべてを審査した後で、条件付きで彼女への融資を承認しました。ですから、Maryは、もうほぼ手続きが終わったと思っています…が、実際には、始まりから終わりまで平均45日間を要する処理過程のほんの始まりにいたのです!
そんなに長くかかる理由は? Maryに要求されるのは、貸し手に提出する大量の枚数の書類に加え、所有権の保険、抵当権の保険(彼女の頭金が20%未満だったため)、火災保険、住宅評価など、チェックリストは延々と続きます。これらはそれぞれ別個の、しばしば手作業による処理過程で、別々の企業と複数の行為者(立会いの公証人等)、様々な書類処理が必要となります(多くの印刷物やファクスの書類のやりとりなどを含む)。 スケジューリングだけでも何日も加わります。銀行は、継続的に住宅ローンの正確さを確認しなければならず、申請書類は500ページにも上る場合があります。なぜなら、借り手の情報開示(税金の還付、信用報告書など)、住宅評価、第三者委託書類、保険証書などが含まれるからです。多くの場合、間違いが見つかり、訂正に時間がかかります。
ステップ4 Maryは入居するが、住宅ローンはこれからも続く…
長い間待たされ、時には行きつ戻りつしながらも、Maryの住宅ローンはついに決定したため、彼女はようやく入居し、引っ越し荷物を解き、住宅ローンの初回となる月額返済をします(どこに小切手を送るかについては後ほど触れます)。けれども、彼女の住宅ローン手続きは完了からはまだ程遠いのです—— そしてこれが、住宅購入者にとっては最も不明瞭な部分です。なぜなら、住宅ローンの最終的な保有者に落ち着くまでにはさらに何度も転売されるからです。理由は? 先ほど述べたように、ほとんどの貸し手は、貸借対照表に長期間ローンを維持できるほどの資本がないため、さらなるローンを可能にすべく資金を解放するため、流通市場にローンを売却する必要があるからです。
流通市場の主な関係者をここに挙げます:
政府出資の機関:これらの機関(Fannie Mae、Freddie Mac等)は、市場の流動性の維持する狙いでアメリカ議会が作ったもので、これにより貸し手はさらに多くの融資を創出することが可能になりました。 けれども、これらの機関は消費者に対して直接融資しません。これらの機関はローンを買い取り(全ローンの90%を構成する適格住宅ローンのみ)、保証し(借り手の債務不履行による損失に備える保険として投資家に手数料を課す)、これらをまとめて不動産担保証券にします。これらの有価証券の一部は、その後、年金基金や政府系ファンド等の別の投資家に再び売却されます。
投資家:住宅ローンへの投資家には大手銀行、保険会社、政府系ファンド、年金基金等がいます。これらの投資家が購入できるローンの種類に制限はありませんが、不動産担保証券は、元本と利払いを政府が保証しているため、彼らにとっては他のものより魅力的です。非適格住宅ローンの方が一般的には付帯する報酬は高いですが、貸し手はそれを民間市場に直接売却しなければいけません(政府出資の機関は買わないからです)。
けれど、待ってください。このような売買が続いている中で…貸し手はどのように収益を得るのでしょうか。まず、貸し手は借り手に課す手数料で経費を回収します(先払いのオリジネーションフィー(貸出手数料)に加えて決済実行手数料があり、合わせて2〜5%程度)。そして、彼らは利回り格差(貸し手の資本コストと貸し手が借り手に課すことのできる利率との間の利回り格差)を手にします。ですから、預託金を持つ銀行は資本コストが低く(ゆえに利回り格差が拡大)、ノンバンクの貸し手は預託金がなく、ローンの在庫保有からの貸付に対する利子を支払う必要があるため、資本コストは高くなります。
貸し手に充分な資本があり、貸借対照表に長期住宅ローンを維持することができたとしても、ほとんどの貸し手は利益を得るために住宅ローンを二次市場で投資家に売却します---- 個別で、あるいは組み合わせて不動産担保証券として。さて、ここでMaryの話に戻ります。彼女の住宅ローンは銀行によってFannie Maeに売却され、最終的にシンガポールの政府系ファンドであるGICが購入しました。
ステップ5 Maryのローンのオリジネーターがローンサービシング(保全・回収業務)を売却する。
しかし、ここで別のことが起こります。大手銀行10行の一行である、Maryのローンオリジネーターである銀行は、彼女の住宅ローンを売却するだけではありません。ローンサービシング(保全・回収業務)も売却するのです。小切手を回収して処理する業者はモーゲージサービサーと呼ばれます。このようなサービサーは、借り手とのやりとりを管理し、毎月の支払いを回収することで、サービス手数料を課し報酬を得ています。
さらに、サービサーは融資期間全体を通して何度も変わることがあります。住宅の所有者は単に、毎月の支払いを新たな回収会社に送るようにと通知する手紙をただ受け取るだけでしょう。この事例では、Maryは、最初に住宅ローン融資を受けた会社とは全く別の会社に住宅ローン支払いの小切手を送っています。
…これまでの内容を要約すると:Maryのエージェントは彼女をブローカーに紹介し、ブローカーは、彼女の住宅ローンを承認するダイレクト・レンダーを見つけました。Maryの銀行は、彼女の住宅ローンをその他の多くの住宅ローンと一緒にまとめて債券にし、その債券はFannie Maeに売却され、その後、民間市場でGIC(シンガポールの政府系ファンド)に売却されました。そして、彼女の銀行はそれだけでなく、サービシング(回収業務)の権利をオハイオ州のサービサー(回収会社)に売却する決定を下しました。このようにして、45日間かかった後Maryは住宅ローンを組むことができ、デンバーの新居に入居できた一方で、彼女の住宅ローンはシンガポールにあり、彼女の小切手はオハイオ州に送られる、というわけです。
もう少しましにできるはず:宙に浮く機会
これまでの歴史上の進化と現在の分断化された住宅ローン業界とその処理過程を前にして、明らかな疑問は——現在においてよりよく、より簡単なものにするためにはどうすればよいか、というものです。さらに具体的に言えば、新たなテクノロジーと新たな企業が入れる機会はどこに見いだせるでしょうか? そして、既に市場に存在する既存の会社や機関はなぜ自ら処理過程を改善してこなかったのでしょうか?
単純に言えば、彼らにはその必要がないのです。競争相手がほとんどいない時に、なぜわざわざ苦労して顧客体験を改善することがあるでしょうか。また、銀行は別の一連の難局に直面します—— 従来型のシステムです。既存の企業にとって、複雑で相互に絡み合ったシステムの置き換えは、骨の折れる作業であることは言うまでもなく、リスクも伴います。
スタートアップに関しては、いくつかの理由から、起業家が新たに住宅ローン会社を作るのは困難なことでした。流通の大きな課題があります——住宅ローンを必要とする住宅購入者を探すのはコストがかかります。例えば、Googleでは住宅ローンのキーワードは3番目に高価なため、スタートアップ企業にとって、コスト効率よく顧客を獲得することは困難です。さらに、資本の要件(共同資本は実際には住宅ローン融資のために使用されます)により、桁違いの費用がかかります。ここには矛盾した状況もあります—— 新会社が新たな事業モデルの正当性を証明し、それに従って投資家を惹きつけるために、融資を設定するための莫大な資金が必要です。しかしながら資本の提供者は、既にかなりの数の融資が設定され、返済されている状況になるまでは、見知らぬスタートアップにはその資本を提供しない傾向にあります。また最後に、住宅ローンには、郡や州によって様々に異なる、非常に複雑な規制システムが関わります。複数の第三者が絡んでいることもよくあります。既存のシステムを深く、詳細に理解することが必要となります。共通する規制要件、例えば有人で現地で行う住宅評価等は、処理過程の一部の電子化を現実的に不可能にしています。この分野のスタートアップが、オフラインを完全に迂回してオンラインのみにすることは往々にして不可能です。
しかし、現在、企業の新時代を迎えており、よりよい利用者体験への需要の増加により拍車がかかっています。利用者は、自分たちの生活における他の多くの領域と同様に効率的であることを期待し始めています。金融サービスの他の領域においては、人々は益々、既存の銀行ではなく、フィンテック企業を選択するようになっています。人々は今や、無名企業の住宅ローンを受け入れるようになってきています。結果として、既存の貸し手は、住宅ローン体験の改善を重視することを余儀なくされています—— 時として新しい企業との提携によって。政府系機関も顧客にとって処理過程をより簡単にする姿勢を見せており、規制の状況もが改善されつつあります。例えばFannie Maeは、住宅所有者がAirBnbの賃貸収入を住宅ローンの借り換え申請書類に記載できるプログラムを試験的に採用しています。
さらに、起業家はハイテク世代の専門知識のみならず、他の産業の専門知識も併用するようになってきているため、技術と金融の両方の深い専門知識を組み合わせて活用する新種の起業家やハイブリッド型チームが登場しています。こうして明らかな技術的転換が起こっています—— 新たなデータソースやAI技術がオンラインに取り込まれることで、住宅ローンデータの収集や融資の引き受け、評価過程がソフトウェアによって劇的なスピードアップが可能になります。起業家は既に住宅ローンの巨大システムの一部を再構築して、従来のソフトウェアよりもはるかに効率的な処理過程にしようとしています。
今や問題は、単に技術の能力よりも、むしろ、スタートアップがこの分野で会社を作り成功するためには、どのような戦略を現在利用できるか、ということです。
戦略的な参入の契機
新規の住宅ローン企業は、複数のステークホルダーが関与する処理過程全体を一気にやり直すのではなく(やり遂げるには非常に費用がかかり、大きな困難を伴います)、賢い参入の契機を作ることを選びます。その契機を基に、住宅ローンの処理過程の一部を作り直したり、簡素化したり、合理化したりします。それは戦略上の要(そして時にはむしろトロイの木馬)であり、彼らは、最初の足がかりから拡大する野心を持って、自ら処理過程に入り込みます。そして、住宅ローンから直接始めないことさえあります。
私たちは下記に、戦略の一部および住宅ローン処理過程全体に存在する機会について説明します。
A. 複雑さを隠し、その後修正する---- 住宅購入が早くできるように見せるために
住宅ローンの利用者体験を初期に改善する最短の方法は、実際に改善を試みることではなく、住宅ローン申請者に対して裏側の複雑さを隠すことです。もしエージェント(代行業者)が住宅購入の全ての過程と住宅ローンの過程を管理したとしたらどうなるでしょうか? スタートアップはここで、「即座に」住宅購入者に対して住宅ローンを保証するように見せることを選択することができます。まるで住宅購入者が全額現金で提示したかのようにです(従って住宅ローン処理過程はほぼ皆無)。その会社はその後、市場で実際の住宅ローンを確保しますが、これは、他の処理過程の改善がなければ、依然として最長で45日を要します。その会社が借り手に対して提示した利率で住宅ローンを確保できないかもしれないリスクを引き受ける一方で、ユーザーに対しては利便性を提供することによるプレミアム(割増金)を課することができます。(そして、多数の住宅ローンでこれを行えば、得られるプレミアムで当初のリスクを相殺できます。)
B. 住宅販売のタイミングを早め、予想しやすくする
住宅販売のタイミングと価格の不確かさは、購入者と販売者の両方にとって最悪級の問題です。販売者が別の物件を買うために今ある物件の売却を望んでいる場合には特にそうです。購入者は、新居の住宅ローンを抱える前に今の家を売却し、新たに生活する場がなくなるというリスクを冒すでしょうか…あるいは、新しい住宅を入手するまで売却を待って、その代わりに2つの住宅ローンを同時に抱えるリスクを冒すでしょうか?
一部のスタートアップ(OpenDoor等)は、販売者に対して「即買い」価格とタイミング保証を提供し、需要の高い処理過程の予測可能性を提供しています。しかし、この予測可能性を実現するためには、これらのスタートアップは住宅販売価格とタイミングの予測を可能にするためのスマートモデルを開発する必要があります—— 往々にして機械学習技術の助けを借りて。企業は、それだけでなく、資本市場の信頼を喚起できるような起業家経歴を持つチームを必要とします。大きなバランスシート(貸借対照表)が作れるほどの資金を調達できるほどのチームが必要です。しかし、これらのスタートアップが拡大して、何千戸もの住宅を販売するにつれ、彼らはそれらの販売から得たデータによって、売れる住宅の種類、価格、タイミングをより正確に予測できるようになります。そしてその結果、より迅速な流動化とよりよい価格を提供でき、それによりさらに多くの購入者を惹きつけることができます…つまり、好循環です。販売者と購入者の規模が自分たちのプラットフォームで拡大するにつれ、これらのスタートアップはさらなるサービスを提供しやすくなります(住宅ローンのような!)。そして、新規参入者はデータネットワーク効果に対して競合することがより難しくなるでしょう。
C. 最も苛立たしい部分、融資設定を合理化する
住宅ローンの申請は最も目立つユーザーの苛立ち要因であるため、多くのスタートアップは、その苦痛に満ちた前工程、つまり申請過程を最初の参入の機会として選びます。
これを行う方法は、既存のオリジネーターと提携して、住宅ローン申請過程におけるよりよい利用者インターフェースを提供することですが、銀行の従来型システムへの「フック」が必要です。正しく行えば、オリジネーターはよりよい利用者体験を顧客に提供することによって成功でき、スタートアップにとっては既存のオリジネーターの流通経路を活用できるためメリットとなります(ただしスタートアップはB2B2C(日本語訳)に気を付けるべきです)。創業したばかりの企業で、既に同様の戦略を採用しているところもありますが、これらはブローカー向けのものです。可能性として多くの別々の貸し手から、何千件もの新規の住宅ローンがひとたびプラットフォーム上で大規模に流通すれば、スタートアップはデータの豊富な源泉を手にすることになり、さらに多くの住宅ローン処理過程を引き受けることによって、融資の全決定過程をさらに短縮することができるようになります。
初期段階でこれを行うもう一つの方法は、Kayakのようなマーケットプレイスを構築することです。消費者が自分の選択肢をよりよく理解するために役立つだけでなく、さらに進んで、住宅ローンの処理過程を通して住宅購入者を手助けするような新しい比較サイトを構築する余地があるかもしれません(LendingTreeは1996年に設立され、この分野の最大手です)。大規模になれば、いわば「新しいKayak」(旅行比較サイトのKayakを模して)を想定することができますが、それはさらに自前ブランドの製品を提供し、肩を並べて競争するものとなるでしょう。
反対に、まず効率化により大きなメリットを生むことのできる融資設定過程の最終段階に焦点を当てるスタートアップもいます。住宅ローンは、設定に最大100時間かかり、費用が約9,000ドルかかります。スタートアップは、充分に柔軟性はあるもののコストのかさむソフトウェアをゼロから構築するか、柔軟性は制限される可能性はあるものの既存のソフトウェアを土台にして改善することを試みるか、のいずれかを行うことができます。既に堅実な顧客の流れを持つ既存の企業を買収する新規参入企業もあります。既存の顧客の流れによって、新規企業はまず新しいソフトウェアと処理過程を作ることに注力することができ、住宅ローンの設定を効率化し、コストを抑えることが可能となります。 新規企業は、コストが改善されたこの状況から、顧客獲得の拡大へと移行することができます。より機転の利く、小規模の既存のオリジネーターもまた、新しいソフトウェアの開発によって、処理コストを著しい抑制を目指し着実に前進しています。
最後に、一部のスタートアップは、ダイレクト・レンダー(直接的な貸し手)となって、処理過程の最初と最後の両方に同時に取り組んでいます。このようなスタートアップは、既存の企業と提携せず、また、既存の企業の買収もしないため、住宅ローン業務に関わるすべての側面を開発する必要が出てきます(規制上の承認を得ることはもちろん)。
すべてをカバーする「フルスタック」戦略の利点は、スタートアップが住宅ローンの処理過程の利用経験を終始一貫して所有するということであり、これは顧客にとっては非常に魅力的です。これはLyftやUberが行ったこととに似ていなくもありません。タクシー業界の改善を試みたり、そこでソフトウェアを販売したりするのではなく、むしろそれらをすべて避けました。しかしながら、住宅ローンの処理過程全体の改造は、はるかに複雑で、はるかに多くの企業が必要になり、資本の強化さえ必要になります。この戦略を追求するスタートアップは、往々にして、初期のリスクを軽減するための戦略を選択します。その戦略とは、例えば、一度に一つの州で展開するとか、あるいは、少なくとも処理過程において部分的に提携ソフトウェアを活用する等です。また、これらの企業は、適格住宅ローンをめぐって、既存企業と正面から争うよりも、信用リスクは低いものの既存の枠組みでは住宅ローンを組むことに障害があるであろう潜在的住宅購入者に的を絞ることもあります(例えば、責任はあるものの、標準的なW-2(訳注:アメリカの源泉徴収票)の要件に合致しないギグ・エコノミー労働者等)。
D. 融資のクロージング(決済完了)を調整する
住宅ローンに関与している多くの会社や機関の間の調整が、処理過程の時間とコストを増加させています——公証人を見つけて日程調整する(場合によっては再調整すること!)だけでも、やりとりで数日間かかることがあります。住宅評価者にも同様の課題があります。このような物理的な複雑さに加え、貸し手と保険会社は、幅広い地域を網羅しなくてはいけません。新会社が参入し、貸し手と保険会社のためにこれらの時間のかかるオフラインの処理過程を簡略化できれば、これらの処理過程がオフラインからオンラインへと移行するにつれて、住宅ローン設定に関わる機会の一部をさらに多く手にできるポジションに立てます。
E. よりよいサービシング(回収業務)を行う
住宅ローンのサービシングは、利用者とのやりとりというところで、処理過程の中では最も長くかかる部分です。ローンの全期間を通して企業は小切手を回収するからです。 しかし、多くのサービサー(回収会社)は、依然として、規定の新しい変更に適切に対応できない従来型のシステムに則り業務を行なっています—— また、滞納者に対して効率的に対処できる良好な処理過程がありません。一方、借り手側では、自分の住宅ローンに関して、迅速で信頼に足る情報や疑問に対する分かりやすい答えの入手は困難です。よりよいサービシング用ソフトウェアがコスト削減や法令遵守、その他ユーザーを惹きつける多くの利点を実現するのに役立ちます。新規のサービサーにとってここでの難題は、オリジネーター(銀行等)を納得させて、サービシング権利を業績のないスタートアップに売却させることです。
F. 新しい所有権モデルを創出する
これまでの経緯全体で住宅ローンには多くの変化があったものの(例えば30年固定金利ローン、変動金利ローン、元金一括返済式ローン)、基本的な考え方は変わらないままです—— 住宅所有者はすぐに手数料を払い、残金を時間をかけて支払って住宅を完全に所有します。根本となるこの金融商品について考え直すのはどうでしょうか。例えば、住宅所有者が家の価値の一部だけを売却できるとしたらどうでしょうか。これにより、二極の、全か無かという家の完全所有権モデルではなく、80%や90%の所有権が可能になります(Pointなどの企業ではこのモデルが可能です)。
他の企業は(Divvy Homes等)、住宅購入のための頭金を充分に準備できない、あるいは、クレジット・スコアが足りないという新規の住宅所有希望者を支援します。会社が住宅を購入し、そして住宅所有希望者はその住宅を借りながら、同時に小さなエクイティの持分を取得するために支払いをします。一定の期間を終えると(この事例では3年間)、住宅の借り手はエクイティを手にし(この事例では10%)、また彼女のクレジット・スコアもおそらく改善します。さらに、その企業から住宅全体を購入することができます。
これらは住宅所有権の新たなモデルのほんのいくつかの例にすぎません。異論はあるにせよリスクと報酬の兼ね合いがよくなり、すべての種類の投資家に対して全く新しい資産クラスを解放し、世界中の住宅ローン危機の回避に役立つ可能性があります。
* * *
上記のすべての理由により、住宅ローン市場への取り組みは、これまで明らかに気の進まない挑戦でした。しかしそれはまた、機会が存在する領域でもあります。ソフトウェアを基盤とする多くのスタートアップ事例のように、テクノロジーと戦略が一つになって、非常に手作業に頼った、間違いの多い、緩慢な処理過程を刷新するための契機を提供します。そして、スタートアップが自ら参入する機会は、住宅購入過程のほぼすべての段階に存在します。
Maryの次の住宅ローンはおそらく、私たちが聞いたこともないような会社により設定され、願わくば、彼女の時間をほとんど必要とせず、手数料がはるかに安く、ほぼ即時に設定されるものにならんことを…。彼女が新居に足を踏み入れるとともに。
著者紹介
Angela Strange は Andreessen Horowitz のジェネラルパートナーです。彼女は保険、不動産、多様性の向上などを含むファイナンシャルサービスへの投資にフォーカスしています。彼女は Andreessen Horowitz のポートフォリオである Branch, Earnin, HealthIQ, Mayvenn, PeerStreet, and Point のボードオブザーバーでもあります。Angela は2014年にこのファームに入社しました。
記事情報
この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: Making Sense of Mortgages: The Problem, and the Opportunity (2018)