コーポレートデベロップメントと話すな (Paul Graham)

コーポレート・デベロップメントは、他社を買収するための社内の部署です。略して corp dev とも呼ばれます。あなたがコーポレート・デベロップメントの人と話す機会があるとしたら、自分で意識しているかどうかに関わらず、買収されることが目的でしょう。

通常、以下のいずれかでない限り、あなたがコーポレート・デベロップメントの人と話すのは間違いです。つまり、(a)あなたが会社を今すぐ売りたい場合、(b)あなたが妥当な額でオファーを受ける可能性が十分にある場合、です。これは実際上、スタートアップがコーポレート・デベロップメントと話してもいいのは、会社が非常にうまくいっているか、もしくは非常にまずいときかのどちらかであることを意味します。もし会社がひどい状況、つまり会社が瀕死寸前なら、失うものは何もないのですから会ってみてもいいかもしれません。会社が非常にうまくいっているなら、安心して会うことができます。双方ともに価格が高くならざるを得ないことがわかっていますし、また少しでも先方があなたの時間を無駄にするようなところを見せたら、あなたは自信をもって「失せろ」と言えるからです。

危険なのは、それらの間にいる会社です。特に、速く成長しているけれども創業して長くないためにまだ大きくなっていない若い会社は危険です。通常、前途多望だが創業1年にも満たないような会社は、コーポレート・デベロップメントと話すことすら間違いです。

しかしこれは創業者が度々犯す誤ちです。コーポレート・デベロップメントの誰かが会いたいと言ってきたとき、創業者は少なくとも先方が何を求めているのかを知るべきだ、と自分に言い聞かせます。大体、面会を拒否して「有名大企業」に失礼なことをしてはいけないし、というわけです。

さて、彼らが何を求めているか、私が教えてあげましょう。彼らはあなたの会社の買収を持ちかけたいのです。「コーポレート・デベロップメント」という名前はそれを意味しています。ですからコーポレート・デベロップメントの人と会うことを決める前に、このことを自分自身に問うてみてください。つまり、「うちは会社を今すぐに売却したいだろうか?」と。もし答えがノーなら、先方に「ごめんなさい、今は会社を成長させることに集中したいです」と言えばよいのです。彼らは気にしません。「有名大企業」の創業者たちだって気にしません。むしろあなたに一目置くかもしれません。きっとあなたを見て、かつての自分たちの姿を重ねることでしょう。彼らだって自分の会社を売らなかったわけです。だからこそ今、他の会社を買収できる立場にいます。[1]

コーポレート・デベロップメントから声をかけられた創業者たちのほとんどはすでに、それが何を意味しているかわかっています。コーポレート・デベロップメントが何をするところかわかっていて、売却するつもりもないのにも関わらず、会うことにするのです。なぜか? 創業者が冒す誤ちの多くの根底にあるのと同じ、否定と希望的観測が混ざった状態です。あなたの会社を買いたいと言う人と話すのは気分の良いことです。それに、もしかしたら驚くほど高い額を提示するかもしれない。最低限会って確かめるべきだ、そうでしょう?

いいえ、違います。もし先方がすぐにメールでオファーを送るというなら、そのメールは開けてみてもいいかもしれません。しかしコーポレート・デベロップメントとの話の仕方とは、そういうものではありません。オファーが来たとしても、長くて信じられないくらい気の散るプロセスの果てに来ます。それが驚くようなオファーだったとしたら、それは「驚くくらい安値」のオファーでしょう。

気が散ることは、スタートアップで最も避けたい事態です。そしてコーポレート・デベロップメントとの対話は、そのようなことの中でも最悪の部類に入ります。なぜならあなたの注意力が削られるだけでなく、あなたの士気も下げるものだからです。過酷なプロセスを耐え抜くための知恵の一つは、立ち止まって自分がどれだけ疲れているかを考えることではありません。そうではなく、フロー状態のような状態に入るのです。[2] あなたがマラソンの20マイル地点で誰かに駆け寄られて「お疲れでしょう。ちょっと止まって休憩しますか?」と言われたらどうなるか想像してみてください。コーポレート・デベロップメントとの対話はこれのさらに酷い感じです。なぜなら立ち止まるという提案と、あなたが提示されるのではないかと思う想像上の価格とが、脳内でごちゃ混ぜになるからです。

こうなるとあなたは非常にまずい状態になります。コーポレート・デベロップメントの人というのは、可能なときは形勢を逆転させることを好みます。彼らがあなたに売却を迫るのではなく、逆にあなたが彼らに買収するよう迫るような事態にまで追い込むことを好みます。そして驚くことに、彼らが成功することは多いのです。

これは非常に滑り落ちやすい坂だと言えます。創業者の精神に作用する最も強力な力でもって、そしてあなたを突き落とすことを専門の仕事としている百戦錬磨のプロに押されて、あなたはそれを滑り落ちます。

彼らがその坂を突き落とすやり方は通常なかなか乱暴なものです。コーポレート・デベロップメントの仕事そのものが会社を買収することであり、従事する人は対象の会社を選ぶことすらできません。彼らの業績の唯一の評価方法はどれだけあなたの会社を安く買えるかであり、野心的な人はそのためにはやり口を選びません。例えば、彼らはあなたが受けるかどうかを見るためだけに、ほぼ必ず最初は安く見積もった数字を提示してきます。あなたが受けなくても、最初の安値のオファーはあなたの士気を下げ、あなたはコントロールされやすくなります。

そしてこれは彼らのやり口の中でもかなり無害な部類です。あなたが価格に合意して取引が成立したと思ったが早いか、彼らは上司に取引を反対されたと言って、合意価格の半値でないとできないと言ってきます。こんなことは日常茶飯事です。もし投資家の態度が悪いとお思いなら、コーポレート・デベロップメントの人がやることなど比較になりません。それ以外の点では良心的な会社のコーポレート・デベロップメントの人たちですらそうです。

私は一度、YCスタートアップがGoogleのコーポレート・デベロップメントに悪質な手を仕掛けられた際に、Googleに勤める友人にこぼしたことがあります。

「Don't be Evil(邪悪になるな)のスローガンはどうなっちゃったんだよ?」と私は尋ねました。

「コーポレート・デベロップメントにはそのメモが回らなかったんだと思うよ」と彼は答えました。

M&Aに関する対話であなたが出くわすやり口は、それ以外では比較的まともなシリコンバレーの世界であなたが経験してきたものとはまったく異なります。まるで昔ながらの悪徳資本家のビジネス世界の遺伝物質がスタートアップの世界に混ざりこんだようです。[3]

自分を守る最もシンプルな方法は、自身がアルコール依存症にならないためにとJohn D. Rockefellerが使っていた手です。Rockefellerの祖父はアルコール依存症でしたが、彼は日曜学校の授業で語ったことがあります。

「坊やたち、私が一度も飲んだくれにならなかったのがなぜかわかりますか? それは私が決して最初の1杯に手をつけなかったからです。」

あなたは会社を今すぐ売りたいですか? やがてではなく、今すぐにです。売りたくないのなら、最初のミーティングを受けないことです。彼らは気にしません。その代わりあなたはスタートアップに起こりうる最悪の経験の一つから免れることが保証されます。

売りたいのなら、そのための一連のテクニックもあります。しかし創業者がコーポレート・デベロップメントとのやり取りで冒す最大の過ちは、準備ができた状態で話し方をしくじることではなく、準備ができていないのに彼らと話すことです。あなたがもしこのエッセーのタイトルだけでも覚えていれば、1年目のM&Aについて知っておくべきことはもうほとんどわかったことになります。


補足

[1] 絶対に売ってはいけないと言っているのではありません。私が言っているのは、あなたが自分の心の中で売りたいのかどうかの意志を明確に持ち、心理操作や希望的観測により想定よりも早く売るよう導かれてはいけない、と言うことです。

[2] スタートアップでは、ほとんどの競技スポーツと同様、目の前のタスクにより「忙しすぎて疲れも感じられない」状態になります。しかし最後のホイッスル等によりその守りが失われると、疲労が波のように襲ってきます。コーポレート・デベロップメントと話すことは、ゲームの中盤でそれを感じることを自分に許すようなものです。

[3] フェアに言えば、コーポレート・デベロップメントの人たちの明らかな悪行は、自らの意志もわからないような大きな組織の「顔」として彼らが機能しているという事実によりさらにひどいものとなっています。買収する側は買収に関して驚くほど優柔不断なことがありますが、あなたのところに話が降りてきた頃には、彼らの優柔不断さと不誠実とは見分けがつかなくなります。

 

本稿の下書きを読んでくれたMarc Andreessen、Jessica Livingston、Geoff Ralston、Qasar Younisに謝意を表します。

 

著者紹介

Paul Graham

Paul は Y Combinator の共同創業者です。彼は On Lisp (1993)、ANSI Common Lisp (1995)、ハッカーと画家 (2004) の著者でもあります。1995 年に彼は Robert Morris と最初の SaaS 企業である Viaweb を始め、1998 年に Yahoo Store になりました。2002 年に彼はシンプルなスパムフィルタのアルゴリズムを見つけ、現在の世代のフィルタに影響を与えました。彼は Cornell から AB を、Harvard からコンピュータサイエンスの PhD を授けられています。

 

記事情報

この記事は原著者の翻訳に関する指示に従い翻訳したものです。
原文: Don't Talk to Corp Dev (2015)

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