編集後記——Ted Ullyotは最近Andreessen Horowitzに加わり、同社初の政策・規制関連オペレーティンググループを率いています。 a16z入社前はFacebookで法務顧問を務めていました。Facebookには社員数がまだ500人だった2008年に入社し、2013年まで法務部門のトップとしてIPOを乗り切りました。それ以前は、自身のキャリアの大半をワシントンD.C.の弁護士として築いており、Scalia最高裁判事付きロー・クラークやGeorge W. Bush大統領のホワイトハウス法律副顧問(後に大統領副補佐官)、司法省Gonzales司法長官の首席補佐官等を歴任してきました。Tedはまた、AOL Time Warner Europe社の法務顧問を務めたほか、Kirkland & Ellisではパートナーとして規制や反トラスト関連訴訟等に重点を置いて活動しました。妻や3人の子ども(13歳、11歳、8歳)と一緒に、自身が育ったベイエリアに暮らしています。
a16z:D.C.とシリコンバレーの両方の「言語」を話すという観点から、あなたが少々「バイリンガル」なことは明確です。でも最初にこちらに移ってきた時、一番驚いたことは何ですか? 「おっと、これは初めてだな」と思わされたことはありましたか?
Ted:法務顧問としてはむしろその逆です。驚かされなかったことはあったかな、という感じです。法務顧問を務める上での最良のアドバイスは、長年の恩師であり、昔の上司でもあるPaul Cappuccio(Time Warner社法務顧問)からもらいました。「君の元にやってくる話のうち9割がこれまでに未経験なだけでなく、耳にしたこともないものだと考えろ」というものです。私が初めて法務顧問の職についた時に話してくれました。
法務顧問の仕事は、建築プロジェクトの総合請負業者のようなところがあります。すべての工程を理解しているのはもちろん、そのなかに自分の専門分野と呼べるものが1つか2つはあります。でも全作業のすべてを知っている必要はありません。また、100の企業があれば100の課題があり、それは常に変化しています。すでに持っている知識よりも、どのように考え、正しい判断を下すかが大事です。
a16z:これまでに関わってきた組織と比較して、文化的な違いはありましたか?
そうですね、緩いドレスコードは置いておくとして、Facebookではこれまでに経験したことのないこともありました。例えば徹夜のハッカソンとか。アイデアは面白そうでした。そこで、私が入社して初めてのハッカソンには、あえて法務チーム(その頃は10名程度)全員で参加しました。確かに私たちはコーディングはせずに、法務部のプロジェクトを進めたり、たまに出てくる法律面の質問に答えたりしていました。でも、参加したことに違いはありません。
法務部が企業のエンジニアリング文化に敬意を示すことが大切だと考えたのです。エンジニアが引っ張っていく会社と営業が引っ張っていく会社には明確な違いがあります。間接的な仕事を行う「バックオフィス」の一員としてうまくやっていってもらえるよう、新しく入社する弁護士と面談を行ったこともあります。それでも、閉ざされたガラス張りのオフィスで働く、他部門から孤立した部署とは見られたくありませんでした。
おかしなことに我らが法務チームは、午前5時に配られた5枚くらいの「ハッカソンヒーロー」Tシャツのうち1枚を獲得することになりました。その後はハッカソンへの参加は法務チームの恒例行事となり、FacebookのIPO前夜に開催された夜通しのハッカソンにまで参加しました。
a16z:政治とテクノロジー両方の世界に身を置かれてきたわけですが、この2つの世界の関係はどのように表現されますか?
Ted:いくつか考えがあります。近年は特にそうですが、ワシントン(政界)とシリコンバレーの関係は年々かなり改善されてきていると思います。
1つには、政治的思想に関わらず、「デジタルネイティブ」(あるいは少なくとも、テックネイティブ)の人たちが現役世代に増えています。今ではCTOやCIO、最近では最高データ責任者など、テクノロジー中心のポストがワシントンに多くあります。現政権もまた、FacebookやGoogle、Twitterといったインターネット大手の勤務経験のある人間を採用しています。米特許商標局は最近、シリコンバレーにサテライトオフィスを開設しました。選挙活動に関しても、民主党も共和党もテック業界の人間をこれまで以上に多く採用しています。選挙に勝つためにはテック(テック業界ではなく、新たなテクノロジーという意味で)が必要ということに気付き始めたのです。
最後に、D.C.にいるかシリコンバレーにいるかに関わらず、アメリカ全体がこれまで以上にテクノロジーを多用していることが挙げられます。これまでは、あるテクノロジーが新しもの好きだけでなく、メインストリームのユーザーの間でも有名になり、当たり前になるには何年も要していました。今ではそのようなテクノロジーを規制する側にいるかもしれない政治家自身が、AirbnbやLyftといったサービスを利用しています… 一夜にして状況が変わる時代です。Meerkatのように、ある週末に突如バイラルになるものもあります。その1週間後には、ある政治家が自身の選挙活動でそれを使うかもしれません。
a16z:政府とテクノロジーの関係が大きく改善されたならば、なぜ、政治家とスタートアップの間にこれほどまでの軋轢があるのでしょうか?
Ted:規制当局や政治家にはやらなければならない仕事があります。新しいテクノロジーが登場し、転換が起きた時に、何もせずにボーっとしていたと非難されるわけにはいきません。また、日ごろ目にしたことのない新しい商品やサービス、行動に出くわした時に懐疑的な反応を見せるのは人間の習性だと思います。人々が、初めて写真で他の人を「タグ付け」した時のように。タグ付けとは一体何なのか? プライバシーの侵害ではないのか?
それに加えて、「x人がyというバグに攻撃された」というセンセーショナルな報告を耳にすることがありますが、これも良い影響はもたらしません。多くの場合、これらのイノベーションがもたらす恩恵よりも、新しいテクノロジーにともなう失敗点に注目が集まります。
a16z:公正を期して言うならば、それらの報告の多くは事実です。そうでなければ、恐怖心を煽ることはありませんから。
Ted:はい。でもこれは目新しい問題ではありません。法律はいつもテクノロジーに遅れをとっています。電話が登場した時から、いや、それ以前から同じでしょう。
a16z:ということは、私たちが直面しているのは何か新しいものなのか、それともこれまでと同じものなのでしょうか? ただの程度の違いなのか、もしくは性質の違いなのでしょうか?
Ted:私が考えるに、既存のルールや規制とのこうした衝突が早期に、頻繁に起きている理由は、程度の違いがあまりにも著しいため、ほとんど性質の違いになってきているということです。現代のテクノロジーには、内部にそれまでなかったアクセラレータ(インターネットやソーシャルメディア、モバイル)が埋め込まれています。これが大幅なスピードアップに繋がってきました。
かつて、私たちが触れるテクノロジーは裏方としてのもの(例えばビジネスプロセス)でした。それが今ではスマートフォンからモノのインターネットまで、使うものすべてにおいて、新たなテクノロジーと直接出会っています。そのため、テクノロジーの完全なる普遍性ということも考えなければなりません。
最後に、これらのテクノロジーを利用しているのはもはや離れた場所の研究所の職員などではなく、自分の隣人だったりします。ですから、テクノロジーにどれだけ親しんでいるかが問題となります。こういったサービスやアプリに常に触れているわけですから、これまで以上に身近で私的なものになっています。しかしテクノロジーの変化の影響を初めて受けている物理的な世界の住人(例えば、これまでそのようなものに触れずに済んできた自動車ディーラーやタクシー手配会社)からすれば、全く新しいものです。彼らの多くは存続の危機を迎えています。
a16z:でも、それらの衝突のうちのいくらかは「規制の虜」によるものではありませんか?
Ted:はい。でも「悪い奴らだ。あいつらは不正に賄賂を受け取っている」という単純なものではありません。私が考えるに、規制の虜とは実際には2つの点に関係しています。
一方で規制の虜は、深い親密さと関連しています。規制機関と何度もやり取りしなければならない状況のマイナス面は、相当な時間とリソースを費やさなければならないということです。しかし、ミーティングやイベントを通じた継続的なコンタクトの良い面は、お互いのことを知り、彼らが規制を行う理由や方法を理解できるようになることです。この形の規制の虜は、システムを動かす方法を学ぶことに関係しています。ホテル業界が「自分の家を貸すことができるようにする競合相手が現れたのですが、何とかしてくれますか?」と訴えるような形にはなりません。「ちょっと聞いてください。私たちの仲ですよね。あなた方は規制する側で、客室の安全性を確保しています。サンフランシスコを訪れる人々は、しかるべき場所に避難設備が取り付けられた安全な部屋に滞在するべきです。新規参入者の事業内容を詳しく調べるべきです」といった姿勢になるでしょう。
もう一方の規制の虜は、ある種の結託のようなものです。レガシー的な既存企業が長年一緒に働いてきた仲間が役職についている場合ですね。彼らは物事を取り仕切る立場にいます。その会話は、「これらの新規参入者が私の邪魔をするのを止めてくれ」という類のものになります。
2番目の規制の虜の方がかなり悪いように思えますが、1番目の方は巧妙な形の説得であり、それに対抗するのは困難です。「お願い」と表現する代わりに、既存企業は「この新しいテクノロジーを恐れるのは正しい」という形に持っていくのです。
a16z:スタートアップは膨大な資金を確保しているのですから、彼らはそれを基にそうした企業と競争したり、単純に対峙することができるのでは?
Ted:理由は、スタートアップにリソースがないからではありません。ましてや関係性の欠如でもありません。内部者としての業界知識が十分にないからです。
例として、ネットワーク中立性を取り上げます。ルールが有効だとすると、電話会社は文字通り、F.C.C(米連邦通信委員会)の内情や規定への対処に関して、数十年の経験があります。一方、(ネット中立性で守られていると多くの人々がみなす)新規参入者は、システムを動かす方法を知っている既存企業に邪魔されていると感じることがあるかもしれません。既存企業は、陳情があったときにどんな反論をすればいいか正確に把握しています。新規参入者にはそのような強みはまったくありません。
a16z:それでは、スタートアップはどうすればいいのでしょう?
Ted:第一に、進んでリスクをとらなくてはなりません。それこそがスタートアップの本質でしょう。違いますか? 「極めて不確実な環境にいる、新製品/サービスの提供を意図した組織」(Eric Ries)から「急成長することを目的とした会社」(Paul Graham)まで、スタートアップのあらゆる定義を聞いたことがあります。どんな定義であれ、リスクをとらず、積極的に前進しなければ、そのスタートアップは重大な成長点にたどり着くことはないでしょう。そして否応なしに、古めかしい法律や認可プロセスとの対立が生じることになります。
したがって、進んで戦う気構えが必要です。しかしまた、規制する側の視点も積極的に理解し、長期的な展望を持たなくてはなりません。それは、敵を焼き尽くし、勝利のために死ぬまで戦うような1回限りの訴訟とは違います。そのような機関や人々とは何度も出会うことになります。また、彼らは必要でもあるのです。Facebookで次のようなことを何度も何度も見てきました。ある日、誰かを前にしてXという問題で争っていたとしても、数か月後、問題Yに関してその誰かの助けが切実に必要になるのです。
関係性を間違って扱うと、あなたのスタートアップは戦闘には勝利できるかもしれませんが、戦争には負けます。
a16z:それはある種のロビー活動なのでは?
Ted:違います。この新たな役職はロビー活動を行う立場ではありません。もっと長期的な関係性の構築と考えてください。すでにAndreessen Horowitzが、私たちのスタートアップが利用できる様々なネットワークを管理しているのと同じことです。
私たちにとって、そして私たちの企業にとって最高なのは、こちらに達成したい要望が何もない状態で、何かを説明したり共有したりするためだけに呼び出され、規制機関や政策決定者のところへ出向くことです。私は、テクノロジーやそれを構築している人々を巡る、私たちの専門性や前向きな姿勢を示したいと考えています。そして「あなたがよくお聞きになっている、この分野の状況を理解するために、私たちの社員の何人かとお会いください」となるのです。それが、私たちが目指している理想です。
もし新たなテクノロジーの周知を助けているとしたら、あらゆる人が恩恵を受けます。すべてのボートを引き上げる上げ潮のようなものですね。私たちのポートフォリオ企業だけが、私たちの努力の恩恵を受けるわけではありません。
a16z:どこまでが恐怖感の利用で、どこからが正当な安全性の問題なのか、規制担当者はどう判断するのですか? そしてスタートアップは当局をどうサポートできるのですか?
大部分の規制担当者は自分たちの職務を遂行しようとしている良い人々であり、その職務とは一般的には消費者の保護です。同じように、Airbnbのような企業は物件の所有者と借り手のいずれにも嫌な思いをして欲しくないと思っています。そのため、評価や報告などのメカニズムを信頼と安全を確保するために実施する動機が高いのです。それがなければAirbnbのビジネスは生き延びられません。
その意味で、スタートアップは実際に、規制担当者の究極の目標と非常に一致しています。大事なのは、私たちがやろうとしていることを理解し、彼らとまったく同じように私たちが誠実に行動していることを知っている、思慮のある進歩的な規制担当者を見つけることです。
こちらにまだ要望がないタイミングで始めれば、「テックコミュニティは、あなたの懸念に対処する製品づくりをどうサポートできるのか?」とか「消費者の安全性を大きく向上させる形で、それを実行できる新たな方法を見つけた」といったような場所から出発することができます。例えば、最後にタクシーに乗って不愉快な思いをし、実際に取次番号(そもそも、番号がどこに掲載されているか知っていますか?)に電話して苦情を言ったのいつでしたか? 自分のモバイルアプリで評価を入力したり、苦情を言ったりして、数か月ではなくて24時間以内に対応してもらった方が、摩擦はかなり少なくなるでしょう。
この最後のシナリオでは、規制担当者に対して実質的に「そちらの仕事を楽にして差し上げましょう。特に、モバイル化が進んでいるのですから」と言っているのです。多くの場合、思慮に富み、そのモバイルシフト(あるいは何らかのテックトレンド)で主導役を果たせる規制担当者が見つかるでしょう。
a16z:この点に関して私たちが提案している1つのアイデアは、無認可イノベーションに対するある種の「規制裁定」です。ご自身の見解は?
Ted:1人の規制担当者や1つの機関だけに対処すればいい場合もあります。彼らが合理的であり、彼らを説得するためのしかるべき議論を知っていれば、素晴らしい状況です。しかし仮に、50の州と無数の地方当局、さらに場合によっては外国の機関に対処しなくてはならないとしたらどうでしょう? 母体は巨大なものになり、どこから始めたらよいのか分からないでしょう。
これこそが、数百の規制担当者がいるという不利な状況が強みになり得る場合です。もし市場参入の前に適切な人物/地域と連携する方法が分かっていれば、裁定権が確保できるからです(例えばGoogle Fiberはそれをうまく活用し、どの都市から始めればよいか調べました)。私が自分の職務をきちんと遂行すれば、そうしたネットワークの構築は、これらの関係性を特定し、整えることを意味します。「この州にはビジネスやイノベーションを重視する司法長官がいる」「この知事は州のテック分野を本当に成長させたいと思っていて、減税について話している」といった具合に。
a16z:分かりました。現時点で真っ先に思いつく、数個の規制分野に関するあなたの考えを手短に教えてください…
ビットコインは? 素晴らしいのは、反射的にネガティブな反応を示すのではなく、ニューヨークから英国まで、それを理解しようとし(もしくは、それを理解しようと努めている思慮深い存在として自らを位置づけようとし)、どんな利点が確保できるのか考えている政府があることです。いずれにせよ、良いことです。
ドローンは? FAA(連邦航空局)はこの分野で正しい方向に進んでおり、連邦の機関にしては比較的早い動きを見せていると思います。動きに素早さや積極的が足りず、米国が遅れをとり、イノベーションがどこか別の場所で最初に起きれば、私たちにとって経済的な危険が高まるというリスクがあります。
シェアリングエコノミーは? これらのサービスは、規制当局の目標をさらに効率的に達成するのにテクノロジーが役立つ素晴らしい例だと思います。もちろん、(従業員と契約社員の定義に関する現在進行中の議論など)いくつか重要な争点が、いまだに展開中です。しかしそれらの事例がどのように決着するかは、非常に具体的な一連の事実に依存します。そしてテック分野は現在、彼らの事業の社会貢献的な側面について、認識や感度を高めていると思います。かつては、税や健康保険の取り扱いなど、多くの雇用リスクが1つの会社に集まっていました。このエコシステムの成長とともに、数社にばらけた形でこれらの機能の対処を支援してくれるサービスがますます増えるでしょう。しかしながら、まだほんの初期段階です。
a16z:特許の改革についてはどうでしょう? テック系というより一般的な話題ですが、ご見解を手短に。ソフトウェアの特許についてですが。
Ted:創業間もない時代のFacebookに立ち戻ってみると、多くの若い企業と同じ立場にいました。それは、相手をゆするための武器として特許を利用する者たちの魅力的なターゲットという立場です。そしてそれは単なる荒らし行為ではなく、レガシー的なテック企業や他のインターネット企業もやっていました。
ですから、私はソフトウェア特許の改革を強く支持しています。米議会には特許改革への進展がいくらか見られます。しかし、法案面での真の有意義な特許改革は、あらゆる利益相反のために、いまだ困難です。よい知らせとしては最高裁も含め、法廷でいくつか良い判決が出ていることです。将来的には実現するでしょう。
著者紹介
記事情報
この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: When Software Eats the Physical World, Startups Bump Up Against Regulations(2015)