私たちは今、4兆ドルの企業向けIT市場を再編成するという、悪戦苦闘の真っ只中にいます。これは通常10年から15年程度の間隔で起こることであり、頻繁に起こることではありません。そして、この変化のどちら側にいるかによって、企業向けのハイテク企業となるための絶好の機会に見えるかもしれませんし(企業におけるコンピューター利用のルネッサンスを参照)、あるいは新しい仕事を探し始めるきっかけに見えるかもしれません。
私はとてつもない機会ととらえているグループの中にいます。そして、この状況は当分終わりそうにありません。最初の局面がITスタックのすべての部分への置き換え技術を確立することであれば、次の局面——かつ、次の黄金の機会——では、方程式の事業側を改めて作り替え、バイヤーとベンダーの協力体制のあり方を変えます。このSaaSマニフェストが登場するのはそうした局面です。このマニフェストを企業のコンピューター関連サービスの「新たな売買方式」への3部構成のフィールドガイドとして考えてください。
パート1: ITの部門別組織化を誘導
企業向けのITの世界では、OracleやMicrosoft、SAPのような企業は、一流の巨大企業であるため、すべての新会社はそれらと平和に共存するか、あるいは、忘却の彼方へ押しやられるしかない状況に直面してきました。けれども、その強みは弱みも伴っています。それらの一流企業は、新しい習慣を取り入れ、新たなモデルへと進化するのがゆっくりなのです。現に、SAPとOracleの両方が、最近、利益目標が未達成だったことを「クラウド」のせいにしました。
起業にも大きな変化が起きています。新製品に見られる技術的イノベーションとアーキテクチャのイノベーションはもちろんのこと、流通と顧客側にも、これまで単に存在していなかった根本的な機会を見出すことができます。過去の技術的な転換(例:メインフレームからクライアントサーバへ、または、クライアントサーバからPCへ)では、製品の種類を問わず、その購入は権力が集中化されたCIOの組織によって常に行われてきました。大規模なベンダーは、自分たちの既存の販売経路の豊かさと、それぞれの持ち場から出ることへの顧客の抵抗感のおかげで、新しい領域にうまく入っていくことができました。確かに、ベンダーは変化が起こるたびに置き去りにされましたが、それは概して市場進出の全般的状況において変化がなかったからではなく、新しい技術が欠如していたからでした。
現在では、新たなバイヤーが各部門——HR、販売、開発、マーケティング——を動かしており、どの技術を購入するかの決定は、もはやCIOが単独で下すのではありません。Enterprise Strategy Groupによる研究が2013年8月に伝えているところによれば、これらの部門が専門のアプリケーションを求めているため、実際すべてのIT購入の決定の約50%が、今や事業部門の影響を受け、かつ / または、事業部門が下しています。このような変化が、企業のコンピューター利用という新しい業界において、ほとんど他に類を見ないほど大きな違いを生み出しました。大企業は新技術の発案または購入をする必要があるだけでなく、 この新たなバイヤーに売り込むため、その提案や販売モデルを適合させければならないのです。
この転換が一流企業にとって困難な理由をここに挙げます。
永久ライセンス対サブスクリプションライセンス
最大規模のハイテク企業における既存の業務計画および営業組織の多くは、永久ライセンスモデルの上に成り立っています。その場合、顧客は前払い一括で大金を払い、ベンダーは直ちにそのほぼ全額を収益とみなします。この永久ライセンスは、顧客に対し、彼らが将来のアップグレードの恩恵を受けるかどうかにかかわらず、年間の保守料金を支払うという「特権」を与えます。他方、サブスクリプションライセンスでは、収益は契約期間全体に認められます。そのため、既存のベンダーにとって、このような経済的かつ組織的転換は、極めて困難なものになります。
製品サイクルとソフトウェア開発の方法論
市販ソフトウェアについては、最も良い場合で、新機能が年に2回、提供されます。これらの機能のリリースは、現場のアップグレードの複雑さが原因でデプロイされないこともよくあり、結果的にユーザーは、何年も遅れたソフトウェアを使って仕事をすることになります。SaaSがあれば、開発はほぼ継続的に行われ、機能の急速な革新やすべてのユーザーに対する新機能の即時のデプロイが可能になります。
採用と試用の手軽さ
SaaS以前のオンプレミスの世界では、ソフトウェアの購入は、インフラを配置し、その後のすべての新たなアプリケーションの試験、認証、検証を行う装備のある集中権力型のCIO組織が行いました。このような——とてもコストがかかるのは言うまでもなく——非常に協調を要する努力のために、セールスパーソンやシステムエンジニアはパイロット版やアルファ版を実行したり、社内運用を始めたりすることを求められました。この処理に数ヶ月かかることもよくあり、ソフトウェアのデプロイの準備ができた頃には、その製品が会社にとって本当に有益かどうかについての明確な指標がありませんでした。
けれども、クラウドとSaaSの到来により、エンドユーザー / 部門は、オンプレミスのインストールをすることなく、簡単に新しいソフトウェアを試すことができるようになりました。さらに経費がかからないことも珍しくありません。開発者とスタートアップは、産業界の主要企業の覇権を出し抜き、複雑な事業の問題に対するソリューションを、繰り返すのではなく刷新するための反復可能で確実な方法を見つけてきました。それはアプリケーションの実力主義の世界であり、そこでは最高のものが勝ちます。
インサイドセールスのレバレッジ
採用と試用の手軽さにより、一般的なSaaSの顧客は製品を使用することができ、その能力を予め知っているでしょう。これにより、アップグレードの販売や企業規模でのデプロイが非常に容易に、かつ経済的になります。
SaaSが原因となって、インサイドセールスの機能はダイレクトセールスの15倍の速度で拡大しています。大規模なダイレクトセールスグループを持っている既存の企業によるインサイドセールスへの移行は、営業組織の再編を必要とします。このような移行は困難であり、新興企業が力を持つ機会となります。
顧客との関係
顧客の囲い込みは、長い間、一流企業の証しでした。オンプレミスのソフトウェアを直接CIOに販売することで、結果的にCIOバイヤーと一流ベンダーの間に密接な関係が育まれます。そのようなベンダーの社内運用がどれだけ遅くても、また、最終結果にどれだけ不具合が多くても、どの新製品にも理解のある囲い込まれた顧客がいたという事実により、新会社が食い込むことは途方もなく困難になっていました。
けれども、部門別組織化によって、個々の業務単位はさらにテクノロジの購入のための自律性を持つようになります。このことで、新規参入会社は、関係性を確立する実際の機会を手にします。このような機会は、一流企業にはないものかもしれません。現に、いくつかの大規模な一流企業は、現在、部門別バイヤーと知り合いになる努力をしており、この動向の先を行こうとしています。
クラウドとSaaSは、ITの複雑さを取り去っています。そのおかげで、今やどのような営業部門であっても、従来のIT関連サービス入手処理過程の大部分を回避し、自分たちに必要なツールをベンダーから直接購入するために必要な自信を持つことができます。また、こうした新しいバイヤーは、「IBMを購入してクビになる人はいない」という信念の下に業務を遂行しているような、リスクを好まないITの意思決定者の言うことを聞く必要がありません。
この部門ユーザーに的を絞ることにより、 必ずしもダビデの到着を待たずとも、ゴリアテを倒すことができるのです。
次回: SaaSマニフェスト: パート 2——部門の要求を満たしつつ、企業規模の条件に関する重要な要素およびCIOの変わりゆく役割を認識している営業組織の確立についてお話しします。
著者紹介 (本記事投稿時の情報)
Peter Levine は Andreessen Horowitz のジェネラルパートナーです。彼は以前 Citrix の Data Center & Cloud Division の上級副社長でありジェネラルマネージャーとして、売上、プロダクトマネジメント、ビジネスデベロップメント、戦略の方針について責任を負っていました。Peter は 2007 年に、XenSource が $500M で買収されたことにより Citrix に入社しました。XenSource で彼は CEO として、600 人の従業員を率い、Microsoft や Symantec、HP、NEC、Dell といった顧客と XenServer の製品ファミリに関する戦略的な契約を確立しました。
記事情報
この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: The SaaS Manifesto: Rethinking the Business of Enterprise Computing (2013)