ヘルスケアの可能性を開く「隠れた 40%」としての行動変容(そしてライフスタイルを整える) (a16z)

3兆ドル規模のヘルスケア市場で私たちが今日行っているすべてのことは、早期死亡に至るケースの10%にしか影響を及ぼしません。

そうです。そのすべてが、たった10%にしか影響しないのです。

その10%には相応の理由があります。遺伝的素因は変えにくいものです。残念ながら、社会的状況や環境挙動もそうです。しかし40%の行動態度パターンに取り組むことはできないのでしょうか?本当の予防とはこのことです——あなたが早死にするかどうかは、他の何よりも、あなたの行動態度が最も大きく影響します。

この10%に集中するよりも良い方法があります。実のところ、私たちは視点を間違えています。医師や起業家、創業者は生活習慣を医学として捉え、生活習慣を用いて治療を行う必要があります。なぜなら、行動変容こそが40%という大きな部分に影響を与えられる、最も強力で最良の方法だからです。

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私たちはこれを「正しい食事と運動を心がけよう」という程度のものとしか捉えていません。私たちがよくわかっているように、そんな陳腐なスローガンではこの健康問題の解決にはなりません。真の問題は、行動変容を起こすことの難しさです。なぜそういえるかというと、このようなスローガンは役に立たないからです。私たちは食べたいものを食べたいし、運動したくないと思えば運動しません。結局、人間は自分の行動パターンを気に入っているのです。これを変えることは難しいです。

一方、テクノロジーは行動変容を起こすのは得意です。あなたが今この記事を読んでいるであろうスマホを見てみてください。スマホは私たちのコミュニケーションに始まり、他のあらゆる人間の行動態度を良くも悪くも根本的に変えました。例えば、どんな街にいてもいつでも配車サービスを呼べたり、スマホ依存の健康への影響をモニタリングしたりできるようになりました。私たちはテクノロジーが行動変容を起こすことができることを、毎日の生活を通じて知っています。ですから問題は、テクノロジーの強大な力を私たちがどのように使えば、ヘルスケア市場の3兆ドルが持つインパクトの4倍の影響力をもたらすことができるか、ということです。

テクノロジーはどう役立つのか

テクノロジーがなぜ行動変容に実際役立つのかを考えてみましょう。まず一つ目に、電話であれフィットネストラッカー(活動量計)であれ、モバイル技術のおかげで「常にそこにあるから」です。二つ目に、テクノロジーで常にA/Bテストを行うことが可能であるということは、そのテクノロジーが存在し利用されるたびにランダム化臨床試験(RCT)が可能になるようなものだからです。このようなRCTはどういったことが治療として効果的な行動変容や効率向上をもたらすかを知ることのできる貴重な研究室のようなものです。しかも無害です。多くの医療製品は、リリースされ、その後ほとんどアップデートされません(聴診器の古めかしさときたら!)。製品の新しいバージョンを展開することはこれまで難しくお金のかかることでした。しかし、これからは必ずしもそうである必要はありません。ウェブサイトの見た目やエクスペリエンスのフロー(流れ)から配送のあり方に至るまで、アマゾンがネット通販の最適化のために行うようなA/Bテストを、健康のための行動変容に応用することが可能となりました。RCTでは何ヵ月・何年単位の時間が必要である、二つの異なる被験者群における、生活習慣行動変容の二つのアルゴリズムの即時の有効性の比較が、数週間・数日間で行うことができるようになり、私たちの対応や生活習慣も同じくらい早く改善することが可能となります。

二つ目に、大量の新規データにマシンラーニングを応用することにより、人間自身が気づくことのできないあらゆる人間の行動のニュアンスが明らかになってきています。例えば、あなたが買い物する場所、昼食をとる時間、行う活動、観る番組、運動ルーチン、睡眠時間、あるいは電話を充電することを覚えているか、等といったデータの相関パターンを見ます。私たちの行動態度の中の、積もり積もってやがて大きな生活習慣リスクとなりうるヒントを特定することが、行動変容・改善への第一歩です。好むと好まざるとにかかわらず、私たちは今ではスマホを通じたライフスタイルを生きていますが、マシンラーニングはそこから学習することを可能にします。

最後に、テクノロジーは既存の治療をずっと大きな規模で展開することを可能にします。2型糖尿病予防プログラム等、行動変容に非常に効果的と証明済みの対人プログラムは、その性質により大規模な展開はこれまで困難でしたが、コンピューターを利用することで何億人へもリーチを広げることが可能となります。あるいはうつを例にとってみましょう。複雑な疾患で、関連する分子に関してもまだよく理解されていません。投薬治療は困難を示してきましたが、セラピー、特にCBT(認知行動療法)は非常に良い結果を残しています。中でもコンピューターを利用したCBT、つまりテクノロジーにより大規模化したCBTは、最も良い結果をもたらしています。

認知低下のような謎に包まれた難しい疾患も、テクノロジーを使えばずっと効率的な治療が可能です。

認知低下のような謎に包まれた難しい疾患も、テクノロジーを使えばずっと効率的な治療が可能です。これも、疾患に関わる分子レベルの生物学が非常に複雑でなかなかブレークスルーがもたらされずに来た例の一つです。一方、認知疾患は行動態度レベルでは痛いほど明白です。また認知刺激という形での行動療法が効くことも非常に明白です。例えばこの研究では、1日1時間の認知刺激トレーニングを1週間に5日、8週間にわたり受けた患者の聴覚記憶および注意力は、トレーニングを受けなかった患者に比べて著しく高いという結果になりました。

取り組むべき大きな課題がいくつかあります。行動態度とは毎日のすべての瞬間の何千もの小さな決断の結果です——立つか、座るか?このビールを飲むか?定期的に深呼吸するか?等々。最も大きな課題の一つは、これらの行動態度をどう読み取って、信頼性のあるデータに変換するかです。またサンプル数の小ささという問題もあります。意味ある実験にするためには、現時点では、行動態度を非常に明確に定義することが必要ですが、「Yの条件下で常にXを行う人の小さなサンプル数」を意味することが多いです。行動態度と意思決定の科学自体が複雑で、議論の余地があり、まだ進化途中です。そして会社構築における実践上の諸々の課題があります——この分野で会社を作るなら、臨床科学、データサイエンス、実験アプローチ、行動科学、その上さらに、プロダクトとUIがわかる人を探すことが必要となります。

しかし、まさにそこにチャンスがあります。これらの動きは着実に目前に迫っています。デバイスが私たちの生活に入り込み、健康データがどんどんきめ細かくなるにつれ、私たちの行動態度に関する理解も日々深まっています。行動科学とプロダクトデザインが組み合わさった役割を持つ新たな概念が明らかに生まれ始めています。これらの手段はすべて単独なものではなく、組み合わせることで健康のための行動変容を実現するパワフルな手段になります。これらの点をつなげることができる人は、前述の40%から莫大なシェアを奪うことができ、幅広い人口層の死亡率に大きな影響を与えることができる会社を作る力があるということです。

こんなジョークがあります。配管工は、医者よりも多くの命を救ってきた、なぜなら下水道と衛生状態の改善(およびそれに伴う病気の撲滅)こそが人間の長寿命に何よりも貢献したからだ、と。これと同じように、私たちのライフスタイルという現代の「下水道」をきれいにすることで——魔法の薬でも、複雑な措置でも、陳腐な予防スローガンでもなく、今まさに作られつつある本物のテクノロジーのインフラを通じて——テクノロジーは、とてつもなく大きなインパクトをもたらすでしょう。

 

著者紹介

Vijay Pande

 

記事情報

この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: The Hidden 40% to Unlock Healthcare (and Clean up our Lifestyles) (2019)

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