目次
- 序論
- 資金調達する理由
- 資金調達するタイミング
- 調達する金額
- 資金調達の選択肢
- 評価額――自社の価値はどれくらいなのか?
- 投資家 - エンジェルとベンチャーキャピタリスト
- クラウドファンディング
- 投資家との接触
- 交渉と契約の締結
- 交渉
- 必要な書類
- 次回
- 付録
- 情報源
序論
スタートアップ企業は設備を購入したり、オフィスを借りたり、スタッフを雇ったりしなければなりません。何よりも、スタートアップは成長しなければなりません。ほぼ全てのケースにおいて、これらのことを行うためには外部の資本が必要となります。
企業によって調達される最初の資金は通常、「シード」資金と呼ばれます。このミニガイドでは、会社を首尾よく立ち上げるために重要なシード資金の調達について、スタートアップ創業者が知るべきことをまとめています。
このガイドは資金調達についての完全ガイドとして書かれたものではありません。ほとんどの創業者にとって必要な基本的知識のみが書かれています。情報はスタートアップで働き、スタートアップに投資し、Y CombinatorおよびImagine K12でスタートアップにアドバイスを行ってきた筆者の経験に基づいています。YCのパートナーたちは必然的に資金調達の経験を豊富に積みますし、YCの創業者である Paul Graham 氏 (PG) は広くこのテーマについて広範囲にわたって執筆しています。(注1, 2, 3, 4) 彼のエッセイはこのガイドに含まれる内容をより詳しく扱っており、一読することを強くおすすめします。
資金調達する理由
起業資金の提供なしでは、圧倒的多数のスタートアップは死んでしまうでしょう。スタートアップに収益性をもたせるうえで必要になる金額は通常、創業者やその友人および家族が融資できる能力をはるかに超えます。ここで言う「スタートアップ」とは急成長するように設立される企業のことです。(注12)急成長企業はほとんどの場合、収益性を実現するのに先立って、成長を維持するために資金を使わなければなりません。ブートストラップ (自己資金による起業) に成功するスタートアップ企業もわずかに存在しますが、それは例外です。もちろん、スタートアップではない素晴らしい企業も数多く存在します。そういった企業向けの資金需要の管理についてはここでは取り扱いません。
お金によって可能となるのはスタートアップの存続と成長だけではありません。活動資金はほとんどの場合、主要スタッフの雇用、広報活動、マーケティング、販売といったあらゆる重要な面での競争優位性にもなります。したがって、大半のスタートアップはほぼ間違いなく資金調達を望むことになります。幸いにも、適切なスタートアップに資金を提供したいと望んでいる投資家は多数います。不幸にも、「資金調達は過酷」です。(注1)資金調達のプロセスは往々にして長く、つらく、複雑で、自尊心を失わせるものです。それにもかかわらず、ほぼ全ての企業と創業者が通らなければならない道です。ですが、資金調達をすべき適切なタイミングとは果たしていつなのでしょうか?
資金調達するタイミング
投資家が小切手を切るのは聞かされたアイデアに説得力があるとき、創業者チームがその構想を実現でき、説明されたチャンスも本物で十分に見込みがあると納得したときです。このような話をする準備が整っていれば、創業者は資金調達を行うことができます。そして普通は資金を調達できるならばするべきです。
話す内容も評判も十分に有している創業者もいます。ところが、ほとんどの創業者の場合、そのためにアイデア、製品、ある程度のリピーター (またはトラクション) が必要になります。幸運なことに、今やソフトウェア開発のエコシステムは非常に短期間かつ低コストで、高機能なウェブ製品やモバイル製品を構築・提供できるようになっています。ハードウェアでさえも試作品の製造とテストをすばやく行えます。
しかし、投資家の説得も必要です。見たり、使ったり、触ったりできる製品だけでは不十分なのが普通です。投資家たちはプロダクト・マーケット・フィットが存在することと、その製品が実際に普及していることを知りたがるでしょう。
したがって、創業者は市場機会がどんなもので、顧客が誰かを理解しているときと、ニーズに沿った製品を提供しており、興味深いレベルで急速に普及しているときに資金調達を行うべきです。では、どれほど「急速」ならば「興味深いレベル」と言えるのでしょうか? これは状況によるものの、週10%という成長率が2、3週間にわたって続けば目覚ましいものと言えます。そして資金を調達するため、創業者には目覚ましさが必要です。こういったもの抜きでも投資家を説得できる創業者の場合、「おめでとう」と言うよりほかありません。それ以外の皆さんの場合、製品に取り組みつつ、自社製品のユーザーとも話をしましょう。
調達する金額
理想的には、再び資金調達を行わなくて済むように、収益性を達成できるだけの金額を調達すべきです。これに成功すれば、今後の資金調達が楽になるだけでなく、資金調達の環境が厳しくなっても新たな資金調達なしで生き残ることができます。そうは言っても、ある種のスタートアップにはハードウェアの構築など、追加ラウンドが必要になります。次の「資金調達が可能となる」節目を迎えるために必要な金額を調達することが目標になるはずです。これは通常、12~18か月後になるでしょう。
調達すべき金額を決める際には、いくつかの変動要素との間でバランスを取ることになります。その中にはその金額で得られる発展具合、投資家の信頼、株式の希薄化が含まれます。シードラウンドで渡す自社株を何とか10%まで低く抑えることができれば最高です。しかし、ほとんどのラウンドでは最大で20%の希薄化が必要となりますし、25%超えを避けようと試みる状況になるはずです。いずれにせよ、所望する金額は信頼できる計画と関係していなければなりません。その計画によって、資金の増えるチャンスがあると投資家を納得させるのに必要な信頼性が手に入ります。一般的に得策と考えられるのは、異なる調達金額を想定した複数の計画を立てること、そして満額を調達できても、金額がそれよりいくらか少なくても、その会社は成功するという意見を慎重かつ明確に述べることです。その違いは自社がどれほど速く成長できるかに現れます。
ファーストラウンドで調達するのに最適な金額を見極める方法の一つは、何か月分の営業活動に資金を供給したいかを決めることです。経験則で言うと、エンジニア (シリコンバレーのスタートアップの場合、最も一般的な早期の従業員) には全て込みで1か月あたり約15000ドルのコストがかかります。そのため、平均5名のエンジニアを雇っての18か月間の営業活動を目指して資金調達を望む場合、およそ15000 x 5 x 18 = 135万ドルが必要となります。もし他のポジションについても雇用することを計画しているとすればどうでしょうか? 心配しないでください! これはあくまでも見積もりで、どのような組み合わせで雇う場合についても正確さは十分なものになります。そしてここから、「調達する金額はどれくらいか? 」という質問に対する素晴らしい答えが得られます。すなわち、「N (通常は12~18) か月分の資金調達を行うとすると、Xドルが必要になる」という答えです。ここでのXは通常、50万ドルから150万ドルのあいだになります。前述のとおり、調達に成功する金額に応じたさまざまな成長シナリオ候補を考えておき、NおよびXの範囲については複数のバージョンを用意するべきです。
企業が調達する金額には非常に大きなばらつきがあります。この記事では初期の資金調達を取り上げています。これは通常、数十万ドル200万ドルまでの範囲になります。ファーストラウンドの大半は60万ドル付近に集中していますが、主に投資家のシードに対する関心が増しているおかげで、このようなラウンドは過去数年間にわたって規模が増加しています。
資金調達の選択肢
スタートアップの創業者はベンチャー資金調達の背後にある基本概念を理解しなければなりません。それが極めてシンプルな一段落で説明可能なものであればよかったのですが、残念ながら、大半の法的事項と同じく、それは不可能です。ここに大変ハイレベルな概要を挙げていきますが、さまざまなタイプの資金調達に関する詳細や長所・短所について、そしてさらに重要なこととして、そのような契約で知っておく必要のある重要用語 (優先権からオプションプールまで) について、より多くを読んで知ることには時間を割くだけの価値があります。入門としては以下の記事が適しています。
ベンチャー資金調達は通常、「ラウンド」の中で行われます。このラウンドには名称と特定の順番が慣例的に存在しています。最初にシードラウンドがあり、次にシリーズA、その次にシリーズB、さらにその次にシリーズCと続いていき、最後は買収かIPOのどちらかになります。これらのラウンドで必須のものはありません。例えば、企業がシリーズA資金調達から始める (大抵は下記の定義どおり「エクイティ・ラウンド」となる) 場合もあります。この記事ではまさしく最初のベンチャーラウンドであるシードにのみ焦点を当てていることを思い出しましょう。
少なくともシリコンバレーにおいて、大半のシードラウンドが現在、転換社債か将来株式取得略式契約スキーム (SAFE) のどちらかで構成されています。(注17) 未だに株式で行われているアーリーラウンドもありますが、現在のシリコンバレーでは例外です。
転換社債
転換社債とは投資家が企業に対し、「コンバーティブル・ノート」と呼ばれる手形を使って行う貸し付けです。この貸付には元本金額 (その投資の金額)、利率 (通常は最低レートの2%程度)、満期日 (元金と金利を返済しなければならない時期) が設定されます。この社債を利用する目的は、その企業がエクイティファイナンシングを行う際にそれが株式に転換する (そのため「転換」社債) 点にあります。このような社債には通常、「キャップ」または「ターゲットバリュエーション」、そして割引が設定されます。キャップとは、その社債が転換するラウンドでの評価額にかかわらず、社債の所有者が支払うことになる最高実施金額のことです。キャップの肝は、通常の場合、転換社債の投資家は他のエクイティ・ラウンドの投資家と比較すると支払う1株あたりの価格が低くなるという部分にあります。同様に、割引とはそのラウンドの評価額から何%かを割引くことにより、実施金額を低くすることと説明されます。投資家はこれらを自分のシード「プレミアム」だと考えています。また、その条項はどちらも売買可能です。転換社債は満期時 (受取利息とともに返還されなければならない時期) に償還を請求される可能性もありますが、投資家に社債の満期日を延期する意思がある場合もよくあります。
SAFE
YCとImagine K12では、転換社債がほぼ完全にSAFEに取って代わられています。SAFEは利率、満期、返済要件のない転換社債のように機能します。SAFEの譲渡可能な条項はほとんどの場合、金額のみ、もしあればキャップと割引です。SAFEは転換社債よりも複雑な点がやや多く、その複雑さの多くは転換が行われる際に起きることに起因します。読者の方々にはSAFE入門 (注18) を読むことを強くお勧めします。YCのサイト上で閲覧可能です。この入門書にはSAFEが転換する際に起きることに関する事例がいくつか挙げられています。これらの事例は転換社債とSAFEの2つが実際に機能する様子を説明するうえで大いに役立ちます。
エクイティ
エクイティ・ラウンドとは自社の評価額 (一般的に、SAFEまたは社債に記されたキャップがその会社にとっての名目上の評価額と見なされますが、社債やSAFEにキャップが設定されないこともあり得ます)、ひいては株価を設定したのち、その会社の新株を投資家に対して発行・売却することを意味します。SAFEや転換社債と比べると、こちらの方が複雑で費用も時間もかかることは間違いありません。アーリーラウンドでその2つに人気が集まることも納得です。株式発行を計画する際にはいつも法律家を雇いたくなる理由でもあります。
新株の発行時に起きることを理解するには、シンプルな例が役立ちます。例えば、投資前の企業価値が5,000,000ドルのときに1,000,000ドルを調達するとします。また、発行済み株式が10,000,000株ある場合、その株式は次のように売られています。
5,000,000ドル / 10,000,000 = 一株あたり50セント
これにしたがって売却する株数は……
2,000,000株
この結果、新しい合計株数は……
10,000,000 + 2,000,000 = 12,000,000株
また、投資後の企業価値は……
0.50ドル * 12,000,000 = 6,000,000ドル
そして希薄化は……
2,000,000 / 12,000,000 = 16.7%
20%ではありません!
エクイティ・ラウンドには、自社でプライスドラウンドを実施する際に詳しく知っておかなければならない重要な構成要素がいくつか存在します。例えば、株式インセンティブプラン (オプションプール)、残余財産分配優先権、希薄化防止権、保護条項などが含まれます。これらの構成要素は全て交渉の余地がありますが、あなたが投資家たちと評価額について合意 (次節参照) していて、極端に意見が分かれていなければ、契約が結ばれるのが通例です。エクイティ・ラウンドについてこれ以上語ることはしません。シードラウンドにおいてはあまりに稀なためです。
最後に一つ言っておきたいのは、どのような資金調達の形態をとるにせよ、YCのSAFEのようなよく知られている資金調達書類を利用するのが常に最善策だということです。このような書類は投資家コミュニティによってよく理解されており、公平になるように起草されているうえ、投資家にとっても親しみやすいものです。
評価額――自社の価値はどれくらいなのか?
あなたたちはあるアイデア (2、3か月かけてハッキングを行うほどの価値があるソフトウェア) をもち、数千名のユーザーを抱える2人のコンピューターマニアです。自社の価値はどれくらいでしょうか? 答えを教えてくれる数式が存在しないことは明らかなはずです。何らかの価額を正当とする理由は、極めて抽象的な性質のものでしかあり得ません。では、投資家候補と話をする際にはどうやって価格を設定するのでしょうか? ある企業には2000万ドルの価値が、ある企業には400万ドルの価値があると思われる根拠は何なのでしょう? その理由とは、その数字がその企業の価値 (またはその企業の近い将来の価値) だと投資家が納得したからです。それくらい単純なことです。したがって、市場に自社の価格を決定してもらうことと、価格やキャップを設定する投資家を見つけることが最善策です。自社が投資家の関心を生めば生むほど、自社の価額は高い方に流れていきます。
それでもやはり、自社の価値を教えてくれる投資家を見つけるのは状況次第で難しいかもしれません。この場合、通常はすでに評価額の付いている比較可能な企業を検討することにより、評価額を決められます。自社の評価額を決めるうえで重要なのは過剰に楽観視しないことだと覚えておいてください。目標は自分が満足できる評価額、すなわち目的を達成するために必要な金額を、許容範囲内の希薄化で調達できるとともに、投資家が小切手を切るほど十分に妥当かつ魅力的だと思えるような評価額を見つけ出すことです。シード期の評価額は200万ドルから1000万ドルの範囲に収まる傾向があるものの、目的は最高評価額の達成実現ではないことと、高い評価額が自分の成功の可能性を増加させる訳でもないことは肝に銘じておきましょう。
投資家 - エンジェルとベンチャーキャピタリスト
エンジェルとベンチャーキャピタリスト (VC) の違いは、エンジェルはアマチュアでVCはプロという点です。VCは他人の資金を投資し、エンジェルは自分の資金を自分の思うがままに投資します。かなり厳密でほとんどプロのように行動するエンジェルもいますが、大部分はもっと趣味に近い形でやっています。通常、その意思決定プロセスははるかに迅速です (エンジェルは重要な決断を全て自分の思うがままに下せます) し、ほとんどの場合、その決断に入り込む感情の占める割合がはるかに大きくなります。
通常、VCはもっと多くの時間やミーティングを必要としますし、最終決定に関与するパートナーも複数存在します。そして覚えておくべきなのは、VCは大量の契約を確認し、非常にわずかなものにしか投資しないということです。そのため、あなたは大勢の中で目立たなければいけません。
シード (アーリー) 期の資金調達におけるエコシステムは現在、たった5年前と比べてもはるかに複雑になっています。新しい形のVC企業も多く、「スーパーエンジェル」や「マイクロVC」と呼ばれる場合もあります。これらは明確に、全く新しくて最初期の段階にある企業をターゲットにしています。 シードラウンドに投資する従来型のVCもいくらか存在します。そして25,000ドルから100,000ドルの範囲、あるいはそれ以上の額を個々の企業に投資する独立したエンジェルも多数います。新たな資金調達の選択肢も出現しています。例えば、AngelList Syndicatesはエンジェルたちが資金を出し合い、一人のリード・エンジェルに追従できるようにしています。FundersClubは従来型のVCと同じく選択的に投資していますが、エンジェルを自社のVCファンドのLPにすることで創業者が利用できる人脈を拡大しています。
ある企業が投資家の興味を満たし、その関心を高めるにはどうすればいいのでしょうか? もしあなたがまさにデモデーに参加しようとしているならば、多くの投資家たちと会うことになります。そういった、集中力とやる気の高いシード投資家の集団と出会えるチャンスはあまりありません。デモデー以外でベンチャーキャピタリストやエンジェルと会う方法の中でもずば抜けて優れているのは人づてで紹介してもらうことです。また、エンジェルが興味深い企業を自らの人脈に紹介することもよくあります。そうでなければ、自分の人脈の中からエンジェルやVCを紹介してくれる誰かを見つけましょう。もしその他に選択肢がなければ、VCやエンジェルについて調べたうえで、自社の事業や機会についての概要を記した簡潔ながらも説得力のあるメッセージをできるだけ多くに送りましょう (後述の「必要な書類」を参照してください)。
クラウドファンディング
AngelList、Kickstarter、Wefunderなど、新しい資金調達の手段が増えています。このようなクラウドファンディング・サイトは製品を発売したり、プレセール・キャンペーンを行ったり、ベンチャー基金を見つけたりするのに利用できます。例外的なケースとして、創業者がこういったサイトを主要な資金調達源としてや、需要の明白な証拠として使ったこともあります。これらは通常、ほぼ完了しているラウンドを埋めるため、また時には実現の難航しているラウンドを活気づかせるために利用されます。投資をめぐるエコシステムは急速に変化していますが、こういった新しい資金源を利用するタイミングと方法は通常、もっと従来型に近い手法による資金調達の成功次第で決まります。
投資家との接触
あなたが投資家デーで投資家と会っている場合、目標は契約の締結ではなく、次のミーティングを約束することだと覚えておきましょう。あなたのピッチがどれほど素晴らしかったとしても、投資家がそれを聞いた最初の日に契約を決めることはめったにありません。ですから、多くのミーティングを予約しましょう。最も大変なのはその会社にとって最初の資金を得るところだと肝に銘じておきましょう。言い換えるならば、できる限り多くの投資家たちと会う一方で、最も契約を結びそうな人々に的を絞りましょう、ということです。常に最速で資金を得るために最大限努力しましょう (言い換えれば、貪欲に行きましょう)。(注2)
投資家と会う準備をする際に、守るべき単純なルールがわずかに存在します。まず、自分が話をする人を確実に知っておきましょう。つまり、その人が好んで投資するものについて調べ、その理由を把握してください。次に、ピッチを本質的な部分にまで簡略化しましょう。これが最高の製品である理由 (今日、デモはほとんど必須条件です)、自分たちがその製品を作り上げるのにうってつけのチームである理由、そして次代の巨大企業を創り上げるという夢を自分たちと一緒に見るべき理由、といったことです。続いて、その投資家の言いたいことに注意深く耳を傾けるように心がけてください。その投資家をあなた以上に喋らせることができるなら、契約を結ぶ可能性は飛躍的に上昇します。同じようなやり方で、その投資家とのつながりをもつためにできることをしましょう。これこそ、調査を行う主な理由の一つです。企業への投資は長期的な取り組みです。ほとんどの投資家は数多くの契約を経験します。その人があなたを好きであなたの成果との間につながりを感じてでもいない限り、小切手を切ることは皆無です。
そんな小切手を投資家に切らせるべく説得を試みる際には、あなたがどんな人で、どれだけうまく自分の話を伝えられるかが一番重要です。投資家は信用できる夢を抱き、その夢の現実性を証明する証拠を可能な限り豊富に持った、説得力のある創業者を探しています。自分にとって有効なスタイルを見つ出し、ピッチを完璧にするのに必要なだけの努力をしましょう。ピッチは難しく、創業者にとってはしっくりこないこともよくあります。 群衆よりもディスプレイの前にいる方が楽に感じる技術系創業者の場合は特にそうです。ですが誰であろうとも練習すれば改善しますし、膨大な量の練習に代わるものもありません。ついでに言えば、このことはデモデーの用意をしている場合にも、投資家ミーティングの準備を行っている場合にも当てはまります。
ミーティング中は自信と謙虚さをうまく両立させるようにしましょう。決して尊大な方へと傾くことなく、守りに入ることも避け、しかし一方で言いなりになってもいけません。合理的な反対意見は進んで受け入れつつも、自分が正しいと考えることについては擁護しましょう。すると、投資家をその時点で納得させたかどうかにかかわらず、好印象を与えることになりますし、もしかすると次の機会を得られるかもしれません。
最後に、契約の締結を試みることなく、あるいは次のステップについて必要最低限しかはっきりとさせないままで、投資家ミーティングを終えることがないように心がけましょう。物事をあいまいにしたままで席を立ってはいけません。
交渉と契約の締結
シード投資は迅速に契約を結べるのが普通です。前述のとおり、YCのSAFEなど、条項に一貫性のある標準文書を利用するところが利点です。その結果、交渉は全く行われないこともよくありますし、あったとしても評価額 / キャップや、場合によって割引など、1つか2つの変数についてのみ進められることもあり得ます。
契約には勢いがあります。そして、契約を支える勢いを生み出すためのコツは最高の構想を語ること、粘り強さ、足を使うこと以外にはありません。締結するまでには、何十人もの投資家と会わなければならないかもしれません。しかし、物事を開始するために必要となるのは、そのうち一人を納得させることだけです。 (注5) ひとたび最初の資金が入れば、それに続くどの契約の締結も迅速かつ簡単になります。(注6)
ある投資家が参加すると言った時点で、ほとんど終わったようなものです。そこがハンドシェイクプロトコルを使いながら迅速に締結すべきタイミングです。この時点以降に交渉を失敗するとすれば、それはおそらくあなた自身の責任です。
交渉
VCまたはエンジェルとの交渉を始める際には、その相手は自分よりも経験を積んでいるのが普通なため、大抵はあえてリアルタイムで交渉しない方が良いということを忘れないようにしましょう。要求されたものを携えて、YCやImagine K12のパートナー、アドバイザー、法律顧問に助けを求めに行きましょう。ですが、ある特定の要求された条項がとんでもなく酷いものかもしれませんが、信用できるVCやエンジェルの要求するものの大多数は妥当なものになる傾向があることも覚えておいてください。そのVCやエンジェルの要求しているものとその理由について、正確な説明を躊躇せずに求めましょう。その交渉が評価額 (またはキャップ) に関連するものである場合、例えばあなたがすでに締結した他の契約など、考慮すべき事柄は当然ながら数多く存在します。しかし、このアーリーラウンドで決めた評価額がその企業の成功または失敗にとって問題となることはめったにない、ということを覚えておくのが重要です。可能な限り最高の条件で契約すべきですが、大切なのは契約すること自体です! 最後に、いったん承諾を得たら、ぐずぐずしていてはいけません。投資家の署名と資金をできるだけ速やかに獲得しましょう。SAFEが人気である理由の一つは、書類に署名して間もなく資金が譲渡されるという、締結の仕組みのシンプルさにあります。ひとたび投資家が投資を行うと決めてしまえば、署名済みの書類をオンライン上で (例えば、ClerkyやIroncladを使って) 交換してから振込を行う、または小切手を送るのに数分もかからないはずです。
必要な書類
シードラウンド用のデュー・ディリジェンス書類を作成するのにあまり時間をかけ過ぎないようにしましょう。あまりに多くのデュー・ディリジェンスや財務諸表を要求する投資家がいる場合、その人はほぼ間違いなく避けるべき人物です。投資家に一通りの説明ができるうえ、残しておけばVCが他のパートナーに見せる可能性もあるエグゼクティブ・サマリーとプレゼン資料がおそらく必要になります。
エグゼクティブ・サマリーは枚数を1、2ページ (1ページが望ましい) に抑えるべきです。また、構想、製品、チーム (所在地、連絡先情報)、トラクション、市場規模、最低限の財務諸表 (もしあれば収益と以前および現在の資金調達) が含まれるべきです。
一般的には、プレゼン資料が後で読んでも理路整然として分かりやすいものになるように心がけてください。グラフ、図表、スクリーンショットは多くの言葉よりも強力です。プレゼン資料はもっと具体的な話をはめ込んでいくための枠組みだと考えましょう。決まった形式や順番はありませんが、次に挙げるような部分が存在するのが普通です。自分に合ったピッチ、プレゼンの方法、あなたが望む形で自社を説明する方法を作り上げましょう。また、以下のテンプレートが気に入らなかったとしても、エグゼクティブ・サマリーと同様、オンライン上には類似のものが多数存在することにも留意しておいてください。
1. 自企業名 / ロゴ / キャッチコピー
2. ビジョン - その新しい会社が存在する理由についての極めて包括的なあなたの見解。
3. 課題 -顧客のために何を解決しようとしているのか? 悩みの種はどこにあるのか?
4. 顧客 - どのような人々か? またその人々の心を動かすと思われる方法は何か?
5. ソリューション - 何を作り出しているのか? また、今が適切な時期である理由はなぜか?
6. アプローチしている (巨大) 市場 - 可能であれば、有効市場 (TAM) > 10億ドル。もっている中で、これが正しいことを示す最も説得力のある証拠を入れましょう。
7. 市場の状況 - 競合他社、マクロトレンドなどを含む。他の人にはない自分だけがもっている見識は含まれていますか?
8. 現在のトラクション - スケーリングと将来的な顧客獲得のための主要な統計や計画を一覧にする。
9. ビジネスモデル - ユーザーから収益を引き出す方法。実情、計画、希望。
10. チーム - 自分たちが何者で、どのような経歴をもっているのか。また、成功するために必要なものを自分たちがもっているという根拠。写真と略歴でかまいません。役割を明記しましょう。
11. 概要 - 3~5個の主な重要事項 (市場規模、主要製品の見識、トラクション)
12. 資金調達 - すでに調達しているものや現在調達を計画しているものを含める。何らかの財務予測があれば、それもここに入れましょう。ある投資金で購入するものを示した手短な製品ロードマップ (最大6四半期分) を任意で含めることもできます。
次回
スタートアップ投資が急速に進化していることは注目に値します。また、このガイド内の特定の要素もいつかは時代遅れになっていく可能性は高いです。そのため、更新や今後の記事をチェックするように心がけてください。現在、ベンチャー資金調達について利用できる情報はとてつもない量になっています。いくつかの情報元を参考文献として記すとともに、それ以外のものもこの文章の最後に一覧でまとめています。
資金調達は欠くことのできない、時に苦痛を伴う業務です。ほとんどのスタートアップが定期的に耐えなければいけません。創業者の目標はどんな時でも、可能な限り迅速に資金を調達することであるべきです。創業者の方々がベンチャー資金調達のファーストラウンドで調達に成功するように、このガイドが役立てば幸いです。それがほとんど不可能な任務に思えることもよくありますし、達成した時には非常に険しい山を登り切ったかのような気持ちになるでしょう。ですが、それは資金調達の過酷さに気を取られてしまっています。ひとたび未来へと注意を戻せば、それがこれから真に登るべき山岳のふもとにたたずむ小さな丘に過ぎなかったことを実感するでしょう。自分の企業を作り上げる仕事に戻る時です。
この文章の礎となる知識や研究を提供してくださった方々に多大なる謝意を表します。当然ながら、いかなる不備についても全て筆者に帰するものです。ご意見やご質問があれば、geoff@yahoo.comまでメールをお送りください。
付録
資金調達で守るべきルール
- 資金調達はできるだけ早く終わらせ、製品と会社の構築に戻るべきです。しかし、同時に……
- あまりに早い段階で資金調達を止めてしまってはいけません。資金調達が難しいとしても、戦い続けて生き延びましょう。
- 資金調達をする際には「貪欲」に行きましょう。すなわち、「期待値で重み付けした幅優先探索」です。(注2)これはどういう意味かと言うと、できるだけ多くの人々と話をしつつ、契約を結ぶ可能性の高い人々を優先するということです。
- いったん誰かが承諾したら、先延ばしにしてはいけません。書類には署名を、銀行には資金をできる限り速やかにもらいましょう。
- 情報のためには常に全力を出しましょう。あなたの会社が現時点で最高の値打ちがあると言えるのであれば、それは素晴らしいことです。しかし、他の誰もがエンジェルや他のベンチャー投資家の関心を引こうと狂ったように働いています。
- 誰もだましてはいけません。自分自身もチームの他の人々も、最高レベルの倫理規範をもちましょう。シリコンバレーは非常に狭い場所です。悪評は払拭するのが困難です。物事には誠実に対処しましょう。そうすれば後悔することはありません。その方が気分も良くなります。
- 投資家は多種多様な断り方をしてきます。起業家にとって最も大変なのは投資家に断られているときとオーケーと言われているときを理解することです。PG氏はよくこのように言い方で断ります。「ジュースが無くなったのなら、ストローで吸うときのあの不快な音は止めないといけません」。 ですが、それは別の時点、考え得る限り最高に仲が良い場合では意味が異なり、「イエス」という意味かもしれないことは忘れないでください。
- 自分と自社に合ったスタイルを作り上げましょう。
- 秩序を保ちましょう。共同創業者はできるところで業務を分担すべきです。必要であれば、契約の経過を追えるようにAsanaのようなソフトウェアを使いましょう。
- 図太くありながらも、自信と謙虚さをうまく両立させましょう。また、決して傲慢になってはいけません。
投資家と話を進めている最中にしてはいけないこと
以下のことはしてはいけません。
- 何らかの不誠実な言動をとる
- 傲慢あるいは不愛想な態度をとる
- 過度に積極的な態度をとる
- 優柔不断なように思わせる (ただし「まだよく分からない」と言うことはかまいません。)
- 相手が口を挟めないほどたくさん喋る
- フォローアップや契約の締結が遅い
- 口頭または書面での約束を破る
- 詳細な財務諸表を作成する
- 明確な理由も添えずに、市場規模について非常識な数字を使う
- 知らないことを知っていると言い張ったり、知らないということを恐れたりする
- 分かりきったことに時間を使う
- 重要ではないささいなことに忙殺される (ミーティングから遠ざかってしまわないようにしましょう)
- NDAを要求する
- 自分が資金調達の達人でもないのに、投資家同士が争うように仕向ける
- リアルタイムで交渉しようとする
- 自社の評価額を過度に楽観視したり、株式の希薄化について心配し過ぎない
- 「ノー」という言葉を個人攻撃ととらえる
重要ワードのミニ用語集
探している用語がここに載っていない、または定義に異論がある場合は、より信頼できる情報源を得るためにInvestopediaへアクセスしてください。
- エンジェル投資家 - スタートアップ企業に投資する (通常は) 裕福な個人投資家。
- キャップ / ターゲットバリュエーションプライスドラウンド - 転換社債の投資家にとっての最大実施金額。
- 転換社債 - これは株式に転換される予定の債務証書です。転換先は通常、優先株ですが、普通株の場合もあります。
- 普通株 - 創業者および従業員に対して一般的に発行される株式資本金。権利、株式売買選択権、優先権は最小限度しかないか、全くありません。
- 株式の希薄化 - 新株の発行により、1株あたりの権利の割合が低下すること。
- 割引 - SAFEまたは社債保有者に対して実質的な価格を下げるために、投資前の企業価値から一定の割合だけ割引くこと。
- エクイティ・ラウンド - 投資家がその企業のエクイティ (株式) を購入する資金調達ラウンド。
- 完全希薄化後株式数 - その企業の資本金に関する発行済み株式の合計数。既発ワラント、オプション付与、その他の転換社債を含む。
- IPO - 新規株式公開、企業が初めて株式を公開すること
- リード投資家 - 一般的に、あるラウンドにおいて他の投資家たちをそのラウンドに呼び込む最初にして最大の投資家。
- 残余財産分配優先権 - イグジットの際、優先株を持った株式保有者が普通株保有者よりも前に自分の資金を会社から回収できるようにする会社設立許可状内の法規定。
- 満期日 - 約束手形が満期になる (または転換社債の場合にはその約束手形が株式に自動的に転換する) 日付
- エクイティ・インセンティブプラン / オプションプール - 従業員およびコンサルタントに与える目的で割り当てられ、確保されている株式。
- 優先株 - 企業について発行されており、普通株と比較して特定の権利、株式売買選択権、優先権が与えられている株式資本金。自動的に (例えば、IPOの場合)、 または優先株保有者の選択 (例えば、買収時) によって、普通株に転換できます。
- 投資前の企業価値 - 投資家の資金が追加される時点よりも前の企業の価値。
- プロラタ (または優先的引受権) - 後続の資金調達ラウンドにおいて、保有者が自らの所有割合を維持できるようにする契約上の権利。
- 保護条項 - 優先株の保有者に対して排他的な投票権を与える会社設立許可状内の規定。例えば、これらの株式保有者の承認 (投票は他の株式所有者とは別に行われる) が買収の要件となる場合もあります。
- SAFE - 株式取得略式契約スキーム、Y Combinatorによる転換社債の代替。
- TAM - 有効市場。ピッチにおいて、これは自社が販売している製品にとって獲得可能な合計収益の推定値です。
- ベンチャーキャピタリスト - プロの企業内投資家。リミテッド・パートナーの資金を投資します。
情報源
- A Fundraising Survival Guide (lionfan さんの日本語訳), Paul Graham
資金調達を生き残り、成功させるためのテクニック集 - How To Raise Money (Gengo での翻訳), Paul Graham
資金調達に関する詳細な考え方について。必読。 - The Equity Equation (lionfan さんの日本語訳), Paul Graham
投資家からオファーを貰うかどうかを決めるときの方法 - The Future of Startup Funding (lionfan さんの日本語訳), Paul Graham
スタートアップの資金調達がどのように進化するか - How to Convince Investors, Paul Graham
どうやって投資家を説得するか - Investor Herd Dynamics, Paul Graham
アーリーステージの起業に対して投資をするときに、投資家がどのように考えるか - “Venture Deals”, Feld and Mendelson
ベンチャー投資に関する本質的な内容(本) - Raising Money for a Startup, Sal Khan
Sal Khan によるスタートアップの資金調達について - Venture Hacks: Debt or Equity, Babak Nivi
デットかエクイティかのディスカッション - Venture Hacks: First Time, Babak Nivi
一度目の起業をする起業家へのアドバイス - How Much Money To Raise,
Fred Wilson による幾ら資金調達をするべきかのアドバイス - “Startup = Growth”,
Paul Graham によるスタートアップに関する記述 - Venture Hacks / Babk Nivi: Should I Raise Debt or Equity
デットかエクイティかのディスカッションに関するベストな答え - Fred Wilson: Financing Options
その他のデットかエクイティかのディスカッション - Mark Suster on Convertible Debt
転換社債に関する問題点の分析 - Clerky Guide
Clerky のドキュメントとガイド。始める場所として最適。 - Announcing the Safe, Paul Graham
SAFE (simple agreement for future equity) について。コンバーティブルノートに代わるものとして。 - The Safe Primer, Carolynn Levy
SAFEに関する詳細な情報と、様々なケースにおいてどのように機能するかの例 - The Handshake Deal Protocol, Paul Graham
口頭でのコミットメントを実際の取引へと変えるのを助ける、標準的なプロトコル
記事情報
この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: A Guide to Seed Fundraising (2016)