実践キャズム越え (a16z, Martin Casado)

キャズム前のスタートアップの話題は、私がキャズム前の技術(ソフトウェアで定義されたネットワーク構築)に関する会社を(多くの仲間たちと共に!)創業した元起業家として、長い間心を奪われてきたことです。そして、学術論文から製品ラインまで、幅広く携わりました。だから、最近ではキャズムを克服しなくても問題ない場合もあるという議論があるにも関わらず、私がまだキャズムを乗り越えていない(つまり「キャズム前」の)スタートアップに特に関心を持つのも当然のことです。キャズム克服モデルの応用は、その実践面で必ずしも単純ではないためです。オープンソース、クラウド、およびボトムアップサービスにおけるトレンドが企業内の技術採用を推進している現在の状況では、このことが特に当てはまります。

1991年に始めて『Crossing the Chasm』を出版したGeoffrey Moore氏は、私の記事に対して素晴らしく思慮に富んだ返答を書いてくれました。Moore氏の全体的な見解は、「口コミで広がるあらゆるアイデアと同様に、[『Crossing the Chasm』のミームは]意図していなかった意味を積み重ねており、その一部は明らかに間違っている」というものです。その全ての返答と、著書も読むことを強くお勧めします。Andy Rachleff氏(スタンフォードの講師、Benchmark社の創業者、そして5年以上にわたる私の会社の取締役)は、しばしばこの著書の内容を引き合いに出します。また、私たちの会社はこの本を、市場開拓戦略全体を通した検討のための基本モデルとして利用しました。私たちは新製品を市場に投入した際に、アイデアと結果予測をより深めるため、VMware社(私たちの会社を買収した会社)の幹部たちと話をしに来てもらうことをMoore氏に依頼したほどのファンでした。Moore氏の話は非常に有益で、私たちの戦略の基礎となりました。その戦略の下、現在その製品ラインは10億ドル規模に成長しています。

だから私はMoore氏の仕事のファンであり、彼の記事の多くに賛同します。しかし、私が指摘しており、この記事でさらに強調したいと考えているより幅広いポイントは、キャズム克服モデルの応用は単純ではないということです。創業者としての視点から見れば、そのモデルは必ずしも期待通りに行きません。実践での適用に対して多くの微妙な差異が存在するのです。また、速いペースで進む今日の技術と上述の長期的トレンドを考慮した場合、それらの差異はより顕著になっていると言えるでしょう。

以下では、過去の記事で私たちが取り上げた分野の内の最初の2つだけに焦点を当てます。ただし、最初から最後まで同じような議論になるかもしれません。

まず、地理的拡大について議論しましょう。私は初めから、地理的拡大はさらにもう1つのキャズムだと言ってきました。Moore氏が私たちに気付かせてくれる通り、キャズム克服を左右する3つの要素は、「強みを生み出す説得力のある使用事例、使用事例を成功させる完全な製品、およびマーケティングメッセージを伝えて強化する口コミのコミュニティ」です。

彼はさらに、新たな地域に進出する際、「特に製品志向の流通チャンネルを通して進出しようとしている場合、この規律を維持するのは非常に難しい」と付け加えます。そのような場面でこのモデルが理論上有効なのは本当ですが、実践面では厄介です。その理由は、単に「規律を維持する」ことが難しいためではありません。モデルの適用において多くの創業者が、他の2つの条件を満たしていれば市場には口コミのコミュニティも存在するという推測上の飛躍を起こすためです。

私たちの場合、ニューヨークの金融部門は英国の金融部門と頻繁に話をすることを知っていました。そして私たちはニューヨークで多くのポジティブな顧客牽引力を持っていたため、まさしくこの垂直ラインに沿って海外進出することを選びました。口コミのコミュニティ内に留まろうとしていたからです。しかしすぐに、英国ではターゲットとしていた企業が非常に異なる競争環境に置かれており、しばしば異なる技術や経営上のスタックを持っていて、全く異なる提携関係に依存していることが分かりました。特にここで関係するのは、技術スタックの多く(およびそれを取り巻くエコシステム)は、オープンソース技術の基本的なボトムアップでの採用と同じくらい大きく、トップダウンでのベンダーセールスに影響を受けているということでした。彼らは私たちが売ることのできなかった同類のニューヨークの企業とは全く異なっていました。

最終的にはそれに気付いたものの、それまでに何年もかかりました。そしてそれまでに私たちは、複数の関係ない他の垂直分野にすでに取り組んでいました。もしまた同じことをするとしたら、私は国際的な関連性/口コミコミュニティー内で拡大しようとするのではなく、まず米国内の異なる垂直分野に対して拡大することに注力したでしょう。私たちにとって地理的なキャズムは、そのキャズムを埋めるための口コミネットワークの力よりも、ずっと大きなものだったのです。今となっては、このポイントは以前に経験したことのある人には明白なことのように思えるかもしれません。しかし私のような初めての創業者にとってはそうではなく、残念なことに私が長年観察してきたその他の多くの企業と同じような遠回りをするのを見てきました。

Moore氏の議論に応えて私が指摘したいその他のポイントは、スタートアップとの競争意欲を欠く既存企業に関することです。

「既存の大手企業は、キャズムの克服を妨害することに意義も関心も置いていません。彼らにとってはそのような小規模では経営が成り立たないからです。5,000万~1億ドル規模の市場は巣立ったばかりのスタートアップにとっては天の恵みですが、数十億ドル規模の企業にとっては時間の無駄です。彼らのできることはそのような局地的な市場を先に獲得してしまうか、あるいは最悪の場合、そういう破壊者たちとのアクセスを妨害することで市場を潰してしまうことです。ただしこの策略は、消費者市場でしか通用しません。B2B市場ではその製品やサービスが本物の強みを生み出す限り、あなたの顧客層は既存企業が競争に取り掛かるよう圧力をかけることができます」

私は賛同しません。企業を取り巻く状況はクラウドオープンソースのおかげで、既存企業がキャズム前の製品とわざわざ競争するのではなく、むしろより競争できるまでに発展しました。このことは、既存企業が技術流通チャンネルを保有している分野で特に顕著です。AWSの例を見てみましょう。彼らはAWS上で運営されている全てのサービスを完全に見ることができます。もし勢いを増している特定のサービスを見つけた場合、そのコードがオープンソースであれば、彼らは簡単にそのサービスを自分たち自身で提供することができてしまいます。

実際にこのことは、スタートアップがそのようなオープンな行為を認めないようにライセンスを変更するため、自分たちのオープンソース コミュニティーとぶつかる可能性が出てきたという問題になっています。ConfluentMongoDBは、まさにそのことの最近の2つの事例です。MongoのEliot Horowitz共同創業者兼CTOはこう言っています。「残念なことに、ひとたびオープンソースプロジェクトが興味深いものになれば、そのソフトウェアを開発してこなかったクラウドベンダーが全ての価値を独り占めしてしまうのはあまりにも簡単です。一方で、コミュニティーに返ってくる恩恵はほとんどありません」

また、たいていの場合オープンソースプロジェクトは、誰かがマネタイズの方法を考案するずっと前から「興味深いもの」です。その事例はたくさんあります。2010年にRackspace社がOpenstackを発表した時、クラウド勢力図の状況ががらりと変わり、直後にこの分野で多くのスタートアップがピボットしたりイグジットしたりする原因となりました。この時、業務用クラウド製品はまだ「キャズム前」で、売りにくいものでした。それにも関わらずRackspace社にとっては、関連性やマインドシェアを上げることは合理的な動きでした。後にGoogleはKubernetesやIstioで再び状況を変え、クラウドの勢力図やデータセンター内のL7サービスを一新しました。

これらの例のいずれにおいても、その分野のスタートアップは既存企業による動きと闘わざるを得ない状況になっています。

さらに、「[既存企業の]できることはそのような局地的な市場を先に獲得してしまうか、あるいは最悪の場合、そういう破壊者たちとのアクセスを妨害することで市場を潰してしまうことです」との見解は、もはや当てはまりません。ボトムアップおよび開発者主導の採用の基本的な性質により、企業はますます多くの消費者スタイルの成長カーブを目にし始めています。そのため、既存企業は市場を先取りする(またはその市場が頭角を現す前に潰す)ために、オープンソースや無料サービスをリリースするようになっています。

既存企業は破壊の歴史から教訓を学んでおり、収益を生まない開発者という現象が今でも存在に関わる大きな脅威たり得ることに気付いていると私は思います。(私が既存企業の事業部門を経営していた時、それは確かに事実でした。)スタートアップ企業がそれらの状況を乗り越えられないと言っているわけではありません。彼らは乗り越えられます!私はただ、既存企業は反応しないし、反応できないだろうという仮定の上に自分の戦略の基礎を置かないだけです。彼らは反応できるし、反応します。

Geoffreyにはこの敬意を持ったやり取りに改めて感謝を述べたいと思います。私は今でも彼とそのモデルの大ファンです。しかし、キャズムで悪戦苦闘しており、それが彼ら(またはその取締役たち)の予想よりも整った場所でないことに気付いているスタートアップ企業にとって、今日私たちが生きるより混乱した世界で導いてくれるものがないのであれば、この堂々巡りの議論が何らかの慰めになることを願っています。

 

著者紹介 (本記事投稿時の情報)

Martin Casado

Martin Casado は Andreessen Horowitz のジェネラルパートナーです。彼は以前、2012年に VMWare に買収された Nicira の共同創業者で CTO でした。VMWare で、Martin はNetworking and Secruity Business のVPならびにGMでした。

記事情報

この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: ‘Crossing the Chasm’, in Practice (2019)

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