終わりのないキャズムと、どうやってそこで生き残るか (a16z, Martin Casado)

「キャズムを超える」とは、ほぼ全ての製品やスタートアップのあいだで普及している概念です。また、起業家がイノベーション理論を考えるうえで便利な視点でもあります。このコンセプトは同名タイトルの人気書 (『キャズム (原題 "Crossing the Chasm") の中で最初に生み出されました。この本は「イノベーションの普及 (diffusion of innovations) 」に関する別の先行書籍を参考にしたものです。どちらの本でも主張されていることをかいつまんで言うと、ある任意の製品の市場が成熟する前、そのスタートアップがキャズムを超えるまでの期間には、「アーリーアダプター」と「アーリーマジョリティ」とのあいだにギャップが存在しています。

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ハイテク関係の創業者にとって、このモデルはあらゆる物事の考え方、特にセールスの考え方に影響を与えます。このモデルによると、キャズムを超えるまでのあいだ、セールス活動は普及を目指して積極的に行われなければなりませんし、セールスサイクルも長くなります。また、スタートアップは生産性の停滞に苦しまされます。ですがひとたびキャズムを超えれば、おめでとうございます、そういった Product Market Fit の問題は解消され、後に残る課題は需要に応じることだけになります。なぜなら、キャズムを超えた時点で、自社は困難な「プッシュ型市場」から、顧客が自然と引き込まれる「プル型」の市場へと移るためです。

これは有用な理論です。私は自分自身の企業について検討する際、自ら学んだ、あるいは人から聞かされた教訓とともにこの理論も用いました。ですが、幅広い実践の中において、「キャズムを超える」状況はほとんど展開されません。さらに悪いことに、この理論を知ったスタートアップ創業者の中には、実際には何年間も市場の開拓に悪戦苦闘しているにもかかわらず、それは単なる時間の問題で、待っていればいい (「私たちは今まさにキャズムを超えているんだ」) という感覚を抱いてしまっている人が無数にいます。さらに、技術がどれほど急速に変化しているかを考えれば、ますます多くのスタートアップがますます多くの時間をキャズムの中で費やしていき……決して出られないかもしれません。そしてどうなるでしょう? いえ、言わなくても結構です。

時には巨大な企業でさえも、IPOからそれ以降もずっと、ライフサイクル全体を通してプッシュ型のセールスサイクルに多大な労力を払います。比較的新しい企業の中には、市場の変化に対応するために複数の製品を発表せざるを得なくなっているところもあります。他にはサービス企業へとピボットするところ、さらには薄利かつ長期的かつ複雑なセールスサイクルを何年も経験しているところもあります。とはいえ、成功する可能性はまだあります。私自身の経験においてさえ、収益が5億ドルを超えるまで 、市場へ入り込むために懸命に働かなければなりませんでした。では、 自分がそういったタイプの状況にいるか否かはどうすればわかるのでしょうか? また、どうすれば取締役会の予想を調整し、それに応じた成長計画を立てられるようになるのでしょうか? これから、企業があの有名なキャズムにはまりながら、得がたくも巨大なプル型市場を求め続けている状況に関する多数の例 (および仮定) を見ていきます。しかし、自分がどの地点にいるかを知ることが、その終わらないキャズムをうまく乗り越える上で重要な部分です。

新たな地域は必ず新たな (そして多くの場合は非常に厳しい) 市場となる

米国内では成長したという楽観要因に支えられ、スタートアップが国際的なセールスに対して多額の投資を行っている例を私は見てきました。そしてその後、成果を挙げることに失敗します。

ある会社が米国で収益化できているからと言って、まだ他の市場も容易に手に入ると決まったわけではありません。当たり前に思えるかもしれませんが、EMEA、ラテンアメリカ、APACへの進出は最初の市場への進出よりもずっと困難な場合があります。米国内だけで収益が5000万ドルを上回っていて、まだ国際市場に進出していないという企業はめったにありません。

多くの場合はセールスリーダーがその責任を負わされますが、CROを1、2回交代させたのち、その企業は自社が実は全く異なる市場に取り組んでいることを理解します。その結果、次に企業はその問題を診断する方法を (理想としては対処する方法も) 変更します。問題の原因となっているのは市場開拓戦略なのでしょうか、それとも製品自体なのでしょうか? その両方という場合もよくあります。地域が異なれば、同時に競争環境とパートナーエコシステムも異なるうえ、価格感度や製品の大きな変更が必要となる規制要件も異なります。

市場の既存企業との戦いは永久にキャズムの中にとどまることを意味するかもしれない

標準化されていないプラットフォーム上で大半のセールスルートを下支えしている既存企業が地位を得ているせいで、競争環境における背信行為は新たなレベルに突入しているかのようです。例えば消費者向け分野では、GoogleとFacebookが顧客獲得をこの2社に頼っているスタートアップに対し、膝を撃ち抜くような真似をしていることでよく知られています。

企業向け分野では、AWSが自社ユーザーと競合するサービスを当たり前のように提供しています。Googleは常習的にオープンソースのある市場をめちゃくちゃにしています。そして、たとえスタートアップに対するこのような対抗措置がないとしても、従来から存在する企業は「得意先の管理」と流通ルートからの閉め出しを行い続けます。それはつまり、スタートアップはたとえ自らの製品の方が優れていたとしても、既存企業に取って代わろうとするには極めて不利な立場にいるということです。

前述したこと全ての結果として、市場の規模とスタートアップの規模とを比較してみれば、スタートアップはおそらくIPOの領域に至る際に過酷で変化しやすい競争に直面することになります。ですが、この投稿記事の要点は、企業はIPOやその先も含めて、キャズムを超えていなくても成功できると主張することです。

市場がいつも予想どおりの大きさとは限らない

もう一つの典型的な結末は、スタートアップがとても、非常にうまく行ってもなお、最終的に比較的小さい市場に行き着くというものです。このような例では、スタートアップはその特定の製品について確かにキャズムを超えてはいるものの、その製品の市場の規模が十分な量の流動性を生み出していません。

したがって、このようなスタートアップは現在の提供品を拡大させるか (最善のケース) か、さらに第二の製品を発表することにより、別の市場キャズムに突入せざるを得なくなります。これを実行に移すのは並外れて難しい一方 (スタートアップにおいて、2つ以上の製品を開発することの是非、方法、タイミングの割り出しは一筋縄ではいきません)、その企業に選択の余地がない場合もあります。装備を整えて再び戦場に突入する方が、流動性の道を絶たれながら生ける屍として耐え忍ぶよりもましです。

一部の市場は決してプル型にはならない

「どのようなケースであろうとも、市場が成熟するとスタートアップ側から継続的に「押し出す」 (プッシュ) 必要が薄れ、市場の方から製品を「引き込む」 (プル) ようになる」と考えることは単純に間違っています。

一部の製品は市場を独占するまでずっと、セールス (または「挿入」) することがひたすら困難なままです。ここでの「挿入」は、何らかの技術的または教育的な業務を要する企業に対して製品を売り出すという意味です。しかし、製品の挿入が消費者に破壊的な影響を与える状況は多数存在します。例えば、レガシーシステムからの大規模なデータ移動が必要かもしれません。あるいは、多くの習慣的な作業を従来の業務環境に関連させなければならないかもしれません。さらに悪ければ、現行の製品 / システム開発プロセスに挿入しなければなりませんし、まだ他にも考えられます。

どのような理由であれ、このような市場の製品では、売上が1億ドルに到達してから十分な時間が経つまで、そのセールスが反復性のある「簡単」なものになることはありません。仮に自社がそのような製品を抱えていたとしても大丈夫です。このような状況においては、サービスに比重を置くことを通常おすすめしています。その製品の挿入が難しければ、製品を挿入する業務を自らのスタートアップの中核的能力にすることにより、そういった摩擦を減らせます。利益率には影響を与え、セールスサイクルも長いままになる可能性が高いものの、その方法を取れば自社の運命をよりうまくコントロールできるようになります。運が良ければ、その市場やパートナーエコシステムが徐々に成熟するにつれて、その統合業務をパートナー企業に売り払えるようになるかもしれません。

あなたの選んだ市場の買い手へのセールスがとても難しい場合

自社製品にとって理想的な買い手に基づいてビジネスを構築することに多大な労力をかけていると、自社製品の市場が厳しく、場合によってはキャズムを超えられない市場となります。筆者の経験では、これには非常に典型的な例が2つあります。すなわち、(1) 「テクノロジー」以外の垂直産業と、(2) 低迷中の業界向けに販売するテクノロジー産業です。

(1) の非テクノロジー系のセールスについて、多くの伝統的な垂直産業は単純にソフトウェアの購入方法を知りません。これについて消費者サイドでよくある例は、たとえばLyft/Uberが最初にタクシー企業にソフトウェアを販売していたとしても、その業界は役立ったであろうテクノロジーを吸収する能力あるいはプロセスを単純に持っていなかったでしょう。また、ある産業にソフトウェアを購入するプロセスが存在する場合でさえ、そのプロセスがほとんどのソフトウェア企業にとってなじみのある標準的な購入モデルと適合しないこともよくあります。例としては国や地方政府 (調達だけでも年を経た獣が進むかのようです) や農業や工業のような産業 (価格感度が並外れて高くなっています) などが挙げられます。

誤解のないように言うと、このような買い手に応える大企業を築くことも確かに可能です。しかし、成長はより遅く、顧客獲得コスト (CAC) はより高く、年間発注額 (ACV) はより低くなることを覚悟してください。これら全てには多くの理由があります。つまり、顧客にはさらなる教育が必要かもしれません。その業界は価格感度が比較的高いかもしれません。パートナーエコシステムにはるかに多くの教育が必要となるかもしれません (これはよくあることで、その場合にはパートナーが契約に関与すべきです)。

このタイプの買い手で生じがちなもう一つの問題は、そのような買い手には通常、中心となる購入担当がいないことです。たとえいつかのタイミングでその組織と取引をすることができるとしても、のちのちアップセルやクロスセルを行うことはできません。時間が経っても自社の売上継続率は低いままです。(筆者は国や地方政府にセールスする際に、このことをほとんどの場合で経験しています。)

最後に、私が見てきた一般的な傾向は (2) のようにテクノロジーがあまりに多くの業界を混乱させ、買い手の状況も劇的に変化させながら、その市場で販売している全ての企業に影響を及ぼすというものです。(現在、これの典型例はメディアと小売業です。)

主要なロゴマークが低迷中の分野に由来するスタートアップを見るたび、私はそのスタートアップは市場開拓でかなり悪戦苦闘するだろうと即座に認識します。その顧客基盤には強迫観念があります。たとえその顧客から見て、ある強力な製品に高いROIがあったとしても、混乱を経験している買い手の離脱は数字に反映されるでしょう。予算が枯渇する、優秀な人材がその職を離れる、プロジェクトが中止される、といったことになります。ここで、創業者が受け入れねばならない最も厳しい部分は、そのような市場ではスタートアップが市場開拓のためにどれほどうまく立ち回ったかとは無関係に、これが全て起こり得るということです。

この買い手に関する実態把握の真意は「そのような顧客を避けろ」というものではありません! それに従って自分の (そして自社の取締役会の) 予想を設定しつつ、その現実的な成長計画と合致するように評価額とバーンレートを保つ、ただそれだけのことです。しかし、他人が避けている厳しい市場を開拓する勇気は時に、市場のリードという報酬をもたらす可能性があります。

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企業向けスタートアップが Product/Market Fit の獲得をやり遂げ、結果的に大市場での反復可能なセールスモデルを手に入れて市場の方が自社製品を引き込む (そして逆は起きない) 領域に到達したとしたら、すばらしいことです。そのようなケースでは、規模の迅速な拡大が全てです。

ですが、多くの企業はどの四半期ごとに右往左往しなければならず、反復性やそれ以外のものに悪戦苦闘します。買い手が変わり、競争環境が変わり、市場は最終的に予想よりも小さくなり、収益化力は期待よりも複雑化します。挿入が根本的に厳しくなる可能性もあります。そのうえ、スタートアップエコシステムにはかつてないほど多くの人材と資金が流れ込んでいます。つまり、良いアイデアがすばやく商品化され、市場が成熟する前にその売上を食い合う総力戦に移行するということです。

では、どうしてわざわざ面倒なことをするのでしょうか? なぜなら、偉大な何かを築くことに挑戦するためには、成功のために苦労する可能性が必ずあるからです。大半の企業向け会社は一つ一つ (多くはみすぼらしい仕事を) 積み上げて築かれています。筆者の企業の元取締役会メンバーで、現在はパートナーのBen Horowitz氏が以前見事に言い表したとおり、「常に次の一手がある」のです。

ですから、この記事の目的はあなたが自分の一手一手に着目できるようにすることです。そのためにまず「成功する企業は全て、意味のある結果を手にする前にキャズムを超える」という誤解を払拭します。その他、この投稿記事に存在する裏テーマは「生き残りの重視」です。当たり前のように思われますが、そうではありません。単純に、過渡期と停滞期をしのぐために最善の手を打ち、うまく切り抜けるものが勝者となることもよくあります。 市場を支配するチャンスが存在するときには、アクセルを踏みましょう。しかし、これまで概要を述べたような状況にも気を配り、それに従いながら自らの仮定 (そして、そこから導かれる一手) を調整してください。

 

著者紹介 (本記事投稿時の情報)

Martin Casado

Martin Casado は Andreessen Horowitz のジェネラルパートナーです。彼は以前、2012年に VMWare に買収された Nicira の共同創業者で CTO でした。VMWare で、Martin はNetworking and Secruity Business のVPならびにGMでした。

記事情報

この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: The Unending Chasm, and How to Survive It (2018)

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