フレームワークは控えめに

 

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スタートアップやビジネスを進めていくために、様々なフレームワークが提案されています。リーンキャンバス、カスタマージャーニーマップ、共感マップ、バリュープロポジションキャンバス、ジャベリンボード、ペルソナなどなど、様々なツールがワークショップなどで紹介され、日々のビジネスでも活用されているようです。

確かにフレームワークは抜け漏れを確認したり、思考の整理をするために便利な「枠」として使えます。「こうした見方もある」「こうした型もある」ということを体感して理解するためにフレームワークを使うのも有効でしょう。

ただ、私自身は初期のスタートアップにはフレームワークを使わないようお勧めしています。なぜなら手元に情報の少ない初期において、フレームワークは悪影響のほうが大きく、フォーカスを失ってしまうと考えているからです。

三つの悪影響

フレームワークの利用が悪影響を及ぼす点の一つ目は「進捗がある気になってしまう」という点です。

残念ながら、フレームワークを埋めるような活動やチームでの議論をしても、現実にはビジネスは何も進んでいません。ホワイトボードに付箋を貼る作業もそうです。こうした活動は情報の整理にこそなれど、プロダクトを作ることでも、顧客と話すことでもありません。しかし「ワークショップ温泉」という言葉があるように、やっている感だけが成果以上に出てしまうのがこうしたフレームワークを使った作業やワークショップの特徴の一つです。

二つ目の悪影響として、こうした図の作成に「時間を使いすぎてしまう」という状況をしばしば見かけます。フレームワークに沿った図を書こうとするとそれなりの時間を使いますし、使い方を調べたりするだけでも時間が必要です。その時間があれば、顧客ともっと話して、顧客を理解する時間を使えたでしょう。

三つ目の悪影響として、「自分たちの仮説を補強するように使ってしまう」ことが多々あります。それで自信をつけてしまい、それ以上顧客のところに行くことを辞めてしまう状況も生まれやすいようです。また図でまとめると、それっぽくまとまってしまうため、確かに綺麗な成果物は生まれますが、新しいインサイトが出てくるようなことがあまりないように見えています。

これらの結果、フレームワークを頻繁に使ってアイデアを進めようとするチームは成果が出ないことのほうが多いように見えます。おそらくフレームワークを作業は、特定の状況において単なる娯楽よりも悪い「偽の仕事」に近くなってしまうのでしょう。時間を失う最も危険な方法は、娯楽に費やすことではなく、偽の仕事に費やすことだと言われていますが、フレームワークに依存しながら進めることはこうした偽の仕事に近づいてしまう可能性がそれなりにあるため、初期のスタートアップにはお勧めしていません。

フレームワークは使いこなすのが難しい

そもそもフレームワークは使うべきタイミングを見定めるのが難しいものです。ワークショップ温泉にならないように自分たちを律するのもそうですし、どのフレームワークをどのタイミングで使うか、という決定にはそれなりに高度な判断が必要です。

たとえばリーンキャンバスは初期のスタートアップにはヘビーすぎると思います。リーンキャンバスの提案者のAshでさえ、初期はもっと顧客の理解を進めるべきだと考えを改めているようで、最近は顧客フォースキャンバスというものを使うように提案しています。

順序立ててフレームワークを紹介している書籍もありますが、私の知る範囲ではあまり良い順序のものはそう多くありません。良いものを紹介するとしたら、Steve Blank のアントレプレナーの教科書、東京工業大学の Engineering Design Project などになるでしょうか。Google の Design Sprint のような時間を区切ったやり方も、時間を使いすぎず、順序も適切という観点でお勧めすることもありますが、ファシリテーターがいないと時間を使いすぎてしまう危険性もあるので注意してください。

フレームワークを使いこなすにもそれなりの習熟が必要です。見よう見まねでフレームワークを使って、適切に使える人はそれほど多くありません。ロジックツリーやMECEなど、コンサル系のフレームワークをきちんと使いこなせる人がそれほど多くないように、です。慣れた人が傍にいてフィードバックを得ていったり、何度かやることを通してようやく使えるようになってきます。

さらにいえば、こうしたフレームワークで情報を整理する前には、大量の生の情報が手元にあるという前提を忘れてはいけません。

確かに自分たちの業務に関してワークショップを行うときにこうしたフレームワークを使う場合は、既に手元に多くの具体性のある情報があります。しかしスタートアップや新規事業を始めようとしたときには手元にある具体的な情報がそもそも足りていないことも多いように見受けられます。であれば、フレームワークを使うよりもまずは現場に出て、顧客と話し、調査を重ね、そのうえでようやく使うほうが効果的でしょう。

タイミングが不適切であり、習熟していないツールを使って、情報のない状態で行われるフレームワークを使った議論のすべてを無駄とは言いませんが、その作成に使う時間があれば、顧客のそばに行った方が学びが大きいチームのほうが多いので、フレームワークを勧めずに顧客のところに行くことをお勧めしています。

フレームワークは生の情報があるうえで使う

フレームワークを使って生まれるのは一つの仮説です。そして仮説は「事実」と「推論」から成り立ちます。フレームワークは事実の見方のフレームを提供してくれるツールであり、推論を補助してくれるツールですが、その推論が有効になるのは、元となる「事実」が手元にあってこそです。

なのでまずは顧客のところで事実を集めましょう。

フレームワークで整理をする時間を1とするなら、10の時間を使って顧客と話して事実を集めてから、ぐらいの気持ちでやることをお勧めします。

たとえばカスタマージャーニーマップを作るためには少なくとも2時間ほど必要だと思うので、20時間顧客と話してから作っても遅くはないでしょう。ペルソナを作るなら、12人から30人程度と会ってからでも遅くはありません(ロールごとに 5 ~ 30 人という説もあります)。まだ顧客層の固まっていないスタートアップの場合、30人の顧客に会うことは相当難しいはずです。でも、まずは顧客に会いに行くべきです。

また、フレームワークを使って絵でまとめるよりも、文章でまとめることをお勧めします。穴埋め式の文章テンプレートでも構いません。文章にすると自分の考えの抜け漏れにも気づけます。行間が空いているところは不自然に感じることができるでしょう。なお、文章と言っても箇条書きはあまり良くありません。パワーポイントによる死を招いてしまうでしょう。

使い方とタイミングさえ間違わなければ、フレームワークは新しい認知のフレームを提供してくれる有効な道具です。また作業を通して、チームの意識合わせにも使うことができるでしょう。ですが、その前にまずは十分な量の顧客に会いに行き、事実を手に入れてきてみてください。そしてフレームワークをぜひ上手に(そしてできれば控えめに)使ってみてください 😀

 

著者情報

馬田隆明

東京大学 FoundX ディレクター。University of Toronto 卒業後、日本マイクロソフトでの Visual Studio のプロダクトマネージャーを経て、テクニカルエバンジェリストとしてスタートアップ支援を行う。2016 年 6 月より現職。 スタートアップ向けのスライド、ブログなどの情報提供を行う。著書に『逆説のスタートアップ思考』『成功する起業家は居場所を選ぶ』『未来を実装する』。

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