スタートアップにとってディストリビューションは常に難題と言えます。一流企業は流通においては有利です。これは特にFintechについて言えることです。まず、潜在的な顧客の注意をひきつけるのは難しいことです――あなたは、どのくらいの頻度で自分の受けている銀行サービスについて考えるでしょうか。さらに、とても頑固な惰性もあります——あなたは、わざわざ手間をかけて新しい口座を本当に開設したいでしょうか。あるいは、新規ローン(や証券口座、保険、個人退職勘定)のプロバイダーのために、長々とした申請過程を完了したいでしょうか。
このような状況下で、流通はFintechのスタートアップにとっては法外に高くつきます。けれども、そのようなスタートアップが顧客の需要をすばやく、かつ、安価に創出するために(「押す」のではなく)「引っぱる」ことができるレバーがあります——つまり、顧客の変曲点を狙うのです。変曲点とは、(卒業などの)重要な出来事や、(アメリカへの移住などの)ある時点での出来事、(初めての高額な買い物などの)ささやかな瞬間などといった、人の人生において引き金となる出来事です。こうした変曲点にさしかかった顧客を特定し、狙いを定めて、それと関連するものを提供するFintech企業は、顧客獲得単価(CAC)が非常に低くなります。そのような顧客は、新たな金融商品を積極的には探さないでしょう——が、よりよい選択肢を提示されたら、彼らは新たな金融商品を試すことには寛容です。
変曲点の顧客に狙いを定めることは、単なる販売キャンペーンではありません。最適な市場参入(さらに言えば、成長)戦略なのです。
それならば、変曲点戦略はどのようにして機能するのでしょうか。
一般的には、変曲点にある顧客は、既存の金融商品を提供されていますが、不満を持っています。人生で何か出来事が起こるか、あるいは、単純に不満が限界に達するまで時間が経過するかして、彼らは最終的に商品を切り替える準備ができるのです(そうでなければ、惰性が勝利します)。
まさにこれといった時に新規のスタートアップに参加しましょう。
しかし、市場参入の時機がすべてではありません。スタートアップには他にも次のことが必要になります。1) よりよい選択肢の提供に対する認識を促すこと、2) 優れた商品を提供すること、3) 複数の接点を育み、顧客との信頼関係を築くことです。この三冠を達成したスタートアップは、提供する商品を段階的に増やすことにより、「顧客獲得」から「販売拡大」へと移行することができます……そして、成長を始めます。
最高の変曲点は、顧客の人生の早い段階で起こります。その顧客の最初の金融サービス・プロバイダーに簡単になれる時期だからです。人生の初期段階にあるそのような顧客は、おそらく、そのプロバイダーを長期間利用してはおらず(ですから、より簡単に乗り換えさせることができます)、さらに、将来必要になるであろう商品の多くをまだ採用していないと考えられます(アップセルがより簡単です)。
Fintech企業が変曲点にある顧客を対象にする例はいくつかあります。 EarnestとSoFiは、どちらも、大卒者を対象にし、学生ローンの借り換えを提供しています。
SoFiの例を見てみましょう。SoFiは、“HENRY”(高収入で裕福未満)層を、6桁の借金で手一杯の大学 / 大学院卒業直後にとらえて事業を始めました。SoFiは、非常に有利な金利でローンの借り換えを提供しました。例えば、医学生に対してです(書類上はハイリスクですが、将来的な収入の見込みにより、実際にはローリスクです)。
SoFiは、その後、(その前には確保できなかった)その同じ顧客層を対象として範囲を拡大し、住宅ローンなど、人生のより遅い段階の関連サービスを提供しました。第一の商品としてそれらの同じ顧客層に対して新たな住宅ローンを売り込もうとしたなら、せめぎ合う住宅ローン業界で存在感を出すことはなかったでしょう。このような関係性(それ自体が変曲点の上に築かれたものですが)を構築した後にこれを行うことによって、SoFiは、その混雑した業界に参入するだけでなく、存在感を出すことができました。
最近になって、同社は投資サービスも開始しました。ほとんどの消費者の金融の経験は、すべての資金を銀行に預金することで始まります。この方法では、うまくいっても数パーセントしか収益がありません。これは、投資も始めるべきだと感じる程の預金が貯まるまではうまく役割を果たします。ここが、そのような人々が既存の(単に銀行口座に現金を預けるだけの)ソリューションに不満を感じ始め、(SoFiの投資サービスなどの)選択肢を受け入れる局面なのです。
しかしながら、SoFiの早い段階での成功の理由は、変曲点を活用しただけではありません。変曲点は単なる契機にすぎません。商品そのものも優れている必要があります(SoFiはよりよい金利、よりよい顧客サービスなどを提供しています)。さらに、SoFiは、就職斡旋や特別ローン、起業家に向けた資金プログラムなどのサービスを提供することにより、既存の金融機関との差異化を図っています。
変曲点は、卒業や住宅ローンなど、単なるわかりやすくて大きな人生の機会ではありません。大きな買い物など、小さな規模でも起こる可能性があります。例えば、大学を卒業したばかりのミレニアル世代がマットレスを買わなければいけない場合に何が起こるでしょうか。Fintech企業であるAffirm(a16z 投資)は、そのような機会に顧客をとらえています。そして、さらに興味深いことに、販売時点でそうしているのです。
人々は、融資が必要となるような大きな買い物をしようとする場合にはいつでも、複数の業者でAffirmに出くわす傾向にあります。そこでAffirmは、業者の会計の流れに直に入り込み、顧客との関係を構築しています。例えば、顧客がCasper.comでマットレスを買う場合、顧客はいくつかの情報を簡単に入力し、その場で割賦払い融資を受けます(既存の選択肢よりもかなり手軽な処理過程です)。Affirmは、これらの小規模な機会で顧客をとらえた後、わかりやすい料金とタイミングのよいリマインダーによってローン期間に信頼関係を築きます。そしてこの関係性が、さらに多くをもたらす足がかりとなるのです。
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もちろん、誰でも変曲点戦略を採用することができます……一流企業も例外ではありません。スタートアップと一流企業との間の闘いで重要なのは、結局は「一流企業が革新を手にする前に、スタートアップは流通(ディストリビューション)を手にすることができるかどうか」という点です。そこで、スタートアップにとっての難題は、初めの変曲点を超えて、他の商品の提供のために信頼と販売範囲をすばやく拡大することです。これは、一流企業が流通の強みを上手く利用しつつ、自社のよりよい商品を提供することで遅れを取り戻す前に実現する必要があります。
これが意味していることは、スタートアップが勝利する方法の一つとして考えられるのは、一流企業がFintechで革新を「手にした」時には、すでに強力な自社ブランドを構築しているようにするということです。こうすることで、スタートアップは、変曲点で提供された当初の商品を超えた、他の顧客獲得経路を手に入れることになります。そして、それが成長へと結びつきます。
次の主要銀行が、H1-Bビザで入国する外国人労働者によって提示された変曲点の機会を対象にして創業したら、どうなるでしょうか。これらの国外居住者の多くは、祖国での信用履歴が優れている傾向にあり、比較的に高給で仕事をするためにアメリカに来ています。けれども、アメリカで信用履歴がない状態で再出発するということは、自動車ローンや利用制限が数百万ドルを超えるクレジットカードなどの重要な金融商品を購入する資格が認められない可能性が高いということです。いくつかのスタートアップは、これらの外国人に対して、融資を引き受け、またより好条件のクレジットの選択肢を提供するために、既に国際的なデータソースを活用しています(評判、出身校の海外での評価、外国銀行口座におけるキャッシュフローのパターンなど)。一旦、急を要するクレジットへのニーズに対応したならば、他の銀行商品へと拡大する機会は十分にあります。このことは、次の主要銀行になるまで拡大する機会が十分にあることを意味します。
推論に基づく大きな飛躍に聞こえますが、カリフォルニア州サンノゼ出身のイタリア系移民の息子、Amadeo Gianniniが1904年に創業した時のBank of Americaの始まりに似ています。その時代の銀行業務は、資産の保護でした。そのためGianniniは、既存の家族資産の保証をするという当時の伝統に頼るのではなく、性質に基づいてイタリア系移民にサービスを提供することにより(例えば、サンフランシスコのノースビーチの「勤勉な」「肉体労働者」)、それまでのやり方を破壊しました。彼はこの方法を、ここぞという時に資金に手が届く手段を人々に提供することに関する彼の優れた才能と組み合わせました。例えば、他の銀行がキャッシュフローに慎重になったサンフランシスコ地震の直後に、積極的に融資を行いました。Bank of Italyは他の銀行を買収することにより、一連の商品の幅を拡大するまでに成長しました。
現在では、かつてのBank of ItalyであるBank of Americaは、国内における第二の金融持株会社です。しかし同社の始まりは小規模で、そこには変曲点がありました。
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この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: Using ‘Inflection Points’ to Overcome Fintech Startup Distribution Challenges(2016)