セールスサイクルの圧縮とセールスレディな製品 (Sequoia Capital)

Don Templetonを追悼して

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Don Templetonは、〈セールスレディな製品〉の概念を明確に思い描き、発展させました。彼はPeribit(Juniperが買収)、Palo Alto NetworksNimble Storage、Clearwell(Symantecが買収)において、初期の段階から要職に就いていました。これらの企業の同僚は、Donの手順を、ClariSkyhigh Networkをはじめとした数々の企業に持ち込みました。

Donは2014年の夏に他界しました。

私たちがPMF(product/market fit)へのDonの職人的な手法を〈Templetonの圧縮〉と呼んでいることを知ったら、彼は辟易するでしょう。けれども、私が考え得る限り、彼のシリコンバレーへの貢献を讃える最善の方法は、次の世代のすばらしい企業に彼の手法を取り入れる力添えをし、恩送りをすることです。

これをDon Templetonとその家族に捧げます。

Templetonの圧縮

すべての営業組織には学習曲線があります。企業は、営業経費を相殺する収益を手にする前に営業に投資します。彼らは営業収益分岐点からトラクション分岐点へと移動し、トラクション分岐点では、営業チームが経費よりも大きな収益を上げ始めます。これらの収益は、標準的な割り当てとしても知られています。

Mark LeslieがThe Sales Learning Curve (日本語訳) で説明しているように、企業は、売上を急上昇させすぎることを避け、営業学習曲線を上昇させるために必要な時間と資金を自らに与えなければいけません。企業が、セールスデベロップメントタイムラインの、それぞれの段階で適切な人員を雇用し、自社製品の開発過程に学習を取り込み、それに沿って売上高を計算する場合は、彼らの成功の可能性は大きくなります。

けれども、もし私たちが実際に営業学習曲線を圧縮することができたとしたらどうでしょうか。もし私たちが、営業学習曲線を左に移動させ、売上高をより早く黒字にすることができたとしたらどうでしょうか。セールスレディな製品(SRP: sales ready product )がこの変更を実現します。 SRPは、瞬時に(試用段階で)見込み客を顧客へと変え、その後、セールスサイクルを短縮してすばやく収益を増大させることで、会社が市場支配力を持てるようにします。

Donは、技術者の関心を引き、彼らの優先順位に影響を与えるためには、彼らに営業プロセスを充分に理解してもらう必要があると信じていました。彼は営業、製品、エンジニアリングの足並みを揃えることで、〈セールスレディな製品〉と見込み客を瞬時にして転身させる挑発的なデモを作り出しました。製品は、たくさんの性能を並べ立てて示すのではなく、顧客の苦痛に真正面から働きかけました。製品があまりにも市場の需要にフィットしていたために、Donの会社は、セールスサイクルを短縮することができました。これが、〈Templetonの圧縮〉という名称の由来です。

短縮されたセールスサイクルは一連の出来事を引き起こしました。その内容は、早期の収益の増加によってエンジニアリング部門の人数が増加し、製品に安定したイノベーションがもたらされ、最終的にはその後の投資に関する条件が改善されたことです。

MVP対SRP

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〈セールスレディな製品〉は見込み顧客を瞬時に顧客へと転身させます。これにより、セールスサイクルは短縮され、収益は増大し、市場の主導権を獲得しやすくなります。

SRPにはMVPよりも事前の調査と開発が必要ですが、それがもたらす結果は、努力して得る甲斐があります。MVPは最終的にPMFを立証するかもしれませんが、それは当初のアイデアに対して漸次的に反復することによってのみ実現します。たとえ最初は調査と開発に時間がかかったとしても、SRPは市場の主導権獲得への近道を示してくれます。

MVPとSRPの販売曲線を比較すれば、MVPが最初に上昇しているかもしれません。SRPは少し時間がかかるかもしれません。開発周期が長く、試用期間があり、大掛かりな顧客調査を行うからです。

しかし、ひとたび企業がSRPを発売すれば、セールスサイクルは短くなり、報酬はより早く手に入ります。これらすべてによって、成長が加速し、市場の主導権を得るために必要な優位性が強化されます。

SRPの要素
自分の製品を〈セールスレディな製品〉に変えるためには、以下のものが必要です。
統一されたエンジニアリング、製品設計および営業チーム
直接的な顧客調査 顧客の不満の一覧表
顧客の不満の一覧表
顧客にとって最も重要なこと(そして自分が無視してもよいもの)の把握
適性(そして初期の適切な顧客)の一覧表
見込み客のデータに基づいた、「アハ体験」をもたらす実演
規格化され、一体感のある営業訓練と営業素材

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Donは調査を続け、30日以内に最低でも50%の成約率になることに確信が持てるようになるまで、製品に必要な改良を行なっていました。これはつまり、未成熟な段階での販売を控えていたということです。しかしこれによって、確実に製品がセールスレディになりました。またこれにより、彼が販売していた製品について、まるで「ビロードのロープ」で囲まれたかのような特別感を演出しました。彼は常に自分の製品が売られ、買われることを望んでいました。彼は自分の売っているものを人々が真に欲しがることを望んでいたました。

30日以内に成約するかもしれない取引について、50%の成功率を達成することは、虫がよすぎてあり得ないように思われますが、Donはどの会社でも次々にそれを達成しました。

従来のセールスサイクルの圧縮

一般的には、企業の営業チームは、10から30のアカウントを管理しており、それぞれのアカウントについて、いくつかの会議を開きます。この過程には約180日が必要であり、成功率は25%です。

Donの手法は、従来のセールスサイクルをいくつかの手順にまで縮小し、日程を30日間にまで短縮しました。

以下が彼の手法です。適切なデモと少なくとも一つの説得力のある事例を用いて〈セールスレディな製品〉を開発します。すべての見込み客をふるいにかけます——つまり、自分の描く理想的な顧客像に合わない顧客に時間を浪費しないようにします。その代わりにふさわしい人物を選びます——意思決定者や鍵となる支持者です。一回の会議でデモと概念実証(POC)を組み合わせます。それぞれの営業チームが管理するアカウントは、顧客像にきちんと合うもので、3つから4つにします。成約率は2倍になり、25%から50%へと上昇します。反復してSRPデモを改良します。

〈セールスレディな製品〉を構築する方法

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Donの〈セールスレディな製品〉の構築過程——

  1. 顧客の苦痛を知りましょう
  2. 顧客の不満の一覧表を作りましょう
  3. 顧客にとって重要なことを知りましょう(偽物探知機のスイッチを入れましょう)
  4. 適切な上陸拠点とボウリングのピン(とレーン)を構築しましょう
  5. 構築すべきものと下掲6で省略すべきものを知るために、自分の製品のもっとも強力な長所を見つけ、アクション・マトリックスを開発しましょう
  6. 「アハ体験」をもたらす適切なデモを構築しましょう
  7. 営業トレーニングプロセスと営業用資料の規格化によって、ライトハウスカスタマー(先を照らしてくれる顧客、事例となる顧客)の発注書を獲得すべく進みましょう
1. 顧客の苦痛を知りましょう

製品発表の数ヶ月前に、見込み客に会って彼らの苦痛を把握しましょう。

肩書きでは、Donはセールスエンジニアでした。けれども、実際には、前方斥候でした。

彼は見込み客と会い、彼らが必要とする解決策や、開発中の製品についての彼らの感想、売出し前の製品の売れ行きが悪くなる原因、または歓迎される理由を明らかにしました。

Donは彼らにワイヤーフレームやデータシート、プレゼンテーション資料を見せ、製品について早い段階で感想を集めました。彼らとの会合は、コーヒーを飲んだり、ビールを飲んだり、バイクに乗ったりして行われました——そして、彼らに充分にくつろいでもらい、製品に求めるものを心を開いて話してもらいました。

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彼は、調査のためのミーティングを終える度に、自分の発見を組織全体と共有しました。これは手軽な電子メールではありませんでした——それは、顧客の感想を入力した2、3枚の書類で、内容は、その時の製品に関するチームのアイデアのうち、何が役立ち、何が機能していないかについての詳細な文章でした。

Donの行ったことは、現在私たちが〈デザインリサーチ〉または〈顧客調査〉と呼ぶものかもしれません。いずれにせよ、過程は同じです——熱心に耳を傾け、早い段階で頻繁に見込み客の声を聞くことです。

〈デザインリサーチ〉についてすぐ読めるものをお探しですか?Erika HallのJust Enough Researchを試してみてください。

 

動画——Donと一緒に仕事をしたDan Learyが、Nimble StorageがどのようにしてDonの手法を使って顧客の苦痛を明らかにし、製品構築に役立てたのかについて話しています。

2. 不満の一覧表を作りましょう

Donは偵察のためのミーティングの詳細な報告とともに、〈不満の一覧表〉も作成しました。しかし、ここに仕掛けがあります——すべての不満に対処する必要はありません。

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Peribitに関する〈不満の一覧表〉は膨大な量でした。上記のすべての問題を解決しようとしているところを想像してください—— 絶対にデモを出すことはないでしょう。Donはすべての不満を解消する必要はないことをわかっていました。しかし、本当に問題となるいくつかの不満を明らかにする必要は確かにあります。

例えば、Peribitは、元々、見込み客と会い、ネットワークを使って、Peribitのテクノロジーがいかにネットワーク全体に流れているデータを圧縮することができるかを示す予定でした。しかし、見込み客たちは、実演のためにPeribitにインラインフィードを提供することを拒みました。ベンダーにデータ通信の介入を許すことはあまりに危険だからです。

Donは、この問題が、Peribitの技術がどれだけすばらしいものであるかを誰かが目にする前に、取引を抹殺する可能性があると悟りました。

ですから、Peribitは、見込み客がインラインフィードなしでトラフィックを監視できるように、実演にリスニングモードを加えました。

すべてを解決しないでください ここだけの話、すべての不満に対処する必要はありません。どれが重要であるかを知ることが必要です。

3. 何が重要かを知りましょう

ここで偽物探知機のスイッチを入れましょう。全ての不満が妥当なわけではありません。Donは、どの製品機能を要望に応えて取り入れるかの判断よりも、どれを取り入れないかの判断の方が大事であると考えていました。

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Donはすべての不満を書き留めていましたが、すべてに対処しようとはしませんでした。Peribitの見込み客から寄せられた不満の長い一覧表の中で、Donの偽物探知機を突破したのは以下のものだけです——

  1. アプリケーションが詳細に確認できない
  2. 冗長設計やフェイルオーバーがない
  3. データ経路は実績のある製品専用である——つまり、デモのためのインラインフィードは望ましくない
4. 適切な上陸拠点とボウリングのピン(とレーン)を構築しましょう

PMFが最も強い顧客が足がかりです。彼らのおかげで、谷間を飛び越え、主流技術としての採用を目指すことができるようになります。

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出典——Geoffrey Moore's Crossing the Chasm

SRPを手にする過程にとって不可欠なのは、ターゲットとなる顧客を知ることです。足がかりとなる顧客を特定する具体的な条件があるなら、価値のない見込み客を追いかけて時間を浪費することはないでしょう。

例えば、Peribitは、自分たちの標的はCFOであると考えることから始めました。しかしやがて、もっとよい条件は、見込み客がCiscoのパスワードを持っているかどうかであると学びました。その人がパスワードを持っていないのであれば、あなたはふさわしくない人と話をしています。

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Donは、彼のチームに次のような難しい要求を課しました。戦略的でない機会は無視すること。すべてが条件となる基準を確実に満たしているようにすること。もし満たさないようであれば、相手にしないこと。

5. 製品の最強の長所とアクション・マトリックス

次の手順は、自分の製品の最強の長所を見つけ、構築すべきものと省略すべきものを知るために、アクション・マトリックスを考案することです。

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このグラフを、別々の種類の性能に「開発カロリー」を割り振る手段として考えてください。Donは、「十分に優れた」性能の組み合わせを望んでいました。その性能は、顧客が間違いなく気に入るであろう代表的な使用例を少なくとも一つ伴うものです。

自分の製品の最強の長所を探す時には、重要なことを選別するために〈アクション・マトリックス〉を活用しましょう。

ヒント——〈物語中心の設計〉のセクションに書かれている自分だけのアクション・マトリックスを構築できるようになりましょう。自分の製品の最強の長所を探す時には、重要なことを選別するために〈アクション・マトリックス〉を活用しましょう。

ここにClariのためのアクション・マトリックスを挙げます。ClariはDonに深い影響を受けたSRPの会社です。

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一覧表が左から右に進むにつれて抽出されていき、最終的にデモで重要になるたった一つの点に絞られていることに目を向けてください——つまり、「アハ体験」が起きる瞬間です。

6. 適切なデモを確立しましょう

適切なデモが状況を一変させます。

〈セールスレディな製品〉のデモは、ほぼ即興で設定されます。ダミーのデータを使わず、顧客の実際のデータを使います。これで瞬時にして「アハ体験」がもたらされ、見込み客が顧客に変わります。皆さんは見込み客(今や転身した新しい支持者)が、企業および役員のさらなる承認を取りつけるために必要な情報をすべて提供します。ここには、経営役員全体で共有されうる特別仕様の価値提案などが含まれます。これが後に発注書の作成や将来の更新をより容易にします。

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実際のデータの重要性は、どんなに強調してもしすぎることはありません。自分の実際のデータが瞬時にして処理されるのを目の当たりにすれば、製品の理論上の可能性に漠然と興味を持っていた見込み客は、瞬時に注意を引かれ、皆さんが提供する価値に意識を集中するようになります。

見込み客の実際のデータを利用することには、特別な恩恵があります——皆さんが受け取る感想の質が格段に上がります。さらに見込み客が、まさに現在自分が置かれている状況にソフトウェアがどのような影響を実際に及ぼすのかを目にすることができるとわかっていれば、ふさわしい人々に足を運んでもらえる可能性がはるかに大きくなります。

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ここに、実際の顧客のデータを使用しているClariのAndy Byrneの例を挙げます——

〈説明せずに示す〉 デモは、一目でわかるようにすぐに実現できる価値を示す必要があります。価値提案をD3ChartedEmber Chartsなどのツールで可視化するか、自分だけのシステムを構築しましょう。

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D3js.org

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Charted.co

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Ember Charts

〈アハ体験の瞬間〉 見込み客の心の中でアハ体験が起きる瞬間を設計する。それにより、見込み客は支援者兼顧客に変わる。

私たちはこれを「アハ体験の瞬間」と呼んでいます。それは、見込み客が実演で抗しがたいものを目にし、「この製品が必要だ」と口にする瞬間です。

特別仕様の〈経済的価値提案〉 経営役員の需要を解決しましょう。社内での皆さんの支持者はこれを根拠にして、発注書をより容易に取りつけることができるようになります。

Peribit’sの場合、見込み客はPeribitの圧縮技術を直ちに理解する必要がありました。Peribitは彼らにWAN帯域幅、通信速度、および反応速度の具体的なレポートと、特別仕様の経済的価値提案を見せました。

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7. ライトハウスカスタマーを目指して進みましょう

自社の営業チーム、営業プロセス、営業素材を規格化し、承認しましょう。

デモの開発をひとたび終えたDonと営業チームにとって、次の手順は、製品の販売を誰にとっても行いやすくすることでした。

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Donとそのチームは、どの担当者も使える、書類のライブラリを作りました。そこには、PoCのレポートや販売プレゼンテーション、製品書類、営業プロセスのプレゼンテーションなどが含まれました。

Peribitは、担当者に頼って資料を集めさせ、営業にあてる時間を奪うのではなく、そのすべての情報をいつでも使える状態で提供しました。誰もが一から作成した営業デッキで仕事をし、最新の資料を利用できました。

彼のチームはすべての段階で、すべての営業担当者の認定を行いました。彼らの訓練は組織され、規格化されていました。すべての営業担当者は同じ過程を経て、同じ資料を利用しました。結果的に、Peribitは、市場に表現が統一された価値提案を発表することができました。

セールスイネーブルメントシステムの構築
皆さんが保有する営業素材を整理し、管理し、統一する一つの方法として、Inkling.comなど、セールスイネーブルメントを手助けするクラウドパブリッシング・ソリューションの利用があります。Inkling.comは皆さんがたった今読んでいる書類を私たちが作成する時に利用したものです。何かを変更する時には、ウェブサイトのように、単にパブリッシュをし直すだけです。もうデッキの更新し忘れを心配する必要はありません!
8. Donの影響

Donはそのキャリアを通じて、多くの企業に感銘を与えました。彼は〈セールスレディな製品〉という概念を、PeribitやPalo Alto Networks、Nimble Storageに持ち込みました。Clearwellでの彼のパートナーたちは、最終的にSequoiaのスタートアップであるSkyhigh NetworksとClariの創業チームメンバーとなりました。この二社は、〈セールスレディな製品〉をもとに設立されています。

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著者紹介

Jim Goetz

 

記事情報

この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: The Templeton Compression and the Sales Ready Product

 

 

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