スタートアップにとっての「おもちゃのような市場」 (Aaron Harris)

この記事の要約

  • 多くの成功した大企業はおもちゃのような市場から始めて大きくなっているが、市場が既に大きなところを狙ったほうが論理で説明できたり、後知恵バイアスや投資家のリスク回避のせいで、おもちゃのような市場は狙いづらい
  • おもちゃのような市場のためのストーリーを作るためには、隣接領域と行動の変化の2つのやり方がある
  • 資金が市場に出回っているため、どの領域でも起業しやすくなっているが、おもちゃのような市場から始めたほうが期待値を上回りやすくなる

世界の巨大企業の多くは、まるでおもちゃのような非常に小さな市場で事業を起こしました。そして時間の経過とともに、それぞれの巨大企業は市場を育てたり、新たな市場を生み出したりして、市場を独占しました。それにもかかわらず、創業者は、ターゲットとする市場が既に巨大なものであることを示すことに時間を費やしています。

創業者が市場の規模に焦点を当てようとするのはうなずける話です。真に新しいものが、市場を生み出したり一変させたりするんだ、と主張するよりも、優れた製品が静的な市場の既存の消費者から市場シェアを獲得するんだ、と主張する方が簡単です。前者の主張には信念が必要となります。後者の主張は論理を基にしています。

創業者は「これがどれほど大きく成長するのか」という問いへの答えを完全には明確にできないので、往々にして新たなものを作り上げることを断念するよう、自身に言い聞かせるのです。明確な答えもなく製品開発を推し進める創業者は、往々にして投資家によって歯止めをかけられます。

投資家は、「おもちゃのような市場」に賭けることがいかに重要かを分かっておくべきです。投資家は、大企業がまるでおもちゃのように小規模な市場で起業していることを、何度も何度も学んできた人たちです。Amazonはインターネットを利用する人が比較的少なかった時代にオンラインで書籍を販売する企業でした。Googleは検索エンジンであり、当時はそれ自体巨大なビジネスではなかった検索エンジンが乱立する情勢の中で生まれてきました。eBayはビーニーベイビーズ(訳注:動物のぬいぐるみ)を販売する企業でした。

残念なことに、これらの企業の成功に乗った投資家は後知恵バイアスに陥っています。今となってはその市場が非常に大きいので、始めはほぼ何もなかったことを思い出すことが難しいのです。経験豊富な投資家にとっては、投資がギャンブルだったと認めるよりも、その市場がどれほど大きくなるか始めから分かっていたふりをする方が簡単です。同時に、新参の投資家にとっては、市場が実際にこれほど速く成長できると信じることは難しいことです。

創業者も、投資家のピアリスクの回避を乗り越える必要があります。これは、投資家が 他の皆と同じ行動を取っても、LP や代表社員などの上司から処罰されはしない、という考えです。他に誰もソーシャルネットワークに資金を拠出したがらない場合、そこへの投資は大きなリスクです。これが大きな賭けであり、悪い結果になれば、投資家は常軌を逸した行動をとったことで愚か者に見えることでしょう。投資家は解雇されるか、次のファンド組成ができない可能性があります。

一方で、他に誰も投資しようとしないときにソーシャルネットワークに投資家が投資し、その企業が後に数百億ドルから数千億ドルの価値を持つとすれば、その投資家は見事な逆張り投資家として賞賛されます。しかし経験豊富な多くの投資家は、こういった形で評判を落とすことを嫌っていますし、多くの新参の投資家は、こうした投機的な賭けで将来のキャリアを危険にさらしたくはありません。

資金の調達を望む「おもちゃのような市場」の創業者は、適切な投資家を見つけ、適切なストーリーをその投資家に伝える必要があります。投資家を見つけるということは、ただ多くの投資家と話をするという問題です。話をして、どの投資家が楽観的で、賭けに出るほど確信を持っているかを見分けるだけです。この段階においては、投資家の過去の投資を見れば役に立つことでしょう。ひとたび創業者が適切な投資家を見つけたならば、「おもちゃ市場」がいかにして巨大な市場になり得るかを伝える2種類の異なるストーリーがあります。すなわち隣接領域と行動変化です。

隣接領域

隣接領域の要旨は、比較的簡単なピッチです。創業者は、小規模だが価値のある顧客群に対して自社の製品がいかにして優位を占めるかを説明します。企業がその領域で優位性を得ると、その分野を土台として利用して、最初のグループと共通の特質を持つより大きな別のユーザー群を獲得できます。その企業は、自社が携わる実際の市場が巨大になるまで何度もこの過程を繰り返すことができます。

Uberがこの方法の良い例のように思われます。当初、Uberはオンデマンドで黒塗りの車を依頼する方式でした。これは市場ではありますが、巨大なものではありません。時間が経つにつれて、Uberは事業の拡大を始め、創業者たちの真の野望が明らかになりました。すなわち彼らは、経路が決まっている輸送手段を除くあらゆる種類の移動手段を扱いたいと考えていたのです。彼らは黒塗りの車、何もしていない状態の車、物流管理、国際市場、トラック、自家用車といったように、隣接領域市場を通過することでこの野望を達成しました。

行動変化

行動変化は、より過激な売り口上です。行動変化は以下のようなものです: 「私が作り上げているものには市場がありません。しかし、企業を設立することで、私は人の生活様式を変えようと考えています。そうすることで、私が作り上げたものへの莫大な需要を生み出し、結果として膨大な量の対価を得ることでしょう」

これは、スタンダード・オイル、AT&T、ゼネラル・エレクトリック (GE)、Apple、Google、Facebookの創業に際してのストーリーです。創業者としてこの種のストーリーを伝えることは、証拠を示すというよりは信念に対するアピールとなります。

行動変化のほとんどのテーマは、時間の経過とともに大きく変化します (注1)。これは問題ではありません。重要なのは、創業者が何が変化するのかを正確に特定することや、自らが生み出した変革の波に乗れるほど柔軟なことです。GEは大部分において、電球よりもはるかに多くのことを成し遂げてきました。

現在巨大企業になっている企業は、どちらか一方のストーリーにひたすらこだわっているということはめったにありません。たいていの場合、隣接領域に望みを託して事業を起こす企業はユーザーの行動変化を起こし、その一方で行動変化を起こす企業は意外なところで新たな顧客を発見するものです。この方程式の両辺を説明するのはもっともな話ではありますが、少なくとも始めは、どちらか1つのモデルに焦点を当てる方が良いでしょう。

資本市場

前記のテーマのうち1つを満たし、成功を収めているほとんどのスタートアップは、最終的には多額の資金を調達することになります。しかし、創業時の資金調達環境は、企業の道筋に大きな影響を及ぼす可能性があります。現在スタートアップの界隈で起きている不思議な出来事の一つに、あらゆる段階でスタートアップに利用できる資本金額が増加し続けていることがあります。創業者や投資家は各々が多額の投資とそれに伴う値付けを正当化しようとしているので、このことは過剰思考的な市場の危うさに拍車をかけているように思えます。

これは創業者にとっては損です。「おもちゃのような市場」をターゲットとするアーリーステージの企業は、行動変化を起こせる、また特定分野で優位を得られることの証明を始めるに際しては、多額の資金は不要です。多額の資金が不要だということは、それぞれの節目において期待値が低いことを意味します。この期待値の低さは、期待値を超えることが容易だということを意味し、より良い成長につながり、長い目で見れば創業者のより良いオーナーシップにつながります。

逆に、たとえば保険等の巨大な初期市場を対象とするアーリーステージの企業は、進捗と比較して多額の資金を調達する必要があります。その目的は、その企業に確実に注目していて、叩き潰してやろうとしている潤沢な資金を持つ既存企業と競争できることを証明することです。多額の資金が必要となることで、それぞれの節目で期待値がより高くなり、企業の発展過程において希薄化がより進行します。これは創業者にとっても、また成功のチャンスを最大限に増やすためにもよくありません。

絶妙なバランス

スタートアップの市場の「良さ」を評価するための、一般に是認されているフレームワークがあれば素晴らしいでしょう。これにより、システム内のすべてのプレイヤーが、「おもちゃのような市場」から広く普及した市場への道筋を簡単に描くことができます。また、このフレームワークはスタートアップを作り上げることから想像力を奪うため、幾分退屈なものになるでしょう。

想像力は、小さなものがいかにして大きくなるかを創業者が理解するために最終的に必要となる資質です。また、まだ存在しないものを作り上げる方法を見つけ出そうとする創業者を信頼するために、投資家が必要なものでもあります。

最高の創業者は、企業が成功するための独自の枠組みを思い描き、周りの全ての人に自分が正しいと納得させる人物です。創業者は、自分が成功することを証明するために、行動変化を起こす方法と隣接領域を組み合わせて使います。創業者は、自身が引き起こす市場の変化と、競合他社が取り入れた市場の変化の双方に適応します。以上のシナリオは同じように見えることは二度となく、はじめから明らかなものでもありません。

 

注1 たとえば、Facebook初期における将来のための大きな賭けは、Wirehogでした: https://en.wikipedia.org/wiki/Wirehog

 

編集いただいたPaul Graham、Nabeel Hyatt、Craig Cannonに感謝いたします。

 

著者紹介

Aaron Harris

Aaron は YC のパートナーです。彼は Y Combinator から投資を受けた Tutorspree の共同創業者でもあります。Tutorscpree より前に、彼は Bridgewater Associates で働いており、分析グループのプロダクトとオペレーションを管理していました。また Harvard で歴史と文学に関する AB を取得しています。

記事情報

この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文:  Toy Markets (2018)

FoundX Review はスタートアップに関する情報やノウハウを届けるメディアです

運営元