生物をプログラミングする - Read (r), Write (w), Execute (x) (a16z)

歴史上、これまで私たちが生物学において理解および操作するための最善の手段は観察と実験でした。その後、私たちは生物学における「読み書き」の能力を発達させました。そして今、生物学とコンピューティングおよびエンジニアリングが組み合わさったことで、ついに私たちが生物で「プログラムを実行」する能力が解き放たれました。

言い換えれば、生物はプログラミング可能となりつつあるということです。

読み込み (r)

肉眼での自然観察からナノスコープの発明に至るまで、道具が進歩するたびに私たちは生物をより明解に、完全に見ることが可能になりました。現在では、私たちは「見る」に留まりません。生物で使われている多くのプログラミング言語にわたって「読み込み」することも可能なのです:ゲノミクス(DNA)、トランスクリプトミクス(RNA)、エピゲノミクス(ゲノム構造)、プロテオミクス(タンパク質)、メタボロミクス(メタボライト)、マイクロバイオミクス(常在細菌)等です。これらの解析手段を複数用いるアプローチで読み込みを行うことにより、広範囲な生物の領域を完全に、そして日に日に高くなりつつある解像度で捉えることができますー細胞単位まで! 私たちはこれまで見たことのないエラーや相互作用、過程を見ることができます。例えば、攻撃的なガン細胞と防御免疫細胞との間で個別の細胞がダイナミックなダンスを行いながらどのような行動態度を見せているのかすらも見ることができます。

しかしコードを読むことは、生物の仕組みを理解することと同じではありません。生物は、当然ながら人間が設計したどんなシステムよりもずっと複雑です。いわば、私たちが完全に理解できない形で互いにやりとりし、律し合い、対応し合う、絡まり合ったネットワークでできた毛玉の塊のようなものです。もし人間のゲノムを印刷したら(そして実際にやった人もいます!)、それらの30億字は百科事典130巻分にもなります。さらに複雑なことに、これらの30億字は「わずか」20,000の遺伝子分のコードでしかありません。ここには何百万種類ものタンパク質の指示書が含まれ、うちいくつかはどの遺伝子の組み合わせを有効化・無効化するかを制御しています。これらすべては、最終的な細胞の状態や宿命を決定づける遺伝子プログラムを実行します。これらすべてをどのように解明すればよいのでしょうか?

ここで、人工知能のような先進的コンピューティング技術の出番となります。このような技術は、人間が何らかの助けなしには行うことが難しい「点を繋ぐ」という作業に特に秀でています。これらの様々に異なる「言語」からの読み込み結果を組み合わせることで、アルゴリズムはガン等の疾患や加齢すらと相関する繊細なパターンを検知することができます。これらのパターンを特定することで、生物学を制御する規則への私たちの理解を深めることを助けますーつまりこれは、私たちが今、観察から知見へと移行しつつあることを意味します。

書き込み(w)

これまで、生物学において書き込みを行うためのツールとしては鈍らなものしか存在せず、また私たちの生物の仕組みの理解も限られていたため、私たちが生物を活用することは極めて難しいものでした。生物を制御しようとする人間の試みには長い歴史がありますー作物の受粉交配、家畜の交配、疾患を和らげるための自然製品の試験に至るまで。しかし私たちのアプローチはほとんどが実験的で、通常は力技を必要としました:まずは何かを試してみて、その結果を見てみました。うまくいったら、さらに改善を試みました。言い換えれば、仮説 -> 検証 -> 評価、仮説の修正 -> 再検証 -> 再評価、ということです。

しかし私たちは生物学において新たな直接的な操作方法を開発するとともに、発見した特定のエラーを修正する機会も手にし始めました。40年前、人間の遺伝子を他の生物に組み込むことを可能にするDNA組み換え技術が興ったことで、バイオテクノロジー業界が生まれました。次の大きな進歩は遺伝子治療であり、壊れた遺伝子を置き換えるために修正された遺伝子を人間の細胞に送り込むものです。遺伝子治療は先天的失明身体的筋萎縮症βサラセミア等の疾患の撲滅を目指し認可を受けており、他にも予定された対象疾患が多くあります。私たちは今、さらなる大きな進歩の渦中にあります。それはCRISPR(初期データでは、例えば鎌状赤血球疾患等において将来性が期待されています)を用いて、既存の遺伝子のエラーを直接正確に編集する技術です。今日では、CRISPRツールの正確性および合成DNAの進歩により、私たちは生物において書き込みが可能になっています。

問題は、私たちが何を表したいのかをわかっているのか?ということです。

実行(ⅹ)

生物学の知識の発展と先進エンジニアリング技術の組み合わせにより、私たちの生物学におけるプログラム実行能力が推進されています。生物学の分析や理解がますます可能になっていることで、ソフトウェアで言うところのデバッガーやコンパイラーに匹敵するものを生物学でも利用できるようになってきています。エンジニアリングを利用して、私たちはレゴブロックのように貯蔵、再利用、別目的で再利用できるモジュラーコンポーネント(センサー、スイッチ、論理ゲート)を作ることができるようになりました。生物的コードの保管庫のようなものです。そして設計-> 構築 -> 検証のサイクルに基づくいかなるエンジニアリングプロセスと同じように、生物におけるプログラミングの発展は時とともに生じ、増加し、加速することでしょう。

生物学における読み込み(r)、書き込み(w)、プログラム実行(x)は密接に繋がり合っています。これらは様々な形で互いを強め合っています。これは私たちの読み込み能力が私たちの書き込みできる情報を与えるという、知識と能力のマトリックス関係です(下記を参照)。AIのような新技術の到来により、読み込みは知見へと昇華されます。そして書き込みと知見が組み合わさることで、私たちのプログラム実行の能力はより強化されます。

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生物はその情報貯蔵、複製、進化という能力により、地球上で最も進歩した技術であると言えます。ソフトウェアが私たちの世界のほぼすべての側面を変身させたのと同様に、生物におけるプログラム実行という新しい能力は、私たちの健康の観点だけでなくそれすらもはるかに超えて、私たちの生活のすべてに影響をもたらします。農業、食、繊維、製造業…さらにはコンピューターへの、遺伝子工学の応用を通じて。

こんな遺伝子工学を利用した細胞を想像してみてください。疾患の存在を探し、どのプログラムを実行するかを特定するためのコンピューティングを行い(例えば不健康な細胞を攻撃するか、他の免疫細胞を呼ぶか等)、そして仕事が終わったら自らをオフにするような、遺伝子工学による細胞を。CAR-Tはそのようなことが可能と見込まれる先進細胞治療の初期段階の一例で、ガンのような複雑な疾患と戦えると期待されています。生物学におけるプログラム実行がますます可能になる中、私たちはただ壊れたものを直すことに留まらず、私たちを取り巻く物理的世界を大胆に想像し直し、作り変えるための真のデザイン(設計)媒体として生物学を利用できるようになります。

医療はプログラミング可能となりつつあります。そしてバイオは世界を食べつくしつつあります日本語訳)。

 

著者紹介

Jorge Conde

Jorge Conde は Andreessen Horowitz のジェネラル・パートナーとして、生物学、コンピュータ・サイエンス、エンジニアリングの各分野で投資をリードしています。

 

記事情報

この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: Programming Biology: Read (r), Write (w), Execute (x) (2019)

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