10年ほど前、YCの始まりの頃、Paul Grahamは以後10年間においてスタートアップの資金調達がどのような変遷を遂げるかを予測する、いくつかのエッセイ(日本語訳、日本語訳)を書きました。今見てみれば、彼の予測は正確でした。要するに、Paul Grahamが予測したのは、もっとスタートアップが増えること、スタートアップがより安く始められるようになること、新たな種類の投資家が出資するようになること、起業家がより技術寄りになること、そして起業家は自分の会社のコントロールを手放さないだろうということです。これらはすべて本当になったように見えます。
私は、2019年のバイオテクノロジーや生命科学1企業の資金調達が、10年前のテック企業の資金調達によく似ていることに気づきました。10年の間に、さまざまな根源的な「力」により、テック企業の資金調達は劇的に変わりました。私には、Paul Grahamが彼のエッセイで話題にした「力」が、現在のバイオテクノロジー企業に対しても働いているように見えます。そしてそれらは、バイオ企業の資金調達を大きく変えると信じています。テック企業の資金調達を変えたのと同じように。
2005年から現在に至るスタートアップ資金調達の変遷
Y Combinator が始まった2005年には、シリコンバレーとボストンにはすでに非常に発達したベンチャーキャピタル企業のエコシステムがありました。しかし、それらのベンチャーキャピタル企業へのアクセスは限られていました。
VCはすでに確実に儲かりそうに見えていた会社に投資することを好みました。つまり、すでにある程度成長を遂げていた会社を好みました。またエグゼクティブ経験を持つMBAへの投資を好み、創業者が技術系で実績のないチームは敬遠しました。投資市場を支配していたため、厄介な金銭的条件を要求し、創業者を彼らの好む幹部に挿げ替えることも度々でした。機関投資家のシードファンドの唯一のモデルは「ビジネスインキュベーター」モデルでした。VC企業がつながりの強い知り合いの創業者に出資して、彼らのオフィスでインキュベートする(育てる)モデルです。
それから、テック企業を創業するコストは激減しました。新たなインフラが生まれたからです。オープンソースソフトウェア、現代のウェブフレームワーク、SaaSディベロッパーツール、クラウドホスティング、より良い流通チャネルなどを含む一連のインフラです。これが意味することは、PowerPointのプレゼンではVCから資金調達できなかった技術系創業者の多くが、最小限の資金で製品をローンチでき、ユーザーを獲得できるようになったということです。自分たちのアイデアにメリットがあることを証明できるのであれば、そこから得られた手応えを利用して資金調達することが可能となりました。
これらの会社はいまやわずかなお金で創業できるようになりましたが、そのわずかなお金すら手に入るところがありませんでした。機関投資家は少額投資を嫌ったからです。これこそが、YCの誕生に繋がったインサイトであり、この新しい機会を狙った何百もの機関投資家シードファンドの誕生に繋がったキーインサイトです。柔軟性のある機関投資家シードファンドへ簡単にアクセスできるようになることで、テックスタートアップが爆発的に増えました。今日では、これがテックスタートアップ企業における既定路線となっています。
これらの会社は、その後さらに成長してレバレッジが効くようになるまで、VCでの資金調達を行わなかったため、パワーバランスが変わりました。創業者がますます会社へのコントロールを増していったのです。投資家は創業者をクビにしたり、お気に入り幹部を採用したりする力を失いました。そしてそうなったとき、彼らは驚くべきことに気づきました。創業者は、経験不足にも関わらず、会社を経営するのに適していることが多かったのです。2
バイオテクノロジー企業で今何が起きているか
今日、アーリーステージのバイオテクノロジーの資金調達は「ベンチャークリエイションモデル」に独占されています。ベンチャークリエイションモデルでは、VC企業が会社を作ります。彼らが最初のアイデアを構想し、彼らのレジデント起業家のプールの中からお気に入りの幹部を招いてチームを作り、経営させます。スタートアップは通常、VCのオフィスでのインキュベーションから生まれます。VCは事前に多額のお金を投資し、支配的な株式比率を持ちます。
テック企業の起業コストが高くついた時代ではVCインキュベーションによるテック企業が合理的だったのと同様に、このモデルも、バイオテクノロジー企業の創業コストが高くついた時代には合理的でした。つい最近まで、VCに1000万ドルの小切手を書いてもらわない限り何もできなかったため、これが唯一の起業の道でした。
しかしもはやそうではありません。新たなインフラの登場によりテック企業の創業コストが下がったように、バイオ起業のコストも新インフラにより劇的に下がりました。今日では、創業者はバイオ企業のコンセプト検証をずっと安価に、10万ドル以下でも行うことができます。安価な費用で科学的な作業を行ってくれるローコストCROもいます。Science Exchangeのような会社が小規模の会社向けにCROや科学用品を素早く安価に提供しています。完全装備のラボスペースはラボベンチ単位から簡単にレンタル可能ですし、備品を調達できる会社もあります。OpenTronsのような企業のロボットはリーズナブルな価格でバッチ実験の自動化を可能にし、Atomwiseによるコンピューター創薬は、いくつかの実験に関して、完全にコンピューター上で行うことを可能にします。Cognition IPのような企業は特許申請のコストを下げ、Enzymeのような会社はFDA(米国食品医薬品局)への登録を効率化します。
このようなインフラにより、バイオ企業はYCの短いプログラムの期間中でも、サイエンス関連の大きなハードルを安定してクリアできます。治療系企業は多くの場合、動物モデルでコンセプトの有効性を示すことができます。診断系の企業は人間のサンプルで成功例を示すことができます。合成生物学の企業は細胞系のエンジニアリングに成功することができます。
最近のYCカンパニーの例をいくつか挙げましょう。
Jose Mejia Onetoは2015年、化学療法剤を局所的に輸送するアイデアを追求するために整形外科のレジデントを辞めた医学博士です。YCに出願したとき、Joseはアカデミアでその技術を開発していましたが、動物治療への応用はまだ試していませんでした。YCに合格後、Shasqiという会社を設立しました。YCからの出資金だけで、わずか3カ月内に、マウスの乳がんモデルで彼の局所的薬物輸送のアイデアが従来の化学療法より優れていることを示したのです。
Athelasはコンピュータービジョンに基づく新たな技術を使って、がん患者の在宅血液検査用デバイスを作っています。創業者のTanayとDeepikaは大学在学中に起業し、出資金わずか4万ドルで実用レベルのプロトタイプ(試作機)を作ることができました。YC在籍中、彼らは患者350人による初期研究を行い、非常に良い結果を得ました。彼らのデバイスは今ではFDA認可を取得し、何千人もの患者に役立っています。3
もちろん医薬品の臨床試験はまだ非常にお金がかかり4、バイオ企業は当初の約束を実現するためには最終的に多額の資金が必要となります。最大級のYCカンパニー(ソフトウェア)は各社10億ドルを調達しています。重要なことは、これらの企業は10万ドル以下で始めることができ、後からより多くの額を調達することでアイデアのリスクを軽減できたということです。
未来の予測
安く起業することが可能となった今、テック企業と同じようにバイオ企業を始めることが可能となりました。事前に大きな額を調達するよりも、徐々に資金調達することで、あなたの会社へのコントロールを維持することができます。そしてVCが持ち込んだアイデアだけでなく、自分の考えたアイデアに取り組むことも可能となります。
この新たな道は新たな種類のバイオ創業者の到来をもたらしました。私たちがYCで出会うバイオ創業者の多くは大学院生かポスドクです5。以前なら彼らのキャリアの選択肢は、アカデミアに残るか大手製薬会社に就職するかのどちらかでした。今では自分の会社を起業することも十分現実的な第3の選択肢となりました。
もしこれが2005年と同様に展開すれば、バイオ企業にとっての資金調達方法も爆発的に増えることでしょう。従来型のバイオテクノロジーの投資家の多くは今でも、テック界では2000年代初頭に廃れたような支配的な法的規約にこだわり続けています。しかし、テック企業への投資で起こったことと同様のことが、バイオ企業でも起こっています。新しく登場した一連のバイオとテック・バイオ混合型ファンドは、バイオのシード投資家からなる、活気ある新たなエコシステムを生み出しました。その結果、YCバイオ企業は今ではバッチ実験後、毎回通常1〜5百万ドルをシードラウンドで調達しています。
さらに楽しみなことにこれは、バイオ企業の会社数の爆発的増加はまだ始まったばかりであるということを意味しています。そしてこれらの企業は、ますますテック企業に似た様相を呈してくるでしょう。つまり、VCや雇われ幹部に経営されるのではなく、自分のアイデアを大切にする創業者に経営されるようになります。その情熱を自分たちの愛せる会社を作ることや、より良い世界を作ることに傾けるような創業者に、です。
備考
1. 治療系企業を指して「バイオテクノロジー企業」という言葉で呼ぶことは普通のことです。私もこの言葉をそのように使いますが、この記事のほとんどはすべての生命科学企業(バイオロジーに関わるすべての企業)に当てはまります。↩
2.実はこの傾向はより早い段階でトップVCにおいてあらわれました。基本的に2010年にBen Horowitzが書いた(日本語訳)理由によります。しかし私は機関投資家シードファンドの台頭がこの流れを促進したと考えています。↩
3. ここでのポイントはこれらの企業が最終的に成功するということではありません。それはまだわかりませんから。私の指摘は、シード投資と数カ月を与えられただけで、彼らは以前なら何百万ドルも調達する必要があった企業と同様の成長カーブを描くことができたということです。↩
4. YCのCurebaseやオーストラリアのNucleus等がコストを下げつつあります。↩
5. もちろん全員ではありません。私たちは業界出身者や医師、教員も多数支援してきました。↩
本稿の下書きを読んでくれたDan Gackle、Abe Heifets、Elizabeth Iorns、Stephanie Simon、Geoff Ralston、Diego Rey、Uri Lopatin、Ethan Perlstein、Joe Betts-Lacroix、Jose Mejia Oneto、Tanay Tandon、Thomas Folliardに謝意を表します。
著者紹介
Jared は YC のパートナーです。2006年にY Combinatorから資金提供を受けたScribdの共同創業者であり、ウェブ上のトップ100サイトの1つに成長しました。Jaredは以前、先駆的なAI企業に勤務し、ハーバード大学でコンピュータサイエンスを専攻していました。
記事情報
この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: How Biotech Startup Funding Will Change in the Next 10 Years (2019)