ディストリビューションモデルとセールスチャネル (Ben Horowitz)

 “I’m into distribution, I’m like Atlantic
I got them mutherfuckers flying’ cross the Atlantic”

–Rick Ross, “Hustlin’

起業家になったばかりの人にディストリビューションモデルについて質問すると、「ロレックスを付けて、BMWを乗り回して、無駄に積極的でいけ好かない法人営業担当者は一人も雇いたくないので、Dropboxがしたようにプロダクトを広く普及させようと思います」とよく答えられます。 この回答はとてもひどい偏見であるだけでなく、セールスチャネルがどのように設計されるべきであるかについて誤解が見受けられます。

セールスチャネルとは何でしょうか? それは、製品、もしくは複数の製品を市場へ届けるルートです。それは、ウェブサイトであったり、洗練された営業部隊であったりします。営業そのものが、正しいマーケティング、プロセス、そして改善の戦略に支えられている必要があります。正しいチャネルを選択することは、すべてのビジネスにとって重要なことであり、失敗の理由の多くは企業による間違った市場へのルートの選択が理由です。

ディストリビューション戦略を設計する際には、セールスチャネルの選定から始めるべきではありません。正しく設計された営業チャネルは、あなたが開発した製品と、顧客や市場といったあなたのターゲットにあったものであるべきです。数式で表すとすれば、(c)がチャネル、(f)がディストリビューションの設計、(p)が製品、(t)がターゲットであったとき、このように表せます。

 

f(p,t) = c

 

この数式は一つの製品とターゲットにしか対応していないので、複数の製品、ターゲットがある場合、複数のセールスチャネルが必要かもしれません。

それでは、チャネル機能の設計とはどのようなものでしょうか?(f)はどのように変動するのでしょうか?基本的な事例を見てみましょう。まず初めに、さまざまな製品の設計と、それがどのようにチャネル(c)の決定に影響を及ぼすかを検討します。最初に検討するのは、製品(p)が顧客やターゲット(t)にどのように届けられるべきかです。大きく、以下の二つの可能性があります。

 

A. オンラインで届けることができる(例:Box、Dropbox、Okta、Salesforce、Workday)
B. 配達サービス、営業担当者、店舗を通じてしか届けることができない(例:スマートウォッチ、ロボットのおもちゃ、スマート防犯カメラ)

 

次に検討するのは、製品の使用を開始するのにどれぐらいのサポートが必要か、ということです。これも、製品によって大きく違います。

 

A. 全く必要ない(例:Github、Slack)
B. 少し必要(例:Okta)
C. 手厚いサポート、およびコンサルティングや専門的なサービスが必要(例:Palantir、Pivotal)

 

サポートの量は顧客の種類によっても違うことに注意してください。中小企業の場合、「セルフサービス」が中心のDropbox、Salesforce.com、 Slackなどは、それほどサポートが必要ないので、カテゴリーBに属するでしょう。しかし、契約の規模が大きかったり、社内で使用しているほかの技術と製品を統合する必要(例えば、既存サーバーからのデータのマイグレーションや、その他ツールとの連携など)があることから、手厚いサポートを期待する大企業もいます。その場合には、一見サポートがいらない製品でも、専門的なサポートが必要になり、Cに属することになります。これはまた、まず初めにボトムアップの(つまり個別の部門における)採用が急速に広まった後に、会社全体で採用された製品に見られる、典型的なパターンです。

それでは、ディストリビューションの特徴別に製品を分別しましょう。

 

[A,A] オンラインで提供可能、サポートの必要なし: Github、Dropbox、Slack (中小企業向け)
[A,B] オンラインで提供可能、軽度のサポートの必要あり: Okta、Saleforce(中小企業向け)
[A,C] オンラインで提供可能、手厚いサポートの必要あり: Oracle Financials、Palantir、 Dropbox、Salesforce、Slack (大企業向け)
[B,A] 直接提供不可能、サポートの必要なし: Anki Overdrive,、Apple Watch
[B,B] 直接提供不可能、軽度のサポートの必要あり: Nest Thermostat
[B,C] 直接提供不可能、手厚いサポートの必要あり: EMC Symmetrix

 

次に、ターゲットとなる意思決定者について見ていきます。これは、意思決定者によって異なる営業戦略が必要なため、重要です。 ここで重要なのは、組織のサイズよりも、意思決定のスタイルです。これは、見逃しがちですが、重要なポイントです。ビジネスが意思決定をする方法が、一般的な消費者とまったく同じであれば、消費者と似ていることになります。もし、ビジネスが購入決定のプロセスのために複数の承認が必要な場合は、どちらかというと米国政府に似ているといえます。どれだけ努力しようが、ターゲットの意思決定プロセスを変えることは出来ないので、自分たちの営業チャネルを彼らに合わせて設計する必要があります。例えば、以下のように、ターゲットについて考えることができます。

 

I. 個人 -- 直接消費者、もしくは社内で唯一の意思決定者
II. 小さな集団 -- TrelloやATSについて意思決定する少数のエンジニアからなるチーム
III. 中小企業(1000人以下の従業員) -- 例えば、Zenefitsのような人事ソフトウェアについて決める場合
IV. 大きな集団 -- 予算や機能要求などが異なる、複数の意思決定者がいる場合
V. 複数の集団を同時に -- 例えば、営業とマーケティング部門が、適切なマーティングオートメーションのソリューションについて合意する必要がある場合
VI. 大企業での全社導入 -- 例えば、Workdayのような人事ソフトウェアについて決める場合

 

次に、先ほど述べた製品の特長をもとに、チャネルを設計する際のいくつかの大まかなルールについて検討します。

IとIIのターゲットはともに、とてもシンプルな意思決定のプロセスを持っています。顧客は製品が、自分自身を助けるかどうか、そして自分自身にとって、払う金銭分の価値があるかどうかを判断します。そのためこれらの製品は、マーケティングや、バイラルなディストリビューション(その性質上、口コミなどの自然な方法で広がる製品の場合)の力だけで売れることが多いです。また、テレセールスを付けることもできます(特に、[A,B]製品の場合 )。

もし、IやIIをターゲットにする場合で、 [A, C] か[B,C] に属する製品を持っている場合、確実に倒産してしまうでしょう。

ターゲットIIIは登場人物が増えるので少し複雑になりますが、問題となっている製品に関して、迅速な決断を下せる意思決定者が誰であるかは明確です。しかしこれらのターゲットの場合は、一般的に、意思決定のプロセスを円滑にし、製品の費用対効果や技術的なメリットについてより深く説明する人間が関わる必要があります。これは時に、購買基準を設定したり、機能やメリットの枠を超えて営業を行う必要があることを意味します。このことは営業担当者が得意とするところです。競合製品とのポジショニングや、過去の反対の意思決定などを考慮しつつ、ウェブサイトや、製品それ自体の魅力に訴えるよりも効果的に、営業を行うことができます。

このサイズの企業には、[A,C] や[B,C] の製品は営業コストが高くなりがちで、製品の利益幅を超えてしまうことも多いです。

ターゲット IVからVIは意思決定プロセスが複雑で、ターゲットの社内でも誰が意思決定をするのかがあいまいです。これは、企業がバカだからなのではなく、普段やらないことをしているからなのです。企業が、人事ソフトウェアを購入する頻度はどれぐらいでしょうか?10年に一度ぐらいでしょうか?大きな組織が10年に一度の意思決定や初めての意思決定をする場合、そのためのプロセスがない場合が多いです。とくに、誰の意見を新しい人事システムに反映するべきでしょうか?CISOでしょうか?CIOでしょうか?エンジニアリング担当VPでしょうか?顧客自身もまだわかってない場合があります。その結果これらのターゲットについては、ほとんどの場合において生身の人間が関わる必要があります。また多くの場合においては、現場の営業担当者が、購入の意思決定の方法を顧客と一緒に見つけるために、企業の廊下を歩き回る必要があります。

[A,A] の製品の場合、最初のうちは部門別に導入が行われ、複雑な意思決定プロセスを必要としないため、人間の関与は必要ないかもしれません。[A,C] の製品の場合、コストがかかる営業担当者を直接現場へと派遣し、いまや一層複雑化した意思決定をサポートする必要があることはほぼ確実なので、注意してください。そうすることを、顧客は期待しています。

最近、これらの戦略を現実に目の当たりにすることができました。Dropboxは素晴らしい[A,A] 製品でIとIIのターゲットに初期からバイラルにリーチしましたが、同じチャネルを用いてVIのターゲットにリーチする際に苦戦していました。これは、ダイレクトな営業チャネル(その中にはロレックスを持っている人もいました)を開拓したBox.netにとってのチャンスとなり、IVからVIのターゲットに効果的にリーチすることができました。それらのターゲットにリーチするため、Boxは高度な要求を満たし、いままで[A,A]に限定されていた製品を、[A,B]にも対応できる 製品へと変化させました。Dropboxも現在では、非常に優秀なダイレクト営業部隊を立ち上げ、より複雑なニーズを持つ顧客をターゲットにしています。彼らの収益のほとんどは[A,A] からのものですが、[A,C]を求めるより大規模な顧客のために、営業チームとエンジニアリングチームを持つに至りました。 さらに、Workdayも一見電話だけで売れそうな製品ではありますが、主要ターゲットであるVIにリーチするために、営業部隊を立ち上げました。ZenefitsはIIIの顧客をターゲットとし、テレセールスで効果的にリーチしています。

基本的な設計が出来たら、バーティカルなどほかの要素も検討しましょう。財務部門と国防情報部ではどのように意思決定が異なるのでしょうか?そして、フランスや日本の間における営業の違いなど、国際的な要素も検討しましょう。

最後に、一つ一つのチャネルについて、それにふさわしい異なる種類の営業部隊を設計する必要があります。バイラルマーケティング(例:紹介を促す製品設計)、インサイドセールス(テレセールス)、ダイレクトセールス(顧客と交渉する現場の営業担当者)など営業にも違いがあります。製品によっては、内包されたバイラルな要素によるマーケティングに頼ることもできます。しかしこれはその製品に対してより大きな顧客を獲得する機会を逃している可能性があるため、チャネル戦略としては不完全です。

成功する企業を作るのであれば、ディストリビューション戦略は製品およびターゲットとする市場に合ったものでなくてはなりません。もし単にあなたの性格や、営業とエンジニアを同時に扱う能力の欠如、Drew Houstonのビジネスモデルへのあこがれなどをベースにチャネルを設計するのであれば、私からのお悔やみの言葉を従業員にお伝えください。

 

著者紹介 (本記事投稿時の情報)

Ben Horowitz

Ben Horowitz は、Andreessen Horowitz の共同創業者兼ジェネラルパートナーの一人であり、New York Times のベストセラーである Hard Thing about Hard Things の著者です。

記事情報

この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: Distribution (2017)

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