- すべてのプレイヤーの動機を明らかにする。
- チャンピオンと強い関係を築く。
- 適切なタイプの営業担当者を雇う。
- ダイアグラムを中心に保つ。
- さまざまな関係を構築する。
- プロセスの測定器を設置する。
- 企業も人であることを忘れない。
ハッカーから創業者に転じた多くの人たちは、営業スキルは重要で価値があると理解していますが、恐怖心や不安感から営業活動を敬遠しています。
もし私が、優秀な法人営業に必要なスキルセットは、優秀なハッカーに必要なスキルセットと同じだと言ったら、どう思うでしょうか? というのも、「営業」というものへの考え方を改める必要があるだけなのですから。
話を進める前に、この記事はアーリーステージの企業、つまり物事を解明する「開拓」期にあり、繰り返し可能な営業プロセスや営業組織をまだ確立していない企業に焦点を当てたものだということにご注意ください。とは言っても、すでに Product/Market Fit(PMF)を見出したか、またはほぼ見出した状態の企業を想定しています。(※1)
ハッカーは複雑なシステムを理解し、自分の思い通りにシステムを操る達人です(※2)。 大規模案件の法人営業ではハッカーと同じスキルセットが必要ですが、相手となるシステムの種類が異なります(※3)。 コンピューターシステムはハードウェアとソフトウェアの複雑なネットワークです。一方、大企業は人とプロセスの複雑なネットワークです。コンピューターシステムと同じように理解でき、影響を及ぼすことができます。企業において発現された行動(Emergent Behavior)は、企業の構成員である社員のインセンティブと組織化されたルールの結果です。コンピューターシステムの出力がコードの中にある構造化されたルールとデータフローの結果であるのによく似ています。
次に、法人営業の活動内容には、希望の行動(あなたの製品を購入する)を引き起こすために、そのシステムのコンポーネント(人)を理解し、影響を与えることが含まれます。すべてのシステム(企業)は異なりますので、システムをハックする(企業に購入させる)ために体系的なアプローチが必要です。
これは、スタートアップのアーリーステージに特に当てはまります。成熟した会社は一般に、ターゲット市場に存在するほとんどの有力候補システムをハックする方法を発見済みで、その様々なプロセスのスクリプトを作成してセールスモデルを繰り返し実行できるようにしてあります。この例えに従って考えると、成熟企業の典型的な「マニュアル通り」の営業担当者はハッカーよりもスクリプト・キディに近いと考えることができます。
通常、システムが複雑になればなるほど、ハックを達成したハッカーの満足度が高くなります。うれしいことに、法人営業システムは非常に複雑で、企業をハックすることはコンピューターシステムをハックするよりもはるかに困難なこともあります。これは、システムのコンポーネントが常に構造化された合理的なルールに従って動作するとは限らないためです。システムは感情を持った人間の集合です。つまり、システムの動機、希望、恐怖心を理解する必要があります。このさらなるカオスでもまだ物足りない人は、企業をハックする場合、コンピューターシステムをハックする場合よりもフィードバックサイクルがはるかに遅くなることも考慮してください。したがって、より系統的なアプローチが必要です。一般的にはしらみつぶしという選択肢はありません。さらに、ミスを犯すチャンスもあまりありません。
以下で、企業のハックに関していくつかのヒントを紹介します。最初に、システム内で遭遇が見込まれる典型的なオブジェクト(人)と、オブジェクトのインセンティブと懸念を理解しておくと有益です。
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チャンピオン。チャンピオンは、ターゲット企業内のあなたの味方です。彼または彼女はあなたの製品が解決する問題を熟知し、その問題をあなたの製品が解決してくれることを期待する人です。チャンピオンはあなたのセールストークにうなずきながら耳を傾け、トークにつまったら補ってくれるでしょう。
チャンピオンはあなたの製品をターゲット企業に配備させるために可能な限り努力してくれますが、チャンピオンの影響力はチャンピオンの年功と権威に依存します。平社員のチャンピオンは素晴らしいのですが、取締役レベル以上のチャンピオンを見つける必要もあります。チャンピオンはあなたの製品に感動して仕事を辞めてあなたの会社に入りたいと思うかもしれません(私は何度も経験しました)。いずれにせよ、チャンピオンはあなたの従業員であるかのように振舞うことが多く、チャンピオンはターゲット企業内であなたが頼れる人物です。
チャンピオンはとても貴重です。早いうちに見つけて、すぐに強い人間関係を築きましょう。
- デトラクター。チャンピオンの反対はデトラクター(批判者)です。何らかの理由で、あなたのソリューションがターゲット企業に配置されるのを心から嫌悪する人です。あなたのソリューションが彼らの仕事を脅かすからかもしれません。すでに競合製品に投資しているからかもしれません。現在使用されているソリューションを構築した人かもしれません。早い時期にデトラクターを見極め、一般的にはデトラクターの目に留まらないように努めてください。あらゆるデトラクターを押さえ込むために、チャンピオンや組織内の他部門から十分な支持を集める必要があります。
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IT。遭遇する可能性のあるIT組織には2種類あります。変化はビジネスにとっての脅威・危険であると認識し、変化を回避するリスク回避組織と、リスクをいとわず変化を受け入れる思考がプログラムされた先進的なIT組織です。残念ながら、大企業では前者の方が後者よりはるかに一般的であるため、(あなたの製品のユーザーがIT部門にいる場合以外は)ITと話すことを避けるのが一般的には良い戦略です。通常、事業部門よりもIT部門と会って話をするのは簡単ですが、注意が必要です。ITとの会議はあなたを誤った方向に導くことになりかねません。一部のITグループは実際に事業の真のニーズを理解していません。このせいで私はこれまでひどい目にあったことがあります。契約をまとめるためにITから依頼された機能を開発したのですが、それを実際のユーザーに見せて初めて、彼らが望んでいたものではなかったことがわかりました。
セキュリティ審査やその他の承認を受ける必要がでるまでは、一般的にITは避ける戦略を取るべきです。その間、IT部門が長期間にわたって取引を遅らせることができないように、事業部門があなたの製品を強く「ほしがる」ようにする必要があります。もちろん、すべてのルールには例外があります。私は過去に驚くほどすばらしいIT担当者と何度も仕事をしたことがあります。彼らは最終的には真のチャンピオンになり、事業のさまざまな分野に私たちの製品を展開できるように支援してくれました。
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調達部門。幸運にも意思決定者/予算保有者にあなたの製品の購入を納得させることができたら、取引を交渉するために調達に回されることが多くあります。通常、調達部門の社員は最低価格の獲得を奨励されているので(例外は必ずありますが)、困難に立ち向かう準備をしてください。必ず調達に何か「与える」ものを用意しておきましょう。調達は手に入れられるものを手に入れたら、道を開けてくれます。これが、多くの企業向けソフトウェアの「表示価格」が途方もなく高い理由の1つですが、80%以上の割引が標準的な慣例です。
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法務部門。調達の難所を越えたら、次は法務部へ進む可能性が高いです。法務部が好んで使う武器はたいてい極度の疲労です。実際には大きな影響を与えない契約の条項の上に無数の赤線を付けて送り返してきます。ここでの最善の戦略は、あなたが本当に譲れない点とあきらめても構わないと思っている点を前もって決めることです。
赤線のやり取りを1、2回の済ませた後は、率直に正直に話し合い、あなたが重視する事柄を列挙し、あなたにとって大差ない事柄は手放すのが良い戦略です。チャンピオン(背後で法務部に急いで取引をまとめるように訴えてるはず)からの強力なサポートと相まって、交渉を打ち切り、サインを得るのに役立つでしょう。
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経理。経理担当者は調達部門と話すだけで済むかもしれないので、経理部門と直接やり取りする必要はないかもしれませんが、経理部門の動機を把握することは重要です。経理部門が考慮する点の1つは、予算と予算サイクルです。たとえば、経理チームは、長期に渡って分割払いするよりも、その時点の四半期の予算の一部を使い切るために、前金により多くの金額を費やすことを優先する場合があります。経理チームが優先するのがCAPEX(資本的支出)なのか、OPEX(運営費)なのかも重要です。ソフトウェアの購入時に毎月のライセンス料支払いか一括払いのどちらを優先するのかに影響します。これは、あなたの価格設定モデルだけでなく、営業チームや給与体系の構造にも影響します。
企業システムのコンポーネントについてある程度理解したところで、システムのハックのヒントをいくつか紹介します。
すべてのプレイヤーの動機を明らかにする。
最初は、話を聞くことと学ぶことに多くの時間を費やすべきです。ターゲット企業の人々をダイアグラムにまとめます。偉大なハッカーがシステムに影響を及ぼそうと試みる前に、多くの時間を費やしてあちこち探りを入れてシステムの仕組みを理解するのと同じように、多くの時間を費して組織、動機、相互関係を深く理解する必要があります。
チャンピオンと強い関係を築く。
大規模な法人取引を行う場合、取引が成立する前に、おそらく一度以上は不成立に終わるでしょう。あなたはチャンピオンを頼って取引を復活させ、取引を再度進めていく必要があります。チャンピオンを友人に変える必要があります。夜間いつでもチャンピオンにテキストメッセージを送信して助けを求めることができるはずです。チャンピオンはシステムに影響を与える最良のエントリーポイントです。
適切なタイプの営業担当者を雇う。
企業への営業がどのようなものかを理解できたと思います。ここで、あなたの会社のステージに応じた適切な人材を採用する必要があります。私は個人的には、経験よりもスキルや未加工の特性を最適化する傾向があります。特によく起こる問題は、ステージに合わない採用です。たとえば、実際にはハッカーが必要なときに、大企業から「マニュアル通り」のスクリプトキディタイプの営業担当者を雇ってしまいます。あなたに必要なのは、不確実性に慣れ、飲み込みが早く、直感的で理知的な高い知性を持ち、システムに影響を与えられるほど十分にシステムを理解できる人材です。
ダイアグラムを中心に保つ。
あなたはすでにシステムのダイアグラム作りに時間を費やしました。そのダイアグラムを常に心に留めておく必要があります。特に不可解なことが起こっていると思えるときは重要です。ダイアグラムを見返し、さまざまな人々、彼らの動機、そして彼らの相互作用を評価します。あなたの有利に働くようにシステムの扱い方を理解し、適切な場に適切なメッセージを挿入します。適切なタイミングで適切な人物に適切な方法であなたの製品を配置します。そして、ここが営業テクニックの見せ所です。私は具体的な戦術をアドバイスをすることはできません。ここが営業マジックが起きることの多い場面だという事実をお伝えするのみです。
さまざまな関係を構築する。
人間関係のペアを作成するのは良い習慣です。たとえば、あなたの会社の幹部たちと顧客の幹部たちのペア、あなたの会社のエンジニアたちと顧客のITおよびセキュリティ担当者たちのペア、そしてあなたの会社の製品担当者たちと顧客のビジネス部署のリーダーたちのペアなどです。とはいうものの、常に1人の人物(顧客担当者であることが多い)がすべての交流を監督・調整しています。
プロセスの測定器を設置する。
ハックを実行するとき、パケットアナライザやデバッガを使用するのと同じように、営業プロセス(データ収集およびレポート作成)に測定器を使うことが重要です。営業プロセスを改善するには営業プロセスを測定する必要があります。
企業も人であることを忘れない。
ある組織が別の組織に営業しているように思えるかもしれません。しかし、実際、意思決定は人間が行うもので、人間は常に合理的に行動するとは限りません。前述のように適切な人間関係を築くことで、この点を利用することができます。システムに関連する人々を正しく理解していないと、不意打ちを食らって取引が破綻する可能性があります。友情はパートナーシップにつながることを忘れないでください。そして、友情はしばしば雇用主に勝ることも忘れないでください。人間関係を育むことは、複数の会社で利益をもたらしてくれます。
ここに記した法人営業に関する視点をもって、より多くのハッカー出身の創業者が外へ飛び出し、効果的な製品営業につながることを願っています。
Ryan Juneeは、起業家、スタートアップアドバイザー、投資家。現在、Juneeは産業用企業コラボレーションアプリ「Parsable」の創業者兼CEOを務める。以前は、Inporia(W11)とOmnisio(W08)を設立し、OmnisioはGoogleに買収された。シドニー大学でコンピュータ工学の学士号、スタンフォード大学で電気工学の理学修士(MSEE)を取得。
注1. この記事では、法人営業サイクルの極めて限られた段階について説明しています。つまり、見込み客発見から契約締結までです。すでに優れた製品があり、プロダクト・マーケット・フィットに到達した(ほぼ到達した)会社を仮定しています。そうでない場合は、プロダクト・マーケット・フィットの見つけ方を記した数多くのオンライン記事がありますので、そこから始めることをお勧めします。この記事では、見込み客の調査や発見/特定についても説明していません。将来性のないものを追いかけて時間を無駄にしないために、この点には多大な労力を費やす必要があります。
注2.「プログラマにとって『ハッカー』とは、文字通りその道の達人であることを意味しているんだ。つまり、コンピュータに、良いことであれ悪いことであれ、自分のやりたいことをやらせることができる者、ということだ」— Paul Graham
注3. この記事は、大企業への営業について説明したものです。「フォーチュン500」企業を相手に100万ドル以上の取引を目指し、多数の人々が関与する複雑なハイタッチ営業を想定しています。しばしば「ゾウ狩り」と呼ばれています。
この記事の草稿を読んでくださったEugene Levitsky、Ab Belani、そしてHarish Srinivasanに感謝の意を表します。
著者紹介 (本記事投稿時の情報)
記事情報
この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: Enterprise Sales for Hackers (2016)