もしおのずと SaaS が売れていくなら、なぜ私たちはセールスが必要なのか? (Mark Cranney, a16z)

 

素晴らしい製品を簡単に使えて、デプロイも高速。その製品はひとりでに売れていく … というSaaSの迷信があります。購入前に試用期間を設けたり、フリーミアムとプレミアムを組み合わせたモデルがSaaSの主流であることを考えると、迷信の出所は明らかです。

しかし、スタートアップがユーザーを「獲得」して、大企業や政府機関の他の部署にSaaSの利用を「拡大」しようとする中で、その多くが恐ろしい体験をしています。事実は迷信とかけ離れています。初期に急成長を遂げたとしても、SaaS製品がひとりでに売れることはありません。マーケットシェアを獲得するには、強固な法人営業が重要です。

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image: Andreessen Horowitz


全社規模の取引を結ぶことは、議会で法案を通すようなものだからです。

大規模組織での意思決定は、複雑で時間のかかるプロセスです。レガシー技術のデプロイ、社内の政治的事情、自家製ソリューションの定着、統合費用の埋没、現行ベンダーによるアカウントの管理、意思決定に係るサイズと規模の大きさといった原因があります。様々な意味で、法人営業の目的とは、顧客が自社の購入プロセスを完了できるよう、サポートを行うことです。いくら製品が人気で優れていようと、一般的な法人顧客の調達方法を変えることはできません。

SaaS企業がフォーチュン500/グローバル2000企業の顧客を獲得できたとしても、アップセルやクロスセルを達成したり、地理的に分散していることもある他の部署にまで範囲を広げて、販売を行えるとは限りません。それどことか、獲得した事業を維持すること自体が困難です。これらを達成するには、組織内のものに加えて、社外営業チーム(現場で独立して活動する営業員たち)を構築する必要があることもあります。この種の営業チームとプロセスを構築することが重要になるのは、製品がひとりでに売れるように見え始めたそのときです。そのタイミングで営業活動を止めたり失速させると、会社が競争に曝されてしまい、分野で一位を目指すレースで敗退するおそれがあります。

営業の本質とは

価値を顧客に伝えることが、営業チームの仕事であると考える人もいます。こうした人たちにとっては、検索アドワーズを大量に購入したり、会社のメッセージを言葉巧みに伝えることが営業です。

これは間違いです。

営業の真の目的は、顧客に新しい価値を創造することです。特に、新しい市場に対応したり、複雑な問題の解決に取り組んでいる、スタートアップや成長企業に対してです。こうした理由により、法人営業/SaaS営業には、洗練されたプロセスやガイドラインが必要です。私がここで共有するアドバイスの一部は、Opswareでの経験にもとづいています。Opswareではデータセンターオートメーションを販売していました。SaaSが登場する前なので、分野は異なりますが、原則は変わりませんまた、SaaS起業家が認めようが認めまいが、新しい法人顧客は古い法人顧客となんら変わりません

それでも、この種の営業に異なるマインドセットが必要なのは事実です。Opswareに在籍中、よく営業員たちが戻ってきて私にこう言いました「XYZ社にはデータセンターオートメーションを購入する予算がありません」。私はそれに対し「もう一度だけチャンスをあげます。あなたは明らかにトレーニングで見落としているものがあるからです。また戻ってきて同じことを聞いたら、担当を外します」と答えたものです。

そう言い放ったのは、当然、当時データセンターオートメーション用の予算はなかったからです。市場が確立する前の話です。私たちの仕事は、客先に出向いて、業務改善のためにこれまでと異なる方法を示すことでした。

次に私は、顧客企業内で探す必要のある事業活動を記した、長いリストを営業員に見せました。そこから、データセンターオートメーションの予算を確保する手がかりが得られる可能性があります。他社製品と予算を取り合うではなく、最も上位の戦略レベルで競争します。それこそが真の法人営業です。

法人顧客が知りたい3つのこと

法人営業のプロセスには多数の手順や戦略がありますが、結局は顧客に対して3つの質問に答える必要があります:なぜ買うのか、なぜ私たちなのか、なぜ今なのか。

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私による法人営業の多段プロセス

#1 「なぜ何かをする必要があるのか?」

潜在顧客がこの質問に答えられるようにするには、顧客にとって重要な事業活動を特定するのが一番の近道です。

大手企業には必ず、ITへの投資を促進する戦略的事業活動があり、継続的に予算が充てられています。これらの事業活動(および、事業活動の成功のために整備する必要がある重要な能力)を見つけたら、営業・マーケティングチームは、ユニークなバリュープロポジションの定義を始めることができます。

ここでの鍵は、まず理解するよう努め、その後に理解されるように努めることです。潜在顧客に何が必要かについて、顧客の考えを理解する前に、自分の考えを伝えることの問題点は:

…初めての機会に出会ったときに、それに応じた立場を取るのではなく、様々な企業の要件からなる既知の要件セットにもとづく立場を取っています。

…顧客が業務を実施する方法に変革をもたらすパートナーではなく、コモディティや単なるベンダーの立場になってしまいます。

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バリュープロポジションをターゲット顧客の目標に合致させる方法

 

#2 「なぜ(競合他社ではなく)私たちなのか?」

私たちのソリューションについて一番よく知っているのは私たちです。よって、私たちが進んでターゲット顧客の相談に乗り、成功像を描くべきです。

これにより、基準設定の競争で勝てる可能性が高まります。エンタープライズ・SaaS製品の位置付けを事前に行い、競合他社に対する差別化を行うことができるからです。こうすることで、競争を封じることができます。競争を挑まれたとしても、お互いに技術的な検証を受ける際、競合他社は私たちが仕組んだ「罠」で競争することを強いられます。

したがって、営業チームのここでの仕事は、潜在顧客が3つの点において成功を定義するのをサポートすることです:(1)経営にもとづく基準(2)構造・規模にもとづく基準(3)外側・内側から見た機能にもとづく基準。

3つのオーディエンスに対応するために、メッセージング、メトリクス、マーケティングの準備を行うのにも絶好のタイミングです:(1)企業レベル(上級幹部、シニア・ヴァイス・プレジデント)(2)部署レベル(部長、ディレクター、マネージャー)(3)ユーザーレベル(個人の貢献者やその直属のマネージャー)。大企業を中心とするスタートアップの多くは、レベル1または3のオーディエンスを主な対象としてメッセージング活動を行っています。この3レベルのレンズを通して潜在顧客や顧客に常に目を配ることが、会社の勝率を向上させる上で重要です。

まとめると以下の通りです:

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3つの主要オーディエンスを通した基準設定およびメッセージング

 

営業サイクルのこの段階には、営業員、セールスエンジニアリング担当者、セールスマネジメント担当者の指揮の下で行う、多数のサブプロセスや活動があります。営業員が適切なリソース、行動、メッセージの調整・促進を — 正しいレベルとタイミングで — 行う能力により、全体的な成否が決まります。

これが重要なのは、単なるスタートアップや永久ライセンスのオンプレミスパッケージ、自家製ソリューション、現行ベンダー以外に、最大の競合相手がいるからです。それは惰性です。法人・SaaS営業員は、ターゲット企業の何もしたくないという消極性と常に戦っています。

#3 「なぜ(他の事業分野に投資するのではなく)今なのか?」

競争を取り除いたら、次は技術的な検証へ向けて、バリュープロポジションをもとに、定量化可能なビジネスケースを構築する必要があります。

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SaaSを早くから提供していたOpswareでの事例

 

この種の「ROI診断」を営業ツールとして用いる利点は:

…会社の主要な戦略的活動に対して、製品の能力や経営上のメリット、財務的価値を適合させ、割り当てることができます。これは、私たちの全社的な提案を、他社が提案するあらゆる活動やプログラム、プロジェクトと競争させ、資本を勝ち取る上で役に立ちます。

…経営上の不足や課題をスナップショットで捉えることで、現在の経営環境に対する可視性が向上します。会社を見える化するだけでなく、会社にとって何が重要であるかを把握することができます。このアプローチは、価格設定時の圧力をかわすのにも役立ちます。

…最も重要な経営目標を優先的に達成できるよう、ソリューションの実装を計画できます。これにより、タイムトゥバリュー(価値が生まれるまでの時間)が短縮されます。

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SaaSは「獲得と拡大(land-and-expand)」営業戦略を伴う、「勝者総取り(winner-take-all)」市場です。ただし、上陸したからといって、拡大と勝利が保証されるわけではありません。

この段階で自分のスタートアップに投資して、顧客対応の人材確保 — 専門的なサービスやカスタマーサポートなど — を行うことで、こうした文脈でシェアを拡大させるだけでなく、最も強力な営業ツールを構築するという効果を上げることができます。最も強力な営業ツールとは、優良なリファレンス顧客(代表事例となるような顧客)です。新規顧客はありがたいですが、何かを売るのに最も適した相手は、以前に売ったことのある相手です。

初期の顧客を、社外に対する盤石なリファレンス顧客、そして社内に対する支持者に育てることが重要です。良い製品がひとりでに売れることはないからです。しかし、皆さんの製品の熱心な推進派は、良い製品を売るのを手伝ってくれます。

 

著者紹介 (本記事投稿時の情報)

Mark Cranney

 

記事情報

この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: If SaaS Products Sell Themselves, Why Do We Need Sales? (2014)

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