先制的な取引のコスト (Aaron Harris)

最近、私たちは、企業と投資家からの先制的な投資のオファーについての話し合いをする中、そのオファーが期待していたものよりも希釈度の高いものであると気づきました。私たちは、これが例外なのかどうかを調べるために、過去18ヶ月間の私たちのポートフォリオから国内の120のシリーズAラウンドに注目してみました。プロセス重視型ラウンドとの比較で、先制的なオファーが一般的に希薄化しやすいか否かを確認するためです。1

平均してみると、先制的なオファーを受け入れた創業者は、より少ない資金で、最大1.4%の希薄化を受け入れていることを知り、私たちは多少なりとも驚きました。

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ここには明確な論理がありますが、それは私たちの予想していたものとは反対の動きをするものです。私たちの当初の仮定は、投資家は市場の条件よりも良い条件で創業者にオファーを行う必要がある、というものでした。市場の反応を見るためのプロセスを利用することのないように創業者に納得させるためです。先制された企業には次のような明らかなる強みがあることを前提すれば、これはほぼ確実に真実であるはずです。その強みとは、投資家は、会社が新しく、他の投資家の目に触れたならうまくいくだろうという信念をそぶりで知らせている点です。

現実はそれよりもやや複雑です。先制的なオファーをする投資家は、創業者を動かす2つの別個の誘因に訴えかけています。まず一つ目は、「期待収益率」です。これは起業家が、市場でうまくいかないリスクを抱えることを避け、確実なもの(今手にしているオファー)を選択したがる指向性に現れています。

これを取引の主な動機とする起業家は過ちを犯しています。ほぼ全ての場合において、先に取引をしようとしている投資家は、実際のプロセスでも正式なオファーをする用意があります。投資家が一旦取引をしようと決断したら、それを諦めることは心情的に困難となり、プロセスの中で勝ち取ろうと奮闘します。優れた投資家は競争にも長けており、ライバルである他社のパートナーを楽しんで打ち負かします。2

二つ目の報酬は、「ワークプレミアム」と呼んでも良いでしょう。3 これは、通常のプロセス経由の資金調達で大量の作業が発生するのを回避するために創業者が支払いたがる代価です。完全な資金調達には6ヶ月以上かかる可能性があり、これは大きな足かせです。業績が良好で成長している事業にとっては、この足かせはその成長と企業の両方の損害となるかもしれません。この額面上の超過額割増金を評価するのは困難です。ひとつの評価法は、余分の資本を手にしたことで事業に専念できた場合の重要業績評価指数の成長曲線と、資金調達期間に資金調達に時間を割いた場合の成長曲線との間の面積を計算し、それに資金調達期間中に経験する焦げ付き分の評価額を足したものとしてとらえることです。成長の結果として受け取ることになる改善された価格を反映するために、この値に任意の係数をかけます。

しかしこの計算の結果がどのようなものであろうと、極端に少ない資本で短期間のうちに、会社が思いの外、方向を変えて急激な普及がされない限り、その数字が大きくなることはなさそうです。

重要なことは、先制オファーはシナリオ毎に異なって見えたことです。ある事例では、創業者は完全に資料を準備してパートナー全員に向けてピッチをしなければいけませんでした。その他の人々にとっては、パートナー会議は形式的なものでした。そして最後のグループに関しては、一人か二人の投資家が既にタームシートを手にして創業者に接近していました。

私たちが気づいた決定的な相違点の一つは、企業が話をした投資家の人数です。多くの企業が、最初の先制的に提示されたタームシートを、既に候補者だった数人の投資家とのプロセスを加速させて実行するために使ったのに対し、一人の投資家にのみ話をした企業もありました。私たちがグループをこの二つに分けてデータを分析したところ、複数の投資家に話をした企業は、一人の投資家にしか話をしなかった企業に比べて、希薄化が最大2%低く、最大90万ドルの資金を調達したことがわかりました。言い換えると、先制ラウンドとプロセス重視型ラウンドの間の希薄化の違いのほとんどが、一人の投資家にのみ話をした先制ラウンドの創業者に起因する傾向にあるということです。しかしながら、プロセスを加速させて実行するためにタームシートを使った創業者は、そのオファーの「費用」を最小限に抑えることができました。

このことが示唆しているのは次のことです。両方の世界から最善の結果を得る(全面的な資金調達の作業を最小限に抑えるだけでなくワークプレミアムを最小限に抑える)ためには、創業者は、いくらかの特定の投資家に対して、先制オファーを使ってプロセスを短縮し、加速させて実行するべきです。そのためには創業者が、実際の起業に大きく先立って、自社に有益だと考える一部の投資家集団との関係性を確実に育むことが必要です。これにより彼らは、先制が執行された場合に備え、加速されたプロセスにともに参加する他の提携先を確保することができます。

先制オファーは、それ自体では良くも悪くもありません。 投資家から先行して資金提供のオファーをもらったときのガイド日本語訳)で議論したように、それぞれのオファーは、それ自体の利点や事業、創業者、具体的な投資家という背景を考慮して検討する必要があります。(市場の基準に関する知識と併せた)「期待収益率およびワークプレミアム」は、創業者が目の前のオファーについて実際に受け入れるか否かを評価する際に活用できる有益な枠組みです。しかしながら、創業者はまた、先制オファーを強化することで、プロセスを加速し、これらの額面上の超過額割増金を最小限に抑えることもできます。

1. 市場ごとに平均の希釈水準が異なるため、私たちは、分析対象を米国国内に制限しました。これにより、さらに比較が容易になっただけでなく、私たちが目にするほとんどのラウンドと関係のあるものになりました。他の市場について同様の分析をするには、まだ十分なデータを入手していません。
2.  創業者が手際の悪いプロセスを実行した場合、これは雲行きが怪しくなる可能性があります。投資家へのピッチが苦手だという自覚のある創業者は、それを得意とする創業者よりも、この「期待収益率」を大事にすべきです。
3.流動性プレミアム」を思わせるJared Friedmanの言葉です。

 

著者紹介 (本記事投稿時の情報)

Aaron Harris

Aaron は YC のパートナーです、彼は 2011 年に YC に採択された Tutorspree の共同創業者であり、Tutorspree を始める前には Bridgewater Associates で分析グループのプロダクトとオペレーションを管理していました。彼は Harvard から歴史と文学の AB を受けています。

Janelle Tam

 

記事情報

この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文: The Cost of Preemptive Deals (2019)

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